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「お昼は宿で食べる? それともこのままどっか寄って行く?」

一通りの買い物を済ませた後、大通りを歩きながら、ソロが隣を歩くクリフトに訊ねた。

「そうですね…まだ時間も余裕ありますし、どこか寄って行きましょうか?」

少し考えるようにしたクリフトが、にっこり答える。

「ソロは何が食べたいですか?」

「うんとね…」



ソロにリクエストで訪れたのは、ふわふわ卵が人気のオムライス屋だった。

「ここはビーフシチューも美味しいんだって。前からね、気になってたんだ。」

大通りに面した通りにある店の前を通る度に、美味しそうな匂いに惹かれてたのだと、

ソロが説明する。店の評判も、どうやら実際店から出て来た人間の感想を耳にし、

トルネコに確認取ったらしい。

「誘って下されば、いつでもお付き合いしたのに‥」

「本当? じゃあさ、またこの町に寄った時、外に食べに出ようよ? ねv」

「ええ是非。」

きゅっと手を握って来るソロにふわりと笑んで、クリフトがしっかり頷いた。

テーブル席へと向かい合わせで着席すると、すぐにフリルのリボンが着いたエプロンを

身につけた少女が注文を取りにやって来る。

「えっとね、オレは特製オムライス。クリフトは?」

「そうですね‥同じものを。」

「かしこまりました。少々お待ち下さいませ。」

ぺこりと会釈した少女と入れ違いに、水を運んで来た女性が一声かけて、テーブルへと

並べて行った。それを早速手に取って、ソロがコクコク煽る。

「ふう‥喉渇いてたんだ〜オレ。美味しい〜。」

「ふふ‥そういえば、休憩も入れずに買い物優先しちゃったんですね。」

「そうだったね。午後のミーティングに遅れちゃ行けないって、思ってたし。」

微笑むクリフトに、一息ついた様子のソロがニコッと返した。

「まあ‥おかげで昼食はのんびり取れそうですけどね。」

「そうだね。」



「はあ‥美味しかった。ごちそうさま。」

ビーフシチューのソースがかかった特製オムライスを、美味しい美味しいと平らげたソロが、

満足顔で手を合わせた。

「ええ、人気あるのも頷けますね。」

ソロより少し早く済ませていたクリフトも、にっこりと料理を褒めた。

空の器を下げに来た少女に、追加で飲み物を注文して、クリフトは改めてソロと向き合うと

躊躇いがちに口を開いた。

「‥少しお聞きしたい事があるんですが。良いですか?」

「ん‥? どうしたの、改まって?」

「ええ‥実は昨日の晩あなたの話聞いて、少し不思議だったのですけど。

 あの人との経緯伺ってもよろしいですか?」

「経緯‥?」

「ええ。初めは合意‥ではなかったんですよね? それがいつ恋に変化したのか、それを

 いつ自覚したのか‥と。あ、ソロが話しても良ければで…無理強いはしませんから。」

「…ん。あいつとのそもそもってね‥」

ソロはピサロとの始まりを静かに語り始めた。

服従か死かどちらかを選ぶよう強要されて始まった関係は、ソロが旅に出てからも続く

ようになった事。その際、恨みを晴らしたいなら、いつでも寝首を掻いて良いとも言われ、

実際何度もそれを実行しようと試みた事。そして、失敗する度ペナルティとして無体な

要求をされ、渋々従った事等‥旅の始まりの頃の思い出を、どこか懐かしそうな瞳で、

クリフトに促されるまま語った。

「‥オレさ。あいつに会うまで、そういう方面全般疎かったから。ずっと奴との行為の

 意味なんて、考えた事もなかったんだけど‥。でも‥あの晩。港町で情報収集しようと

 夜の町に一人で外出したらさ、タチの悪い連中に捕まって、襲われかかったんだ。幸い

 上手く逃げ出せて、何もなかったんだけど…。魔法暴発させちゃって、結構ボロボロに

 なっちゃてさ。そしたらね…あいつが、オレの前に立ってて‥。オレ‥ホッとしたんだ。

 でさ。情けない事に、オレ気を失っちゃったんだけど。気が付いたら、建物の中に居て。

 あいつがあれこれオレの世話焼いてくれてさ。なんでオレ、安心してるんだろう…って。

 あの男達に触れられた時は、心底恐怖したのに。あいつの手は、怖くないんだな‥って。

 初めて、これまでの行為の意味を考え出したんだ…」

ソロは残り僅かになったジュースのグラスを揺らすと、切なそうに微苦笑った。

「…そろそろ出ようか。ミーティングに遅れたら怒られそうだ。」

コクコクグラスを煽った後、コトンとテーブルに置いて、クリフトを促し立ち上がる。

「そうですね。ソロとデートしてて遅れたと知れたら、憤慨しそうな方も居ますしね。」

照れたように頬を染めるソロにクスリと笑って、クリフトも席を立った。



「その港町って、トルネコさんと出会ったという‥?」

通りを歩きながら、クリフトが先程の話について訊ねた。

「あ、うん。

 そういえば‥アリーナもあの町でトラブルに巻き込まれそうになったんだって?」

「ええ。よくご存じですね、ソロ。」

「うん、もう大分前になるけど。アリーナから聞いたんだ。」

「そうでしたか‥。」

「…クリフトはさ、ずっと‥彼女の事が、好きだったでしょう?

 その‥オレで、良かったの? 同情とかそういうんじゃ‥」

躊躇いがちに訊ねられて。クリフトがそっと彼の翠髪に手を差し入れて寄せた。

「いつの間にかね、あなたの事ばかり考えている自分に気づいてしまったんです。

 ですから‥あなたがいいんですよ? 同情などではなく、本心からの想いです。」

「‥ありがとう、クリフト。」



宿屋。アリーナ達の泊まる3人部屋で、ミーティングが開始された。

今後についてを話し合う場で。それぞれの意見が交わされる。

「‥で、怪しい場所を一通り回って情報ないのだから、まだ訪れてない土地に足を運んで

 見ればいいのよ。」

「そう簡単に言うがな、マーニャ。馬車や船で回れそうな目ぼしい国はもう訪れたぞ。」

「そうねえ‥。空でも飛べれば、行ける場所も増えそうだけど…」

マーニャとブライのやり取りの後、アリーナがほお‥と吐息をついた。

「それですよ!」

ぽんと手を打ったトルネコが、閃いたとばかりに顔を輝かせる。

「ほら、以前訪れたリバーサイドで、不思議な乗り物作ってる方がいらっしゃったじゃ

 ありませんか!」

「そう言えば。空飛ぶ乗り物を作ってるって方が‥」

ミネアが思い出したように相槌を打つ。

「あの時確か、気球という乗り物の源が、地獄の帝王と共に地の底に封じられてしまった

 との伝承があるとも話してましたよね? あの地底城で魔物が守っていた不思議な壷、

 あれがその乗り物の源なのではないでしょうか?」

「ああ、なんか大事そうに守られてた古めかしい壷があったわね。」

「トルネコ、それって今ここにあるのかな?」

記憶を手繰って頷くアリーナに次いで口を開いたソロが問いかけた。

「ええ勿論。ちゃんと回収してますよ。」

「そっか。頼もしいな、なんか…」

あの地底城で。エスタークとの戦闘で満身創痍となったソロ達の前に姿を現したデスピサロ。

幸い戦闘には至らず引き上げてくれたのだが。あの時の事は、疲労困憊し過ぎて、

よく覚えていないソロだったので。抜かりない仲間に、素直に感心した。

「じゃあさ、皆の準備が整い次第、リバーサイドに出立しようか。」

「賛成〜。私達はね、もういつでも発てるわよ。」

「わしもな。」

アリーナ達女性陣が用意万端と手を上げると、ブライも同調し、ライアンもそれに頷いた。

「私も大丈夫ですよ。馬車での旅が長くなりそうでしたら、補充充実させた方が良いで

 しょうが‥」

「うん。とりあえず、リバーサイド行って見ないと、そこもどんな感じか分からないしね。

 オレ達ももう発てるから。荷物まとめたら、早速発とうか。」



リバーサイドへ到着すると、ライアン・マーニャに宿の手配を頼んで、他のメンバーは

気球を作っているという男の元へと向かう事にした。

最初は胡散臭そうにこちらを窺っていたが。例の壷を見せると、男が瞳を輝かせ試作品

だという気球の元へと案内してくれた。

「こいつがな、伝承を元に再現して作った気球なんだ。ガスの壷をここにセットして、

 ここに空気を溜め込むと、こいつがふわりと浮かび上がるって寸法さ。」

人間が2人程乗り込めそうなバスケットを指して、男が自慢げに語った。

試しに‥と、早速壷がセットされ、布でできた風船が膨らんでいく。

しおれていた布の中に空気が溜まって行くと、バスケットの4隅に張られたロープが

ピンと空へと伸びるよう張り詰めた。

「‥すごい。本当に空を飛びそうだね。」

「ああ。誰か試乗してみないか?」

男に勧められて、一同が顔を見合わせた。

「はい! 私乗りたい!」

すちゃっとアリーナが名乗り上げる。

「姫様、危険な事は‥」

「大丈夫よ。たとえ落ちたって、ちゃんと受け身取れるもの。」

心配顔のクリフトに自信たっぷりに笑んでアリーナが返す。

「‥そうだね。アリーナは身軽だし‥。これ2人乗りでしょ? オレも一緒に乗るよ。」

「‥まあ。いざとなったらルーラもあるしねえ。大丈夫じゃない?」

「うん、そういう事。」

肩を竦めるマーニャにソロがにっこり笑う。

人選はそれで決定し、2人は早速バスケットに乗り込んだ。

「2人とも気をつけて下さいね?」

尚も心配そうに話すクリフトに2人が苦笑して。やがて気球を固定していたロープが

解かれた。ふわりと舞い上がる気球に、見守っていた一行が感嘆の声を発する。

「うわあ‥すごい。本当に浮かんだわ。」

「本当だ。すごいや‥」

「見て、ソロ。あれデスパレスじゃない?」

森の向こうに見える城を指して、アリーナが声をかけた。

「‥そうだね。こうして見ると、近いんだねえ…」

随分と島を巡ったものだが。実際リバーサイドの町とデスパレスの距離は、そう離れて

いないものだったのだと知る。

「そうねえ‥あっ…」

「うわっ…」

突然ガクンと気球が揺れて、2人がビックリとバスケットの縁に掴まった。

「ああ‥ロープがこれでいっぱいなのね。じゃあ、降ろして見ましょうか。」

「そうだね。えっと‥これを引くんだっけ‥?」

天頂部分の排気弁に繋がる紐を引くと天頂部分が開いて熱気が抜けて行く。

気球はゆっくり高度を下げて行った。

「たっだいま〜」

上手く着地も成功させると、アリーナがポンとバスケットから降りた。

「なかなか快適だったわよう。」

迎えた面々に笑顔を振り撒いて報告するアリーナに続いて、ソロもバスケットを降りる。

「すごいね。ちゃんと浮いたし、コントロールも上手く行った感じだったよ。」

「本当ですか! いやあ‥こいつが本当に空を飛ぶ姿を見られるなんて。

 今日は人生最高の日だよ。」

「あの‥この気球、もうちょっと大きく出来ないものでしょうか?」

「ん‥? 大きくだって‥?」



ソロが事情を説明すると、それに補足するようトルネコも交渉を始めた。

その結果。パーティ全員を乗せる程大きいのはすぐには無理だが。4〜5人乗りくらいの

大きさの気球なら、今飛んだ試作品の後に制作しているもので、もう少しで完成するもの

があると言う。ただその為の材料が不足しているそうで。トルネコはその調達を引き受け、

更に完成品を譲って貰えないかと交渉を進めた。

「…そうだな。こういうのはどうだ。あんた方が気球を必要なくなった時でいい、その

 ガス壷込みで俺に返してはくれないか? そして、必要な時はいつでもあんた達に貸し

 出す‥どうだろう?」

「どうですか、ソロ?」

ううん‥と頭を捻ったトルネコが、パーティのリーダーであるソロに意見を求めた。

「うん、そうだね‥旅に必要がなくなれば、どのみち眠らせてしまうだけだし。

 いいんじゃないかな‥?」

「本当ですか!?」

「あ‥うん。問題ない‥よね?」

一応他のメンバーの意見もと、グルリと視線を巡らしたソロに、一同も異論はなく。

交渉は無事成立した。



必要なのは風船とバスケットを繋ぐロープと、4〜5人乗り用の籐で編んだ駕籠。

それらを入手する為、トルネコ・ブライ・ライアンが馬車と共にエンドールへと引き返した。

残るメンバーはリバーサイドに残り、気球に乗るメンバーの人選と行動予定を煮詰める事に

なった。ソロはクリフトと気球を作った男から、その扱い方等詳しく訊いて。女性陣はこの

町に伝わる気球の伝承をもう一度調べに向かった。



「ふう‥疲れたね〜。」

宿の部屋へと落ち着くと、ソロがベッドに腰掛け大きく息を吐いた。

「そうですね。気球について詳しく伺っていたら、すっかり遅くなってしまいました。」

太陽が沈んで濃紺に染まりつつある窓の外へと目を移して、クリフトも苦笑いする。

「アリーナ達も情報収集大変だったみたいだし。

 ミーティングは明日の午前中とかにした方が良いかな?」

「そうですねえ‥ここはエンドールと違いますから。

 あまり遅くに集まって賑やかに話し合うのは避けた方がいいかも知れませんね。」

「だねえ。じゃ、食堂で会ったらそう伝えようか。」

そう言って、ソロが立ち上がる。

「話が決まった所で、ご飯行こうよ。オレ、お腹空いちゃった。」

スルっとクリフトの腕に自身の手を絡ませて、ソロが誘うとクリフトも了承示したように

微笑み返した。

仲良く腕を組んで食堂に向かうと、空いてるテーブル席へと向かい合わせに着席する。

「‥彼女達はまだみたいだね。」

「そうですね。帰って来たのは我々とほとんど変わらなかったようですし…。

 入浴を先に済ませるつもりなのかも知れませんね。」

キョロ‥と食堂内を見回したソロがこぼすと、クリフトも同じように伺って返答した。

やって来た宿の女将さんに料理をそれぞれ頼んで。その背中を見送ったソロが後半声を

顰めて話を続ける。

「ああ‥そういえば。ここの風呂ってちょっとした離れにあるんだっけ。

 女の子にはイマイチ不評な渡り廊下の先の…」

周囲に街灯のない町の夜は暗い。その渡り廊下は蝋燭が幾つか設置されているが、

それがまたなんとも怪談めいてて怖いと、ライノソルジャーに怯む事なく勝負を挑む

面々が話してたのを思い出し、ソロが苦笑いを浮かべた。

「野宿の時は普通に周囲は闇に包まれてるんですけどね。町の中よりずっと物騒ですし‥」

「あら。分かってないのね。町だから怖いんじゃない。

 魔物よりも、恨みを持って化けて出る幽霊の方がタチ悪いっての。」

クリフトの背中に呆れ混じりの声がかけられる。

「あ、マーニャ。アリーナ、ミネアも。やっぱり風呂先に済ませて来たんだね。」

まだ髪が濡れている女性達に、ソロがにっこり話しかけた。

「ええ。食事の後だとどうしても遅くなっちゃうから。そうそう、ミーティングだけど‥」

「あ、それさ。明日の午前中にしない? 今日はもう皆疲れたでしょ?

 さっきね、クリフトとそう話してたんだ。」

「まあ。私も今それを言おうと思ってたの。よかったわ。じゃあそういう事で。

 明日の朝食後に変更でいいかしら?」

「そうだね。その時間だったら、外で話し合ってもいいだろうし‥」

「そうねえ‥お天気が良ければ、そうしましょうか。」

考える仕草の後、ミネアがふわりと微笑んだ。

彼らの隣にあるテーブル席に落ち着いて、3人が料理を注文する。

それぞれのテーブルで取り留めない会話が交わされて。和やかに食事を進めた。

「じゃ‥そろそろ行きましょうか。」

食事を終えたクリフトがソロへと声をかけ立ち上がろうとすると、まだ食事途中の

マーニャが身体を起こし振り返った。

「ソロ、ちょっとちょっと‥」

彼と共に立ち上がったソロを、マーニャが手招きして呼ぶ。

「何、マーニャ?」

側まで行くと耳を引っ張るようにして、彼女がひそひそ耳打ちをする。

「え‥本当? でも‥それは‥‥‥」

何事かを耳打ちされて、ソロがパッと顔を輝かせた後、困ったように途惑いを浮かべた。

「う‥ううん…うん、うん‥まあ‥‥‥」

更にこしょこしょと耳打ち続けるマーニャに、ソロが惑いながら耳を傾ける。

「マーニャったら、熱心に何吹き込んでるのかしら?」

ミネアと並んで座るアリーナが、不思議そうに光景を見守って。

ミネアはソロとマーニャの後ろで寒々しいオーラを纏うクリフトに苦笑いを浮かべた。

(姉さん。絶対わざとね、これ‥)

「じゃ‥考えといてね。これからお風呂でしょう? 行ってらっしゃい。」

ぽんとソロの肩に手を乗せて、マーニャが話は終わりと手を振った。

「あ‥うん‥」

「じゃ、ソロ。行きましょうか?」

ぼんやり返すソロの腕をグイと引いて、クリフトが大股で歩き始める。こちらを見て

いたアリーナ・ミネアへの笑顔の会釈は忘れなかったが。不機嫌さは十分滲み出てて‥

「…ソロ、大丈夫かな?」

「なんだかソロも大変ね‥」

ぽつんと呟きを漏らす2人だった。