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ソロは変化していく姿を眺めながら、己の力の限界を覚えていた。

第2形態の奴との戦闘は、とても厳しかった。スタミナ不足の自分には、少々荷が勝ちす

ぎた相手だと感じていた。それが‥相手は更なる変化を遂げようとしている。

(さっきよりもまた、強くなるのか‥? だとしたら、もう‥‥‥)

ソロは腰のポーチに忍ばせてた小瓶をゆっくりと取り出した。


『いいな、ソロ。その薬はお前が失ってしまった体力を、ほんの一時最盛期の状態へと

 押し上げてくれる。』

『だがな。その効果が失せた時、お前は薬の作用で高めた分の力を失うだろう。』

『薬の効き目がある内に決着つけろよ。それから…』

『薬の作用が大きければ大きい程、失う力も大きくなる事、覚悟して使え。』

あの不思議な空間で。時を止めたエッグラ&チキーラから渡された小瓶には、不思議な力

を宿す魔法水が入っていた。

受け取ったソロが、彼らの忠告に耳を傾け、慎重にそれを眺める。

『薬の効果はどれくらい続くの?』

『さあな。個人差があるようだぞ。』

『そうだな。みんなバラバラだったぞ。』

『‥そっか。エッグラ、チキーラ、本当にありがとう。

 これ、ありがたく使わせて貰うね。』

『元気でな。お前達との勝負、楽しかったぞ。』

『うん、楽しかったぞ。また勝負しに来てもいいぞ。』

エッグラの言葉に苦笑したソロが、ほんの一瞬瞼を綴じると、もう時間は動き出していた。

(どれだけ持続するか判らないけど。でも‥)

せめて、一番力が漲っていた頃の体力が戻れば、もうひと頑張り戦えるはずと、ソロは小

瓶の中の液体を飲み干した。すぐに効果が現れると聞いてた通り、彼が液体を嚥下すると

すぐ、まるで強い酒でも煽った時のように、かあっと躰中に熱が広がる感覚が生じた。

ドックン‥ドックン…鼓動の度に、全身に血が巡るように、力が漲って行く。

ソロは大きく深呼吸をすると、変化を続ける邪神官の変わり果てた姿を見つめた。

「‥‥‥‥!?」

自身への裏切り行為を行った曾ての部下の成れの果てを、ピサロは黙然と眺めて居た。

変化していく姿へと目を奪われていたピサロは、すぐ脇で変化した気配に気づき、さっと

視線を移した。

「ソロ…お前‥?」

「とっておきの回復薬、飲んだんだ。全力で仕掛けるからさ、ピサロ援護お願いな。」

訝るピサロににっかり笑んで、ソロは攻撃のタイミングを測るべく、変化を続ける異形へ

と目を戻した。

異形はその変化を終えたのか、淡い光が収束し、大きな眼光がカッと見開かれる。

「行くぞ!」

獣のような咆哮を上げ、全身をぶるんと震わせる巨体に向かったソロが垂直に跳び上がる。

巨体より高く舞い上がったまま静止したソロは、横に寝かせた剣をゆっくり斜めに持ち上

げつつ呪文を永唱してゆく。パリパリ帯電させた刀身から、ビリビリと発光現象が起こり

始めた。

「あ‥あれって‥‥」

ようやく戦闘のケリが着いた所で援護に向かっていたアリーナが、空中に静止し魔法を

使っているソロを見つめ呟いた。

「ピサロとの修行で練習していた複合技じゃな‥」

「ギ‥ガ‥デイン〜〜〜〜っ!!」

「「‥‥‥!!」」

ソロが臥せるより前。ピサロと重ねた剣と魔法の修行の中で完成させた複合技。それは一

同皆も承知の技だったのだが…ライデインを纏わせるのが精一杯だったはず‥と、それよ

りも難易度が遥かに高い技を繰り出そうとする彼に、皆ギクリとした表情を浮かべた。

「ソロっ‥!」

大きな技は失敗した時のリスクも大きい。マーニャは気遣わしげに彼を見た後、ギュッと拳

を握り込み、溜めた魔力を解き放った。

「ルカニ‥!!」

防御力を著しく下げる呪文。決まればソロの攻撃を活かす事になる上、例え効果が出なく

とも、ほんの僅かだが動きを封じる事が出来る。

「くっ…流石に、厳しいな…」

空中に静止したソロは頭上に掲げた剣から伝わる衝撃に顔を歪めさせた。強烈な雷を纏わ

せた剣は、とてつもなく重く、感電してるような痛みが全身に及んだ。それでも、この攻撃は

外せないと、ソロは集中を続けた。

そんな彼を攻撃目標に定めたのか、鋭い鉤爪を持った腕が振り上げられる。

だが、それが降ろされるより前に、ピサロの剣が一閃した。踏み出そうとした脚が下から

上へと斬りつけられて、巨体が体勢を崩す。その隙を待っていたように。ソロはまっすぐ

剣を異形の頭部めがけて振り下ろした。

「やあっっっ!!」

「グワアア―――!!」

頭部に刀身が命中した刹那、纏わせていた雷が巨体の全身を貫く。帯電したままの剣は、

そのまま斜めに食い込みギラつく瞳を切り裂き頬をも裂いた。

パリパリと放電の残る巨体が動きを止める。焦げた匂いと共に、異臭を放つ紫色した体液

がどくどくと流れ落ちて行く。

攻撃は確かに効果絶大だったようだが。だが‥異形の体力は桁違いだった。

体液の流れが緩やかになると、腹と顔にある口から閃光が迸った。

冷たく輝く息がパーティ全体を襲う。

「きゃあ〜〜〜〜!!」

「ぐうっ‥‥‥!」

「くっ‥‥ベホ‥マラー…!!」

傷つき膝を折りながらも、ピサロが回復呪文を唱える。

それで一息つけたクリフトが、続けて同じ呪文を唱えた。

「はあ‥はあ‥。助かったよ‥サンキュ…」

「けど‥これ以上はやばいわよ…」

もう一度同じ攻撃を受けたら立て直せないだろうと、マーニャが固い声で呟く。

「大丈夫よ姉さん。私達もフォローするから‥」

そう背中から声をかけた妹が、風の盾となるフバーハの呪文を唱えた。

「そういう事…ソロ、さっきの攻撃、ちゃんと効いてるみたいよ。諦めないで。」

「アリーナ‥。ミネアも…」

「行けるか、ソロ?」

「ああ‥大丈夫。よし、もう一度やろう。」

たん‥と床を蹴ると、ソロは再び空中で静止し、剣を構えた。

「ム‥これなら…。私もソロと同時に仕掛ける。貴様が奴を牽制しろ、アリーナ‥!」

雷雲が上空に留まっている為か、先程よりもエネルギーの集束速度が増しているのに気づ

いて、ピサロがアリーナへと呼びかけた。

「…OK。引き受けたわ‥きっちり決めてよね!」

クリフトと遅れて戦いの場へ到着したブライが、気合を込める彼女に補助呪文をかける。

「ありがと‥2人とも。後のフォローもよろしく!」

装着している地獄の爪の動作を確認して、アリーナが電光石火の攻撃を仕掛けた。

先程ピサロの攻撃を受けたばかりの足の傷口を、鋭く深く抉る。

巨体が傾ぐ事はなかったが、空中に静止するソロへ向いていた視線が彼女へ移った。

「ガアア‥!!」

邪魔そうに手を伸ばす異形に、マーニャが火炎をお見舞いする。

アリーナはその隙を縫って次の攻撃を繰り出した。

さっきと反対側の足の膝裏を大きく切り裂く。深い傷は負わせられなかったが、その毒爪

が血管を切り裂く手応えを感じて、着地したアリーナが口角を上げた。

「うん、ちゃんと届くみたいね…」

自分にもこの異形を傷つけられると確信して、身体を反転させ、次の攻撃へ移る準備に入

る。異形はマーニャが繰り出す火炎に邪魔され、攻撃目標を定められず苛立っていた。

その隙をついて、先程傷を負わせた箇所に狙い定め斬り込む。

「グア…ガアアア‥!!」

足元でチョコマカと攻撃を仕掛けて来る彼女に、いきり立った様子で、大きな足を上げ踏

み付けようとした異形の動きがハタと止まった。

「ソロ…!」

動作が鈍くなったのにいち早く気づいたアリーナが、空中でタイミングを測っていた彼に

声をかけた。

「ああ‥分かってる。ピサロ…!」

「ああ‥!」

天空の剣に稲妻を纏わせ終えたソロが、異形を凝視めたまま応える。ピサロもまた、魔剣

に地獄の雷を纏わせて、狙い定めた様子で構え直した。

「いっけぇ〜〜〜〜〜っ!! やあっ〜〜!!」

すう‥と降下を始めたソロが、その勢いすらも武器に変え渾身の一撃を異形に放つ。

白い刃が一閃、巨体を直撃した。

その衝撃が収まらない内にピサロの強烈な一撃が巨体を襲う。

X字をその巨体に大きく刻まれた異形は、そのまま膝を折り。パラパラと石が崩れるよう

に皮膚が剥がれて行く。

「グ…ワアアアアアアッ〜〜〜〜〜!!」

パリパリと全身を包む放電現象が最大値から衰えを見せると、空気が振動するような咆哮

が異形から発せられた。

「まだ…駄目なの…?」

呆れたタフさに落胆した表情でアリーナが呟く。

「まだ終わりじゃない。クリフト! マーニャ! ミネア! ブライ! ピサロ!

 オレに最後の力を貸してくれ!!」

勢い余って瓦礫に身体を強か打ち付けていたソロが立ち上がり、剣を天に掲げた。

意図する所を察したメンバーが、頷き合い魔力を掌へと集中させる。

「アリーナ、頼む‥!」

「OK!」

咆哮する巨体に向かって駆け出したソロが声を掛けると、アリーナが待ち構える体勢を

取った。素早さが以前より上がったソロとアリーナの連携技で、ソロが再び空高く舞い上

がり、剣を大上段から振り下ろし、急降下した。

天空の剣の切っ先がXの中心点を捉え、深々と突き刺さる。

ソロは剣を限界まで突き立てると、身体を反転させ飛び退いた。

「はあ‥はあ‥」

後少し‥持ってくれよ。頼む…そう自身を叱咤しながら、他のメンバー同様魔力を拳に

集中させる。

「これで…どうだ〜〜〜〜!! ミナ‥デイン〜〜〜!!!」

次の攻撃など考えない、全身全霊の力を振り絞って、ソロは集中させた魔力を放った。

その彼が放った閃光を後押しするよう、これまで魔力を溜めていたメンバーが一斉に魔力

玉を放った。それぞれが持つ魔力の特質を帯びた光球は、赤、青、黄、水色、紫の輝きを

纏い、白銀の光へ飛び込んだ。渦巻くエネルギーが5色の光を帯と変え、螺旋を描き前進

する。虹色の光槍が、天空の剣の束に納まる玉石に突き刺さる。紅の玉石が目映い閃光を

発すると、垂直の虹が天地を貫き雷鳴を響かせた。

「グ‥ギャアアアッ〜〜〜〜!! グ‥ギギ‥ギ‥‥‥ッ…」

虹色の光の柱が異形の巨体をすっぽりと包む。虹の柱はやがて白銀の光へと変わり、ゆっ

くり輝きが失せて行く。

放った魔法が確実に決まるのを見守ったソロが、ほっと気を緩めると同時に身体を傾がせ

た。ふらりとバランスを崩したのに気づいたピサロが、落ちて来た彼を受け止める。

「ソロ…!」

「大丈夫ですか?」

間近にいたクリフトが側へ駆け寄り、様子を確認する。

「‥あ、うん…。ごめん‥蹌踉けちゃって…」

案じるように顔を覗き込んで来る2人に微苦笑んで、ソロはゆっくり立ち上がった。

まだ緊張を解かない視線の先に、光の牢に捕らわれた巨体がある。

遅れてこの場にやって来たライアンと、彼と共に戦ってくれた友軍のメンバーもまた、

その光景を目の当たりにし、足を止めた。

導かれし者達が集い、最後の戦いの結末を見届ける思いで光の柱を注視する。

「ば‥馬鹿な…。…それともこれも…進化の秘法が‥見せる幻覚…なのか‥‥。

 我こそは‥世界を…支配する‥魔族の‥王‥‥‥‥

 エビル‥プリー‥ス‥‥‥だ‥‥‥‥‥」

光の牢の中で、土色に変化を始めた異形の身体がゆっくりと、だが確実に崩壊を始めた。

嗄れた、途惑うような声音は、途切れがちになり、細く消えて行く。

やがて光が消えると、カラカラに乾いた肢体は、ボロボロと崩れ出した。

「やっ‥た…のね‥‥?」

「あたしたち…勝ったの‥?」

崩れた身体は砂のように細かく砕け、風に運ばれ形すら残さなかった。