「ピサロ。クリフト。‥オレ―――」

心配そうにソロを覗う両者にふわりと微笑いかけて、ソロはそのまま深い吐息と共に眠り

へ誘われてしまった。

脱力した彼を支えたピサロが、穏やかに繰り返される寝息にほっと息を吐く。

「‥眠っちゃいましたね。やはりまだ‥本調子には遠いみたいですね。」

「貴様が泣かせるから、余計に消耗したんじゃないのか?」

冷ややかに睨めつける魔王に、クリフトが肩を竦めて返す。

「…ちょっと時期尚早かと思ったのですが。どちらにせよ、必要な覚悟ですので。

 まあ‥お話は後程。私はここを片付けてから参りますので、あなたは先にソロをちゃん

 と休ませてあげて下さい。」

「そうだな‥。」

にっこりと言う神官に口を開きかけたピサロだったが、結局それだけ答えて場を後にした。



「…で。貴様はどう見立てたのだ?」

寝室の片隅に置かれた机に酒のグラスを並べて。

ベッド側から椅子を持って来たクリフトが腰掛けると、ピサロが早速切り出した。

ソロの眠る部屋の片隅で、ひっそりと男たちが話し始める。

「ピサロさんも聴いてらしたのでしょう?」

「ああ‥初めからな。だが‥どうにも理解らんな。

 何故それ程までに女を意識する必要がある?」

女の子じゃないから…そうソロは残念そうにこぼしていた。

それだから『ずっと一緒』に居られない‥とは、どういう理屈なのか。ピサロにはその思

考回路が理解出来ず、首を捻るばかりである。

「…随分以前の事ですけど…」

クリフトがふと思い出したやりとりを記憶を手繰るよう語り始めた。



『本当に倖せそうだったねぇ‥。いいなあ…!』

立ち寄った村でたまたま遭遇した結婚式。

宿の部屋に落ち着いた後、ソロがその様子を思い出しながらうっとりと微笑んだ。

『ソロがそういうものに興味あるとは思いませんでした。』

『だって。結婚したらさ、好きな人とずっと一緒に居ていいんだよ?

 羨ましいよ、やっぱり。』

『ソロだって、いつかは…』

『…オレは駄目だもん。‥だってさ。男同士じゃ、結婚出来ないもん。

 ずっと一緒になんて…居られないんだ、本当は…』

まだソロの恋の相手が男だとしか知らなかった頃である。クリフトは難しい恋をしている

というソロを思い、返答に迷ってしまった。

『オレが‥女の子だったらよかったのかな…。そしたら‥‥』

『ソロだったら、そのままお嫁入りされても全然違和感なさそうですけどね?』

『…どっちにしても、叶わない願いだけどさ。あいつとは‥そんなんじゃないから…』

明るく話す彼に応えるよう微笑して、ソロがぽつんと口にした。



「…まだあなたとの事を詳しく知らなかった頃の事ですけど。しきりに羨んでいたのが印

 象的でした。しばらくの間、カップルらしき2人をみかける度にため息ついて…。

 どうやらソロにとっては、結婚=ずっと一緒に居られる事‥のようでして。

 ですからそれが叶わないという事は、共に居られない事だと結論づけてるようですね。」

「それで、女の存在をやたらに気にかけると言うのか?」

「‥恐らくは。」



『ソロねー、きらきらのおにいちゃんとけっこんすんの。』

『しってる? けっこんするとね、ずっと一緒にいていいんだよ!』

天空城で。幼子に変化したソロが、わくわくとクリフトへ語った内緒話。

そんな事まで、ふと過る。クリフトは思わずピサロの顔をマジマジ見つめて嘆息した。

「なんだ‥?」

その様子に、ピサロが怪訝そうに眉を寄せる。

「いえ‥別に。…ピサロさん、子供の頃のソロに逢った時、何か約束しませんでした?」

「約束…?」

重い吐息の後、そう訊ねて来たクリフトに、ピサロが更に眉間の皺を深くした。

「ソロは随分楽しみにしてたようですけどね。子供の誓いなどその程度という訳ですか。」

「誓い‥どうして貴様がそれを?」

幼い彼が別れ際『誓いのキス』だと口づけて来た。それを指摘されたのかと、魔王が訝し

げに訊ねた。

「言ったでしょう? 私も幼いソロに逢ったのだと。あなたの話、嬉しそうに語ってまし

 たよ? …まあ。残念ながら、現在のソロには忘れられた記憶のようですが。」

「…待って居たのか、ソロは‥」

「ええ。とても楽しみにね。けれど‥あなたは訪れなかった。

 まあ‥隠れ里だったのですから、仕方ないですけどね。

 私が出逢った小さなソロは、あなたを待ってましたよ?」

仕方ない‥といいながら、どこか責めるような口ぶりに、魔王が渋面を浮かべる。

クリフトはふっと口の端を上げて、更に続けた。

「そうそう。その時にね、私も彼から求婚されました。

 まあ、その記憶はどこにも残ってないのでしょうけど。

 いっそ、私の方から求婚してみてもいいですねえ…」

クリフトが、名案とばかりに独りごちて。魔王が大仰な溜め息を落とす。

「…私の方が先約だ。貴様は後にして貰おう。」

「いいですよ。」

苦い顔のピサロに、涼しげに微笑んだクリフトが頷いた。

ピサロはもう一度大きく嘆息すると席を立ち上がった。

「明日…少し出て来る。留守は頼んだぞ?」

「了解しました。分かりやすくソロに伝わるよう、がんばって下さいね。」

「‥‥‥‥」

なんとなく。神官に乗せられている気がしなくもなかったが。

すべてを彼に伝える良い好機かも知れぬ‥と、ピサロはいつになく真剣に、作戦を巡らせ

ていた。



ピーチチチ‥

小鳥の囀りが遠くで響いて、それに誘われるようソロは目を覚ました。

ぽやんと開いた瞳に、隣で眠るピサロの姿が映る。

しばらくぼーっと見つめていると、ぱち‥と紅の眸が己を捉えた。

「…あ。おはよー‥」

どきどき胸を逸らせながら、ソロがどぎまぎあいさつを送る。

「ああ‥おはよう。気分はどうだ?」

「あ‥うん、へーき。どこもなんともないよ‥」

「熱も特にないようですね。」

背後から伸びてきた手が額に置かれ、親しみある声が耳元を擽った。

「うん‥。おはよう、クリフト。」

小さく笑ったソロが応えて、額にあった手がすう‥と翠髪を梳り離れた。

入れ替わりに正面から伸ばされた手がソロの頭を軽く撫ぜる。

上体を起こした彼と共に躰を起こすと、すっと唇が落とされた。

軽く触れ合うだけの口接けが解かれて、ピサロがベッドから降りる。

風呂へ向かう背中を見送って、姿が見えなくなると、素早く着替えの済ませたクリフトが

ソロへ声をかけて来た。

「ソロ、私は朝食の準備して来ますね。」

「‥あ。オレも手伝おうか?」

「大した準備入りませんから大丈夫ですよ。起きてて大丈夫そうでしたら、ソロも着替え

 てから食事にしませんか?」

「あ‥うん、そうだね。そうする。」



クリフトを見送ってから、ソロはクローゼットへ仕舞われた服を取り出し、ゆっくり着替

え始めた。寝間着姿ではなく、クリフトが新しく用意してくれた馴染んだデザインの着衣。

もう背中が痛む事はなかったが、着慣れたはずの服なのに、どこか窮屈さを覚えて、ソロ

は気になる背中を確かめるよう、振り返った。

「…何をしてるのだ?」

しばらくそうしていると。風呂から戻ったピサロが不思議そうにソロへ声をかけて来た。

「あ‥ピサロ。…あのね、なんか変じゃない…?」

躊躇しながらも、ソロは気になる背を向けて、感想を聞いた。

「別に何も…。まだ痛むのか?」

「あ‥ううん。もう全然。ただ‥さ。いつもの服になったら、なんとなく背中の辺りに違

 和感あってさ。…本当に、変じゃない?」

「ああ。見た目はどこも変化ないぞ。」

「本当‥?」

「ああ。信用出来ぬなら、後で神官にも聞いてみろ。」

「信用しない訳じゃないけど‥。クリフトにも聞いてみる。…心配だもん。」

不安げな瞳を見せるソロを安心させるよう、頭を撫ぜたピサロだが。そちらの問題も完全

に解決してない事を再確認し、ひっそり眉を寄せていた。



朝食前にクリフトにも同様の質問をしたソロは、ピサロと同じ答えを貰ったものの、やは

りどうにも背中が気になる様子で、気も漫ろ‥といった食事を済ませた。

食事が終わると、真っ先に席を立ったピサロが、隣室へ向かう。

戻って来た時には、外出準備を整えた姿になっていた。

「あれ‥ピサロ、出掛けるの?」

「ああ。ちょっと所用があってな。昼過ぎるかも知れぬが‥遅くとも夕刻までには戻る。

 それまで神官だけになるが‥大丈夫だな?」

「…うん、平気‥」

ぼんやり答えるソロにピサロが心配顔を寄越す。

「…あ、本当に大丈夫だよ。‥このマント、いいなあ‥って思ってたの。

 これなら…背中…隠れるかなあ‥って。」

「‥‥‥」

「‥あ。ごめん引き留めちゃって。‥いってらっしゃい、ピサロ。」

「ああ‥行って来る。」

マントを掴んでいた手を離し、ソロがふうわり微笑んだ。

優しく眸を眇めた魔王がそっと額にキスを残し、窓へ向かうと移動呪文を唱えた。



「…行っちゃったね。どこへ行ったのかなあ? クリフト聞いてる?」

彼の姿が見えなくなると、小さく嘆息したソロが、食器をまとめている彼へ声をかけた。

「いいえ。ただ‥ソロが元気そうだったら、少し用事を済ませて来たいと、昨晩話してま

 したけど。行き先までは…すみません。」

「あ‥ううん。そーだよね、一々聞かないよね、そんな事…」

残念そうに呟いて、ソロは青空の広がる窓へ目を向け、ひっそりと嘆息した。



「…なんか。いい天気だねえ‥」

クリフトを手伝って。厨房で一仕事終えたソロが、テーブルに腰掛けて明るい光の射し込

む窓を見つめぼやいた。

「そうですね。ここの所過ごしやすい陽気が続いてますし‥そうだ。

 ソロの体調が良いようでしたら、昼食は庭へ出て食べましょうか?」

「そうだね。それもいいかも知れない。部屋の中に居るの、飽きちゃったし。」

「くす‥。元気が出て来た証拠ですね。良かったです、本当に。」

「うん‥ありがとう、クリフト。」



「…あのねえ。」

昼食を庭で済ませた後、食後のお茶をゆっくり飲みながら、ソロがぽつんと話し出した。

「オレ‥昨晩は怖い夢、見なかったんだ。

 あの夢見た後って、何日も似たような夢が続く事多いんだけど‥昨晩はね、平気だった。

 きっと‥クリフトやピサロの心遣いが嬉しかったからだよ。…ありがとう。」

「そうですか。良かったですね。悪夢を遠退かせられたなら何よりです。」

ふわりと笑うソロに、クリフトもにっこり微笑みかけた。

「そうそう。例の3日‥という期限も、なし‥という事で良いのですよね?」

確認するように、クリフトが昨日の話を蒸し返す。

「‥オレの側に‥居てくれるの? 迷惑じゃ‥ない?」

「ちっとも。側に居させて下さい…そう何度も伝えているでしょう?」

逡巡しながら訊くソロに、柔らかく微笑んだクリフトがはっきり返した。

「うん‥ありがとう、クリフト。オレ…嬉しい‥」

涙をこぼすソロの肩を抱いて、クリフトがあやすようにぽんぽんと優しく叩く。

それを心地よく思いながら、気持ち良い外の風に身を任せるソロだった。