2



 

「え、何? え‥?」

「気に入ったぞ、勇者。あの王気取りで現れた邪神官よりも余程面白い!

 元々ここに入れられたのは、奴より陛下を重んじてた者ばかりだしな。手を貸すぞ。」

「え‥本当に? ありがとうございます!」

ソロには何がなんだか分からなかったが。一応スムーズに話が進んだ事を素直に喜んだ。



彼らを牢から出した後、食堂へと移動した面々が手筈の確認を進めて行く。

牢内に囚われていた兵士は7人。彼らの内5人は1階の制圧を任せ、リーダー格の兵士と

その部下の1人には、2階に居る兵の制圧を手伝って貰う事となった。

彼ら曰く。元々人望(?)のない邪神官なので。ただ面倒事を避けたいだけで静観して

いる者も多いという事で。デスピサロが帰城果たした現在、どちらが魔城の主に相応し

いかを見定めようと考える者も多いだろうとの見解があった為、無駄な戦闘は避ける方

向で、作戦を展開させる事となった。

「じゃ‥トルネコとホイミンが連絡係なのはそのままで。ライアンも、彼らと行動して

 1階の制圧に協力してくれるかな。で、2階に居る邪神官直属の部下をアリーナ、

 ブライ、ミネアで抑えて。ジェドとワークは他の兵士達を抑えてくれるかな?」

ソロが作戦の最終確認を行うと、一同がしっかりと頷いた。リーダー格の兵士ジェドが

部下のワークに指示を出す。獣姿の上司とは違って、人に近い姿のワークが頷き、アリ

ーナの前へと歩み出た。

「えっと‥邪神官直属の部下で、厄介なのは‥」

2階でスムーズに動けるように、ワークが説明を始めた。

「では陛下。我らがまず先行して、2階への道を確保します。」

「ああ、頼むぞ。」

1階制圧の担当となった兵士がピサロに一礼して、行動を開始した。

「では‥私達も彼らと向かいます。」

トルネコの言葉にライアン・ホイミンが頷いて、階段へと向かう。

「がんばってね。それと‥気をつけて。」

ソロの言葉ににっこり笑って、彼らも1階制圧に向かって行った。



「ね、ジェド。1階には手強い奴、本当に居ないの?」

彼らを送り出した後、ソロが念を押すよう訊ねた。

「‥居ない訳ではないが。兵達の信頼厚い男で、反乱分子を殺すよう命じられなが

 ら、それを実行せず捕らえるだけに止めた者なのだ。普段の無口が幸いして、

 奴に目を付けられなかったが。アドンとも連絡取り合ってたと聞いたぞ?」

「そうなんだ‥。」

「つまり、その男が味方に着いてくれたら、1階制圧の大きな助けになるって訳ね。

 邪神官と違って、意外に人望あるのねえ、ぴーちゃんて。」

「ま‥マーニャ。」

「ぴ‥ぴーちゃん?」

ジェドがソロの横に並んだ女と魔王を交互に見やる。

「‥女。その呼び名は止めろと‥」

「あら‥ぴーちゃんだって、いつまでもあたし達の名前ちゃんと呼ばないじゃない?」

苦々しく言うピサロに、ちっとも悪びれず、マーニャが明るく返した。

「ああ、それは無理だな。人間の娘。陛下は余程気に入った者しか、名で呼ばぬからな。」

「え‥そうなの?」

代わりに答えたジェドに、ソロが首を傾げつつ訊ねた。

「ふうん‥気に入ったねえ。…あんた。やっぱり最初から、ソロ狙いだったのね。」

ピシっと魔王を指差して。マーニャがむうと膨れっ面で睨んだ。

「そういえば。ソロの事は、ちゃんと初めから名前で呼んでたわねえ‥。」

ワークから一通り説明を聞き終えたアリーナが、会話に参加する。

「‥う〜ん。なんだかちっとも緊張感ないですねえ‥」

「全くだな‥」

呆れた口調で呑気に話すクリフトに、ブライが渋い顔で同意する。

「グ‥ハハハハ! 陛下、この人間達は皆毛色が変わっているようですなあ!」

「‥まあな。」

これから大変な戦いを控えてるとは思えない彼らの姿に、ジェドが愉快そうに笑う。

ピサロも微苦笑して答えると、階段を降りて来る音が近づいて来た。

「やあやあお待たせしました、皆さん。とりあえず道が出来ましたよ。」

「早かったね、トルネコ。」

「ええ。隊長クラスの方への話がスムーズに運んだので。まだすべてに行き渡って

 はいませんが、階段までの通路は確保出来ました。」

「そっか。ありがと、トルネコ。じゃ‥オレ達も行こうか。」

にっこり笑うトルネコに笑顔を返して。ソロが控えていた仲間に号令をかけた。

「ええ、行きましょう。」

「やっとあいつと戦えるのねえ‥腕が鳴るわ。」

「姉さん、油断は禁物よ? ソロ、クリフト、‥ピサロさんもね。」

「ええ。しっかりサポートしますよ。」

「わしらも援護に回れそうなら、向かうからの。」

「うん。でも‥無理はしないでね?」

「我らもいざという時には、この者達のサポートに回るから任せておけ。」

ブライを気遣うように話すソロに、ジェドがにっかり請け負った。

「‥頼むぞ。」

「はい、陛下。」

そんな彼に小さく声をかけると、ジェドがピシリと敬礼をした。



階段を上り1階へと出ると、通路の両端に幾人かの魔物の姿があった。

ピサロがその姿を見せると、ざわめきが治まり、歓喜の声が広がっていく。

「わ‥何?」

「ああ‥それが。ピサロさんの事知らせたら、確かめたいと集まってしまって…」

「わあ‥こんなに人(?)が居たのねえ、この城‥」

続いてやって来たアリーナも、ビックリ眼で集まって来た魔物達を眺めた。

「ほお‥マーニャではないが。確かにそれなりに人望はあったのだのう‥」

ブライも関心した様子で、白い顎髭を撫でながら呑気な感想を述べた。

ピサロは一瞬苦い顔を見せたが、すぐに集まってた連中に目を向けると、スッと手を

上げる。その動作に注目し、一同が静まり返る。

「‥これからこの者達と共に、邪神官を討ちに行く。どのような戦いになるか分からない。

 巻き添えを避けたい者は早々に退避して欲しい。‥お前達の言い分は、戦いの決着後に

 聞かせて貰う。以上だ。」

「どうかご武運を。」

近くに居た兵の1人が敬礼すると、ざっとそれが広がった。

カツカツとその中を歩き出したピサロに続いて、ソロ達も後を追う。

それは思ってもいない光景だった。ここに集まった者は皆、自ら王を名乗り玉座に着いた

邪神官よりも、裏切り者と謗られても仕方ないと思われたデスピサロを選んだのか。

ソロは口々に彼の帰還を喜んでいるよう映る城の者達を不思議な思いで眺めた。



階段の入り口には、ライアンとホイミンが待って居た。

「何やら拙者らの出る幕もないようでな‥」

「そうみたいだね。嬉しい誤算だったよ。」

微苦笑するライアンに、ソロも小さく笑んで返す。

「陛下。お待ち申し上げておりました。」

階段側から歩み出た魔族の男が、恭しく頭を垂れた。

「レン‥だったか。いろいろと世話になったな‥」

「いえ‥私は思うままに動いただけです。奴とは反りが合わないので。」

アイスブルーの長い髪を1つに編んだ、割と綺麗な顔立ちの男が、口の端で笑んだ。

「ここは任せて良いのだな?」

「はい。奴の側近のうち2名は、少々厄介な連中です。どうか油断なさらないように。」

「ありがとうございます。力になってくれて‥」

魔族の男にペコリと会釈すると、男は不思議そうにソロを見た。

「‥既に上の階にも侵入者の話は伝わってるだろう。気をつける事だな。」

そう忠告すると、一歩下がってピサロへ目礼をする。ピサロは黙然と応えると、ソロ達

へ向き直った。

「階段を上れば玉座の間だ。奴はそこに居るだろう。準備は良いか?」

「うん、大丈夫‥ね、みんな?」

ソロが仲間達へ目を移すと、皆も神妙に頷いた。それを確認したソロが「ね?」とばかり

にピサロを振り仰ぐ。ピサロはそんな彼に少しだけ目元を和ませると、ぽんと肩へ手を

乗せた。

「ソロ‥お前とお前の率いるパーティは、ロザリーと私を救ってくれた。

 邪神官を討つ事は、我が私怨のみならず。お前達の恩義に報いる事が出来てやっと、

 過去と決別が出来る…感謝している。」

「…ピサロ。そっか‥皆いろんな想い抱えて、戦いに臨むんだよね。未来へ繋がる戦いに

 なるように‥オレもがんばらないとな。」

「そうね。ここまで来たら、もうきっちり勝って、ぱあっと祝勝会やらないとね!」

「それはいいですね!」

明るく気合入れるマーニャに、トルネコがほっこり笑んで応える。

一同の緊張が解れた所で、一行は階段を上がって行った。

黙然と見送るレンが、しんがりについたライアンに拳を突き出すように送り出すと、ライ

アンも同じように拳を彼へと突き出した。それをふと目撃したピサロが仄かに微笑んで。

それから共に過ごした旅の仲間をざっと眺めた。

最初は戸惑いもあった。面倒だと思った事も幾度もあった。それでも…

共に過ごした日々は、決して長い期間でもなかったが。本当に変化に富んだ毎日だった。

そして‥‥



階段を上りきる前に、一行は2階フロアの様子を探るよう、足を止めた。

(この上が玉座の間です。フロアには兵も数名ありますが。そちらは我らにお任せ下さい。

 騒ぎになれば奴の側で控えている腹心の部下がやって来るでしょう。そちらは…)

(ええ。私達が引き受けるわ。)

小声で最終確認してくるジェドに、アリーナが小声ながらも力強い瞳で応えた。

(ソロ達はまっすぐ玉座を目指して。私達も状況次第で援護に向かうから。)

アリーナはソロとピサロ、クリフト・マーニャに目線を送ってそう続けた。

(了解。じゃ‥行こうか。)

ソロが一同見渡して、GOサインを送る。ジェドとワークがまずフロアに出て兵士を足止

めするのと同時に、アリーナ達がフロアへと駆け上がった。

大広間の最奥‥玉座に座す者が発する凶凶しい気配に包まれた空間に、圧倒されたよう足

が止まる。その気配は明らかに、以前対峙した時とは別物となっている。進化の秘法を用

いる事による変化の大きさを、改めて思った。

「おやおや。侵入者があるとは聞いてましたが。サントハイムの姫とはねえ‥」

大広間の中程で立ち止まった彼女達の前に現れた大まどうが、ニタリと嘲った。

「ふうん‥この女がそうなのか。じゃあ勇者も一緒なのか〜? それは楽しみだなあ‥」

次いで現れた鉄球魔人が、ジロジロとアリーナ・ミネア・ブライを眺めた。

「‥ふん。残念だったわね。あなた達の相手なら、私達で十分よ。」

肩で軽く返したアリーナが、ざっと戦闘体勢の構えを取る。ミネア・ブライも彼らと距離

を取ると、ブライは持っていた魔封じの杖を掲げた。

巧く呪文を封じる事が出来た大まどうへ、アリーナが炎の爪で攻撃を仕掛ける。

呪文詠唱を終えたミネアが強制睡眠呪文を放つと、鉄球魔人がふらりと蹌踉めいた。

「今のうちに行って!」

呪文の効き目を見定めて、ミネアが大声で合図した。

「じゃ‥そっちは任せたからね!」

雑兵を相手にしているトルネコ・ライアンに声をかけて、ソロ達がフロアを駆け抜ける。

「気をつけてね、ソロ。皆も!」

「うん。そっちもね。油断しないでね!」

体勢を立て直したアリーナの呼びかけに、ソロが応える。

手練だと聞く側近と対峙する彼女らの横を走り抜けると、広間の最奥に座したまま、悠々

と待ち構える邪神官の姿が見えた。



「‥久しいな。邪神官よ。」

玉座の手前で足を止めて、ピサロが皮肉げに口の端を上げる。静かに佇む男の姿をマジ

マジと眺めて、玉座の魔導師が僅かに眉を顰めた。

「むっ! お‥お前はデスピサロか!?」

「見ての通りだ。残念だったな、目論みが外れて。私を屠りたかったのだろう?」

「ほう‥その顔はすべてを悟ったようだな。いかにもその通り! ロザリーを亡き者にし、

 お前の自滅を誘ったのは、この私だ。わっはっはっはっ! この私が憎いか? しかし…

 あれ程蔑んでいた人間と手を組むとは、最早恥も極まったな!」

饒舌に語る邪神官が、隣に並んだ勇者一行に目を滑らせて、高笑いする。思わず口を挟も

うとしたソロを制して、ピサロは玉座の男を黙然と睨みつけた。

「どちらにせよ、もう遅いわ。デスピサロよ。お前の時代は終わったのだ。見せてやろう。

 進化の秘法を極めたこの私の新たなる姿を!」

そう言い放つと、徐に立ち上がった魔導師が全身で魔力の集束を開始した。

イオ系呪文を溜めるのによく似た集束の光が全身を包むと、シュウシュウと水蒸気が発生

し、メリメリ軋むような音があちこちに派生する。

ソロ達は戦闘体勢を取りつつ、その光景に目を奪われた。

邪神官は、靄に包まれた中で、その身体を異形へと変化させて行っているのだ。

「これが…進化の秘法‥?」

化け物の姿に変わっていく様を眺めながら、ソロがぽつりと驚愕を滲ませ呟く。

ぶっとい脚が支える躰は、ずんぐりとして、胴体の腹部分に大きな口がぱっかり開き、

大きなアーモンドアイを護るように張り出した出っ張りが、左右に耳のように広がって

胴体をすっぽり覆う。耳たぶ部分の下方は、刺のように先が細く長く伸びていた。

その異形の姿へと変わり果てた邪神官が、獣のような咆哮を上げ、構える一行を見据える。

「呪うがいい! 真の王者と同じ時代に生まれ落ちた己の不幸を!」

嗄れ声で、異形はそう叫ぶと、魔力を集束させて行く。

その魔法が完成するより前に、マーニャが集中させた魔力を解き放った!

「いっけぇ〜〜〜っ! メラ‥ゾーマ!!」

火炎竜が異形を直撃する。その焔に巻かれ、躰をグラつかせてるうちに、ピサロが呪文を

唱えた。バイキルトの呪文を受けたソロが、剣をしっかり構えたまま突進する。

「食らえ〜っ!」

外殻に覆われていない腹の脇を突き刺して、腹を抉るようにしながら剣を引き抜き後退

する。その刹那、灼熱の炎を浴びて、ソロは派手に吹き飛ばされた。

「ソロっ! …ベホマラー!」

クリフトの全体回復魔法が、今の攻撃で傷ついた仲間を癒して行く。

ピサロは自身にもバイキルトをかけ、マーニャがルカニを成功させた所をソロとのコン

ビネーションで攻撃仕掛けて。クリフトの回復補助系呪文の助けも巧く作用し、戦闘は

こちらのペースで展開し、ついに、異形に身を変えた奴の動きがピタリと止まった。

ズズ‥という重い音と共に、耳のように思えていた場所から、ズズ‥ンと何かが伸び始

める。どんな攻撃を仕掛けて来るものかと、一同が注視する中、その生えて来たモノの

先端からにょきんと弾け現れたのは‥手だった。

巨大な鉤爪を持った大きな手が突き出され、異形は再び咆哮する。

それはビリビリと、肌が痺れるような威圧的な咆哮だった。


2010/11/7