「ふう…。」

鷹耶が短く吐息をついた。

 ここはミントスの宿の一室。世界樹の花を手に入れた勇者一行が身体を休める為に立ち

寄った晩のことだった。

「どうかしたんですか? 鷹耶さん。」

同室のクリフトが小さく漏れた吐息を心配するように、彼が座るベッドの隣に腰を下ろ

した。



無事世界樹の花を手に入れたその晩。アリーナ始め女性陣は、これでロザリーを救える

と、おおいに盛り上がっていた。そんな中。いつもと違ってずっと無言のままだった勇者

鷹耶は静かに席を立つと、早々に部屋へと戻ってしまったのだ。

 そんな彼の様子を案じて、追いかけるように席を立ったクリフトは、彼の表情を曇らせ

ていた原因を彼から直接聞く事が出来た。

 彼を沈ませていたモノ――。それは、彼の身代わりとして魔物に殺された幼なじみシン

シアだった。彼が唯独り愛した女性シンシア。失われた生命に哀しむのは、デスピサロだ

けではない。鷹耶もまた、愛する女性を失っているのだ。しかもデスピサロの手によって

…。仇とも言える彼が愛した女性ロザリーを救い、彼の暴走を阻止する――。その可能性

への道が開かれた時、鷹耶は迷わずそちらの道を選んだ。世界を平和に導く為ならば、哀

しい人達を減らしていくよう努めるのが、勇者の使命じゃないか――と。

 だが…。いざ世界樹の花を手に入れてしまうと、ふと迷いが生じてしまうのだ。

 本当にこれでいいのか…と。

たった一輪しかない世界樹の花。救えるのは唯一人。条件をクリアしているのも知る限

りロザリー唯一人。それは考える余地などない話なのだが…それでも、もしも…が消えて

くれない。

クリフトはそんな彼に希望を捨てる事はない――と確信めいた言葉で励ました。彼にし

ては珍しいくらい、それはきっぱりとした言葉だった。

そんな彼に小さく笑みを浮かべた鷹耶だったが…ふいに顔を曇らせ、小さな吐息をこぼ

したのだった。



「まだ何か、心配な事でもあるんですか?」

クリフトが更に言葉を重ねた。

「…いや。そんなんじゃない…。」

静かに答えると、クリフトの頬にそっと手を伸ばした。

「…クリフトも強くなったよな‥って思ってさ。」

「え…? そうですか…?」

「ああ。出会った頃は俺に振り回されっぱなしだったろ? それが‥この俺以上に、

  明るい未来語ってくれちゃうんだもんな。それとも、楽天家が伝染ったのかな?」

はぐらかすような瞳を鷹耶が近づけた。           伝染った→うつった

「なに言ってるんですか? も‥う‥‥‥。んっ‥は…っ。鷹‥耶‥さん…。」

軽く触れた唇はやがて深い口づけに変わり、クリフトはそのままベッドに押し倒される形

となってしまった。

「ごめんな‥クリフト。」

「え‥? ふ…。…んっ‥。‥ちょっと…鷹‥‥‥!」

ふいに聞こえた「ごめん」の意味も解らないまま、クリフトは彼が触れて行く部分が急速

に熱を帯びていくのを感じ、息を弾ませていった。



いつからだったか。鷹耶との関係が深まったのは。

 盗むように奪われていた接吻は、やがて深いモノへと変わり、気が付けば、すっかり人

に言えぬ関係にまで嵌まってしまっていた。

勇者一行と共に旅をするようになってすぐ、クリフトは鷹耶のお気に入り…と、誰もが

知る状況になっていたので、宿割りの9割方が二人部屋でも、誰も不思議に思わずにいて

くれるのが、幸だったのか不幸だったのか。初めは相応の抵抗を試みていたクリフトも、

彼が抱える闇の部分に触れた時から、どこかでそんな彼を拒め切れなくなり、いつしかそ

ういった関係を受け入れてしまっていた。まあ幸い、パーティで二人の仲に薄々感づいて

そうなのは、こういう事に寛大(?)なマーニャだけだったので、特に表立った問題にも

ならずこれまで来て居たのだが…。



「は…。ふ‥‥んっ‥。」

慣れた手つきで、彼の敏感な部分をゆっくりと愛撫していく鷹耶。頬を紅潮させ、そん

な彼に反応を見せるクリフトを、鷹耶は愛しそうにみつめた。

「クリフト…。お前‥本当にきれいだよな‥。」

「なに言って…あっ。」

一番敏感な部分へと手を伸ばされ、クリフトが小さく仰け反った。

「めちゃめちゃ可愛いしv」

しっかりソレを握ったまま、彼が深い角度で口づけて来た。

「ふあ…っ‥。は…。んっ‥鷹‥‥さ…。」

熱を帯びていた身体が、更に熱く昂められていく。

「‥いいよ。イッて。」

そんな彼を甘くみつめながら鷹耶が囁くように言った。

 包み込むように優しく撫で上げられると、彼は電気を浴びたように身を震わせ昇りつめ

ていく。

「ああっ! はあ…はあ‥‥。」

「そろそろ‥準備いいか…。」

鷹耶は息を乱す彼に同調するように、熱い息を混ぜながら、彼の敏感な部分の更に奥にあ

る秘部へと指を滑らせた。

「あっ! ふ‥く‥‥んっ。」

また違う感覚が走り、クリフトは更に息を荒げた。

「あ‥はっ…。鷹耶‥さん‥。さっきの…ちゃんと聞かせて下さいよ…。」

「ん‥? 何?」

「ふ…。ごめん…て、なんですか…?」

鷹耶にしがみつくように身をまかせながらも、先程から気にかかってる事を問いただした。

「…そんな事、言ったか?」

「言いました。」

熱っぽく潤んだ瞳で、睨むように彼を見たクリフトが怒った口調で応えた。

「…後悔‥してるんですか?」

「…! 違う。そんなんじゃ‥ない。そうじゃなくて…!」

悔しげに言う彼の顔を両手で包み込むように捕らえた鷹耶が、真剣な眼差しで見つめた。

「俺は…! …ずっと‥俺の都合で‥お前を振り回しちまったから…! だから…。

‥もう、お前を解放してやらなくちゃ…って…。だから‥‥‥」

「…これが、最後だとでも…?」

「…ああ‥。」

「クス…。私がただそれだけで、あなたと過ごしてきたと思ってるんですか?」

バカですね…と付け足しながら、クリフトが鷹耶に口づけた。

「…クリフト。」

「…情がなければ、交わせませんよ。口づけも。それ以上も…。

鷹耶さんだって‥そうでしょう?」

普段軽口を言う鷹耶も、本音部分では他者を近づけない事を、彼は承知していた。

「…まいったな。その通りだよ。」

鷹耶は苦笑いかけると、そのまま唇を重ねた。

静かな口づけは、少しずつ深さを増し、やがて銀の糸がその余韻を思わせた頃、二人の

結び付きが確かなものへと導かれていくのだった。



「…忘れないで下さいね。姫様を想う気持ちとは別の場所に、あなたは居るんです。

  だから‥僕は後悔なんてしないし、あなたにもして欲しくないんです。」

行為後の微睡みの中、クリフトが静かに口にした。

「…ああ。俺の中でも、シンシアの位置は変わらない。けど…お前の場所は、確かに

  存在してる。後悔なんて‥する訳もない。」

 情…かも知れない。鷹耶は思った。二人の間に在るモノ…それは恋愛感情のそれで括っ

てしまうには、それぞれの想い人に対する熱情とは、明らかに異なっていた。届かぬ想い

の行方を、お互いで補ってきたーずっと、そう信じていた。が。どうやらそれも違うの

かも知れない。

「…なにを、考えてるんですか?」

「うん…。俺達って‥なんなんだろうな?」

「え…? はは…。それは‥難しい質問ですね‥。」

クリフトが小さく微笑った。

「本当…そうだよな…。」



この想いに対する言葉は、未だ見つからずにいた―――。