「‥なんか、いっぱい話したい事あったはずなんだけどな‥」

大木の根元にシンシアと並んで腰掛けたソロが、言葉を探すようこぼした。

「うん‥そうね。私も同じ‥いざとなると、何から話せばいいのか分からなくなっちゃう

 ものなのね…」

「うんうん。そんな感じ、オレも。」

沢山話したい事があるけれど。それが多すぎるせいで会話の取っ掛かりが見つからないも

んだと、ソロが苦笑する。2人が顔を見合わせクスクス笑うと、シンシアが口を開いた。

「あのね。ソロの旅の事聞かせて? ソロは海を見たんだよね? 初めて見た海はどうだっ

 た? 想像より大きかった?」

「うん、大きかったよ。思ってた以上にずっと! 旅を始めた頃はあんまり余裕なくて、

 意識しなかったけど。エンドールへ着いてからね、マーニャ達と出会って、彼女達が船

 でやって来た話とか聞いてさ。それから港を少し歩いたんだ。それが最初の記憶かな。

 その時も広いなあ、大きいなあと思ったけど。海の大きさを一番思ったのは、船を手に

 入れてからだね。だってさあ、何日も何日も、見渡すばかり海しかないんだよ? シン

 シア信じられる?」

両手を広げてとにかく大きいんだと身振りで伝えようとするソロに、シンシアが苦笑する。

「陸地はどこにも見えないの?」

「うん、もう海と空しかないの!」

「すごいわねえ‥。なんだか想像出来ないけど。見てみたいわ…」

「じゃあさ、海に近い町とかに行って見る? マーニャに頼めば呪文で跳べるし。」

ほお‥と感心するシンシアに、ソロが嬉しそうに提案した。

「ううん。‥実はね、あまり他所の人とは関われないの。

 だから他所の町へは行けないわ‥」

残念そうに話す彼女に、ソロが眉を曇らせた。

「どうして? 竜の神に何か言われたの?」

「‥天界に長く留まると、地上との繋がりが薄れるのですって‥。今の私がこうして居ら

 れるのは‥恐らく、この村周辺だけだと思うの。」

「そんな…」

「私はあなたに会えれば満足だったし、元々村から出た事なかったんだもの。

 不自由さは感じないわ、本当よ?」

泣き出しそうな表情の彼を慰めるよう抱き寄せて、シンシアがふわりと笑んだ。


「まあ‥ちょっとは見てみたかったと思うけどね。」

クスっと茶目っ気混じりに本音を滲ませるシンシアに、ソロが眉を寄せ考え込む。

「うんとさ、この村の上空とかなら、大丈夫なのかな?」

「この村の上空?」

「うんそう。村の入り口に置いてある気球を使えば、高い所から遠く見渡せると思うんだ。

 ただ…今はまだ、オレ魔力戻ってなくてさ。上空で何かあっても対応出来ないから、

 すぐは連れて行ってあげられないんだ…」

申し訳なさそうに謝るソロに、シンシアが首を左右に振る。

「ううん‥気にしないで。それよりソロ、魔力回復してないって‥どういう事なの?」

どこか体調が悪いのではないかと案じるシンシアが、心配顔で訊ねた。

「あ‥大丈夫だよ? 多分‥この間の戦闘でちょっと無茶したのが影響してるだけだから。」

「ちょっと無茶‥って、ソロ…」

「それくらいしないと、勝てない相手だったんだもの。

 負ける訳には行かない戦いだったし…」

「そんなに強敵だったの…?」

「うん。強かったよ‥。共に戦ってくれた仲間が在ったから、なんとか勝てたんだ。」

「そう…本当に‥大変な旅だったのでしょうね‥」

そう静かに言うと、シンシアは大木の幹に寄りかかり、ぼんやり前方へと目線を移した。

なんとなく沈黙が降りてしまったので、ソロも彼女に倣うよう前方へと向き直す。

深く追及されずに済んでホッとしたのは確かだが。静かな横顔が酷く寂しげに感じられて。

言葉のないまま時間が過ぎて行った。




「ええっ!? ソロの魔力が戻ってないですって? あんた、なんで黙ってたのよ?」

昼食後。クリフト・マーニャ・ミネアが揃っている中でシンシアが話題を振ると、マーニャ

が掴みかからんばかりの勢いで立ち上がった。

「え‥えっとぉ。そのうち回復するかなーって。どこも体調悪くないし…」

「まあ‥確かに見た目は元気そうですけど。ソロの大丈夫はあまり信用出来なくてよ?」

罰が悪そうにソロが返答すると、ミネアも溜め息混じりにこぼした。

「皆さんは‥そういった変化起きてないんですね?」

シンシアが確認するよう3人に訊ねる。

「ええ。疲労は残ってますが、魔力が回復しないって事はないですね、皆さん。」

クリフトの言葉に姉妹が同意を示すよう頷く。

「ソロはね、ちょっと無茶した‥って言うんですけど。どんな無茶したのかしら?」

「ああ‥結構無茶な戦いぶりでは、あったわねぇ…」

激しかった戦闘を振り返りながら、マーニャがそれかと思い出したよう頷いた。

「あ‥あのさっ。マーニャはトルネコ迎えに行く時間じゃないの?」

雲行きがあまりよろしくない方向へ流れて行きそうな気配に、ソロが口を挟んだ。

「そうね‥忘れてたわ。じゃあ戻ったら詳しい話聞かせて貰おうかしら。

 クリフト、ちゃんと確認取っておいてね。」

「ええ。」

にっこり請け負うクリフトに寒いモノを感じて、ソロが青ざめる。

マーニャはそんな彼らを眺めた後、小さく手を挙げて移動呪文を唱えた。



「…そういえば。何か特殊な回復アイテムを、あの戦闘の中使ったそうですね、ソロ?」

マーニャが去った後、沈黙を破るようにクリフトが確認をした。

「…ピサロさんもご存じないような、随分強力な回復アイテムだったようですが?

 どこで入手したのでしょうか? そのようなレアアイテムを‥」

「…チキーラ達から。駕籠から出してくれる時に‥貰った…」

にこやかな笑顔で訊ねてくるクリフトに、ソロがぽつぽつ答えた。

「まあ‥! あの2人に?」

隣で聞いていたミネアがビックリと声を上げる。

「成る程‥彼らでしたか。彼らからアイテムを受け取る際に注意事項は聞かされませんで

 したか?」

「…あった。」

気不味そうに一層深く俯いて、ソロがぽつっと答える。

「どんな?」

「そ‥そんな大した事じゃないんだよ? 魔力はそのうち戻ると思うし‥」

言い訳粧して言い募るソロだが、クリフトが目を眇めさせるとフイと視線を反らせた。

「ソロ。皆あなたを心配してるのだから。隠さず話しなさい。」

ソロの隣に座るシンシアが、彼の肩に手を乗せると強く促した。

「シンシア…」

彼女を凝視めた後、正面に座るクリフトを眺め、隣に座るミネアを見つめる。シンシアが

言うように、心配顔で見つめられて、ソロが罰が悪そうに俯いてしまった。

「…貰ったのは、飲めば一時全盛期の体力に戻れるっていう薬。‥副作用は、薬の効果が

 切れた時、押し上げた分の体力を失う‥って。そう言ってた…」

「それで‥あの大技だったんですか。あの技の連発は、全盛期の体力を持ってしても、

 相当な負荷が罹ったのでしょう。その反動‥かも知れませんね。魔力が戻らないのは‥」

クリフトが納得したよう長い息を吐く。

「うん‥多分…」

「その失われた体力って、ソロに自覚あるのかしら? どう?」

「…実はよく分かってないかも。自覚してるのは、魔力を集中出来ない事だけだよ。」

ミネアの問いかけに考える仕草で返すソロに、彼女が小さく頷いた。

「一気に押し上げた体力で、限界以上の魔力を放出させた後、体力を大きく損なった事で、

心と体のバランスが上手くかみ合ってないのかも知れないわね。」

「そんな所ですかねえ‥。ソロ、本当に他に不具合抱えてたりしないんでしょうね?

不調があれば、今のうちに申告して下さいね?」

「ほ‥本当に、どこもなんともないってば。そりゃ‥まだ疲れは残っているけど…」

ミネアに続いたクリフトの言葉に、ソロが迫力負けしたよう答えた。

「別に無理とかしてないよ。本当だよ。」

「本当に‥信じていいのね?」

シンシアがそっと彼の頬に手をあてて、まっすぐな眼差しで訊ねる。

ソロは神妙に頷くと、彼女の手を取りニコっと微笑んだ。

「シンシアに隠し事なんて、出来た事なかったでしょ。オレ、無理してるように見える?」

「…ううん。」

「‥という訳で。本当に心配ないから。マーニャとトルネコに説明よろしく。」

シンシアの返事を聞いたソロが、視線を前方へ向けてにっこり微笑む。そのまますくっと

立ち上がると、クリフト・ミネアに頼むよう手を挙げた。

「ちょ‥ソロ、どこ行くの?」

「マーニャの雷が怖いから、避難します。嵐が過ぎるまで探さないで下さい。」

言って、ソロがダッシュでその場を離脱した。

あまりに素早い身のこなしに、一同がぽかーんと見送ったその直後。

村の入り口に移動呪文の着地振動が沸き起こる。

「…まあ、姉さんたら。随分乱暴な着地ね。荷物は大丈夫かしら?」

心配するのはそっちなのか‥というツッコミはともかく。

逃げ出したソロの気持ちがちょっと理解出来なくもないと、クリフトとシンシアが目で

語り合う。

ドッドッド‥と地響きが聴こえそうな勢いで、マーニャがトルネコを伴い戻って来た。



「ふう〜危なかった。どうにか直撃は免れたかな…」

村の奥‥建築作業が行われている方までやって来たソロが足を止めた。

「おや‥ソロさん。息を切らせて、どうかなさいました?」

「え‥あれ? アドン‥? 怪我はもう大丈夫なの?」

声がした方を振り向いたソロが、意外そうに返す。

「ええ‥おかげさまで。で、ソロさんは? こちらに何か急ぎの用事でも?」

「あ‥ううん。ちょっと雷から逃げて‥いや、まあ…」

語尾を濁して気不味さを繕うよう「えへへ」と笑んでみせると、アドンの背後から姿を

現したレンが吹き出した。

「あれだけ凄まじい雷を操る勇者様が、娘の雷に逃げ出すとは‥」

「レンも居たんだ‥。格好悪い所見られちゃったな‥」

積まれた資材に隠れていたので気づかなかったと、ソロが苦笑いを浮かべた。

「ほう‥。アドンと懇意というのは事実だったようで。」

今まで見てきた彼の知る顔に戻ったソロを眺め、レンは肩を竦めさせた。

「え‥そうなのかな?」

「気を許してるように見えますが?」

「う〜ん。まあ‥アドンにはいろいろ格好悪い所見られてるから。今更‥みたいな…?

 ねえ?」

黙ってやり取りを見守っているアドンを覗うように、ソロが首を傾けた。

「ソロさんはずっと変わってないです。出会った頃から…」

彼に酷い目を見させた自覚のあるアドンが一瞬惑う瞳を見せたが、穏やかな笑みでそれを

隠してしまう。

「それって、オレが全然成長してないって事?」

があ〜ん‥と軽いショックを滲ませて、ソロが呻くよう返した。

「あ‥いえっ。そういうつもりでは…」

「フフッ‥クールな御庭番も、ソロ様には翻弄されるか‥」

クツクツ愉快そうに笑うレンに、アドンが苦い顔を浮かべた。

「‥そういう貴方も、いつもより表情が豊かですね。もっと無愛想な男と思っていたの

 ですが。」

「いろいろ風通しがよくなったからな。無駄に己を偽る事もなくなったんだ。」

清々したと身振りで示したレンが、にっかり笑った。

「ああ‥そっか。今まで丁寧だったのは、余所行き口調で。こっちが地なんだ。」

「あ‥申し訳ありません。御庭番の前だと、つい地が出てしまうようで…」

ポンと手を叩き納得顔のソロに、レンが畏まった様子で頭を下げる。

「別にいいよ。こっちの方がオレも話しやすい。ついでに[様]もいらないし‥」

「いえ‥流石にそれは…」

困ったように言いかけたレンが、ソロの背後に目を向けると動きを止めた。

「楽しくお話してる所、邪魔しちゃったかしら?」

にっこり笑顔で常より柔らかな物腰で話しながらソロをホールドしたのは…

「マーニャ‥や、やあ…戻って来てたんだね…」

「ええそうよ。知ってて逃げ出したのじゃなかったかしら?」

「や‥やだなあ。逃げ出すだなんて。ちょっとこちらに用があったのを思い出してさ…

 うん、それだけだよ。ねえ…?」

不穏な気配を漂わせる彼女にビクビク返したソロが、前方の2人に助け舟を求めた。

「用がねえ‥。あら‥あんた…」

アドンの姿に気づいたマーニャが、全身を眺めて吐息をこぼす。

「‥怪我の具合はもういいの? 随分酷い怪我だったと聞いたけど‥?」

トルネコの家で世話になっていたロザリーの元で看病されていた事もあり、トルネコから

彼の折についても聞いていた彼女が、案じるように訊ねた。

「‥はい。おかげさまで、陛下が調合された解毒薬が効いたようでして、もうすっかり…」

「へえ‥ピーちゃんがねえ。聞いてはいたけど、なかなか意外な特技よね‥」

「ピサロの薬は効果抜群だよね。すごく苦いけど…」

以前躰に残った毒素が消えず、回復が思うように進まない中飲まされた苦くて不味い薬を

思い出して、ソロが顔を顰めさせた。

「ああ‥ソロが臥せってた時の事?」

ソロが一時パーティから離れ、ピサロとクリフトに看病されていた時の事を思い浮かべて、

マーニャが返す。

「え‥あ、うん…それ。…ごめんね、いつも心配ばっかりさせてさ‥」

シュンと項垂れたソロがぽつんと謝った。

「本当にそう…あんたはいろいろ背負い込み過ぎなのよ‥」

彼の腰に回した手を自分の方へ引き寄せて、彼の肩口に顎を乗せたマーニャが細い声で呟

いた。

臥せった後に細くなった躰が、更に軽くなっているのを実感して、やる瀬なくなったのだ。

当の本人は自覚ないので、そんな彼女の思いなど至る訳もなく、先程の失言が有耶無耶に

なった事に安堵していた。



「ああ‥やっと戻って来ましたね。」

テーブルまで戻って来たソロとマーニャに、待って居た様子のクリフトが声をかけた。

「雷の直撃はどうにか回避出来たようですね?」

「う‥うん。えへへ…ごめんね、席外しちゃって…。

 あれ‥? トルネコとミネアは?」

テーブル席に残っていたのはクリフトとシンシアだけ。残る2人の姿を探すように、ソロ

が周囲を見渡した。

「トルネコさんに見て貰いたいものがあるとミネアさんが仰って…」

「そう‥」

「トルネコさん、いろいろな物持って来て下さったのよ、ソロ。」

シンシアの隣に腰を下ろすと、元気がなく見える彼に明るい声音でシンシアが伝えた。

「ああ‥エンドール行ってびっくりしたわ。荷車いっぱいに荷物が積んであるんだもの‥」

「え‥荷車いっぱい?」

「そう。なんだかね、ピーちゃんからも頼まれた物があったみたいで。いろいろ道具類

 とか積んできたみたいよ。」

「そうなんだ‥。それは本当に大変な思いさせちゃったね、トルネコにもマーニャにも‥」

「まあねー。労ってくれるなら、ほっぺにチュウで勘弁するわよ?」

肩を竦めて返したマーニャが、良い事を思いついたとばかりに瞳を輝かせ提案する。

「へ…?」

「あら‥ソロったら役得じゃない。良かったわね‥」

ふふ‥と微笑ましそうに綻ばせるシンシアに、ソロが苦い顔を浮かべる。

どうやらシンシアもまだ機嫌直った訳ではないようだ。

心配がそれだけ深かったのだとは察するけれど。どうしたものかと向かいの席に座るクリ

フトへ目線を送れば、困った様子で肩を竦めて見せるだけだった。

ソロは1つ息を吐くと、思い切った様子で声を発した。

「マーニャ!」

そう呼びかけて、勢いのままに立ち上がり、彼女の頬へとキスを贈る。

「‥いつも、いろいろありがとう…」

真っ赤に照れた顔を横向けて、ぽそっと伝えてクルリと踵を返した。

「シンシア!」

続けてソロの隣に座っていた彼女に声をかけ、ソロは躰を曲げた。

「‥心配させたお詫び‥になるかな‥?」

そう微苦笑して、ソロがシンシアの頬にも唇を寄せた。

「…そうね。まあ誠意は認めるわ‥」

試験結果を待つような目で縋られて、シンシアがやれやれと頷いた。

マーニャの方を振り返ると、彼女もコックリと頷いてみせる。

「…全くしようがないわね‥。降参…」