「‥じゃ、見張りよろしく頼むな。」

「ええ、任せて。」

ロザリーヒル。夢で見たのと同じ小塔の前で、夜陰に紛れて集ったメンバーは6人。

塔へ赴く鷹耶・アリーナ・ミネア・ブライと、その間の見張りを担当するマーニャ・クリ

フト。

サントハイムで入手した不思議な笛を塔の傍らに立った鷹耶が奏でると、隠された階段が

現れた。

夢で見た通りの光景に、誰からともなくため息がこぼれ、互いに頷き合うと、鷹耶が残る

2人に向け声をかけた。

笑顔で請け合うマーニャと、やや俯きがちにいるクリフト。

鷹耶はそんな彼の様子に気づかずに、緊張を滲ませた表情で階段を下っていった。

続くメンバーも階下へと姿を消すと、マーニャが小さく吐息をつき、手頃な岩へと腰を下

ろす。

「‥とりあえずさ。あんたも座ったら?」

「…あ、はい‥」

ぼんやり塔を見上げていたクリフトが、促されて彼女の隣に並ぶ岩へ腰掛けた。

「なんだか元気ないわね? 体調悪い…?」

重い吐息をつく彼を気遣うように、マーニャが覗き込む。

「あ‥いえ。別に…なんともありません。」

「‥本当? …鷹耶とケンカでもした‥?」

「な‥、何言ってるんです、マーニャさん!?」

声を顰めて伺ってくる彼女に、慌てた様子のクリフトが打ち消した。

「ケンカもなにも…、そんなのありませんよ。」

「そお‥?」

更に覗き込んでくる彼女の視線を避けるように、クリフトが身体ごと横向けてしまったの

で、マーニャもそれ以上の追求は諦めた。



「…なんか。なかなか戻らないわね‥」

話次第では、長引く事も予想してはいたが。ただ待つ身の2人には、更に長い時間が流れ

てるように感じられて。マーニャがほう‥と嘆息した。

「そうですね‥。」

「先に戻ってましょうか? 階段もまた消えちゃったしさ。」

一定時間が経つと閉ざされるよう施されてるのか。随分前に隠し階段は閉じてしまった。

塔の上部も一時戦闘を窺わせる気配に包まれていたが。今はもう平静を取り戻している。

これ以上の見張りは不要だろうと、マーニャが立ち上がった。

それに倣うように、クリフトも腰を上げる。そのまま塔へ目をやって、小さな吐息をこぼ

すと、「そうですね」と微笑した。



心配そうなマーニャと宿の廊下で別れ、クリフトは今夜の部屋へと独り戻った。

さくさく着替えを済ますと、ぽすん‥とベッドへ身を乗り上げる。

俯せに寝転んで、クリフトは遠慮ないため息を落とした。

目を綴じると浮かぶのは、桜色した長い髪の少女。

儚げな微笑みが鷹耶に向けられる場面まで想像巡らせて、クリフトはガバっと上体を起こ

した。

ブンブンと頭に浮かんだ光景と、そんな思考そのものを振り払うよう頭を強く振って、

クラっと目眩に似た浮遊を覚える。



鷹耶が愛した幼なじみの少女。

その彼女に似てるというロザリーと逢い、鷹耶は何を思うのだろうか‥?



どこか常とは違う緊張を滲ませていた鷹耶に、クリフトの心は騒めく。

その不快感と、理解出来ぬ感情に揺れて、クリフトは苦々しい顔で口を結んだ。



何がこんなに苛立だしいんだろう‥?



自問してみても。答えは見出せなくて。

クリフトは乱雑な動作で布団を被り寝に入ってしまった。



やがて。

部屋の扉が静かに開いた気配に続いて、人気が暗い室内に現れた。

(鷹耶‥さん?)

目を閉ざしたものの、取り留めない思考が次々溢れて寝付けずいたクリフトが、その気配

に集中する。

「‥クリフト。寝たのか…?」

遠慮がちな小さな声が、ベッドの端から届いた。

「‥‥‥‥」

それに返事もせずに、寝たふり決め込むクリフト。鷹耶も無理に起こす気はないようで。

小さな嘆息の後、自分のベッドへ腰を下ろした。

もそもそと服を脱いだ彼は、そのまま布団へ滑り込む。



「‥‥‥‥‥」

しばらく寝付けずいたようだったが、日頃の疲れが勝ったのか、夜が更ける頃には寝息が

響いて。それまでまんじりともせずに居たクリフトが、そっと身体を起こした。

隣のベッドに眠る鷹耶を窺いながら、密やかな吐息をこぼす。

今日1日。鷹耶はクリフトに触れて来なかった。

以前ならば。平穏な1日だったと胸を撫で下ろしたのだろうが。

先程から振り払っても振り払っても、クリフトの頭に浮かぶのは‥桜色の髪の少女。

ロザリーと鷹耶の愛した少女は似ているのだと‥そう、彼は語っていた。

鷹耶は、今日はその彼女に会えるという事で。いつになく緊張しているようだった。

そんな彼の関心は、自分へ向かう事もなくて。

それが苦々しく、淋しかった。



所詮は‥気慰み…なんだよな。



そう理解していたはずなのに。

自分にも鷹耶にも想う女性が在って。それを知った上での関係なのだ。

もちろん、はっきりとした好意があっての仲なのだが。

今夜はそれも薄っぺらに感じられて。

薄氷の上に立つような関係だったのだと、自嘲気味に微笑うクリフトだった。





翌日。

村での情報収集を終えた一行は、一旦エンドールへ向かう事となった。

船の整備と荷の補充…という話だったのだが。

船を港へ寄港させた後、そのまま船上で開かれたミーティングで、昨晩の報告がなされて、

もう1つの理由を知らされた。

エンドールの南に浮かぶ島にある王家の墓。そこにあるアイテムを利用し、魔城への潜入

を試みようと言うのだ。

「悪の帝王って奴がそこに居るなら、不意をつけるだろうし。

 それが適わずとも、なんらかの情報は得られるだろう?」

「まあね…。直接乗り込むよりも良さそうよね、その方が。」

「そうそう。雑魚相手にしてたらキリないもの。頭を一気に潰した方が早いわ。」

嘆息交じりに話すマーニャに、気合十分のアリーナが応えて。鷹耶がシメにかかった。

「‥という訳だ。船の整備もあるから出発は3日後。各自武器等もこの機会に見直して、

 必要なら買い替える事。以上だ。」



解散後、宿に落ち着いたクリフトは、荷を置くとそのまま戸口へ向かった。

「クリフト、出掛けるのか?」

同じ部屋で荷物の整理をしていた鷹耶が、怪訝そうに覗う。

「‥ええ。ちょっと買い物に。」

口元だけで微笑を作って、クリフトはドアノブに手をかけた。

「おい、待てよ! ‥お前、変だぞ?」

慌てて駆け寄った鷹耶が、クリフトの肩を掴んで問い糾した。

「変‥? 鷹耶さん程じゃないと思いますよ?」

「どういう意味だ?」

苦く微笑んで言うクリフトに、鷹耶が眉を寄せる。

「‥別に。言葉通りです。‥急ぎますので。じゃ‥」

肩に置かれた手を払い退けて、クリフトはサッと身を扉の向こうへ滑らせた。

いつになく強ばった表情の彼に拒絶を示されて、鷹耶は苦いものを含んだよう唇を噛み締

めた。



怒っている――それは解る。だが‥理由が解らない。



思い起こせば今朝‥いいや、昨晩からどこか様子が変だった。

一体どうして‥‥?





「はあ‥」

大通りから外れた小道の脇に置かれたベンチに座って。クリフトは盛大な嘆息を落とした。

‥あれじゃあ妬いてると言ってるみたいじゃないか。

もっと平静で居ようと思っていたのに。

鷹耶の前だと、なんだか彼女のコトばかりちらついて、苛立だしい。

「…変なのは‥私の方…なんですかねえ‥」

ぽつっとこぼして、それからもう1つ吐息を落とした。

「…どうかしたんですか?」

人影が足元で止まったと思うと、頭上から柔らかな声がかかった。

顔を上げると、すぐ前に見覚えのある青年が立って居た。

「…おや? あなたは‥もしかして、鷹耶と一緒に旅してる‥‥」

長い金髪を後ろで無造作に束ねた青年が記憶を巡らせる。

「‥あ、はい。…クリフトと申します。えっと‥ルーエルさん‥でしたっけ?」

「ええ。‥そうそう、どこか気分でも悪いのかと思って声かけたのですが。

 大丈夫ですか、クリフトさん?」

顔色を窺うように覗き込まれて、クリフトがびっくりと後退った。

「あ‥別に。大丈夫です。ちょっと考え事してただけなんですよ‥」

ははは‥と微苦笑したクリフトが繕う。

ルーエルはそれを見届けてから、彼の隣に腰掛けた。

「あの‥?」

「考え事って‥鷹耶が原因?」

すっと目線だけを送られて、クリフトは迷い露に逸らしてしまう。

そんな彼の様子に、ルーエルがやっぱり‥と肩をすくめた。

「しつこく迫られて困ってるとか‥?」

ん〜と口元に指を当てた後、ちらりと窺うように顔を向けられて。クリフトが慌てて否定

する。

「ち‥違いますよ。そんなんじゃ…」

「‥あ。なんだ。デキあがってるんだ、もう。」

手が早いなあ…などと呑気な口調でこぼす彼に、クリフトがかあ〜っと頬を染める。

どう返答すれば良いのかと、オタオタ焦るばかりのクリフトに、ルーエルが微笑んだ。

「本当に‥可愛らしい方ですね。」

クスクスと肩を叩かれて、困惑混じりに眉を下げる。

「ふふ‥。もし時間があるようでしたら。場所変えてゆっくりお話しませんか?

あなたとはゆっくりお話したいと、ずっと思ってたんですよ。」

「…私と‥ですか?」

「ええ。鷹耶を変えたあなたと‥です。」

「…そんな事。鷹耶さんにはちゃんと大切なひとがいて‥。私なんかただ‥‥」

きゅっと唇を引き結んで、クリフトが項垂れた。

「やっぱり。場所変えましょう!」

スクっと立ち上がったルーエルが、クリフトの腕を引き、スタスタ歩き始めた。

「あ‥あの、ちょっと‥‥?」

細身の割に意外に強い力で、半ば引きずられるようにクリフトを連れて行く。

通りを幾つか過ぎ、辿り着いたのは、石造りの落ち着いた佇まいの1軒家。

強引に招かれてしまった彼の家に、クリフトは仕方ないと上がり込んだ。

「さあどうぞ。」

「…はあ。」

入ってすぐに配置されたテーブル席を勧められ、腰掛ける。

彼はすぐ後ろの炊事場に立つと、湯を沸かし始めた。

「‥あの。この家‥もしかして、以前鷹耶さんがお世話になったという…」

キョロ‥と周囲を窺って、クリフトが遠慮がちに口を開く。

ルーエルは彼へと振り返ると、「ああ‥」と思い出したように笑った。

「ええ。そうですよ。そう言えば、鷹耶は全部あなたに話しているんでしたね。」

「‥はあ、まあ‥‥‥。」

曖昧に答えるクリフトに、ルーエルが笑みを深める。

「私も鷹耶からいろいろ伺ってますよ。あなたの事を‥。」

「鷹耶さんが‥私の事を…?」

頬に朱を走らせて、ぎょっと狼狽えるクリフト。

ルーエルはにっこり笑うと、手際よくお茶の準備を終わらせて。沸いた湯をポットへ注ぎ

腰掛けた。

「散々惚気られてしまいました。」

両肘をテーブルについて、顎を支えた彼がふふ‥と笑う。

「私が知る彼とは全くの別人のように生き生きとしていて、再会した時は本当に驚きまし

 た。その理由はすぐに解りましたけどね。」

茶目っ気たっぷりにウインクを贈られて、クリフトは思わず俯いてしまった。




「‥それで。その後鷹耶とは、いかがなんです?」

こぽぽぽ‥とカップに紅茶を注ぎながら、口調を改めたルーエルが訊ねた。

「随分と熱を上げてたようですからね。無理とか無茶とかされてませんか?」

す‥と淹れた茶を差し出して、短く嘆息する。

「べ‥別に‥そんな。私達は別に、そんなんじゃ…」

かあっと頬を染め上げたクリフトが、困った様子で口ごもる。

「そうなんですか? でも…何か悩んでいらっしゃるのでしょう?

 だからこうして来て下さったのでは?」

「それは…だって‥。あなたが強引に…」

「おや‥。クリフトさんは強引に迫られると断れない性質なんですか?

 それで鷹耶とも…?」

「な…! 違いますっ‥! そんなんじゃ‥。僕は‥‥っ

 ‥‥自分でも、よく判らないんです。…何が真実なのか‥。」   真実→ほんとう

真っすぐな瞳に見つめられて、クリフトは惑う気持ちを吐露させた。

「何が真実か‥ですか。よかったら、聞かせてくれませんか? その迷いを。」