風呂から上がったソロとクリフトが天幕を出ると、移動呪文の光がこちらへ

まっすぐ伸びて来た。

「あ‥あれ‥」

もしかして‥と続けようと口を開くより早く、建築現場中央へと光の主が

降り立つ。

「ピサロ‥」

大して離れてない場所に降り立った彼の側へと移動したソロが、首を傾げ

させた。

「例のモノが完成したと聞いてな。

 不具合はないか確認と、先日お前が気にしていた件について報告に来た。」

不思議顔を浮かべるソロに、苦笑したピサロが答えた。

「あ‥うん。風呂は快適に使わせて貰ったよ。

 本当にいろいろ手回してくれて感謝してる。」

「そうか。ならば良い。家屋の方も急がせるよう指示してある。

 作業は順調と聞いてるが?」

「うん。皆すごいがんばってくれてるよ。

 トルネコがすごいスピードだって、感心してたもの。」

ソロがにっこり話すとピサロも目元を和らげる。

「それで? 魔王さんの用事ってそれだったのですか?」

一歩前へと踏み出したクリフトが訊ねると、ピサロが彼へと視線を移した。

「‥本題はこれからだ。」

小さく息を吐くと、ピサロが徐に語り出した。



彼の話はシンシアの事で。村から出られないという制約の効力がどこまで及ぶ

のかと案じるソロへの回答だった。

ピサロが以前似た話を古い文献で読んだ記憶があるとかで、その確認をして

来てくれたのだ。それによると、遠出は確かに望ましくないが、気球で空へ

上がる分には問題なかろうとの結論だった。

「じゃあ、大丈夫なんだね?」

「ああ‥絶対とは言えぬがな。」

「なんだよぉ。はっきり断言できないの?」

ホッと笑顔を浮かべてたソロが苦い顔でむぅと魔王を睨んだ。

「断言が欲しいなら、適任者が居るだろう?」

言って、ピサロは天を仰いだ。

「でも…」

勿論それが手っとり早いのは理解しているソロが、彼女達が過ごしている

だろう方角へ目を移す。

「お前が向かわずとも、ちゃんと適任者が居るだろうが。」

ニッと意地悪く口の端を上げて、ピサロが前方の神官を顎で示した。

ソロがそれに倣うようクリフトへと目線を向ける。

「貴様まだ持って居るのだろう?例の預かりモノを。」

「預かりモノ?」

「‥ええ。預かったままですよ。‥仕方ありませんね。

 謁見適うか判りませんが、行って来ますよ‥」

きょんと見つめるソロに緩く笑んで、クリフトは懐からキメラの翼を象った

金のアクセサリーを取り出した。

「竜の神から預かったアイテムなんですよ。

 天空城直通にしか使えないみたいですけどね。」

「行ってくれるの?」

「ええ。まあ私も少し伺いたい事がありましたし。丁度いいです。」

進んで行きたい場所でもなかったが。一応の理由もあるからなんとかなるかと、

クリフトがしっかり笑んだ。

彼の笑顔に安堵した様子でソロが詰めてた息を吐く。

「じゃ‥ちょっと行って来ますね。」

「え‥これから?」

「早い方がいいでしょう? 

 早めに切り上げて帰りますから、ここでピサロさんと待ってて下さいソロ。」

そう笑って、クリフトは手に持ったアイテムを早速使った。

次の瞬間、光の帯が天へとまっすぐ伸びる。瞬く間に移動果たしてしまった

彼を見送って、光が消えた後には、ソロとピサロだけが残された。

「‥なんかいきなり行っちゃったね。」

大丈夫かなあ‥と天を見上げながら、ソロが案じるようこぼす。

「問題なかろう。奴の訪問を拒む理由もないだろうしな‥」

「そうかなあ‥。本当は俺が行くべきなんだろうけど‥」

「お前一人では向かわせられないぞ。」

ピサロがそこだけは譲れないと、きっぱり口を挟む。

それに微苦笑返したソロは、彼に促されるまま近くの木の台に並んで腰を

下ろした。作業台になってる低いテーブルは、木材の加工等に使われてる

だけあって、がっしりしていてベンチ替わりに丁度良い。

「‥そういえば。久しぶり‥だね。」

少しの沈黙が続いた後、ソロがぽつんと口を開いた。

こうして2人きりになったのは、ソロの魔力が戻らないと大騒ぎになった

日以来なので、1週間以上経っている。昼間工事関係の打ち合わせ等で

訪れる事もあるが、そういう時は周囲に常に人が居るので。

こうして2人きりになれる事はなかった。

「ああ‥そうだな。」

俯きがちに呟いたソロの髪へそっと手を伸ばして、ピサロがまだ湿った翠髪

を一房櫛削った。

「濡れたままだと風邪引くぞ‥」

「大丈夫。ちゃんと拭いたもの。それに、もうそんなに寒くないし。」

「まあ‥夜でも冷え込むような気候ではないようだがな。」

これから夏を迎えようとしている季節の中にある村の景色を見やって、

ピサロが返す。

新緑が日々濃さを増していく村の風景は、月明かりに照らされ輝いていた。





「こんばんは。夜分に突然申し訳ありません。」

天空城。衛士に案内され、すんなり竜の神の私室へ通されたクリフトが、

爽やかな笑顔で部屋の主に挨拶をした。

「べ‥別に常に見ている訳ではないぞ?」

「私は何も言ってませんが?」

どうにも罰が悪そうに言う神に、涼しい顔のクリフトが返す。

「妙な時間に奴が村へ向かうのが見えたから、つい‥な。」

顔を背けてぽつりとこぼした神が、部屋の奥へと案内した。

既にテーブルに用意されてるティーセットが2つ。

対面に腰掛けると、クリフトは早速用件を切り出した。



「‥では。気球で上空に上がっても、問題ないんですね?」

「ああ。空はまだ人間よりも天の領域に近いからな。そのまま海の上まで

 移動したとしても、特に支障はない筈だ。ただし‥‥」

竜の神は表情を引き締めると、声のトーンを落とし考えられる懸念を語った。


「それは‥どうしようもないのですか? 変えられないのでしょうか?」

クリフトは訊きたかった問いの答えを先に示され、苦渋の顔で確認を迫った。

「そなたも生命を扱う魔法を会得している以上、解っているだろう‥。

 彼女は勿論、恐らくソロもそれは感じ取っている筈だ‥。

 アレの魔力が巧く作動しない理由は、件の薬の副作用だけでなく、今一番

 関心を寄せ気遣っている対象に全神経注いでるせいもあるのだろう。」

竜の神の言葉に、クリフトも成る程と納得せざるを得なかった。

今のソロはそちらに神経使っているだけで一杯一杯なのだろう。

「そうだったんですね‥。それで‥‥」

クリフトは不器用なソロを思い嘆息した。

「‥あの。もう1つお伺いしたいのですが‥」

ここへ来た彼にとっての本題を、言葉を探すようにしながら、クリフトは

切り出した。



山奥の村。天空城へ向かったクリフトの帰りを待つソロとピサロは、他愛の

ない会話を交わして過ごしていた。

「そっちはどうなの?」

「どう‥とは?」

「ん‥デスパレスとか。あの戦いでお城全壊しちゃったし‥」

指を手に宛て、ソロがあの日を振り返るよう空を見つめた。

「ああ‥まあな。特に急いで修復せずとも良いとは伝えてあるんだが。

 あの日城に居た連中が特にはりきって居てな。不思議と活気づいてるぞ?」

「揉め事にはならなかったんだね、良かった‥」

ピサロを中心に動いているのだとレンやアドンから聞かされてはいたが、

本人からも順調そうな話が聞けて、ホッとしたようソロが表情を和らげた。

「ああ。こちらは問題ない。ただ、しばらくは雑事に忙殺されそうなのがな‥」

こちらに顔出す時間もなくなりそうだとボヤく魔王に、ソロが慰めるよう頭を

撫でた。

「もう少し、色気ある慰めが欲しいんだがな‥」

柔らかな銀髪の感触を楽しむように撫でるソロの手を掴んで、ピサロがもう

片方の手を背へと回し抱き寄せた。

向かい合わせとなった顔が近距離に迫って、ソロが眼を大きくした次の瞬間

には、唇が重ねられていた。

「んーーー」

一瞬強ばった身体は、すぐに緊張が解かれ、そのまま口接けを享受する。

ただ触れ合うだけの口接けなのに。すぐには解かれなくて。

「ふあっ‥。も‥もう、突然なんだから‥‥っ‥」

長い口接けから解放されると、顔を真っ赤にしたソロがプイと横向いて、

照れを隠すように抗議めかせてこぼした。ドキドキドキ‥

本当にただ触れ合うだけのキス。官能を誘うキスとは違う、けれど酷く心に

染みるような‥優しいキス。

ぽわ‥っと温かなものが胸に広がるのを思って、ソロは隣に座る魔王へと

目を移した。

互いに瞳が交わされるとふわりと微笑み合う。そんな甘い雰囲気には、

お約束のような邪魔が入るようでーーー

「あ‥」

ソロが羞恥むように笑んだ次の瞬間、小さな声を上げた。

「お帰りなさい、クリフト!」

パッと立ち上がって、天からの光が降りた方へと駆け寄る。

彼らのすぐ側に着地したクリフトは、いつもの笑顔で彼に応えた 
 
 
           






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