ソロの魔力は戻らないままだったが。数日が平穏に流れたある晩の夕食。

「皆にいい報告があるんだ!」

食事を終えて雑談が始まると、ソロがにこにこと一同を見渡した。

「なあに? いい報告って‥?」

「うん。実はね‥井戸の修復して貰った後、ちょっと工夫してくれてね。いいもの

 造って貰えたんだ。今から案内するから着いて来てよ。」

きょんと聞き返すシンシアににっこり笑うと、ソロは他の3人も促し立ち上がった。

「なんで日が暮れてから誘うのよ、あんたは。

 明るいうちに案内してくれればいいのにさ‥」

レンが中心になって作業を進めてくれている、新築中の家屋がある方へと歩きだした

ソロに、マーニャが声を掛けた。

「ふふ‥着いたら分かるわよ、姉さん。」

月明かりを頼りに歩く道のりが難儀だとこぼす彼女の隣に並んだ妹が宥めるよう肩に

手をおいた。

「あら‥あんたは知ってるの?」

「元々提案してくれたのミネアだからね。ね、ミネア。」

「実際に動いてくれたのは、トルネコとレンさん達なんだけどね。

 こんなに早く完成するとは思わなかったわ。」

「ああオレもだよ。家の方とは別に人手が集まってくれたんだって。

 力仕事が得意な連中が張りきってたって。」

雑草が踏みしめられた地面へと立つと、説明しながら歩いていたソロが足を止めた。

大きな岩を過ぎて開けた場所に出たそこは、ソロ達の住居となる予定のログハウス

の外観が大分整って来て居た。

そこから少し離れた場所に、彼らが現在使っているテントとはまた違ったタイプの

円筒型をした幕が張られてある。

「あれがね、今日完成したって報告あった施設だよ。」

そう説明すると、ソロが案内するよう歩き出した。

円筒型のせいか、現在寝起きしているテントよりも少し大きいその幕は、円錐の

屋根部分が一部開いていて、近くまで来ると白い湯気が立ち上っているのが視認

出来た。

「あ‥これってもしかして‥?」

マーニャが思いついたよう呟くと、足早にテントに近づき入口の幕を上げた。

「わあ‥やっぱり!」

「まあ‥これは‥」

マーニャに続いて中を覗いたシンシアが、目を丸くした。

「水周りが整うなら、やっぱり欲しいよね‥って

 。ゆっくりお湯に浸かれる方が癒されるしね。」

「うんそう! これはいいわ! いい仕事して貰ったのね。偉いわ!」

「本当‥こんな早く、作って貰えるとは思わなかったわ。

 レンさん達がんばってくれたのね‥」

テンション上がる姉に頷くミネアも嬉しそうに微笑んだ。

「ねえねえ。もう今日から使えるの?」

待ちきれないとマーニャが切り出すと、ソロがこっくり頷いた。

「うん。いろいろ足りない所もあるかもだけど。一応お風呂自体は使えるよ。」

「よっしゃあ! 早速あたし達から使わせて貰っていいよね?」

「うん。どうぞ。」

「やった! サンキュ、ソロ。

 じゃ、着替え取りに行って来ましょう。ミネア、シンシア。」

2人の腕を取って、マーニャが行きの倍は軽い足取りでテントへと向かい歩き

出した。

見送ったソロとクリフトが、彼女達の姿が見えなくなると小さく笑みをこぼす。

「ふふ‥マーニャさん、随分ハイテンションに行っちゃいましたねえ‥」

「本当だね。まあ‥気持ちは分からなくもないけどさ‥」

ふんわりと湯気が立つ岩風呂を眺め、ソロが微笑う。

テントの中は2〜3人は同時に浸かれそうな岩風呂が奥に設置され、石の道

が敷かれていた。幕を潜ると衝立が2つ並んでいて、それを動かす事で脱衣

所と区切った空間を設けられるようになっている。

「成る程〜短期間で設置された割によく出来てますね。」

女性陣が戻るまでと、内部を観察していたクリフトが感心したよう頷く。

「だよね。こんなにしっかりしたのを作ってくれるとは思わなかったよ。

 思ったよりも湯船も広いし。

 オレ達も女の子達が終わったら、一緒に入ろうね。クリフト。」

「そうですね。」

ワクワク話すソロに笑んで返すと、華やいだ声が近づいて来た。

「ああ‥本当に早かったですね。もう戻って来たようですよ?」

「本当だね。マーニャは元気だなあ‥」

先頭をズンズン歩いてこちらへやって来る彼女を認めて、ソロがクスクス

笑った。彼女の少し後方にミネア。それよりもやや遅れてシンシアがこち

らへと戻って来るのが見える。

「やあ。早かったね。

 オレ達はテーブルに戻ってるから、済んだら声かけてね。」

彼女達を迎えるように歩き出したソロが、先頭歩くマーニャへと声を掛けた。

「ええ分かったわ。じゃ、お先に頂くわね。」

「うん。ゆっくりどうぞ。」



「ここを脱衣所に使えばいいわね。着替えはこのカゴに‥と。

 衝立も少し移動させて‥ん? シンシア、どうかした?」

天幕の中に入って使い勝手をチェックしていたマーニャが、入口で立ち止

まったままの彼女に声を掛けた。

「‥あの。私‥後でいいので。

 え‥っと、1人で使わせて貰っても、いいかしら?」

遠慮がちに申し出るシンシアに、マーニャとミネアが顔を見合わせる。

「あら。それならシンシアが先に入っていいのよ。

 私と姉さんはその後でも構わないのだから。」

「あ、いいえ。ちょっと休んでからの方がいいかなって。

 だから2人がお先にどうぞ?」

ミネアが柔らかい口調で返すと、シンシアがそう答え一歩後退った。

「‥疲れさせちゃった?」

「ううん、そんな事。ただのわがままだから、気にしないで?」

心配顔で見つめてくるマーニャに笑んで返す。

「それじゃ、お言葉に甘えて先に頂くわね、シンシア。」

姉の肩に手を乗せたミネアがそう微笑むと、シンシアもコックリ頷いて、

天幕を下ろした。



「ふう‥」

天幕から少し離れた材木が積まれた所まで移動したシンシアは、手頃な木の

上に腰を下ろした。

木の匂いを濃く感じながら、シンシアがぼんやり空を眺める。

ずっとこの村で育って、余所を知らない自分だけど。

今この村にあって、全く知らない土地へ来たような寂しさがふと胸に渦巻いて

いるのを自覚する。

初めて目にする建物が、この一画には溢れていて。それが、もの悲しい気分を

運んで来るのだろうか‥?

作り掛けの家へと視線を向けて、もう1つ嘆息を落とした。



「シンシア‥大丈夫かしら?」

湯船に浸かりながら。マーニャが心配顔を浮かべこぼした。

「ソロは旅慣れてしまったから気づかなかったんだろうけど。

 彼女はこういうの慣れてないのかも知れないわね。」

ここへ来てからずっと、ちゃんとした風呂へ入る事が適わずにいたので。

裸の付き合いには慣れてないのだろうと推察し、ミネアが返した。

「そうかも知れないね。あたしらには馴染み深い習慣でも。

この村がそうだったかは分からないし。」

「そうね。無理強いしないで。本人の意向を尊重しましょう、姉さん。」

「だね。じゃあまあ、あんまり待たせるのも申し訳ないから、そろそろ

 出ましょうか。」

適当に身体も温まった所で、ザバっとマーニャが立ち上がる。

妹も姉に倣って立ち上がると、湯船から出た。



「シンシア。お待たせ〜。次どうぞ〜」

着替えを済ませて天幕を出ると、マーニャが少し離れた場所で座っていた

彼女に声を掛けた。

「いいお湯だったわよ。あたし達ここで待ってるから。

あんたものんびり浸かってらっしゃい。」

立ち上がったシンシアに、彼女が続けて声を掛ける。

「ありがとう、マーニャ。じゃあ、そうさせて頂くわね。」

シンシアはにっこり笑うと、天幕へ向かって歩き出した。

丁度入口の所で中から出て来たミネアと顔を合わせ、互いににっこり微笑む。

「お先に頂きました。シンシアもゆっくり頂いてね?」

「ありがとう、ミネア。それじゃ、使わせて貰います。」





「ソロ、クリフト、お待たせ〜」

「お帰りマーニャ。ミネアとシンシアは?」

「うん、すぐ来るわよ。あんた達が待ちかねているんじゃないかって、

 一足先に呼びに来て上げたのよ。」

両手を腰に当て話すマーニャに、ソロがにっこり笑う。

「そっか。ありがと。じゃ、オレ達使わせて貰うね。」

「冷たい飲み物、ここに用意してありますから、3人でどうぞ。」

ソロと一緒に立ち上がったクリフトが、テーブルに置かれたポットを指差した。

「あら、気が利いてるじゃない。ありがと。遠慮なく頂くわね。」




「あ、シンシア。ミネア。どうだったお風呂?」

しばらく歩くと戻って来る2人を見つけたソロが駆け寄った。

「ええ、とっても快適だったわ、ソロ。ね、シンシア?」

「ええ。広々と浸かれるのは有り難いわ、やっぱり。」

「そっか、良かった。テーブルの所にね、飲み物用意してあるから。

じゃ、オレ達も行って来るね。」

追いついたクリフトと一緒にソロも歩き出した。

「いってらっしゃい。ごゆっくりどうぞ。」

「うん、そうさせて貰う〜」

ブンブンと大きく手を振って返すソロの背中をしばらく見送って、彼女達も

歩き出した。




「ねえ、クリフト。」

天幕の中に入って上着を脱いだソロが、ぽつんと口を開く。

「あの‥さ。シンシア‥あんまり嬉しくなかったのかなあ?」

「どうしてですか?」

「‥なんとなく。わかんないけど‥」

「まあ、マーニャさん程はっきり喜んでるようには見えなかったですけど。

 あのハイテンションぶりと比べてしまうとねえ‥」

クリフトが考えるようにしながら返すと、ソロがクスクス笑った。

「マーニャはすごい喜んでたね。うん。」

「気に掛かる事があるなら、後で彼女に確かめてはいかがですか?」

「そうだね。うん、そうする。」

こくんと頷いたソロは、気持ちを切り替えるように頬をぱしぱし叩くと、

一気に服を脱ぎ捨てた。

そのまま勢いよく湯船の方へ向かい、盥に汲んだ湯を被って、ザブンと

飛び込む。

「はあ‥やっぱり風呂はいいなあ。」

足を伸ばして肩まで湯に浸かるよう背を反らし斜めに傾ぐと、ソロがほお

‥と息を吐いた。

「岩風呂とは、風情ありますねえ‥」

ソロと同様に掛け湯したクリフトが周囲を見渡した。

「だよねえ。こんな立派なの作ってくれるとは思わなかった。」

隣に並んで座れるようにソロがスペースを空けると、クリフトが静かに

湯船へと浸かる。

「ふう‥やはりいいものですねえ‥」

「だよねえ。癒されるよねえ‥」

「ええ、本当に。疲れが吹き飛びますね。」

にこにこと話すソロにクリフトも笑んで返して。和やかな一時が流れる。



急ピッチで進められている家屋の建築も、大分目処が立って来たその晩。

温かな湯で解された身体は、心中を複雑にしたシンシア以外のメンバーの

心も解したようだった。

彼女が抱える不安を、ソロはまだ知らなかった。