「はあ…」

翌々日の昼下がり。神殿脇の石段に腰を下ろしたクリフトが、静かな吐息を落とした。

昨日1日中部屋にこもって、ずっと考えていた。

もう涙はなかったけれど。どこへ行ってもループしてしまう思考を抱えてグルグルと。

そんな自分に些かうんざりして。なにも考えず済むよう外へ出て来たけれど‥

「…晴れてるのか曇ってるのか、曖昧な天気だな‥」

視界が霞みがかってるせいか、青空と雲の境界がよく判らない空を見上げ、クリフトは

ぼんやりこぼした。

「クリフト…!」

ぼお〜っと空を仰いでいると、よく知った声が届いた。

「…姫様。」

「こんな所に居たのね。探しちゃった。」

小走りしてやって来たアリーナが、そう言って微笑んだ。

「…隣、いい?」

「あ‥はい、どうぞ。」

ぱたぱたと埃を払う動作をすると、クリフトは少し横に身体をずらした。

ありがとう‥答えながら、アリーナが隣へ座る。

彼女は彼がしていたように空を仰ぐと、ぽつんとこぼした。

「‥あんまりいい天気とは言えないけど。雨は降りそうにないわね。」

「そうですね。」

「でも、気候がいいから、風は気持ちいいわね。」

「そうですね‥。」

ぼんやりと返される言葉は、心ここに在らず‥といった風情。

アリーナは大きく息を吸い込むと、同じ口調で更に続けた。

「‥私ね、クリフトが好きみたい。」

「そうです‥‥え!?」

「あ‥やっとこっち見た。」

相槌打ちかけたクリフトが、ぎょっとした様子で彼女へ顔を向けると、アリーナが笑んだ。

「アリーナ様‥あの、今なにか…?」

「クリフトが好きよ。そう言ったの。」

にっこりと微笑みながら、アリーナがはっきり口にする。

「あの‥姫様…?」

「ああクリフト。いくら私だってここでボケたりはしないわよ?」

「はあ‥‥‥。」

「…そんなに意外? びっくりした‥?」

なんだか反応の鈍い彼に、アリーナが眉を寄せ訊ねた。

「あの‥はあ‥‥いえ、えっと‥‥‥」

クリフトはおたおたしながら言葉を探すよう、宙へ視線を彷徨わせる。

「…告白、迷惑だった‥かな?」

「いえっ、そんな事は…。あの…光栄に思います。けど‥‥‥」

「…好きな人が‥別に居るんだ…?」

寂しそうに微笑いながら、アリーナがそっと訊ねた。

クリフトがじっと彼女を見つめ返す。

「‥‥‥はい。すみません…」

束の間の沈黙の後、クリフトが小さく答えた。

「…そっか。やっぱり‥ね。」

「え…?」

「…鷹耶‥でしょう?」

「え…」

「…ごめん。知って‥たんだ。実は…。あなたと鷹耶の事…」

「姫様…」

「彼が‥好き…?」

「‥はい。」

まっすぐ彼女の瞳を見返しながら、クリフトが確かに頷いた。

「あ〜あ。羨ましいな、なんか。」

「え…?」

「そこまであなたに想われてる鷹耶が。」

ガッカリした口調で話すアリーナに、クリフトが苦笑する。

いつの間にか、その比重が逆転してしまったが。自分は確かに彼女を想っていたのだ。

ずっと…長い間。

「アリーナ様にだって、きっとそういう方がまた現れますよ。」

「クリフト…。そう‥かな。…だといいな。」

[また]の意味を聞き流し、アリーナが微笑む。

「国に居た頃から人気ありましたが、この旅の中でますます魅力的になられたと、確信し

 ておりますから。」

「‥あなたには振られちゃったけどね。」

軽く肩を竦めて見せた彼女が、さばさばした様子で微笑んだ。

「でも‥伝えられてよかった。

 初めての恋だから…知っていて欲しいと思ったの。たとえ‥叶わなくても。」

「アリーナ様…」

「鷹耶が変なコト言うから、いけないかとも思ったんだけど‥‥」

「え…鷹耶‥さん?」

「あっ‥。えっと‥そう‥なの。あなた達のコト知って…私、鷹耶と少し話したの。」

罰が悪そうにアリーナがぽつぽつ語る。

「それで…あの、変なコトというのは?」

「あ‥うん。あなたの事‥中途半端に振り回すなみたいな事…。

 自分の立場を考えろ‥って言われたわ。」

「…そうだったんですか。

 鷹耶さんの言った事はあまりお気になさらないで下さい。」

そう言うと、クリフトは立ち上がった。

「さ‥そろそろ戻りましょう。明日の準備もありますしね。」

「ええ。」



「ク・リ・フ・ト。」

宿へ戻ったクリフトが夕食を取りに食堂へ足を向けると、途中の廊下で後方から羽交い締

めにされた。

「マーニャさん。…なんです?」

ニタニタとする彼女に、嫌な予感を募らせ、クリフトが呻いた。

「ね、ね。飲みに行きましょう♪ たまには2人でさ。」

「‥明日、ハードな対戦を控えてるんですけど?」

「解ってるって。だから、お酒はほどほどに留めますから。付き合ってねv」



「ではとりあえず、乾杯。」

宿の外のこじんまりしたバーへと入った2人は、隅のテーブル席へ落ち着きグラスを傾け

た。薄暗がりの狭い店内。客はカウンターでマスターと話し込む常連だけ。

「一体なんの乾杯ですか?」

やれやれ‥とクリフトが苦い顔を浮かべ切り出す。

「う〜ん。茨の道を選択した勇気に‥かな?」

「なんですか、それ?」

にぱっと邪気なく笑う彼女に、呆れ口調でクリフトが返した。

「ん〜だって。以前も言ったけど。あいつって、すんごく面倒くさい奴じゃない。

 だから‥お疲れさま〜とたまには労ってやろうかなって。」

「面倒くさい‥」

「ええ。振り回されてない? 大丈夫?」

「…十分振り回されてますよ。かなり凹んでましたから‥」

「あらら。…やっぱり。」

マーニャが肩を竦めた。深い嘆息の後、丸テーブルに向かい合った椅子をずらし、斜めに

移動させる。

「ちょっとね‥心配だったんだ。あんたがさ…。」

本題‥とばかりに声を顰めた彼女が呟くと、案じるように、彼へ視線を送ってきた。

「マーニャ‥さん?」



親身になってくれる彼女に、クリフトは未だに整理つかない思いを吐露した。

簡単なここ数日の経緯と共に‥

「…そっか。本当にあいつって、面倒〜。」

はあ‥と大仰な嘆息の後、テーブルへ突っ伏しマーニャが呻いた。

「全っ然立ち直ってないんだよね、基本的にさ。」

「え…」

「あいつの村‥突然魔物に襲われたでしょう?

 そこで一辺に大切なものを奪われたせいか、やたらと疑い深いのよ。信じてないの。

 明るい未来‥ってやつを。」

「鷹耶さんが…?」

「意外だけどね。普段のあいつ見てるとさ。でも…」

マーニャがクリフトをじっとみつめる。

「あんたなら‥知ってるでしょ? あいつが抱えてる闇‥ってやつを。」

クリフトは慎重に頷いた。

「駄目‥みたいなんだよね。倖せに浸ってられないんだと思う。…怖くてさ。」

「怖い…?」

「突然それが奪われてしまう恐怖。…あたし達姉妹も経験あるからさ。解るんだ。」

「マーニャさん‥」

「あんたと出逢ってさ、あいつは確かに変わった。だから‥大丈夫かと思ったんだけど。

まだ乗り越えられないんだね…」

しんみり語るマーニャがグラスを空けると、おかわりを注文した。

コトリ‥テーブルへ届けられた水割りを1口煽り、肘をついて再び嘆息する。

そんな彼女の様子を見守りながら、クリフトも吐息をついた。

「…私はなんの役にも立たなかった。そういう事でしょうか‥?」

「クリフトはすごいと思うわよ。実際あんたが居なかったら、このパーティここまでまと

 まらなかったと思うし‥。それに…随分あいつを支えてたと思う。本当よ?

 たださ…。まだまだ時間が必要なのかも知れない。あいつにはさ…」

落ち込むクリフトを励ますよう笑むと、マーニャが小さく紡いだ。

彼女の言葉を聞きながら、クリフトはバルザックを倒した後の鷹耶を憶い出す。



――あの頃と同じ闇が、現在も彼を苛んでいるのだろうか?



不安定に揺らいでいた鷹耶。

出立前、彼を拒んでしまった自分を悔やむよう、クリフトはそっと唇を噛み締めた。