ゴットサイド。宿のホール。

イライラと待つ魔王と、そこから一定の距離を保ったメンバーが、戻らぬクリフトを待って

居た。

「‥遅いっ! 奴は何故戻らぬのだ!?」

心当たりをそれこそ世界中捜し回って帰った自分が待たされる理不尽に、魔王が咆哮する。

「ソロを見つけたのよ、きっと。それで‥いろいろ話してるんじゃないかな?」

一番責任を強く感じているマーニャが、努めて明るく声をかけた。

「帰るの‥渋ってるのかな、ソロ。」

飛び出した‥というのは、戻りたくない‥という事ではと、アリーナは思った。

マーニャからの説明では、ソロを苛んでた悪夢が生まれた時の記憶で。母親に忌み嫌われ、

冷たい言葉を浴びせられた事を思い出したのだと伝えられた。

そして‥慰める彼女が、もう1つ、ソロの抱えていた秘密を暴いてしまった事も…

皆一様に驚きはしたが。それは気づかなかったが故の驚きだけで。

それ程に気に病む必要など、どこにもない…としか思えなかった。


待つ場所を宿の外に移してから間もなく―――

宿に向かってやって来る人影を認めて、ピサロがバッと壁から離れ駆け出した。

「神官、ソロは!?」

単身戻って来た彼の肩をがっちり掴んで、問い質す。

「‥天界に居ました。…とりあえず、今はあちらで休んでます。」

「戻らぬと言うのか?」

「ソロは眠ってましたので。直接話しては居ないんです。ただ…

 ああ‥皆さん揃ってますね。そこの教会で部屋を借りて、話しましょうか。

 少々込み入った話になると思うので…」

わらわらと集ったメンバーに、仄かに笑んで、クリフトが促した。



教会の一室を借り受けて、メンバーが長テーブルを囲んで着席した。

「それで、クリフト?」

「あ‥はい。マーニャさんからソロが飛び出した事情は聞いてると思いますが。

 ソロは‥母の象徴でもある翼が、己の背にある事がどうしても耐えられないのだと‥

 そう、竜の神に訴えたそうです。」

アリーナに答えたクリフトが、皆へ説明を始めた。

「翼のあるうちは、我々の元へ戻れない‥とも。訴えていたと…」

「なっ‥!」

「翼はいらない‥って、ソロは言うのね?」

「はい。」

「何を馬鹿な事を‥! あの翼はソロの生命を繋いだモノだぞ?!

 逆に申せば、生命を奪うモノでもあるのだ! ソロにも散々言い聞かせた筈だ。」

激高するピサロ。アリーナがクリフトに目で続きを促した。

「‥ええ。竜の神も同じように諭したそうです。ですが…それでも譲れぬ‥と。

 それで…竜の神が、私に皆の意見をまとめて来いと仰って‥」

「意見をまとめる?」

「我々にソロを説得出来なければ、翼の代わりに記憶を奪い、地上へは戻さぬ…と。」

「ふざけた事を‥!!」

「‥皆で天空城へ行って、説得すればいいのね?

 なら‥迷う必要なんかないわ、行きましょう!」

ガタッと勢いよくマーニャが立ち上がった。

「待って、姉さん。ソロがそこまで頑なになってるなら、みんなで押しかけるのは逆効果

 でしょう?」

「‥そうですねえ。失敗は許されないようですから。慎重に運ばないと。

 どうですか? やはりここは、ソロが一番心を許してるだろう2人にお任せしては?」

ミネア・トルネコの言葉に、マーニャが吐息の後、着席した。

「だが‥その前に。わしらにも説明してくれぬか? ソロが何故そのような無茶を考える

 程、その背の翼とやらを嫌悪してるのか。

 理由が判らぬままでは、うっかり二の舞いになり兼ねんしの‥」

「そうですね‥」

クリフトはソロに翼が発現した時の経緯と、彼の翼に対する負の要素を細かく説明した。

天空人の翼が、そもそもソロにとっては畏怖の対象だった事。

独り…になる事を極端に恐れ、人間と違う自分に、常に孤独を覚えていた事。

それらの不安要素の大本が、彼を幼い頃から苛んだ悪夢にあった事…

「‥それで。象徴として印象深い翼が、彼にとって災厄を齎す存在になったのね。

 可哀想に…」

「ソロは大馬鹿よ。翼があったって、あたし達がソロを大切に思う気持ちは変わらないの

 に。人間だとか、そんなの‥全然関係ないっての。なんで解らないのよ?」

妹の言葉を受けて、マーニャが悔しそうにこぼす。

「‥そう私達も何度も話したんですけどね。

 自分に寄せられる愛情が、信じられないんですね、根本的に…」

「確かに‥。ソロは鈍いわよね、そーゆーところ。天然じゃなかったのね、あれ‥」

「とにかく、私とピサロさんで天界へ赴いて、説得を試みます。皆さんは‥今夜はもう

 疲れたでしょうし、休んでて下さい。すぐ戻れるか解りませんし‥。

 そして‥どうか彼が戻ったら、今まで通りに。お願いします。」

「ええ。2人ともがんばって来てね。3人で帰って来るの、待ってるから!」

「はい、アリーナ様。では、行って参ります。」

先に戸口で待ってた魔王の元へクリフトも急ぐ。そのまま教会を出ると、ピサロが移動呪

文を唱えた。



「‥行っちゃったみたいね。」

窓辺に立つマーニャが、そっと零した。

「ソロの怪我がなかなか治らなかったのって、やっぱり‥そのせいだったのかな?」

「そうじゃろうな。だから尚更人目を避けたのだろう。ソロに負担をかけぬようにな。」

アリーナ・ブライに頷きながら、トルネコも口を開く。

「ですね。だからあれ程、クリフトさんもピサロさんも気遣ってたのでしょう。」

戻ってから、過保護さが増した2人の様子に、一同もやっと納得したのだった。





天空城。その大きな建造物を支える雲の上に、ピサロとクリフトは降り立った。

前方にそびえ立つ白亜の城に、魔王が渋面を浮かべる。

「‥気持ちは解りますけど。同行して下さいますよね?」

「‥ああ。ソロを戻す為だ。灼熱の地だろうが極寒の嵐の中だろうが赴くさ。」

「…本当に、苦手なんですね、ここが。」

一層顔を顰めて話すピサロに、クリフトが苦く笑いかけた。

「とりあえず。神の部屋を直接訪ねて良いそうです。場所‥判りますか?」

「ソロの居る場所だろう? それならもう掴んだ。」

「早いですね。では‥移動しましょうか?」



はたして。

飛翔し着地したその場所は、ドランがソロを連れて降りたのと同じ場所で。

両名はそこから神の私室へ向かった。

「よく来たな。」

「‥ふん。今回限りだ。ソロはどうした?」

室内に足を踏み入れた途端、互いの気が反発しあっているような、火花を感じて。クリフ

トがこっそり吐息を落とす。

「ソロはまだ目覚めてない。こんなに早く戻って来るとも思わなかったのでな。

 今しばらく待ちたまえ。」

竜の神はそう答えると、ソファへと腰を下ろした。

「ソロに何かしたのか?」

「眠らせただけだ。興奮し過ぎるのも障るのでな。…む。‥目覚めたようだな。」

ふ‥と首を寝室へ巡らせて、神が呟いた。それに倣うように、魔王と神官も扉へ目を移す。

ややあって。かちゃり‥と静かにドアが開いた。

「…ピサロ。クリフトも‥。‥あ。」

ぼんやりしてた頭が働くと、自分がココに居る理由も思い出して。ソロはバタンと扉の内

にこもってしまった。

「ソロ‥!」

扉越しにクリフトが声をかける。

「…あなたを迎えに来たんですよ? 帰りましょう、一緒に。」

「やっ。まだ帰らない! ‥帰れない‥んだもん。」

静かに語りかけてくるクリフトに、ヒステリックな声が返った。

「話は伺いました。それでも‥みなさん、ソロの帰りを待ってますよ?」

「嘘だもん。変だもん。それに…オレが、もう厭なんだもん!」

「翼を失えば、命を落とすやも知れぬのだぞ? それ程までに疎ましいか、ソロ?」

「‥‥‥そうだよ。だって‥呪いだもん。これがあったら解けないよ‥っ、ふ‥うう…」

呟くように答えた後、声が涙に悸える。

「呪い‥?」

怪訝そうに眉を顰めるピサロ。クリフトも何事かと、神を振り返った。

「‥ソロという名は、独りあるように‥との意を含めた呪詛だろう‥と申してな。」

竜の神が肩を竦めさせた。

「…否定は出来なかったよ。」

「そ‥んな。」

扉へ再び目を戻して、その向こう側でしゃくり上げる弱々しい声が届くのを苦しい思いで

見つめる。

「ソロ。お前は私が何者だったか、忘れておらぬだろう?

 以前お前に刻んだ呪は、そこの奴に解呪されてしまったが。逆もまた可能だ。」

「‥わかんないよ。それが何?」

涙声でソロが返した。

「それは私の専門だ‥という事だ。私が解いてやる。その呪いとやらをな。」

「…翼を斬ってくれるの?」

「そんな必要ない。大体何故、呪いを解くのに翼を手折らねばならぬ? どこで聞いた?」

少し落ち着いた様子の彼に、呆れ口調でピサロが問うた。

「‥それは。…誰も言ってないけど。でも‥‥‥」

「だろう。とにかく‥姿を見せてくれぬか? 何故扉越しに話し合わねばならぬ?」

ピサロが、途惑いの現れたソロへ提案してみせる。

「だって…駄目‥なんだもん‥」

「なにがだ?」

「どうしても‥いらないんだもん。だから‥‥それまで、会えないの。」

寝室の外で見守る3人が、深い嘆息を吐いた。

どうしても、そこへ行き着くらしい。

翼を斬れ…と。



「共に生きてくれるのではなかったのか‥?」

沈黙を破って、扉の向こうの彼にピサロが問うた。

「誓っただろう? 忘れたか?」

切なさを滲ませた声音に、ソロがベルト通しに引っ掻けてある鎖を手繰り寄せ、白金に輝

く指輪を手のひらに乗せた。                             象形→しるし

あの別荘で、ピサロがソロへ贈ってくれた約束の証。ずっと一緒に居ていい象形。


「…忘れて‥ない、けど。でも…」

「‥ソロ。お前には、その背の翼は厭わしいだけの存在かも知れぬが‥

 お前の命を繋いだのは、天の血に他ならない。だからな…

 私はその翼も愛おしく思う。」

「ピサロ…」

「お前にだって伝わっていると思うが? 私がそれを案外気に入ってると。」

「‥‥‥ん。知ってる…」

ぽつん‥とソロは呟いた。

背に触れる度、慈しむように、その小さな翼をピサロは辿る。

優しいばかりでなく、時にそれは別の熱も煽ったが。

いつでもその感触は心地よさと暖かさをもたらしてくれた。

愛されてるのだと‥実感した。

「…みんなも。みんなも‥オレの事…嫌いにならないかなあ…?」

ピサロやクリフトがそうだったように。

このヒトから外れた翼を…そんなヒトから外れた自分を、受け入れてくれるのだろうか?

そうしたら…この嫌悪感も和らぐのだろうか‥?

「そんな事で嫌いになってしまうような、そんな仲間はこのパーティには居りません。

 そう‥何度も言ってるでしょう?」

呟いたきり黙り込んでしまったソロに、クリフトが優しく語りかけた。


―――‥信じていいのかな?


この指輪と同じように‥そうソロが祈るように手を合わせた。

勇気が欲しいと、ソロは約束の証の指輪を嵌める。

それから深い呼吸を繰り返して、そっとドアノブを回した。

かちゃ…

ゆっくり回転したドアノブを、固唾を呑んで見守ってると、ソロが扉の隙間から顔を覗か

せた。

「…本当に、そう思う‥?」

クリフトに、ピサロに目線を送りながら、おずおずとソロが訊いた。

「ええもちろん‥!」

「‥お前が信じた仲間だろう‥?」

まっすぐに向けられた眼差しが柔和な微笑を称える。

「…ん。そう‥だったね…」

じんわり滲んだ涙が頬を伝い落ちる。それを指の腹で拭ってやったピサロが、そのまま力

強く抱きしめた。

「お前が飛び出したと聞いて、どれ程肝を冷やした事か‥!

 私の前から消える事など許さぬからな…!」

悸える指先が、その想いの強さを示しているようで。

ソロはその確かな想いに安堵の息をもらした。

「…うん。ピサロ‥ごめんなさい。」

「私達と帰ってくれますね、ソロ?」

そっと頭を撫ぜるクリフトに、顔を上げたソロが両腕を彼に伸ばした。

「‥うん。オレ‥みんなと話す。‥それで駄目でも。…2人は居てくれるよね?」

きゅ‥とクリフトに抱き着いて、ソロが切なく訊ねた。

「‥ええ。そう約束したでしょう?」

それでも不安の種を無くせぬ彼を安心させるように、柔らかくクリフトが言い聞かせる。

「…ん。」

髪を緩やかに撫ぜてくる手の感触を心地よく思いながら、ソロは小さく頷いた。






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