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それから3日。

ピサロの元に一通の手紙が届けられた。

差出人はロザリー。

アドンが持つ連絡用の伝書箱を用いて、彼女が手紙を送って来たのだ。



「それで…ロザリーはなんて?」

ソロ達が宿泊している部屋にメンバーが集うと、アリーナが固い表情で訊ねた。

「‥アドンからの伝言と、あちらの様子が書かれていた。

 どうやらデスパレスに奴が現れたらしい。その際騒ぎがあったようでな。アドンはそれ

 に巻き込まれたのだろう。深手を負ってたそうだが‥高位呪文を操る者の手当が受けら

 れた事も幸いし、命に別状はないとの事だ。…とまあ、そんな内容だな。

 奴の事は心配いらぬだろう。問題は‥邪神官だ。

 城がごたついている今が一番の好機だと思うが?」

「そうじゃのう。城の警備体勢が整う前に、攻め入るべきだろうな。ソロの意見は?」

「ああ‥オレも同じだよ。騒ぎがまだ収まっていなかったら、玉座に在るだろうあいつの

 元へ直接乗り込むのもそれ程苦じゃないだろうし。‥皆はどうかな?」

ブライに答えたソロが一同を見渡し問いかけた。

「‥そうね。アドンの事は心配だけど。ロザリーもついてる事だし、ネネさんはしっかり

 者ですもの。あたし達は彼の持って来てくれた情報を最大限活かせるように、動くべき

 だと思う。‥もう、いつでも戦えるよう準備して来たしね。」

マーニャの言葉にライアンとトルネコも大きく頷く。決意を宿した眸でミネアも神妙に頷

いて、全員一致を確認した所でソロが号令をかけた。

「じゃ‥準備完了次第出立って事で。荷物まとめたら馬車に集合ね。」



元々いつでも発てる用意はされていたので、全員が集合するのも早かった。

数日ぶりに馬車を引くパトリシアも、これから向かう先を感じてか、どこか緊張している

ようにも見える。

「パトリシア‥もうひと踏ん張り、よろしくね。」

手入れの行き届いた真っ白な鬣を撫ぜながら、ソロが声をかける。パトリシアはそれに応

えるように、鬣を震わせ小さく嘶いた。

トルネコとソロ、ピサロが御者台に座って。残るメンバーが幌へ乗り込むと、早速馬車が

走り出す。軽快なリズムで通りを走り抜け、町の外へ出た所でピサロが移動呪文を唱えた。

アネイルからデスパレスへ。一行はあっさり移動を果たした。

城から少し離れた場所で馬車を止め、最終確認を取る。

「じゃ‥変化の杖でまず地下へと全員で向かう。地下牢に捕らわれてるピサロの部下と

 合流して、1階の制圧を彼らに。2階の敵をアリーナ、ライアン、ミネア、ブライが。

 オレとピサロ、クリフト、マーニャであいつの元へ向かって。トルネコは連絡係担当。

 ‥って感じで配置に着くけど。状況に応じてメンバーチェンジも有り得るからね。」

「ええ、大丈夫。城内の様子もしっかり叩き込んだし、洞窟攻略でいろんな連携も積んで

 来たんだもの。ただ‥地下牢に捕らわれているっていうピサロの部下、あてにして本当

 に大丈夫かしら?」

メンバーの不安を代弁するように、アリーナが問題点の再確認を求めた。

「う〜ん‥アドンの報告だと、協力してくれるよう話が通ってるみたいだったけど…。

 駄目だったら、最初の計画通りに動くって事で。どちらにせよ、作戦拠点は一緒だもん。

 なんとかなるでしょ。」

「あんたって、本当アバウトよねえ。ま、ここまで来たら、じたばたしても始まらないか。

 ぴーちゃんが曾ての部下にどれだけ信頼されてるか‥まあ、ぶつかって貰いましょう。」

ソロの頭を抱くように引き寄せたマーニャがにっこり笑って、他人事だとばかりにピサロ

を指した。

「‥交渉を円滑に進めるには、こいつも必要なのでな。連れて行くぞ。」

ビシっと指差しされた魔王が苦い顔を浮かべると、ツカツカ2人の前に歩み出て、ソロを

彼女から剥がすよう奪う。

「商人、変化の杖を忘れるなよ。お前がパーティの中心で杖を用いるのだからな。」

スタスタ先頭へ向かうピサロが、追い越し様トルネコに声を掛けた。

「え、ええ。ちゃんと持ってますよ。使うタイミングはお願いしますね。」

大荷物を背負ったトルネコが、手に持つ杖を掲げて返す。

「なんだか、緊張感足りないわねえ‥。」

ソロを連れて行ったピサロにブチブチ文句を呟いてるマーニャを横目に、アリーナがぼやく。

「本当に‥。姉さん、城に入ったらぴーちゃん呼ばわりは控えてね?

 ソロが絡むとヘタレて見えるヒトでも。一応あれは元・魔王さまなんだから。」

ひそひそ‥と姉に忠告するミネアだが、その台詞はしっかり元・魔王さまに届いていた。

「なあに? ピサロも緊張してるの?」

ほんのり寄せた眉が苦々しさを孕んでいるのに気づいたソロが、そっと声をかけた。

「…いや。少々雑音がな。…まあ。お前のパーティはどこに居ても変わらないな。」

「え‥何のコト?」

「奴との決戦‥魔城に乗り込むというのに、いつぞやの薬草摘みのような感覚だな‥と。」

呆れてるというより感心したというような表情で、ピサロがメンバーを眺めた。

「‥うん。あんまり緊張するとさ、体が固くなっていつも通りに動けなくなる‥って。

 だからさ、強敵と戦う前はいつも以上に肩の力抜いて挑もう‥って。」

「ほお‥それはすごいな。理解していてもなかなか切り替えられぬものだが‥」

「マーニャやトルネコはそういった雰囲気作りが巧くてな。」

後方を歩いていたライアンが2人と並んで歩き会話に加わった。

「あれ、ライアン。どうしたの?」

「ああそれがな…」

そう言って彼は下がった場所に立つ青年を招き寄せた。

「あれ‥この人どこかで‥‥」

優しげな吟遊詩人姿の青年に、ソロが首を傾げさせた。

「ホイミンだ。拙者と以前旅をしていた‥」

「ああ、あの! そっかあ、それで見覚えあったんだ! ‥って、どうしてこんな場所に?」

「とある方に決戦が近いと聞いたんです。それで‥僕は回復魔法くらいしか取り柄ありま

 せんが、皆さんのお手伝いが出来ればと‥。お願いします、お仲間に加えて下さい!」

「回復魔法の使い手が増えるのは、とても心強いよ。でも…いいのかい? 平和に暮らし

 てたんじゃ‥?」

真剣な眼差しを向けるホイミンに、ソロが確認するよう問いかけた。

「巨大な閃光が天地を貫いた頃から、ずっと厭な気配がしてたんです。それが日に日に膨

 らんで…やっと理解しました。僕の中に眠るホイミスライムの魂が警報発してたのだと。

 警報止めない事には、平和になんて暮らせませんよ。」

ぎゅっと胸の辺りを抑えたホイミンが、恐怖を払い退けるような強い瞳で笑んだ。

「そっか‥。そーだね。うん、一緒に戦おうホイミン。ホイミンは回復魔法が得意なんだ

 よね。じゃ‥トルネコと一緒に動いてもらって、指示仰いで貰ってくれるかな?」

コクンと頷くホイミンに、ソロがにっこり微笑んで、トルネコを呼ぶ。

「…という訳なんだ。後方支援という形でホイミンには動いて貰いたいんだけど。トルネ

 コに任せて良いかな?」

ざっと経緯を説明すると、確認を取った。

「はい、もちろんですとも。お任せ下さい。回復要員が不足気味でしたので、ありがたい

 助っ人ですね。」

「うん。じゃ、ホイミン。あまり無茶はしないでね。来てくれて、本当にありがとう。」



思わぬ助っ人を得た一行は、城の手前で使った変化の杖の効果で魔物に身を窶し、城門を

潜り抜けた。

スライムの姿に変化した一行は、ぴょんぴょこ跳ねながら、隊列組んで城内へと進んで行く。

最初この姿に変化した時は、特にピサロの姿に一同大爆笑し、特にツボにはまったらしいマ

ーニャは、「ありえない」を連発しながら全身揺らして笑い続けた。スライムは群れる習性

があるので、集団で移動していても不自然でなく、他の魔物に対して脅威を与える事もない

ので、絡んでくる者もまずない。そうピサロが説明した通り、それはもう和やかに、ぴょこ

たんぴょこたん目指す場所へと到着した。

「とうちゃ〜く!」

階段を競争しながら走り降りたアリーナが、元気よく跳ねた。

「くやし〜い。同じ体してるのに。身のこなしがこんなにちがうなんて〜」

地団駄踏むようにぽすぽす身を打ち付けるマーニャに、遅れて到着したミネアが体当たり

する。

「ねえさん、そんなところにいたらじゃまじゃない!」

「うう〜ん、みんなげんきだねえ‥」

緊張感が滲んだのは、城門を潜った時だけ。後はぴょこたんぴょこたん跳ねてるうちに、

なんだか気持ちも弾んできて、今に至る訳である。

ソロはふふふ‥と和む光景を眺めると、先頭へ飛び出したピサロを追うように、ぴょこん

と跳ねた。人間の目からは固体差などほとんど判別つかないのに、自身がスライムの身に

姿を変えてしまうと、くっきりはっきり固体差を認識してるのを不思議に思いながら、

ソロは前方を跳ねるスライムに声をかけた。

「ねえピサロ。ここまではうまくはいりこめたけど。地下牢をまもるへいしは、さすがに

 見のがしてくれないんじゃない?」

「‥かもな。だが、どちらにせよもんだいない。じき、効果もきれる。」

「ふふ。かれらの前でへんげがとけたら、ちょうどいいわね。奇襲になるし。」

ぴょこんぴょこんとソロに並んだアリーナが、ピサロに続くようスピードを上げた。



そして。

問題の地下牢。

にじにじと牢を見張る兵士に近寄って行ったスライム達は、邪険に追い払う彼らににんま

り微笑むと、変化の杖の効果が解けるのを待った。3・2・1 …

ピサロが予測した通りのタイミングで、元の姿に戻った一行は、瞬く間に地下牢制圧を果

たした。元々対した数が配置されてた訳でもなかったので。驚く程あっさりと、地下牢並

びにそれに続く食堂を制圧する事が出来た。

「さて…と。こちらはOKよ。良い具合に空いてる牢屋があってよかったわ。」

伸した兵達を空だった牢に押し込め終えて、マーニャが清々しい顔を浮かべる。

「鍵も見つかりましたよ。」

小走りしたトルネコが、ピサロとソロに並んで立っていたクリフトにそれを手渡した。

「あ、ありがとうございます。」

「どうですか、交渉は‥」

ピサロと牢越しに対峙する魔物にちらっと目をやって、ひそっとトルネコが訊ねた。

「ええ‥、まあ。大丈夫‥とは思うんですけど…」

牢に囚われているのは、邪神官を快く思わない連中ばかりなので。反旗を翻すのに躊躇

はないし、デスピサロを慕っていた部下も何人かあった。問題は‥勇者=人間に肩入れ

するピサロの真意で。牢内に囚われている魔物達は、それを確認するよう、彼の隣に立

つ勇者へ不躾な視線を注いだ。

「…あの。オレ達を今すぐ信用してくれ‥なんて、そんなの無理だと解ってます。けど‥

 邪神官と戦う、その間だけでいい、力を貸して頂けないですか? お願いします!」

訝しげな視線をまっすぐな瞳で受け止めて。ソロははっきりした口調でそう頼み込んだ。

ぺこりと頭を下げる勇者に、牢内の魔物達が顔を見合わせる。

ピサロはソロの肩に手を置くと、彼らへと視線を向けて口を開いた。

「‥私はこの者に、いや‥勇者一行に大きな借りを作った。そして‥奴には大きな貸しが

 ある。それらを清算する為に、今日この城へと戻って来た。奴に引導を渡す、その為に

 な。奴を屠る為の戦いを邪魔する者の排除を、頼めぬだろうか?」

「陛下…」

す‥と頭を下げる魔王に、魔物達がざわざわ躊躇いを滲ませる。

意外な魔王の姿は、隣に立っていたソロも、距離を開けて見守ってた仲間達にも驚きだった。

「ピサロ…」

「…あの、1つ伺っても宜しいでしょうか?」

リーダー格っぽい魔獣の姿をした兵士が、遠慮がちに口を開いた。

「その勇者は陛下にとってどのような存在なのですか?」

目で先を促された男が、魔王を気遣うような表情を見せる勇者を不思議そうに眺め訊ねる。

「‥ん? ソロの事か…? こういう存在だ…」

ピサロは口角を上げると、ソロの腰に回した手を引き寄せて、素早く唇を奪って見せた。

「ちょっ‥ピサロっ、何するんだよ!?」

牢内の面々も面食らったように退避いだが、それは周囲に居た者ほとんどにも同様で。

一同、びっくり眼で行方を見守った。

「言葉を並べるより、手っ取り早いだろうと思ってな。」

「なるほど‥未来のお后様を見つけられたのですね…」

後方にいた兵士の1人が、にっこりと微笑んだ。それを聞いた面々も納得と頷いている。

「‥えっと。あの‥オレ、男‥なんだけど?」

何故そこで納得されてしまうのか、首を傾げながら、苦い顔で訂正してみる。

「見れば分かる。それくらいな‥。」

「え‥そう? そっか‥女に間違われてはいないのか…」

リーダー格の兵士の言葉に、ホッとした顔を浮かべるソロに、彼は盛大に笑い始めた。

「クック‥ク。ガハハハハ‥ッ!」