「あらあら‥すっかり嵐は去ったようね。」

あれから、賑やかに雑談に興じている中戻って来たミネアが、口元に手を寄せて微笑んだ。

「やあソロ。話を聞いて驚きましたよ。…でも、その様子だと本当に大丈夫そうですね?」

「うん、本当に心配かけてごめんなさい‥」

「まあ私らはともかく‥彼にはきちんとソロから説明した方がいいですよ?」

「え…」

トルネコが背後を指すよう目線を送ったので、そちらへ目を移すと銀髪長身の男と視線があった。

「ピサロ…」

「さっき建築現場の方で会ったの。アドンから報告受けてやって来たんですって。」

ミネアが彼を招くように仕草で示すと、ゆっくりとした足取りで前へと出て来た。

「‥少しソロと話があるのだが。…借りて行っても良いか?」

ソロの隣に立つシンシアに、どこか遠慮がちにピサロが訊ねた。

「…ソロが判断する事だわ。」

「‥だそうだ。ソロ…?」

そっけなく返したシンシアの言葉を継ぐように、ピサロがソロに返事を求める。

「…うん。じゃ‥ちょっと行って来るね。」

ソロはシンシアの肩にぽんと手を置くと「すぐ戻るから」と声をかけて、足早に彼の元へ

と向かった。



「‥大体の事情は娘から聞いた。」

なんとなくその名残を残す小路を並んで歩きながら、ピサロが静かに話し出す。

「あの時‥何らかの回復アイテムを用いたのは理解したが。随分強い効果があったのが

気に罹っていたのだ…。著しい効果を上げる薬は、その反動も大きく出るからな‥」

「…うん。薬で押し上げた分の体力を失うんだ‥って説明された。でも‥

 あの戦いで負けたら、全部なくなっちゃうもの。それは絶対駄目だから…オレ‥」

「ああ‥分かってる。別に責めるつもりはない。事前に話して欲しかったとは思うがな。」

「…うん。マーニャにもたっぷり怒られた。」

寂しそうに微笑うピサロに、申し訳なさそうにソロが項垂れた。

「今の所、自覚しているのは魔力が戻らない事だけか?」

くしゃりと翠髪を撫ぜて、ピサロがそっと彼の顔を覗き込む。

「うん。なんか‥魔力の集中に手応え感じないんだ…」

立ち止まったソロがキュッと拳を握りながら返した。

「恐らく、占い師の見立て通り急激な体力変化に、魔力コントロールが追いついてない

 せいだろうな。魔力が戻ってない訳ではないと思うぞ。」

「そう…?」

「ああ。だから他の者もお前が言い出すまで気づかなかったのだろう。」

「そっか‥。まあ多分そうじゃないかな‥とは思ってたんだ。」

苦笑いを浮かべたソロが、数歩踏み出してピサロへと振り返る。

「もう少し歩くと、村の境界になるんだ。建物はほとんど形残してないのに。柵だけは

 割と残ってるんだよね…」

全部という訳ではないが、しっかり残る村の跡と思うと、不思議な愛着を覚えるから不思

議と、ソロがぽつぽつ語りながら彼を案内して行く。

やがて。かなり背高く茂った雑草に半ば埋もれたような柵の前までやって来た。

等間隔で打たれた杭に、蔓で編まれた網が張られて村を囲むように伸びている。頑丈な蔓

に巻き付くように植物が這っているので、外部から見ると一見して柵とは判別つかなく拵

えてあった。

「ああ‥やっぱり残ってた。」

柵のすぐ脇に設置された、丸太を切り抜いただけのベンチを見つけると、ソロが懐かしそ

うに手を伸ばした。そっと慈しむような仕草で撫ぜると、静かに腰を下ろす。

「ピサロも座ったら? ボロくなってるけど腐ってはないと思うよ‥」

トントンと隣を指して勧めるソロに、逡巡しながらもピサロが腰掛けた。

「…あのね。聞きたい事があるんだけど。」

彼が腰掛けるのを待ってから、ソロが躊躇いがちに切り出した。

「‥シンシアがね、自分は村から出られないって言うんだ。天界と関わり過ぎたせい…

なんだって。‥ピサロ、分かる?」

「元々天界も魔界も、この地上へ干渉せぬよう努めるのが、本来在るべき姿だからな‥。

あの娘が辛うじて長らえたのは、天の力の加護によるものだからな。本来なら、地上

へ戻る許可も得られなかったろう…」

真っすぐな眼差しに、小さく吐息をついた後、ピサロが答えを返した。

「そう‥なんだ…。あの‥ね。シンシア、海を見た事がないんだ。村から出られないなら

 気球で浮かび上がったらどうかな‥と考えたんだけど…それも、難しいと思う?」

「‥ああそれで。魔力が戻ってないと言う話になったのか。」

魔法で飛べたなら、すぐ実行に移してたろうと読んだピサロが、納得したようこぼした。

「うん、そう。シンシアには隠し事無駄だから‥事情説明したら、大事になっちゃった‥」

「そうか…」

「でさ‥どう思う?」

「ああ‥そうだな‥‥」



「…いろいろありがとう、ピサロ。レン達の事も感謝してる。」

話が済むとソロがすくっと立ち上がり、共に腰を上げたピサロの手を取り感謝を伝える。

「たいした事はしてやれぬが、何かあればいつでも呼ぶといい。」

「うん。…本当に、ありがとう。じゃ‥行くね。」

「ああ‥」

にこっと微笑む彼にコクリと頷くと、一歩下がった彼が手を上げて踵を返した。

タタッと小走りして去る後ろ姿を一頻り見送ったピサロは、その姿が見えなくなると、村

の外に見える森へ目を移した。



「…本当に、すぐ近くだったのだな。」

木漏れ日の射し込む森の中をしばらく歩いたピサロは、こんもりとした丘に大きく根を

張った樹木の前で立ち止まった。

そこは‥幼いソロと出逢った場所。

その後幾度か足を延ばし立ち寄ってみたが。隠れ里だったソロの故郷は見つけられなかった。

そう…あの再会の時までは―――

「‥ここが、あなたがソロと出逢った場所なの?」

「お前は‥‥‥」





「あら、ソロお帰りなさい。」

「あ、マーニャ。シンシアは?」

テーブルへと戻って来たソロが、お茶の準備をしている彼女へ声をかけた。

「シンシア? あなたを迎えに行ったのかと思ってたけど。会わなかった?」

「うん。‥すれ違っちゃったのかなあ…?」

「それとも、ミネア達の所かしらねえ‥? お茶の準備始めたから、呼んで来ますって‥」

「そっか…。じゃあ、そっちかも。他の皆はどうしてるの?」

椅子へ腰掛けたソロが、頬杖ついてテーブルを整えている彼女に訊ねた。

「あ、ええ。トルネコが持ってきた道具をレンの所へ届けて色々説明してるみたい‥」

「そうなんだ‥。ごめんね、本当はオレががんばらないと行けないのに…」

「いいのよ。それより、あいつとはちゃんと話出来たの?」

「‥うん。魔法が使えないのは、魔力が戻ってないからじゃなくて、ミネア達が言ってた

通り、身体とのバランスの問題だろうって‥」

「それを確認する為に、わざわざ出向いて来たんでしょうね、ぴーちゃんも。」

後はメンバーが戻って来るのを待つばかりとなったマーニャが、彼の斜めの席に腰掛ける。

「うん‥多分…」

「おや‥ソロ戻ってたんですね。」

背中にかかった声に振り返ると、クリフトがにっこりと笑んだ。彼のすぐ後ろにはトルネ

コの姿もある。

「お疲れさま、クリフト・トルネコ。ミネアとシンシアもすぐ来るのかな?」

「ミネアさんなら、テントの方へ寄って来ると途中で別れましたが…シンシアは一緒では

ありませんでしたよ?」

「え‥あれ? オレ‥ちょっと見て来るよ。」

クリフトの返事に顔色変えたソロがスっと立ち上がって、踵を返した。

自分とすれ違ってしまったのかも知れないと、さっきの場所へ戻ろうと走り出すソロに、

クリフトも追いかけるようやって来る。

「ソロ。シンシアがどこに居るか掴めているんですか?」

ピサロの気配を探るように。彼女のソレも察知出来ているのだろうかと、クリフトが問い

かけた。その言葉を聞いて、ソロが足を止める。

「…ううん。分かってない。」

シンシアはかくれんぼが得意だったから‥と苦くソロは笑った。

「でしたら‥闇雲に走るよりも、周囲に気を配って探した方が早いと思いますよ。」

周囲をグルっと見回して、クリフトが進言する。雑草が随分伸びてはいるが、よくよく

見渡せば、視界を遮るものが少なく遠くまで見渡せる事に気づく。

「…あ。ミネアだ。」

テントから真っすぐ伸びた小道を歩く姿に気づいたソロが「おお〜い」と呼びかけた。

「ミネア。シンシア見なかった?」

彼女の方まで走って行ったソロが、早速訊ねる。

「いいえ。見てないけど…彼女がどうかしたの?」

「お茶の支度が出来たって、呼びに出たらしいんだけど。誰も彼女に会ってないんだ‥」

しゅんと項垂れるソロに思案顔のミネアが小首を傾げさせる。

「まあ‥それは心配ねえ…でも、そんなに息を切らせる必要はなかったんじゃないかしら?」

「え‥探す必要ないって言うの?」

呑気に答える彼女に、ソロが口を尖らせた。

「ええ…必要ないわね。」

きっぱりと言うミネアに、泣き出しそうな表情を浮かべたソロだったが‥

すう‥と背後から回された手のひらに視界が遮られた。

「‥し、シンシア…?」

「ふふ‥当たり。」

パッと顔を覆う手のひらが離れて行くと、ソロが身体ごと振り返って涙を滲ませる。

「シンシア〜。もう、どこへ行ってたんだよぉ〜?」

ぎゅっと抱き着いて、ソロが拗ねた子供のように抗議した。

「あなたを迎えに行ったつもりだったんだけど。すれ違っちゃったみたいね…」

「そうだったの…」

「まあ‥何事もなく良かったですね、ソロ。」

抱き着いたまま離せずにいる彼の横に立ったクリフトが、にっこり声をかけた。

「うん‥。ミネアは気づいてたんだ? シンシアが近づいて来たの。」

ソロの背後から近づいて来た彼女の姿は、ミネアからは丸見えだったのだろうとソロが

ジト目で訝った。

「話の途中から‥ね。ソロがあまりにも気づかないものだから、つい‥おかしくて。」

「クリフトも知ってたんだ‥?」

「ええ…ミネアさんが気づいた時に。」

ミネア同様ジト目で睨まれて、クリフトが微苦笑した。

「かくれんぼが得意と聞きましたが‥本当に巧く気配を消せるんですね、シンシアは。」

「ふふ…まあね。小さなソロが、私を見つけられなくて泣き出すのが楽しくて。つい熱が

入ってしまってたら、いつの間にか‥ね。」

「シンシアぁ〜」

情けない表情で呻くと、シンシアがふわりと微笑む。

「勇者として立派に務めを果たしたのに。泣き虫なのは変わらないようね…」

「シンシアだって…。悪戯好きは変わってない〜」

文句を言ってる間もずっと抱き着いたままでいる彼に、クリフトとミネアが顔を見合わせ

笑い合った。

幼なじみ故の気安さか、共に旅をしていた頃には見られなかった表情を幾つも見せるソロ

に、彼女がソロにとってどれだけ大きい存在であったかが窺える。

「さあ、そろそろ姉さん辺りがうるさくなりそうだから、行きましょうか。」

「ああ、お茶の用意して待っててくれてるんだったね。行こうか‥」

ミネアに促されて、ソロがやっとシンシアから身体を離した。

それでも道中は手を繋いだままで。彼らの後ろを歩くミネアとクリフトは、そっと目を合わせ

笑みを深めさせたのだった。


2014.3.22