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「…でな、仕留めた猪を狸縛りして担いで‥」

馬車での移動中、ライアンがホイミンとの旅での思い出話をアリーナ達に熱く語っていた。

「‥ねえ。狸縛りって何?」

幌の後部で会話が耳に入ったソロが首を傾げ、隣に座るクリフトへと問いかける。

「ああそれはですね…」

「ソロ! 魔物よ! お願い!」

答えようとしたクリフトの声を遮るように、幌の前方からミネアが呼びかけた。

「了解。じゃ‥行こうか。」

ソロがクリフトと2人で馬車から飛び出す。

既に前方から馬車を降りていたアリーナ・マーニャと合流し、遭遇した魔物と対峙した。




イムルの夢でロザリーの死を知った一行は、人間に復讐を誓っていたデスピサロの行方を

追うべく情報収集にあたっていた。

以前潜入したデスパレスには戻ってない様子だったので。彼の足取りを追いながら、

向かった先を探っていたのだが‥思うように情報を得られないまま、拠点とすべくエンド

ールへと帰って来た。

今後の事は明日のミーティングで決める事として。一行はしばらく続いた馬車の旅の疲れを

癒すべく、宿に着いた時点で解散となった。

トルネコは自宅へ帰り、ソロはいつもと同じようにクリフトとの2人部屋。

そこはこれまでの旅と変わらぬ様相なのだが…


「…あっ。」

「…どうしたんですか、ソロ?」

部屋の鍵を受け取ったクリフトが、足を止めたソロへ声をかけた。

「あ‥ううん。なんでもないっ。大丈夫…」

ほんのり朱を走らせて、ソロが両手を突き出し手を降って返す。

「そうですか‥」

ソロはどこか落ち着かない風だったが、それを悟られないように平静を装ってたので。

クリフトもそれ以上は追及しなかった。

(そういえば。エンドールへ来たのは、アレ以来でしたっけ‥)

宿の階段を上りながら、クリフトがふと思い返す。

ソロがずっと想いを寄せていた相手が、仇敵のはずの魔王デスピサロだと打ち明けた日の

事を思い出して、クリフトはほんの少し眉を曇らせた。



部屋に荷物を置いた後、ソロ・クリフトの順で部屋風呂を使い、その後食堂へと足を向けた。

少し早めの夕食をそこで済ませると、2人はそのまま町の酒場へ繰り出した。

ソロの希望で外出を決めた2人は、大通りから外れた静かな店で落ち着いた。

「うん、美味しいv」

頼んだカクテルが届くと、早速口に含んだソロがにっぱり笑った。

「ソロはあまりペース早めないようにして下さいね?」

「うん、大丈夫。ちゃんと気をつけるから、クリフトも自分のペースで飲んでね?」

琥珀の液体が揺れるグラスを見つめて、ソロがテーブルの向かい席に座るクリフトへ微笑ん

だ。

「オレに合わせていたら、飲んだ気しないでしょう?」

ほお杖着いて、ソロが更に言葉を重ねる。

「そんな事ありませんよ。これはソロが飲んでるものよりアルコール度数が高いですから。

 1杯でも結構効きますし‥」

「ああ、飲むとかあっと喉から火を噴くみたいな‥」

「クスクス‥これはそこまで行きませんけどね。」

「うっそだあ。騙されないもんね。以前、マーニャにちょっとだけ試させて貰ったもん。

すっごく辛かった。嘗めただけで舌がぴりぴりしたもん。」

しかめっ面で話すソロに、クリフトが苦笑滲ませる。

「ソロは私の知らない所で、マーニャさんと親しく過ごしてるんですねえ‥」

「あ、あのね‥もう随分前だよ?

 オレ全然酒の事知らなかったからさ。いろいろ教えて貰って…それでだよ?」

ため息混じりでこぼすクリフトに、ソロが必死に弁明した。

「ふふ‥ソロは可愛いですね。」

「や‥やだな、クリフト。からかって…」

怒ってるのかと思った彼の柔らかな笑顔にホッとしたソロが、かあっと頬を赤らめた。



「そろそろ戻りましょうか‥?」

取り留めない会話を楽しみながら、ソロが頼んだカクテルが2杯目を終えた所で、クリフトも

グラスを空けてソロを促した。

「え‥もう? クリフト飲み足らなくない?」

「あまり飲ませたら、途中で眠っちゃうでしょう、ソロは?」

こっそりと告げて来る台詞の意味を理解して、ソロは赤い顔を更に染め上げた。

「私としては、今一番足りないのはあなたなんですけど。食べさせては下さいませんか?」

「べ‥別に。いいけど‥っ‥‥部屋に戻ってからね。」

照れた様子で顔を横向けて、ソロが突っ慳貪に返す。

耳まで真っ赤にしたソロが、火照る頬を手のひらで包んで、チラっと目だけでクリフトを覗う

と、柔らかな笑顔が近づいて、そっと掠め取るようなキスが額に降りた。

「じゃ‥戻りましょうか?」

「…うん。」

立ち上がったクリフトが腕を差し出してくれたので、ソロがおずおずと自分の腕を絡めさせ

た。

会計を済ませて店を出た後も、特に振りほどく事もないままで。夜の町を並んで歩く。

「‥エンドールは本当、夜も賑やかだよね‥」

「まあ、まだ宵の口ですしねえ。」

「それでもさ。町によっては、暗くなると人通りなくなるし。店も閉まっちゃうよ?」

「ああそうですねえ‥。夜になってから町に到着して。宿屋まで閉まってた事もありました

 ねえ‥」

思い出したようにクスリと微苦笑するクリフトに、ソロがうんうんと頷く。

「あれにはまいったよねえ‥」

満身創痍でやっと着いた小さな村で。宿屋の看板を見つけたものの、その扉が堅く閉ざされ

て、結局村の中で野宿する羽目になった事を思い出しながら、ソロがクスクス笑って、絡め

た腕にそっと寄り添った。

人目を気にせず甘えていられる腕がとても温かく、そして酷く安心するものだと知ったソロ

だった。



「ソロ…。」

宿の部屋に戻ると、閉ざしたばかりの扉に背中を預けたソロの正面に立ったクリフトが、

彼の頬に手を添えてそっと上向かせた。

しっとり重なった唇は、啄むように触れ合いながら、やがて深いものへと変わってゆく。

「ん…クリ‥フト‥‥も、立ってられな‥っあ。」

貪欲に貪られてしまったソロが、腰が砕けそうだと訴えると、ふわっと横抱きにされた。

そのままベッドまで運ばれて、手前のベッドへと降ろされる。

「すみません‥あまり余裕ないようで。」

横たわるソロに圧しかかったクリフトが自嘲気味に笑んで彼を見つめる。

「‥ん。いいよ‥。オレも‥なんかそんな感じ‥‥‥」

「…よかった。」

「‥? どうしたの‥?」

「今日は宿に着いてから、ソロ、落ち着きなかったでしょう‥?

 甘いムードを避けていたようでしたし…」

こめかみに頬に首筋にキスを落としながら、クリフトが語りかけてゆく。

「‥あ、うん…。だって‥さ、恋人‥同士‥なんだって思ったら、なんか急にいろいろ

 意識しちゃって…。ごめん‥気悪くした‥?」

「いいえ…。嬉しいですよ、意識して貰えて‥」

「ん…ふ‥‥あ、ああっ‥‥‥」

口接けはすぐに深まって、口内を巡る舌が熱く絡まり合う。

キスの合間に上着の裾から忍び込んだ手が肌を滑って、ソロはビクンと躰を跳ねさせた。

「ソロは敏感なんですね‥」

ぷくんとした胸の尖りを指の腹で捏ねながら、クリフトが口の端を上げた。

「そ‥んっ‥わかんない…よ。あ‥‥‥」

上着をたくしあげられて露になった胸に唇が降りた。弄ってた方とは逆の頂にそっと触れた

ソレは、そのままふっくらした先端を飲み込んで、ざわりと舐め上げる。

「あっ‥ああ‥それ…ん‥‥‥」

「ね‥やっぱり敏感だ。」

背を撓らせるように跳ねた躰に、クスリとクリフトが笑う。

「ソロは可愛いですね…」

そう言って、クリフトは愛撫を続けた。

「ほん‥と…? オレのコト…好き‥?」

吐息混じりになりながら、ソロが熱っぽい眸を彼へと注ぎ問いかける。

「ええ‥好きですよ、ソロ。」

「ずっと‥側に居てくれる‥?」

「ええ。約束したでしょう‥?」

「うん…ずっと‥ずっと居てね‥‥あ‥ん‥‥‥」

誓いを込めて交わした口接けが、深く交じり合い細い糸を引いて解かれた。



「ソロ‥いいですか?」

「うん‥もう平気。来て‥いいよ…」

互いに高ぶる躰を鎮めたいと、少々性急かとも躊躇するクリフトがソロに確認する。

応えを受けて、彼は秘所に埋めた指を抜き己を宛てがった。

「ふあ‥ああっ‥‥クリ‥フトぉ‥あ、ああっ‥‥」

「大丈夫‥ですか…?」

慎重に身を沈めたクリフトが、躰を折って彼へと声をかけた。

「‥ん、へいき…クリフト、キスしたい‥」

気遣う瞳に微笑んで返して、覆い被さる肩に手を回したソロが強求った。

願いはすぐに叶えられて。ソロが甘い口接けを享受する。

「好きだよ…クリフト‥」

「私もです。ソロ…」

離れしな、そう紡ぐ彼に嬉しそうに笑んで、クリフトも返す。

ソロを抱え直したクリフトが律動を開始させると、艶かな嬌声がほろほろこぼれた。

2人の躰の間で翻弄されたソロが極まったのに続いて、クリフトも解き放った。

「ふ‥あ、ああ‥‥」

奥まった場所で迸りを受け止めたソロが、身を震わせ脱力して行く。

シーツに身を委ねさせて、ソロはクリフトの腕へと手を伸ばした。

「ね‥もうしばらくそのままで居て?」

「ツラくなりませんか‥?」

ソロの中から出て行こうとしたのを止められて、クリフトが気遣うように訊ねた。

「うん、へいき‥。」

彼の上に重なるように覆い被さる躰を心地良さそうに抱いて、ソロが安堵したよう微笑む。

「こうしてると‥安心するんだ…」

「あまり安心されるのも困ってしまうんですが…」

「どうして?」

「このまま続けたくなりますから‥」

クリフトの答えに察したソロが、かあっと頬を染め上げる。

「明日に差し支えたら、不味いでしょう‥?」

「あの‥ね。へいき‥だよ? 一晩ぐっすり眠っちゃえば、大抵回復するもの。」

躰を気遣ってくれるクリフトに、ソロがほんわり微笑む。

「そうなんですか‥?」

「うん。だってあいつ…あっ‥」

「いいですよ、聞かせて下さい。」

優しい手つきで彼の翠髪を梳りながら、クリフトが柔らかな表情で先を促す。

「うん‥。あのね‥初めての時がね、もういつまでやるんだろうってくらい、延々やられ

 たんだ、オレ。その後も、結構体力限界まで絞られる事が多かったし。だから‥まだ

 全然平気だよ。」

「それは…強求られてるんですかねえ‥」

にこっと言い切るソロに、クリフトが目をぱちくりさせて、苦笑いを浮かべた。

「‥そうかも。いや‥?」

「いいえ、ちっとも…」

首に回した腕で彼の顔を近づけさせて訊ねるソロへ、笑んで返したクリフトが口接けた。



「おはよう、クリフト。」

翌朝。前言通りに元気よく目覚めたソロが、機嫌良さそうに彼へと懐いた。

「‥おはようございます、ソロ。早いですね‥」

すでにしっかり着替えも済ませているソロに抱き着かれたクリフトが、眠そうな顔で返す。

昨晩はあれから結構営んだのだが、負担が大きい筈だろうソロの方が余力ありそうなのを

見ると、ちょっと悔しい気もするクリフトだ。体力勝負だと自分の方がやはり分が悪いの

だろうか‥などとつい思考に耽ってると、ソロが不思議顔で覗き込んで来た。

「どうしたの?」

「あ、いえ‥。今日のミーティングは昼からでしたよね。

 その前に買い出し済ませてしまいましょうか?」

「うん、いいよ。クリフトは買うもの決まってるの?」

「ええ。少なくなって来た消耗品の補充がメインですから。ソロは?」

ベッドを降りて着替えながら、クリフトが話かける。

「うん、大体いつも同じだから。

 クリフトの買い出しも付き合うから、オレのも付き合ってくれる?」

「ええ勿論、そのつもりですよ。」

にっこり笑うクリフトに、ソロもふわりと笑う。

着替えを済ませたクリフトにするりと腕を絡ませると、向かい合わせに立った彼がソロの

頬へ手を滑らせた。そっと触れるだけの口接けが交わされて、照れ臭そうにソロが羞耻む。

「お腹空いちゃったね‥」

「朝ごはんに行きましょうか。」

ソロの肩を抱いたクリフトに促されて、彼らは食堂へと向かった。




「クリフトの買い物はこれで全部?」

「ええ。次はソロの買い物に向かいましょうか?」

朝食後。2人はエンドールの大広場を中心に広がる専門店を幾つか回っていた。

クリフトの買い物は日用品の消耗品が主で。後は薬草類を幾つか買い求めて終了らしい。

「うん、オレも半分は終わったから。後はね…」

問いかけられて。ソロが考えるように口元に指を当てた。

「えっとね。幾つか店回っても良い?」

「ええ勿論。私だってソロに付き合って頂いたのですし‥」

「ありがと。」

えへへ‥と笑ったソロが、彼の袖口を引っ張るようにして、賑やかな通り目指して歩き出し

た。

果物や野菜、肉等を扱う店が多く並んだ通りを横切って。やって来たのは大通りと平行して

伸びる小路地。落ち着いた佇まいの店の1つにソロは足を踏み入れた。

「へえ‥こんな所にこういう店があったとは‥」

「前にミネアに教えて貰ったんだ。旅に持って行けそうなおやつがある店。」

ソロが嬉しそうに笑うと、早速とどれを購入しようかと物色を始めた。

そこは豆類や粉、砂糖の他にドライフルーツも豊富に取り揃えている、問屋のような店

だった。ソロは一番小さなカゴを手に取って、ナッツやドライフルーツの置かれた棚を

うろうろしていた。

「随分真剣に悩んでますね。」

クスっと笑う吐息が首筋に掛かったソロが、思わず首を竦めさせる。

「ああビックリした。‥いつもはね、これとこれを買ってるんだけど。

 たまには違うの選ぼうかな‥とか。でも結構高いんだよね、みんなさ‥」

「ああ。確かにちょっと割り高になってますよね。」

「うん。他にも買い足したいからさ。うう〜ん、やっぱいつものにして置くかなあ‥」

そう言って、ソロはデーツの袋を手に取った。杏とどうやら迷っていたらしい。

「これですね、ソロが迷ってたのは‥」

ひょいと袋を掴むと、ソロに確認をする。

「あ…うん。それも好きなんだけど。なんかさ、結局同じのばっかり選んでしまうんだ。」

「じゃあこれは私が買いましょう。」

「え‥?」

「好きなんでしょう、ソロ。いつも御裾分け頂いてますからね。

 たまには私が皆さんに御裾分けしますよ。」

「いいの‥? 本当に…」

「ええ。私が買いたいんですから。」

「ありがとうクリフト。」

にこやかに笑むクリフトに、ふふふ‥とソロが嬉しそうに笑って返した。



その後幾つか店を回って、ソロは色とりどりのキャンディが並ぶ店で立ち止まった。

「ここで最後だから。ごめんね、あちこち付き合わせてさ。」

最初に立ち寄った店で買い物をした後は、顔出すだけで引き上げるパターンが続いてたので。

ソロが申し訳ないとばかりに謝った。

「いえいえ。お目当ての商品がなければ、空振りもしますよ。」

「うん‥滅多に入荷しないんだって。だからね、タイミングよくないと買えないんだ。」

「そうなんですか。それにしてもソロ、よくそんなレアな商品扱ってる店知ってますね?」

ソロが買いたい商品が何かは知らなかったが。クリフトが関心したように返す。

「うん。ミネアとマーニャはこの町にしばらく滞在してたでしょ。

 それと‥ポポロにも教えて貰ったかなあ…」

「成る程ねえ‥」

クリフトが納得した様子で頷く。ソロは計量用のカゴにビー玉のような飴を慣れた手つきで

選び始めていた。

右端から順に、ひょいひょいと飴玉をカゴに移す。緑に水色、ピンク…ソロは一定のリズム

でその動作を繰り返していたが、ふとその手が躊躇したよう止まってしまった。

ソロの様子を覗うと、少し堅い表情で止まった手の先にある飴玉を見つめている。

クリフトが声をかけようと口を開いたのとほぼ同じタイミングで、ソロはブンブンと頭を

振って、その1段下にあったオレンジ色の飴玉をサクサクカゴに移した。そのまま紫を

入れて、別の段に置かれたストライプの入った飴玉を選んで、ソロはちらりとさっきの

飴玉を眺めた。赤い飴玉―――そう、あの男の瞳を連想させる色のソレを。

「…苺味、買わないのですか? ソロ、好きだったでしょう苺が。」

「…いいの。あ‥なんか、新しいのが出てる。」

ぽつんと小さく呟いた後、ソロがもり立てるよう明るい声で円柱の両端を鋏で切り落とした

ような形の飴の前に立った。不透明な白色に幾つか色を練り混ぜたような飴を、ソロは幾つ

もカゴに移して行く。

「そんなに沢山買うんですか?」

「だって新作だもん。皆にも上げるんだ。」

ソロはにっこり笑うと、さっきまでの憂いなどまるで感じさせないように店主に勘定を

頼んだ。