「みんな大丈夫‥じゃないよね。」

チキーラ達が、また不毛な会話を始めた所で、一行は馬車へと集まった。

戦闘跡の生々しい傷を残すメンバーを見渡して、ソロが苦く微笑った。

「‥とりあえず、回復魔法唱えるからさ。」

言って、ソロが魔力の集中を始める。

「え…ソロ、魔法力もう残ってないんじゃ‥」

消費魔力の大きい最大回復呪文を唱えるつもりと気づいたマーニャが、心配顔で言った。

「…祈りの指輪か。」

中指に嵌められた金の指輪を見留めて、ピサロが嘆息する。

それに応えるよう口元で笑んで、ソロは呪文を放った。

最大回復呪文―――ベホマズン。

深いダメージすら治癒させる呪文の光が、パーティを包む。

「あ‥ありがとう、ソロ。…ソロ?」

すっと立ち上がったアリーナが、にっこり笑いかけたのとほぼ同時に、ソロが身を傾がせ

た。バランスの崩した彼を、側に立って居たピサロが支える。

「ち‥ちょっと、ピサロ?」

そのまま横抱きに抱えられて、ソロが身動いだ。

「オレ、歩けるよ?」

「青い顔で言われてもな。…無理し過ぎだ。」

「そうですよ。ちゃんと自身も労って下さらないと。ね?」

側へとやって来たクリフトが、にっこり声をかける。一見人当たりの良い笑みに見えるが、

怒ってるのは、ソロにはきっちり伝わって。神妙に頷いた。



馬車に乗って移動したのは、先程休憩に使った丘だった。

「ここだったら、彼らを気にせず休めるわね。」

う〜んと伸びをしたアリーナが、リラックスした様子で話す。

「まさかここに野宿する羽目になるとはの…」

ブライがやれやれと肩を落としぼやいた。

「まあでも、天空の剣に匹敵する名剣が手に入ったら、間近に迫った決戦の頼もしい味方

 になるでしょうし。」

伝説の武器を前に、ワクワク顔のトルネコが声を弾ませた。

「トルネコらしいわね。‥あ、ぴーちゃん。幌の方へ行ってあげてね。」

馬車後部から降りて来たマーニャが、周囲を一応確認していたピサロへ声をかけた。

呼ばれたピサロが、足早に幌へと向かう。

「どうかしたのか?」

ソロの姿がまだ見えなかったので、ハラハラした面持ちで声をかける。

「ああ…ピサロさん。丁度良かったです。」

「そうね。じゃ…後はお任せするわ。私達は野営の準備を進めているから。」

クリフトの言葉をミネアが次いで、スッと立ち上がると馬車を降りた。

「‥なんだ。ソロは眠ってしまったのか?」

移動時間は10分もなかったはずだが。ソロはすっかり熟睡しているようだった。

「ええ。やはり相当負担かかっていたようですね。」

「全く…無茶ばかりする奴だな。」

最後の大呪文が堪えたのだろうと推測する2人が、盛大に溜め息を落とした。





「…で。明日なんだけど‥」

ソロ以外のメンバーが夕食を終え、焚き火の回りに集った所で、アリーナが切り出した。

「あいつらの実力、ピサロも今日実際に戦って把握したでしょう? 明日はソロ抜きで、

 どうにかしないと…って事だから。作戦練り直した方が良いと思うの。どう思う?」

「確かに‥。出鱈目な強さだな、奴ら。だが‥攻撃パターンが幾つか読めた。

 奴らの攻撃を先読みし、ダメージを最小限に押さえられれば、今日より大分マシな勝負

 になると思うが‥?」

「先読み…出来るのか?」

ブライが身を乗り出し、訊ねた。

ピサロの話によると、大技を繰り出す時の彼らの癖が幾つか見受けられた‥という事で。

それらを見逃さず、連携に繋げるように、策が練られていった。



「う‥ん…」

ぼーっとソロが目を覚ましたのは、朝を迎えた一行が食事を済ませ、銘々身体を解してい

る頃だった。

ぼんやりと身体を起こしたソロが、ストレッチをするアリーナを眺め、首を捻る。

「おはようございます、ソロ。」

「あ‥クリフト。おはよう‥」

側へとやって来た彼に返すソロが、きょろっと辺りを見回した。

「どうしました?」

「あ‥えっと。ここ‥あいつらの居る世界だっけ?」

「ええそうですよ。昨日の戦いの後、少し場所を移動した所で野営させて頂きましたから。

ソロは移動の途中で眠ってしまったままで‥。お腹空いたでしょう?」

膝を折ったクリフトが目線を合わせると、額を合わせるように訊ねた。

「あ‥ううん。…あんまり空いてないや。」

「まだ疲れが取れませんか‥?」

「‥‥そうみたい。あんまり回復した気がしないかな。」

心配顔を抑えたクリフトがそっと訊くと、ソロが静かに返した。

「昨日の無理が祟ったな。今日は奴らの言う通り、お前はおとなしく見学してろ。」

コン‥と拳骨が頭に降りると、言い聞かせるような声がついてきた。

「‥ピサロ。‥うん、分かった‥‥‥」

「「‥‥‥」」

素直に頷くソロを見て、ピサロとクリフトが意外と顔を見合わせる。

「あっ、ソロ! おはよー! お腹空いたでしょ。いらっしゃいよ!」

馬車の近くに簡易に設けた竈を片付けていたマーニャが、目を覚ましたソロに気づき、

ブンブンと手を振った。



「…オレ、あんまりお腹空いてないんだ。」

マーニャに呼ばれ、竈跡の側へ適当に腰掛けたソロが、先に断りを入れた。

「‥そう? じゃ‥軽く、スープだけよそおうか?」

「‥うん。それくらいなら‥貰おうかな。」

小さく微笑むソロに、マーニャもほっと口元を綻ばせる。

「‥ありがと、マーニャ。」

まだ温かいスープを軽くカップによそってくれた彼女に笑むと、そっと口を寄せた。

「おかわりもあるからね。」

言って、ソロの対面に腰掛ける。

「‥昨日は野宿だったから。疲れが取れなかったでしょ?」

「‥うん、そうみたい。みんなは‥? 今日またあいつらと戦うの‥大変じゃない?」

「そうね。全然大変じゃない‥とは言えないわね。

 まあ、魔王さんとアリーナはやる気満々‥みたいだけどね!」

明るい調子でマーニャが肩を竦めおどけて見せた。





ソロの食事も終わり、皆の準備が整った所で、彼らと再び勝負をする為、一行は馬車に乗

り込んだ。

彼らの元へ到着すると、相変わらずの言い合いが既に始まっていて、一同呆気に取られた

が。馬車を降りた一行の代表が彼らの前に立つと、ピタリと動きを止めた。

「‥あ、あの…こんにちは。えっと‥‥」

クルンと正面に向き直った2人の視線を浴びたソロが、ドギマギ話す。

「おお、よく来たな。待っておったぞ。」

「そうだ。待ちくたびれたぞ。」

「お前達が勝てば、奴が欲しがってた剣をやろう。勝負の条件は、昨日の通り、良いな?」

「勿論だ。」

ソロが口を開くより前に、彼の隣に立っていたピサロが答えた。

「よし。では‥ソロ。お前は勝負が着くまで、この中で見学な。」

チキーラがどおーんとある物を彼らの前に置いた。

一同が思わず目を疑う。

―――鳥籠?

アーチ型の天井、円形をした底部は天空城を支えている雲を思わせるふわふわ仕様‥

といった少々風変わりな金の籠。サイズも規格外だ。

「‥この中って。オレが‥入るの?」

「うむ。途中でこっそり手助けしないようにな。」

「そうだ。これには結界があるからな。外からも内からも干渉出来ん。便利だろ。」

「‥‥‥でも‥」

大きさは問題ないだろう。だが‥しかし、どう見ても鳥籠にしか見えない。

思わず拒否反応が前面に出て、ソロは顔を強ばらせた。

「…結界に入るのは、いいけどさ。…形、他にないの?」

「何を言う? この美しい流線、艶やかな輝きを放つ金の網…」

「わしらの目に止まったこの素晴らしい箱が、お前気に入らないのか?」

ずず‥ずいと迫られて、ソロが迫力に押され不承不承承諾した。



かちゃり‥

扉にカギが降りると、鳥籠が金の光に包まれ、地上でも馴染み深い小鳥用の大きさまで縮

んでしまった。

「「あっ‥!」」

ソロと見守ってた仲間達から、驚きの声が上がる。

小さくなった鳥籠は、エッグラ達の背後へすうーっと移動し、ピタリと空中で制止した。

「さあ。用意はいいか? お前達が勝てば、あの剣はやろう。だが‥」

「わしらが勝ったら、あれを貰おうかな。なあ?」

チキーラがソロを顎で指し、相棒へ声をかけた。

「おお。良いな。うん、せっかくだ。そうしよう。」

「よし、やるぞ〜〜〜!」

気合入った様子のチキーラが、ぐっと気を溜めてゆく。

「ねえねえ‥。なんでいつの間にか、ソロが賭けの商品にされてるの?」

「ふん‥元々負ける気はないが。とっととケリつけて、帰るぞ!」

アリーナが眉を顰め呟くと、押し殺した低い声音が返った。

地を蹴ったピサロが、剣を大上段に構え振り下ろす。



「うわあ…。なんかみんな気合入ってるな‥」

エッグラの背後から戦闘を眺めるソロが、その戦いぶりに息を飲んだ。

こうしてまるっきりの傍観者になって、パーティの戦闘を見学する機会などないから、気

づかなかったが。ピサロは元より、アリーナ、ライアンの鋭く力強い攻撃。絶妙なタイミ

ングで攻撃をサポートしてくれる、マーニャ、ブライ。防御、回復に気を配って動くクリ

フト、ミネア。後方に下がっているトルネコは、時に防御力の低いメンバーの盾となり、

魔法を溜める時間を稼いだ。

「…本当、すごいや‥」

これまでも、自分一人の力で勝って来た‥などと考えた訳ではなかったが。

こうして改めてパーティの戦いぶりを目の当たりにすると、どれだけ仲間に支えられてき

たかが判る。

「…オレも、がんばらなきゃな。」

昨日の戦闘で、思っていた以上にダメージが残ってしまっている自分を情けなく思いなが

ら、ソロはひっそり嘆息した。



勝負は思っていたより早く決着した。

「はあはあ…。あーすっきりしたっ!」

「うむ! 同感だ!」

チキーラ&エッグラがニッカリ笑って立ち上がった。

「さあ、とっととソロを解放して、魔界の剣を寄越せ!」

魔王が彼らの前で仁王立ちし、高慢に言い放つ。

「…お前が言うと、褒美やりたくなくなるな。」

エッグラがムッカリ吐くと、チキーラも大きく頷いた。

「ちょっとぴーちゃん、変に刺激しないでよ?」

マーニャがぐいっと外套を引っ張って小声で話す。

そんなやりとりがされてる間に、鳥籠がこちらへ移動を果たし、光と煙りに包まれた次の

瞬間、元の大きさに戻ったソロが彼らの前に現れた。

「「ソロ‥!」」

「はあ…良かった。元に戻れた‥!」

戦闘前のやりとりを聞いて、ちょっとハラハラしてしまったソロが、ほおっと息を吐いた。

「みんなすごかったよ! オレ、びっくりしちゃった。みんな本当に強いんだな‥って。」

「ふふふ‥。ソロが見てる前で、恥ずかしい戦いなんか出来ないもの。

 張り切っちゃったわ。精一杯ね。」

アリーナがにっこり答えると、一同も頷いた。

「うん、本当にすごかった。お疲れさま。

 えっと‥約束通りの条件で、オレ達が勝ったんだから。昨日の剣下さい。」

皆に笑んだソロが、チキーラ達に向き直って、ぺこりと頼んだ。

エッグラとチキーラが顔を見合わせて、にっかり笑む。

「うむ。そうだな。約束だからな。」

「おお、そうだな。お前達はよくやった。褒美はやろう。」



昨日同様絵の中から剣が現れ、ピサロがそれを受け取った。

しっかりそれを検分した後腰に差し、クルリと踵を返す。

「よし。もうここには用はないだろう。帰るぞ。」

スタスタやって来たピサロが、ソロの肩を抱いて馬車へ向かおうと歩を進めたが‥

「あ‥ちょっと待ってよ、ピサロ。」

ソロは彼の腕を振りほどくと、再び口論に突入しかけたエッグラ達の前へと立った。

「あの‥ありがとうございました! ‥‥‥!?」

丁寧にお辞儀して、顔を上げたソロだったが…

ふと風や音、一切の気配が途絶えて眼を開く。周囲を窺うと、ピサロもアリーナもクリフ

トも‥一行だけでなく、彼らの周囲にいた鶏達まで石のように固まってしまっていた。

「な‥なに?」

「ソロ。お前にこれをやろう。」

「受け取れ。」

エッグラとチキーラの間にふわりと浮かんで現れた小瓶が、ソロの前にすうーっと移動し

て来た。

「え…? これ‥?」

思わず手を出し受け取ったソロが、不思議そうにガラスの小瓶を見つめる。

「それを服用すれば、お前のその失われた力を一時的に全快させる事が出来る。」

「‥え、本当?!」

小瓶の中の液体を眺めていたソロは、エッグラとチキーラへ目を移した。

「ああ。だが‥その効力が切れた時、補った分の力を失うがな。」

「それってどういう事‥?」

ソロは慎重に、小瓶の中身について訊ねた。




2009/1/28