「…すごい出で立ちだな」

夜の闇に包まれて間もなく、鷹耶が傷だらけの格好で宿の部屋へと戻って来た。

先に部屋へ帰っていたピサロが、たいした感情も込めずぽそりと話す。

「今日は待機だったはずだが‥。魔力が空になるまで修練か。ご苦労な事だ。」

「うるせーな。傷は一晩寝れば治せるんだ。ほっといてくれ!」

「神官坊やはどうした?」

「…あいつは‥。この部屋には帰って来ねーよ…」

外した装備を机の上に乱暴に置くと、鷹耶が吐き出すよう言った。

苦々しく言い捨てる彼の側へ、ピサロがゆっくりと近づく。

「随分急な展開だな。娘に遠慮したのか?」

らしくない‥などと続けながら、ピサロが鷹耶の背後から肩に触れた。

「‥んなんじゃ、ねー。ってか、ほっとけよ。関係ねーだろーが。」

うざったそうに肩に置かれた手を払い、鷹耶が渋面を浮かべる。

「貴様の行動はどうにも読めぬからな。興味深いぞ。」

「な…!」

「それに‥‥」

「‥‥‥!?」

ピサロが手をひらひらさせた後、鷹耶の腰へと回す。そのまま彼を引き寄せると口づけた。

突然のコトに目を見開いた鷹耶だったが、現状を把握すると、力まかせに彼から逃れる。

「いきなり何しやがる!?」

キッと彼を睨みつけ、鷹耶が息巻いた。

「ただの怪我の治療だ。患部に触れた方が効率よい事ぐらい、貴様でも知ってるだろう?」

これっぽちも悪びれず、ピサロが飄々と答えた。

確かにあちこちにあった裂傷も、打撲も治癒している。

鷹耶は己を顧みながら、一瞬納得しかけたが‥

「…俺は口なんか怪我してなかったぜ?」

やっぱり納得行かないと、恨みがましい目線を送った。

「ココが一番深手を負ってるようだが‥?」

つい‥とピサロが鷹耶の胸元を指で示した。

「‥‥!! ‥バカ野郎‥‥」

ハッと顔を強ばらせた鷹耶は、そのままクルリと踵を返すと、小さくこぼした。

語尾を幾分震わせた声が、彼の感情を伝える。ピサロは静かにその様子を見守った。



「‥おい。お前、もう皆の動きは覚えたか?」

ややあって。切り替えるよう深呼吸を繰り返した鷹耶が、ピサロへ声をかけた。

「ああ。とっくにな。」

「‥そっか。よし‥、じゃ、そろそろ頃合いだな。」

リーダーの顔付きになった鷹耶が思案げに手を顎へ持って行くと、決断したよう顔を上げ

た。

「ピサロ。お前が逢いたがっていたチキン野郎の元、目指すぜ。」

「ほう‥。ようやくその気になったか。面白い。」

「そろそろ飽きて来たんだろ? 洞窟探検にもさ。」

「当たり前だ。その者達と戦う為に必要だと譲らぬから、我慢したがな。」

「じゃ‥決定だな。後で食堂でメンバー伝えるが。明日、お前の待機はキャンセルな。」

鷹耶はにこにことそれを告げると、着替えを手に部屋を出て行った。



「‥他人遣いの荒い奴だな。…さっきの仕返しか?」

彼が部屋を後にすると、ピサロがぽつんと零した。

残されたピサロが改めて部屋を見回し、確かに朝は在ったクリフトの荷がなくなって

いると、嘆息する。通じ合ってるとしか思えぬ2人が、些細な事で距離が離れる…

それが不可思議でならなかった。





「皆揃ってるようだな。」

風呂から上がった鷹耶が食堂へ顔を出すと、クリフト以外のメンバーが揃っていた。

それぞれ食事をとったり酒を飲んだりくつろいでいる。

「クリフトの姿が見えないんだけど。」

「ああ‥。なんか体調崩したみたいでな。部屋で休んでるよ。」

アリーナの問いに、鷹耶がいつもの調子で答えた。

「そろそろピサロも馴染んで来たようだから、明日チキン野郎の元へ向かう事にした。

 メンバーは俺・ピサロ・ライアン・ブライの4名。3日後を目安に到着したいと考えて

 る。待機メンバーはその頃馬車に詰めて準備してくれ、以上。…何か質問は?」

鷹耶は一気に用件を伝えると、メンバーを見渡した。

「特にない‥な。じゃ、そーゆー事で。解散。」



少々一方的なミーティングを済ませた鷹耶は、カウンターに1人座っていたピサロの隣へ

と腰掛けた。適当に食事を頼むと、運ばれたばかりの水をゴクゴク飲み干す。

「…なんか言いたそうだな?」

その様子をじっと観察していた隣人に、低い声音で鷹耶が話しかけた。

「‥別に。」

「あ‥そう。あんまり見られるといろいろ減りそうだから、遠慮願いたいんだがね。」

「文句あるなら、もっと離れた席へ座ればよいだろう。」

「‥いいんだよ、ここで。今日は静かに飯食いたいから。」

不機嫌オーラを漂わせれば、大抵のメンバーは近寄って来ない。そして。同じく人払いモ

ードオンにしたピサロの元へは、誰も近寄れない。それを考慮に入れた席選択は正しかっ

た。話をしたそうにこちらを窺うメンバーが数人いたが、結局誰もそれを実行しなかった。



願い通り静かな食事を済ませた鷹耶は、早々に部屋へと引き上げた。

彼が席を立つと、まるで待ってたようにピサロも立ち上がり、2人きりの3人部屋へ共に

戻って来た。

「あの坊やには、明日からの予定伝えぬのか?」

どさっとベッドに腰を下ろした鷹耶に、ピサロが思いついたよう訊ねた。

「…後で、誰かしらから聞くだろう。」

「‥このまま洞窟へ向かうつもりか? それで3日後の戦いに臨もうとは‥

散々焦らせた割に、大した相手ではないようだな。」

「どういう意味だよ?」

大仰な溜め息を交ぜ話す魔王に、鷹耶が顔を顰めさせた。

「貴様らの関係に口を挟む程酔狂じゃないが。あのような状態の坊やをほおって行く‥と

 いうのは、リーダーとしても無責任ではないのか?」

「‥クリフトのトコへ、行った‥のか?」

「いや‥。部屋の前を通っただけだが‥あの様子ではずっと泣いていたのだろうな。」

すすり泣く声が届いたのだと、ピサロが教える。

「クリフト…」

「あの者にはロザリーも大分世話になったそうだからな。貴様が動かぬなら、私が参って

 もよいぞ?」

「冗談じゃねー! あいつは誰にも渡せねー!」

勢いよく立ち上がった鷹耶が、興が乗ったように話すピサロの胸倉を掴んだ。

「手放したのではなかったのか?」

にやにやと顔を覗き込まれ、鷹耶がバッと手を離す。

「…!! ‥‥‥そんなつもりは、ねえ‥‥」

鷹耶はつい‥と彼を退けると、そのまま部屋を出て行った。



「‥‥‥‥」

クリフトがとった部屋の前で。鷹耶は息を詰め立ち尽くしていた。

成り行きでここまで来てしまったが、ノックする勇気はまだなくて。身体が強ばる。

(まだ泣いてるのか…クリフト。)

そんなつもりじゃなかったのに…自分の選択は間違ってるのだろうか?



コトリ…部屋の外で小さな物音が立った気がして、クリフトは耳を欹てた。

一人部屋へ移り籠もってから、幾度も濡らした頬を拭い、ベッドを離れるクリフト。

足音を忍ばせながら、彼は戸口へ向かった。

(‥鷹耶…さん‥?)

扉の向こうの気配を探る。人の気配がするように思えるのは、願望だろうか?

そんな風に考えて、クリフトは苦く自嘲めいた微笑を浮かべた。

「…馬鹿だな、僕も‥」

ぽつんと独りごちると、そのまま踵を返した。

バタン!

派手な音を立て、扉が開いたと思うと、クリフトは背中から抱きしめられていた。

「‥た‥かや‥‥‥?」

「…クリフト‥!」

呆然と呟く彼に切羽詰まった響きで鷹耶が呼びかけた。

「ど‥して‥‥。終わり‥だ‥て‥‥‥」

「終わりになんか、したくない…!」

途惑う声を掠れさせるクリフトに、回した腕に力を込め、鷹耶が吐き出す。

「…後悔‥してるんでしょう…? 悩み事も聞かせて貰えない役立たずですから…!」

ぐいっと渾身の力で彼の腕から逃れ、向かい合ったクリフトが哀しげに顔を歪めた。

「ち‥がう。そんなんじゃねー‥

 すまない。お前をこんな風に泣かせるつもりじゃなかったんだ‥」

彼がどれ程傷ついてるか身に染みて、鷹耶が弱々しく話した。

「…ちゃんと話す。だから‥聞いてくれ‥‥」



宥めるようクリフトをベッドサイドへ座らせると、隣に腰掛けた鷹耶が話し始めた。

クリフトと距離を取ろうとした理由について…



「…姫様が私を‥?」

思いがけない事を聞かされ、クリフトが信じられないといった面持ちで鷹耶をみつめた。

「‥俺があいつの気持ちを話しちまうのは反則かも知れねーが。‥確かだよ。

 俺は‥お前があいつに惚れてたのを承知で、そんなお前を手に入れた。

 ‥結構強引にな…」

「え…」

「だからこそ…っていうんでもないんだが。1つ誓った事があった。

 お前の恋の邪魔だけはしない‥ってな。」

「鷹耶…」

苦々しく語る彼をじっと眺めていたクリフトが、嘆息する。

「…私は、確かに姫様に想いを寄せて参りました。

 今も‥大切に想う気持ちは変わってません。けれど…」

クリフトはそこで言葉を切ると、彼から離れるよう立ち上がり、星明かりが差し込む窓辺

へ移った。

「…結局。あなたには私の気持ちが伝わらないのですね。

 それとも‥あなたがアリーナ様を気に掛けるのは、あなた自身が彼女を忘れてない証拠

 なのでしょうか…?」                          証拠→あかし

振り返ったクリフトが、切なげに眉を下げた。

「クリフト‥それは…」

「…もしも奇跡が再び起こって。シンシアさんがあなたの前に現れたら‥

 僕はいらない‥と、そういう事ですか…?」

「な…! お前、何言って…!」

鷹耶はツカツカと彼の元へ向かうと、今にも泣き出しそうなクリフトの両肩を掴んだ。

「確かに俺はあいつを忘れてねーよ。けど。今俺が惚れてんのは、お前なんだ!

 あいつのコトは、とっくに過去なんだよ!

 ロザリーみたいな奇跡が起きたら嬉しいけどよ。‥過去には戻れねー‥‥」

後半視線を外すと、躊躇いがちに鷹耶がこぼした。

「‥僕だって同じです…。

 先程あなたは強引に‥と言いましたけど。

 …それだけであなたを受け入れたつもりはありません。」

振り回されはしましたけどね‥小さく付け足したクリフトが、フッと微笑を浮かべた。

「クリフト…」

「強く拒みきれなかったのは…あなたへ向かう気持ちがそこに在ったから…

 それに気づいたから‥僕は、あなたの事を‥‥‥」

顔を上げたクリフトと鷹耶の視線が絡まる。揺らいだ眸が互いを映すのを確認すると、

クリフトはまた俯いてしまった。

「…なんだか疲れちゃいました。昼間あなたと別れてから、ずっといろいろ考えて…

 考えて‥。今は‥もう…どうしたいのかも、判らなくなってしまいました。」

「クリフト‥」

ふう〜と心底疲れきった様子で嘆息したクリフトは、つい‥と彼の身体を押し退くと

ベッドへ戻った。

「‥明日から洞窟最深部へ向かう事になった。俺・ピサロ・ライアン・ブライの4人で

チキン野郎の元を目指す。残るメンバーは、3日後目安に戦闘準備を整えての待機だ。」

静かに明日からの予定を語り出した鷹耶を、振り返ったクリフトが見つめた。

「…あいつらとの戦闘を終えたら、もう一度ちゃんと話し合おう。

 その頃には、少しはゆとりが出来るだろ? 俺もお前もさ‥」

「鷹耶…」

「おやすみクリフト。邪魔したな…ゆっくり休んでくれ。」

ふわりと彼の頭に手を乗せた鷹耶が微笑を作ると、戸口へ向かい歩きだした。

「鷹耶‥さん、気をつけて‥無茶はなさらないで下さいね。」

「…ああ。サンキュ‥」

惑いながらも声を掛けてきたクリフトに、小さく笑んで返し、鷹耶は部屋を後にした。



ぱたん…

静かに閉まる扉を見つめていたクリフトが、詰めていた息をゆっくり吐き出す。

「…鷹‥耶‥‥‥」

ぽつんと呟くと、またぽたぽたと涙が伝い溢れた。



――どうしたらいいのか判らない。



一度こぼれてしまった水は、元に戻らないように。

壊れた想いが刺のように突き刺さり感覚を鈍化させている…

触れれば届いたかも知れないのに。それを躊躇ってしまった。     躊躇って→ためらって

なぜか‥拒んでしまった‥‥

そして。

彼もまた、それを望まなかった。

それが…哀しい。

持て余す気持ちを洗い流すよう、クリフトはしばらく涙に暮れていた。





かちゃ…

3人部屋へと戻った鷹耶は、まっすぐベッドへ向かうとトスンと腰を下ろした。

「…今宵は戻らぬかと思ったが。」

ふう‥と息を吐くと、眠っているとばかり思っていたピサロが声をかけてきた。

「…起きてたのか?」

憮然と話す鷹耶に、ピサロが薄く笑う。

「起こされたのだ。足音がうるさくてな。」

「‥ふん。耳のいい奴は不便だな。」

足音を立てた覚えのない鷹耶が苦々しく吐いた。

「…一応話は済ませた。今日は‥いろいろあり過ぎたからな。

 伝えるコトは伝えた。…それでいいさ。」

一応気に掛けてくれてるようだからと、鷹耶はピサロへ簡単な報告を済ます。

そのままコロンとベッドへ横たわると、彼の視線から逃れるよう背を向けてしまった。

「もう寝ようぜ。明日から洞窟だ。…寝坊すんなよ。」