やがて迎えた17歳の誕生日。

毎年その日は村人総出の祝宴が開かれていたのだが。

今年は2人からの願い出もあって、1日自由時間を手に入れた。

外出許可も貰ったので、2人で村の外へ出掛けるつもりで。

母親が用意してくれたお弁当を持って、朝食を済ませたアレスとローナは家を出た。

「行って来ま〜す!」

「気をつけてね。2人とも。あまり遅くならないのよ?」

「はあい。じゃあね、母さん。」

心配顔で見送る母に、ローナが笑顔で応える。アレスも了承を示すよう頷いて、村の入り

口へと歩を進めた。

「うふふ。2人だけで村の外に出るのって、初めてよね。」

ローナが嬉しそうに頬を緩め、アレスの腕に手を回す。

「そうだな。一緒に出る事自体、ほとんどなかったしな。」

「そうなのよね。習練も段々別々になってしまったし…」

「‥まあ。得意とする分野が違ってたしな。」

「そうね。‥あ、おはようございます。」

村の入り口の警護に就く男に、ローナがにっこり話しかけた。

「おお、おはよう。2人とも気をつけて行くんだぞ。」

「はあい。行って来ます。」

「お‥そうそう。‥これ、念のため持って行くといい。」

すれ違いざま、男が懐から何やら取り出し、アレスへと差し出す。

「…キメラの翼か。サンキュー。まあ必要ねーだろうけど。預かっとくよ。

 ロナにはちょうどいいお守りだろーしな。」

ニッと笑って彼女の額を小突くアレス。

「ほら‥お前持ってろ。迷子になった時の用心にな。」

スッと差し出されたローナが、不服顔で頬を膨らませる。

「もお‥10年も前の話でしょお、それわ。」

「ははは。ローナが居なくなった時、アレスはそりゃあ心配したんだぞ。

 しっかり身につけておきなさい。」

当時を思い起こしながら、男がしみじみ語るので、彼女は渋々それを小袋にしまい込んだ。

「じゃ‥行って来る。」

「ああ‥行っておいで。」



村を出て、うっすら伸びた道をしばらく辿ると、2又の分岐があった。

左へ伸びる道は山を越えた先に町があるという。

右へ向かうと、習練などにもよく利用した平地が。更に進めば湖もあった。

分岐で立ち止まった2人が、左へ伸びる道をじっと見つめる。

「…明日。旅立ちが決まれば‥この先へ向かうのよね。」

「‥ああ。」

「…2人一緒に、旅立てるよね?」

きゅっと絡めた腕に力を込めて、ローナが不安を払拭するようアレスを覗う。

「ああ。約束‥しただろう?」

「うん。一番大事な約束だものね。」

不安な夜に幾度も交わした誓い。それを思い出して、ローナがほっこり笑った。

そんな彼女にアレスも目を細めて、クルンとカールした髪に手を入れ撫でる。

「さ‥行こうぜ。今日はこっちの道だ。」

そう言って、彼は右の道を歩き出した。

しばらく歩くと道らしきものがなくなって、広い原に出る。

スッと細く伸びた緑の草がおいしげる原は、青空の元眩しく輝いていた。

「気持ちいい風ね。今日がいいお天気でよかったわ。」

にっこりとローナが笑う。アレスも同意するよう頷いて、ゆっくりと歩き出した。

「‥ね。そろそろ教えてよ。見せたいものってなあに?」

ほんの少し先を歩くアレスに続くローナが、焦れた様子で訊ねる。

「まあまあ。着いたら判るさ。」

「もお。アレスってば、ケチんぼさんなんだから。」

「なんだそれ?」

妙な突っ掛かり方をされて、アレスが苦笑した。

「ロナはせっかちクンだな。着くまで待てねーの?」

クスクス笑い混じりで返すと、開き直ったローナが、アレスをせっつくよう背を押した。

「そーよお。早く知りたいんだもの。教えてくれないなら、急ご。ほらっ。」



小高い丘を登ると、なだらかな斜面の先に湖が広がる。それはローナも知って居たが‥

「わあ…! すごいわ‥!!」

丘を登りきったローナが、眼下に広がる景色に目を奪われ、感嘆の声を上げた。

オレンジ・黄色に白に赤‥色とりどりの花が咲き乱れる、花の丘。

ふわり届く風が甘い匂いを運んで来て、まるで楽園のよう。

「この前来た時な、花が蕾みをつけ始めてたから、そろそろ見ごろだろーと思ったんだ。

 ドンぴしゃだったな。」

「すごい…本当に‥きれい‥‥」

「気に入った‥?」

「ええもちろん! 本当‥とってもきれい。シンシアや母さんも誘えば良かったわね‥」

夢見心地で語るローナに、アレスが苦い顔を浮かべる。

「‥俺はロナだけと見たかったんだけど?」

拗ねた口調で背後から抱き締められて、彼女が困ったように微笑んだ。

「…うん。私もアレスと一緒に、素敵な景色が見られて嬉しい。…ありがとね、アレス。

素敵な誕生日プレゼントだわ。」

「ふっふっふ‥。確かにこれもそのうちだけど。ちゃんと用意したんだぜ‥」

アレスは彼女から身体を離すと、ごそごそと懐から小さな箱を取り出した。

「ローナ、誕生日おめでとう。」

そっと箱を差し出して、アレスがにっこり微笑んだ。

「ありがとう‥アレス。開けてもいい?」

「ああ。」

「‥わあ。可愛いわね。‥小物入れ?」

手のひらに納まる程の大きさの木彫りの容器。花の紋様をあしらった蓋を開くと、中には

軟膏が入っていた。

「‥あ。これって傷薬? お婆々様秘伝の‥」

「そ。お前年中傷つくってるだろ? 旅に出たら、魔力を温存したい時も出てくるだろ?

 そーゆー時、小さな傷は後回しにされがちだからな。だから、これは保険。」

「ありがと‥アレス。大事に使うね?」

「ああ。ちゃんと肌身離さず持っとけよ?」

「うん。私もね‥ちゃんと用意してあるんだけど。…今夜渡そうと思ったから、ここには

 持って来なかったの。夜まで待ってね?」

「おう。サンキューな、ロナ。」

アレスはにっかり笑うと、ふと難しげな表情を浮かべた。

「な‥ロナ。プレゼントは嬉しいんだけどよ。そしたら‥あっちはお預けか?」

向かい合った姿勢で、アレスが額を合わせ、ひっそり窺う。

ローナはさっと頬を赤らめると、挙動不審げに身動いだ。

「‥大丈夫。私も‥‥ちゃんと、アレスのお嫁さんに‥なりたいから。だから‥

 今夜‥ね?」

耳まで真っ赤に染め上げた彼女が、ぼそぼそっと答え、上目遣いに見つめる。

「ロナ‥!」

そんな彼女に愛しさを募らせて、アレスがぎゅっと抱き締めた。

「俺‥絶対お前を護るから‥! だから‥側に居てくれな。」

「うん、ずっと一緒だもんね? 大好きだよ‥アレス。」

「ああ‥ずっと一緒だ、ロナ。‥愛してる。ずっとだ…」

「うん‥」

そっと頬に添えられた手の暖かさを思いながら、ローナは瞳を閉ざした。

ゆっくり重なってきた唇は、啄むように幾度も触れて、やがてしっとり重ねられる。

「んっ…」

甘やかな吐息が彼女のさくらんぼの唇から漏れて、湿った音が続く。深められた口接けに、

ローナの頬が紅潮し、艶増した。

腰に回された腕が、更に彼女を引き寄せて。ローナも彼の髪を掻き抱く。

「‥ア‥レス。あの‥ね、剣…持ってるわよね…?」

口接けの合間に似つかわしくない台詞が、ぽそりとなされ、アレスが苦く頷いた。

「…まあ、な。‥ちっ。イイトコだったのに…」

アレスはスッと彼女を離すと、徐に携えてた武器に手を伸ばした。

彼らが来た道を辿るよう近づいてくる、魔物が3匹。はさみくわがた2匹にスライム1匹。

「ロナ、お前はスライム担当な。」

剣を構えながら、アレスが小さなスライムを顎で指す。ローナも細身の剣を抜くと、コク

リと頷き、構えた。





「お帰りなさい2人とも。お腹空いたでしょう‥?」

夕陽が辺りを茜色に染め上げる頃、2人は村へと戻った。

途中出会った村人に話しかけられては立ち止まっていたせいで、家に帰り着いた時は、空

が藍色に変化し始めていた。

笑顔で子供を出迎えて、母が食堂へと招く。

「わあ‥! すごい、御馳走ね!」

「ええ。やはりお祝いしたくてね。あなた達が出掛けてから、はりきったのよ。」

「ありがとう、母さん。父さんも。」

母を手伝っていたらしい父にも笑顔を向けると、照れた様子の微笑みが返される。

「今夜は家族だけでお祝いよ。さ‥まずは汗を流していらっしゃい。」

所々埃塗れになってる姿を認めた母が、湯へ向かう道具一式を差し出した。

「ありがとう。じゃ‥行って来ます。」



共に村人共有の温泉へ向かった2人だったが。アレスの方が早く上がってしまうのはいつ

もの事で。ローナに待たずに戻るよう言われていた事もあって、彼は一足先に自宅へと帰っ

た。

「お帰りなさい、アレス。」

「ああ‥ただいま。ロナは‥まだだよなあ?」

「ええそうね。ふふ‥待つのが退屈だったら、お父さんの相手でもしてあげて?

 何か話したい事もあるようだし…」

「話‥?」

アレスは怪訝そうに眉を一瞬寄せて、肩を竦めると居間へ向かった。

「父さん‥」

「おお‥帰ったのか。」

「ああ。‥なんか話があるんだって?」

父の側へ腰を下ろして、アレスが静かに切り出した。

「ん‥ああ、そうだな。う‥ん‥‥その、なんだ。」

「なんだ?」

「ああ‥。お前達が旅立つ前に、一度その‥伝えておきたくてな。

 勇者の事は抜きにして。私も母さんも、お前達を育てる事が出来て‥本当に良かったと

感謝してるんだ。お前もローナも、自慢の息子で娘なんだよ。だから…

 旅の中で困難に直面した時、振り返りたくなった時は‥いつでも帰っておいで。

 私達には何の力もないけれど。お前達がゆっくり眠れる場所を、いつでも用意しておく

 からな。」

「父さん…。ありがとう。」

表情を和らげて、アレスが小さく伝える。それからホッと肩の力を抜いて、微苦笑した。

「俺はてっきりロナの事、何か言われるかと思った…」

ぽろっと本音を漏らせば、父が口元で笑う。

「ふ‥お前が一緒なんだ。心配など何もないよ。寧ろ…

 私はお前の方が心配だな。不器用で誤解されやすい…損な性分の息子がな。」

心底案じる様子で見つめられて、アレスが深く吐息をついた。

「そう来るとはな‥。別に問題ないさ。その分ロナが社交上手だし。」

「…それが一番問題なんだがな。」

しらっと言い切る息子に、肩を竦めた父がやれやれと返し、深緑髪に手を置いた。

「ま‥しっかりやんなさい、アレス。」

ぽんぽんと子供にするよう撫ぜて離れた手を、不服顔のアレスの目が追う。

「…父さん。ロナは俺が貰うからな。」

子供じゃない‥と示すような男の顔で、アレスは宣言した。

そんな彼の言葉に一瞬目を開いたものの、それはすぐに深い笑みに変わった。

「‥そうか。今夜はその祝いも込みの祝宴になるな。母さんも喜ぶだろう。」

「え‥!? …驚かねーの?」

「何を今更。私達をなんだと思ってるんだ?」

「‥はあ。とても良い両親デス。多分…」

「多分は余計だね。自慢の息子クン?」

ニッと悪戯顔で笑まれて、アレスは敵わないとばかりに肩を竦めたのだった。