「‥なんだ? 妙な諍いが聴こえてくるぞ?」

広いフロアに到着すると、ピサロが眉を寄せた。

「あら‥ピサロって耳がいいのね。あの向こう側がね、終着点よ。」

「やっと着いたのか。…本当に深い洞窟だったな。」

ほう‥と肩落として、ピサロが嘆息する。フロアを進むごとに遭遇率の上がった魔物との

戦闘は、思った以上に手間取った。

「ふふ‥。流石の魔王サマも疲れちゃった? 本当に厄介なトコでしょう?」

「棲息する魔物も手強いが。それ以上に、歪められた空間が多いのがうんざりだな…」

「ああ、やっぱりそうなのね。前に来た時にね、変な空間だね‥って話してたの。」

アリーナがうんうん‥と頷いて、一同を見渡した。

「‥じゃ、そろそろ行きましょうか?」



バロンの角笛が光を発したのを合図に、待機していたメンバーが馬車へと乗り込んだ。

白い光が馬車全体を覆う。ふわりと起こった風が治まると、馬車はフロアから消えていた。



「みんな、来たわね!」

原っぱに出現した馬車に駆け寄ったアリーナが、笑顔で迎える。

「アリーナ。みんな、お疲れさま。」

馬車を降りたソロが、探索メンバーを見渡して、声を掛けた。

「どうだった?

 疲労が大きいようなら、少し休憩挟んで、それからあいつらの所へ向かうけど?」

「う〜ん、そうね。魔法も結構使ってたから、やっぱり休憩は必要だと思うわ。」

「了解。じゃ、見張りはオレ達が担当するから、きっちり休んでよ。

 あ‥先に軽くお腹に入れとく?」

「あたし甘いモノ食べたいな。」

マーニャがはいっと手を上げる。

「焼き菓子あるよ。飲み物も‥温かいのが確か‥」

「ええ。用意してあるわ、姉さん。サンドウィッチも作って来たわよ。」

「おお、ありがたいですな。私はそちらを頂きましょうか。」

「ピサロも食べる?」

トルネコへ包みを渡したソロが、ピサロへも伺った。

「ああ‥貰おうか。」



飲み物とサンドウィッチを持ったピサロに連れられて、ソロは一抱え程した幹の木の根元

へ移動した。

馬車が現れた原のすぐ脇にある木立で、銘々が休息を取る様子を見守って、ソロも腰を

落とした。

「どう‥? なかなかな道中だったでしょう?」

「ああ‥本当にな。さっきから喧しいダミ声も酷いものだが。出鱈目過ぎだな、ここは。」

「ふふふ。聴こえてるの? あいつら‥まだ鶏と卵のケンカしてるのかな?」

渋い顔を浮かべるピサロに、ソロがクスクス笑いながら答えた。

「ああ‥何やらそんなような言葉が飛び交ってはいるな。」

「やっぱり‥。どっちもすごいでいいじゃん‥て、オレなんか思っちゃうけど。

 本当に、ずっとあの不毛な言い合いしてるんだなあ…」

「どちらも頑固者なのだろうな。人間は譲り合うのを美徳とする向きがあるようだが。

己の意見を押し通すのが、強者の誇り‥という考えもあるからな。」

「ピサロは後者?」

「以前ならば‥間違いなくそちらだな。」

「今は…違うの?」

そっと覗うソロに、ピサロはくしゃりと翠の頭を撫ぜた。

「‥さあな。」

小さく口元を上げるピサロに、ソロもふわりと笑って、そっと寄り添う。

「譲れないコトってあるけどさ。不毛なケンカは‥したくないな、オレは。」

「‥奴とはどうなのだ?」

「うん?」

「不毛なケンカとやらはせぬのか?」

「う〜ん‥どうだっけ?」

影が降りたのを感じたソロが顔を上げて、側にやって来たクリフトに問いかけた。

「なにがです?」

「オレとクリフトで不毛なケンカってあったっけ?」

「そうですね…ソロは時々困った頑固モードがオンになるので。苦労はしましたね。」

「な‥なんだよう、それ。」

「クッ…確かにな。お前と合流してから間もないのに。長い人生の中でこれ以上ないだろ

 う、変化に富んだ日々ばかり味合わされているしな。」

クツクツと笑う魔王に、傍らに立つクリフトも笑みを深めさせ、ソロは複雑そうな面持ち

で口を結んだ。



しばらくの休憩を挟んで。

一行はエッグラ&チキーラの元へ馬車で向かう事になった。

「‥まあ、多分。また戦闘になっちゃうんだろうとは思うけど。

 一応、話が聞けないものか、声かけてみるね。」

「そうねえ‥。鶏と卵の不毛な論争って、暇だから終わらないだけなんだろうし。

 あたし達が行ったら、丁度いい暇つぶしだって、喜んで戦闘モードに入るんじゃない?」

マーニャが重い吐息を落とすと、御者台に座るトルネコもうんうんと頷いた。

「まあそれでもさ。オレ達の目的は戦闘じゃないんだから。

 こっちから攻撃仕掛けるのもね。不味いでしょう? だからさ‥」

「ソロの言う通りね。戦闘突入を想定して、先発メンバー決めましょう。」

「うん。とりあえず最初は‥」

アリーナに答えて、ソロがメンバーを選ぶ。



ソロ、ピサロ、クリフト、ブライが口喧嘩を続ける不思議な住人の前に立った。

遠慮がちに声をかけたソロだったが。予想通りの展開で、戦闘モードへと突入。

「…本当に、戦う羽目になるとはな。」

「言ったでしょ。なんか独特のテンポがあるんだって。」

剣を構えながら独りごちる魔王に、ソロが苦笑しながら答える。

「変な人達だけど、本当に強いからね。油断しないでね?」

「来ないなら、こっちから行くぞ〜!」

チキーラが弾む声音で宣言すると、気合を溜め始めた。

「よし、こっちも行くぞ!!」



戦闘は予想通り長引いた。

「本当に‥体力馬鹿ね、あの2人は。」

「じゃな。…そろそろ片方ダウンしてくれねば。わしらが伸されそうだ。」

肩で息をしながら、マーニャがぼやくと、同じ後方支援のブライが同意した。

補助系呪文はすぐに相殺されてしまうので、彼らの重い攻撃は、重装備の向かないメンバ

ーには荷が勝ち過ぎて、回復魔法もなかなか追いつかない状況に晒されていた。

「ソロ‥!」

「ああ‥!」

アリーナ、ソロの連携が、巧くチキーラに決まった。

どお〜んと倒れる巨体。その体が沈む方向に着地したソロが、ハッと顔を上げる。

「「ソロ…!」」

「くっ…!!」

辛うじて避けたソロだったが、その方向が不味かった。

打撃の構えを取っていたエッグラが、彼へ狙いを切り替え攻撃を放つ。

痛恨の一撃に、ソロは倒れているチキーラの元まで弾き飛ばされた。

「「ソロ…!!」」

それを目の当たりに見た仲間達から悲鳴が上がる。

「くっ…、ベホマラー…!」

残り少ない魔力で、クリフトが回復呪文を唱えた。

僅かづつだが、全員の傷が治癒してゆく。ソロも気を失っているようだが、魔法の効力が

及んでいるのを確認し、一同もホッと胸を撫で下ろした。

「とにかく、こいつをなんとかしないと‥!」

既に立っているのもやっとだったアリーナが、気合を入れ構える。

現在戦闘不能なメンバーは、ブライ、マーニャ、トルネコ、ミネアに続いてソロとなって

いる。チキーラは倒れたが、残るメンバーも皆、かなり消耗していた。




「…あ。」

ソロはハッと意識を取り戻すと、頭を起こし戦況へ目を移した。

エッグラの攻撃を躱したピサロが、剣を大上段から振り下ろす。体勢を崩した所にライア

ンの剣戟が炸裂し、派手に転がった。かなりのダメージを負ったのは確かだったが、それ

でも立ち上がろうとするエッグラに、ソロも身を起こそうと腕を突っ張った。

「お前はもう、リタイアだろ。」

どうにか半身を起こしたソロの背後から長い腕が回された。

「…チキーラ。」

戦いの見物に回っていた彼の静かな声に、ソロは身構えを解いた。

「‥どうせもうすぐ決着だ。」

「‥‥そう。」

今この場で、両足でしっかり立っているのは、ピサロとライアンだけ。クリフトとエッグ

ラが片膝を着いた状態。満身創痍に見える中、一番余力がありそうなのは、流石魔王と呼

ばれてただけはある、ピサロだった。



「あーすっきりしたっ! いやーいい気分だ!」

エッグラが倒れると、さばさばした表情で、チキーラが立ち上がり伸びをした。

「うむ! 同感だ! お前なかなかやるな。こんないい気分は久しぶりだぞ!

 わっはっはっ…」

倒れていたエッグラもむっくり起き上がって、カラカラと笑い出す。

「これは是非、お前達に特別な褒美をやらねば!」

「狡いぞ! ワシが先に言おうと思ってたのに!」

エッグラの台詞にチキーラが割り込んで、我先にと話を進めたがる。

彼らの背後に浮かんでいた大きな額縁。その中に納まってる鎧武者の絵の前へと立った彼

らが何やら唱えると、ほの蒼い光に包まれた絵の盾が、すうーと実体化し始めた。

「さあ、受け取れ。」

唯一足元のしっかりとしたピサロが、それを受け取る。

「…これは、魔界の盾‥か?」

不思議そうに、ピサロは腕に納まった厳つい盾を眺めた。

「うむ。由緒ある品だぞ。」

「ありがたく使えよ。」

ご機嫌顔で言う両者を通り越して、ピサロの視線が盾がなくなった絵へと注がれる。

「‥あれも実体化出来るのか?」

ピサロはついっと絵の中の剣を指し訊ねた。

「うむ。出来るぞ。」

「出来るな。」

「‥ならば。ついでに貰ってやるぞ。」

ニッと魔王が口の端を上げる。

「甘−い!」

「甘いぞ! 褒美は1つだ。欲張るな!」

「なら‥これは返す。あちらを寄越せ。」

「む‥むう…」

ぽいっとチキーラへ盾をほおって、ピサロはもう一度絵の剣を指した。

「‥ピサロ。一応、多分偉い人?なんだからさ。ちょっとは遠慮を…」

なんだか随分横柄な魔王を見かねたソロが、ゆっくり歩を進め隣に立った。

「「おお!」」

「うむ、礼儀は大切だな。ソロ、お前はよく出来た奴だ。」

むーっと怒りに顔を赤らめかけてた2人が、途端上機嫌に戻った。

やや離れた位置から見守っていた仲間は顔を見合わせたが。彼らが喜んでるなら、問題な

いだろうと頷き合う。

「この絵の剣がどうかしたの?」

拘る理由が知りたいと、ソロがピサロへ問いかける。

「ああ。これは‥この武者が纏ってる武具は、魔界最強と呼ばれる装備類そのものなのだ。

特にあの魔界の剣は、お前の持つ天空の剣にも劣らぬ傑作と聞く。」

「へえ‥そうなんだ。」

「奴との戦が迫ってるからな。これは強力な助けとなろう。」

「‥そうだよね。うう〜ん…ん? ‥えっと、何‥‥?」

腕を組み考え込むソロを、エッグラとチキーラが覗き込んで来て、思わずソロが後退る。

「なんだ‥?」

退いた彼の背を抱いて、ピサロが眉を顰めた。

「お前…なんでそんなに弱々しくなったんだ?」

「うむ。前とは全然気配が違うな。」

「そ‥それは‥‥‥えっと。‥‥‥危うく死にかけた‥せい、かな?」

まだ体力が戻りきってないのだと、ソロは小さく続けた。

エッグラとチキーラが顔を見合わせ、頷き合う。

「おい、お前達! この生意気な奴が望むように、褒美を2つやっても良い。

 わしらともう一度勝負して、勝てたら‥な。受けるか、この勝負?」

腰を落としたままのアリーナ達へ向かって、エッグラが叫んだ。

「今から?」

アリーナがビックリと聞き返す。

「いや。明日もう一度だ。今夜は適当に休んで構わぬぞ。」

「それならええ。喜んで!」

「但し! ソロ、お前は外れる事。それが条件だ。」

にっこり返事をするアリーナに大きく頷いた後、チキーラがソロをびしっと指さし、付け

加えた。

「え!? なんで、オレは外れるんだよ?」

「この生意気な奴の試練だからな。

 お前が抜けるくらいのハンデを背負って丁度良いだろう。」

「いいだろう。受けて立とう。」

両腕組んで前に立ち塞がるチキーラに、魔王も不敵な笑みで返した。