「‥な? ‥‥だろ。」

町外れにあるこんもりした林の中。

密やかな声が、ぼんやりと散策中だったアリーナの耳に届いた。

聞き覚えのある2つの声に誘われて、彼女は声のする方へと足を向けた。



ここはゴッドサイド。

異世界へ繋がる道となった洞窟での戦闘を中心に、日々を送っていた一行。

今日はアリーナ・ライアンを中心にミネア・ブライを伴って、洞窟攻略に臨んでいた。

洞窟は相変わらず多彩な魔物が出現し、はりきって戦っていた彼女だったが、ミネアの魔

力が危うくなった事を聞くと、ブライの進言通り、引き返す事に同意した。



久々の戦闘に、最近燻っていたイライラもすっきりした彼女は、一汗流した後、ほのかに

染まり始めた空の下、散策へと出たのだった―――



「…だって‥。誰か来たら…」

「んな町外れうろつく物好きはいねーって。だから‥な?」

「…もう。相変わらず、言い出したら引きませんね、鷹耶は‥。」

林立する樹木の1つに背を預けるクリフト。その前に覆いかぶさるように立つ鷹耶。

2人は睦まじげに語り合っていた。

(…クリフト。‥‥‥鷹耶…)

姿を認めたアリーナは、その様子に思わず足を止め、気配を消してしまう。

(‥‥‥!! …え。…うそ‥‥‥。)

そんな彼女にはまるで気づかぬ様に、語らっていた2人は唇を重ねた。

(…どうして‥? だって‥‥‥‥)

動揺したアリーナが僅かに足を退くと、小枝が微かな音を立てた。

「‥‥‥!」

その僅かな物音に反応した様に、目線だけをこちらへ寄越した鷹耶とアリーナの瞳が絡み

合う。驚いたような瞳は一瞬で。鷹耶はすぐに挑発するように瞳を眇めさせた。

「‥‥ん。…んん‥」

重ねられた唇から漏れるようなくぐもった声が伝わる。

(‥‥‥! …鷹耶、私に気づいたんだよね、今‥‥‥)

それなのに‥。

甘い吐息が聞こえて来そうなキスを交わす姿が居たたまれなくて。アリーナは場を静かに

走り去った。



「…? ‥今、物音がしませんでした?」

彼女が走り去った後、目元を染めたクリフトが肩口に顔を埋める鷹耶に訊ねた。

「…いや。気のせい‥だろ?」

感情を込めずに小さく吐くと、唇を首筋に這わせる。上着の合わせから滑り込ませた手が、

胸元を掠めた。

「…あ。…鷹耶‥。…ここじゃ‥‥‥」

「…今日も3人部屋だろ。それでも…いいのか?」

観客が居ても‥さ‥‥悪戯っぽく笑んでみせる鷹耶。

「い‥いい訳ありません!」

真っ赤になったクリフトが狼狽えながら顔を顰めさせた。

「…じゃ。やっぱりここで‥‥」

いただきます…なんて言いながら。噛み付くように濃厚な口づけを奪う鷹耶。

急速に熱を孕んでいく自分を感じながら、クリフトも応えて行った。



 

「はあ…はあ‥。」

アリーナは水路に架かる橋の上で、乱れた息を落としながら手摺りに身を預けた。

(‥‥‥キス‥してた。)

呆然と寄りかかる彼女が、ぽろぽろと涙を零す。

(…あれ? やだな…。私…なんで‥‥‥)

‥‥‥こんなに哀しいんだろう? 水路に吸い込まれていく滴に、苦く笑った。

‥‥理由は解らないけど。

止まりそうにない涙を、泣き顔を、誰にも見られたくなくて。

彼女は水路の脇にある階段を足早に下った。

橋の下。水音がより木霊するその場所に辿り着くと、壁に寄りかかるように座り込み、

大きく吐息を零す。吐ききった息を吸い込むと、再び涙が込み上げて来た。

短い嗚咽をしゃくり上げながら、アリーナはその感情のまま、しばらく泣き続けた。



「…アリーナ。どうしたの‥?」

ふいに耳元に優しい声音が届いた。

「…マーニャ。」

おずおずと顔を上げると、心配そうに覗き込む彼女の姿があった。

「‥なかなか宿に戻って来ないからさ。…探したよ。」

「‥‥ごめん‥なさい…。」

優しく頭を撫ぜられて、アリーナはぽつりと応えた。

「どうかしたの?」

「‥‥‥。」

「話したくない事なら‥無理に聞かないけどさ。悩みがあるなら、相談に乗るわよ?」

「…よく、解らないの。」

アリーナは並んで座り込んだマーニャの肩に寄りかかりながら、ぽつりと零した。

「…解らないのに‥哀しいの。

 …ねえマーニャ。クリフトは‥‥鷹耶が好き‥なのかなぁ?」

「え…?」

「…あのね。見ちゃったんだ‥。キス…してるトコ…。」

躊躇いがちに彼女は話した。

「林の中で…キスしてた‥。‥‥まるで。恋人同士みたいに…。」

「…そう。それで、哀しくなったの。」

彼女の問いかけに、アリーナが小さく頷いた。

「‥何が一番哀しかったの?」

「‥‥‥。…クリフトが。…ずっと側に居てくれたのに‥。居てくれてるって‥そう、 

 思ってたのに…。本当は‥違ってたんだ…って。それが判ったから‥‥」

「アリーナはクリフトに、側に居て欲しかったのね?」

コクリ…と彼女は頷いた。

「…最近。クリフト、鷹耶と居る事が多くて‥。本当はいろいろ話したい事あったのに 

 ‥それも適わなくて、寂しかった。けど…まさか2人があんな風に‥‥」

「意外だった…?」

「だって、思わないもの! …男同士だし。そんな事…!」

「…まあ。そうだけどね。」

「…? …なんだか冷静だよね。マーニャ…もしかして知ってた‥?」

「…まあ。そうゆう事になるんだろうね。」

「一体いつから‥?」

「ん…。会ってまもない頃から、鷹耶はその気だったみたいだね。」

少し考えるような仕草の後、マーニャは一息つくと話した。

「そんな前から‥? …知らなかった‥」

アリーナは目を見開くと、視線を前方の水辺に移し、膝を抱え込んだ。

「アリーナはさ。クリフトに側に居て欲しい‥って、どうしてそう思うの?」

「え…? どうして‥って?」

「つまりさ‥それって恋愛感情からなのかな‥って思ってさ。」

マーニャの言葉に、アリーナの頬が染まった。

「‥‥うん。ずっと…気づかなかったけど。きっと‥そう…」

ここの所のイライラは、だからだったんだ‥そう思い至った彼女が静かに答えた。

「そっかあ‥。やっぱりそうなんだ…」

「マーニャ?」

何故だか大袈裟なくらい肩を落としてしまった彼女を、アリーナが不思議そうに見つめた。

「‥まあ。アリーナが後悔しないようにやってみなよ。

 当たって砕けたらさ、慰めてあげるし‥。もしかしたら、上手くいくかも知れないし?」

「でも…あの2人、恋人同士‥なのでしょう?」

切なげに眉を寄せたアリーナが、寂しく微笑んだ。

「アリーナがそれで諦められるなら、忘れるのもアリだと思うけど。」

「忘れる…?」

初めて芽生えた恋心を人知れず枯らせてしまう?

アリーナは困惑を露にマーニャを見つめると、立てた膝に顔を埋め小さく呟いた。

「やだな‥それも…」





「鷹耶、話があるんだけど。」

林の中でのキス目撃から2日後。洞窟から帰って来た鷹耶に、アリーナが声をかけた。

「‥ああ。いいぜ。」

いつになく気負った様子の彼女に笑んで返しながら、鷹耶は彼女を促し歩きだした。

ゴッドサイドの町中を歩く鷹耶に続いたアリーナは、町外れへと向かう彼が目指す場所に

思い当たり、結んだ唇に力を込める。

やがて。到着した場所は、やはりあの時彼女が2人を見た林の中だった。

「この前の件なんだろ? 話ってさ。」

大木に寄りかかりながら、腕を組んだ鷹耶が切り出した。

「ええ‥そうよ。」

余裕たっぷりな彼に気圧されないよう、大地をしっかり踏み締め、アリーナが答える。

「あなた‥気づいたでしょう? 私がいたの‥」

「ああ‥まあな。」

「私‥すごくショックだった。…どうしてショックなのか、最初は解らなかったけど…

 でも、気づいたの。」

アリーナは目線を上げ、鷹耶と瞳を交わした。

「私…クリフトが好き。譬え想いが実らなくても、初めての気持ちだから‥伝えたいって

 思ってる。だから‥‥」

「告白は勝手だが…俺はあいつを手放す気はねーぜ? 旅の後もな。」

「え…? 旅の後って‥だって彼はサントハイムの‥‥‥」

「神官だからって、国に戻らなければならねーもんでもねーだろ?」

「それは…。でも‥‥‥」

 困惑気味に俯く彼女を鷹耶が冷たく睨めつけた。

「アリーナ。中途半端な覚悟でしかないなら、クリフトを振り回すなよ?」

「え…」

「国に戻れば、お前の肩には姫様としての責がかかってくる。そうなった時、いつかの王

 子‥のような結婚話が当然出てくるはずだ。望む・望まないに関わらず、そういう立場

にあるって事、自覚して行動しろよ‥って言ってるんだ。」

「鷹耶…」

「俺が言いたいのはそれだけ。じゃ‥な。」

鷹耶はそう言うと、サクサクと元来た道を引き返して行った。

残されたアリーナがその背を見送りながら嘆息する。彼女は鷹耶の言葉の意味を探るよう、

交わされた会話を思い返していた。

(…どういう事?)

気持ちを伝えたい‥とは思ったが、それで変わるものなどない‥と諦めていた。だが…

『クリフトを振り回すな』

そう鷹耶は話していた。

(私の告白で揺らぐような間柄なの? あの2人は…)



 宿の部屋へ戻った鷹耶は、扉を閉めると小さく吐息をついた。

「…珍しいな。独りとは。」

先に部屋へ戻っていたピサロが、彼の溜息を気に止め声をかける。

「クリフト‥戻ってないのか。」

「先程顔を出したぞ。貴様を探しにな。」

「‥そっか。」

 鷹耶は幾分疲れた様子で、ゆっくり自分のベッドへ向かい、そのまま身体を投げ出した。

「いいのか? 行かずとも。」

いつもの彼なら踵を返し、彼を探しに向かうだろうに。そうピサロが訊ねた。

「そのうち戻って来るだろ。同室なんだから…」

「…何があった?」

鷹耶が俯せているベッド端に腰掛けたピサロが、案じるように訊ねた。なにやら気落ちし

た様子の彼の髪を弄びながら。

「別に…って、何遊んでんだよ?」

いつまでも髪を弄くる手をうざったそうに払い、首を横に向けた鷹耶が睨んだ。

「弱々しい貴様が珍しくてな。気にするな。」

「気になるだろ。うるさくされたら。」

しつこく構ってくる手を邪魔そうに掴み、鷹耶が口を尖らせた。

「では話してみろ。」

「何を偉そうに。あんたにゃ関係ねーだろが。」

「関係なくとも、興味深くてな。」

人の悪そうな笑みを浮かべ、ピサロがきっぱり言い切る。

「な…」

 パタン‥。鷹耶が文句を言おうと口を開いたのと同時に、部屋の戸が静かに開いた。

 2人の視線がそちらへ向かう。

「あ‥鷹耶さん。戻られてたんですね。」

「あ‥ああ。」

鷹耶はゆっくり上体を起こした。ピサロは扉が開いた時に立ち上がり、彼からも離れてし

まっている。

「‥クリフト、お前もう夕飯食ったのか?」

「いいえ‥まだですけど。」

「んじゃ‥食いに行こうぜ?」

「あ‥ええ。ピサロさんもよかったらご一緒しませんか?」

ピサロを残し去るのが躊躇われたクリフトが声をかけた。そこまではいつもの事だったの

だが‥今日は鷹耶が不服そうに彼を睨んで来てる。

「‥よかろう。たまにはな‥」

素直に喜ぶクリフトとは対称的に、鷹耶が憮然とその返事を受け止めていた。



「…? 鷹耶さん、食堂じゃないんですか?」

宿の外へ足を向ける鷹耶に、クリフトが不思議そうに訊ねた。

「ああ‥ちょっと飲んでから‥と思ってな。付き合えよ。」

「え‥ええ‥。」

チラリ‥とピサロを覗うと、彼にも異論はないようで、黙って鷹耶の後に従った。

大通りをしばらく行くと、幾つか飲食店が並んだ通りへ出る。鷹耶は細い路地を入った

余り目立たぬ場所にあるバーへと彼らを誘った。

「へえ‥こんな所にも店があったなんて。知りませんでした。」

ここの所ずっとこの町を拠点にしていたが、初めての店にクリフトが視線を巡らせた。

カウンター席が5つほど。テーブル席が2つ‥といったそれほど広くない店内は、小さな

ろうそくが幾つか灯り、柔らかな空間を作り出していた。

カウンター席に鷹耶を中心に腰掛けた3人が、それぞれ酒を頼み、適当なつまみを頼む。

客は彼らだけしか居なかった。



「‥鷹耶さん、ピッチ早くないですか?」

濃いめの酒を水のように煽ってしまった彼を案じるよう、クリフトが声をかけた。

クリフトやピサロがまだ1杯目を口につけたばかりだというのに。鷹耶は既に3杯目を頼

んでいた。空になったグラスを店員に差し出し、心配そうな眼差しで見つめるクリフトへ

視線を向ける。

「…なあクリフト。お前‥旅が終わったら、どうするつもりだ?」

「え‥どうって…。」

「以前誘ったろう? 俺と一緒に旅に出ようぜ‥ってな。覚えてるか?」

コクリ‥とほんのり頬を染め、クリフトが頷いた。

「…サントハイムの一件が無事解決出来た後でしたら‥それもいいかなと考えてますけど。

でも鷹耶さんはそれで本当に‥‥」

鷹耶がクリフトの頬を手のひらで包んだ。

「鷹耶‥さん?」

「本当に‥それでお前は後悔しないのか? …サントハイムを出る事にさ。」

「…神官を務めていたとしても、ゆくゆくは城を去る身ですから。後悔なんて…。

どうして急にそんな話を…?」

「…別に。なんでもない‥。」

鷹耶は視線をグラスに戻すと、そのまま残っていた琥珀の液体を飲み干した。

そんな彼の様子を黙って窺っていたピサロとクリフトの視線がぶつかる。

「あ‥ピサロさんがこうやって我々に付き合って下さるなんて、珍しいですよね。いつも

断られてばかりでしたから‥」

「‥たまにはな。退屈凌ぎくらいにはなるからな。」

「そうですか。それはよかったです‥。」

クリフトが笑みを作った後、そう彼へ話しかけた。



「‥ちょっと失礼します。」

しばらくポツポツと何気ない会話を交わしながら飲んでいた3人だったが。クリフトが2

人にそう断ると中座した。

洗面所へ向かう彼の姿をぼんやり見送る鷹耶。

彼の姿が扉の奥へ消えると、ピサロが口を開いた。

「サントハイムの姫と、なにかあったのか?」

洞窟から帰った鷹耶が彼女に誘われ外出したのを知るピサロが、静かに訊ねた。

「…! ‥別に。なんでもねーよ。」

「あの娘‥神官坊やに惚れてるんだろ?」

ピサロが薄い微笑を浮かべ言うと、鷹耶がギッと彼を睨みつけた。

「‥クリフトには、余計なコト言うなよ!」

「ほう‥。では、あの坊やの方は知らぬのか。だが…」

言いかけたピサロだったが、扉の音に気づき、口を噤んだ。

クリフトが席へ戻ったのと同時に、ピサロが席を立つ。

「私は先に戻る。代金はここに置くぞ。」

「…ああ。」

「ピサロさん、先に帰ってしまうのですか?」

「ああ。もう用は済んだからな。」

「‥?」

「貴様達はのんびりしてくるといい。どうせ明日は待機なのだろう?」

「え‥ええ。‥おやすみなさい。」

立ち去るピサロの背中にそう声をかけ、クリフトが送る。彼に気を取られていたクリフト

は、鷹耶が苦い顔を浮かべていたのに気づかなかった。

「…用って。ピサロさん鷹耶に何か話があったんですか?」

自分が席を外してる間にそれを済ませたのかと、クリフトが訊いた。

「‥さあな。あいつの考えるコトなんて、解んねーよ。」

それよりさ‥とようやく持てた2人の時間を強調すると、鷹耶はクリフトを抱き寄せる。

「後でさ、な‥いいだろ?」

ひっそりと甘く誘われて、クリフトが頬を染めながらもコクリと頷いた。