「…ルーエルさんが鷹耶さんを気にかけていらっしゃるのは、その‥特別な想いが…

 あの‥まだ在るって事なんですか?」

しばらくして。ようやく口を開いたクリフトが、遠慮がちに問いかけた。

「え‥私…ですか?」

こっちへ矛先が向かうとは思わずいたので、吃驚と目を丸くする。

「ふふ‥。思い入れがないとは申しませんけど。

 きっと貴方が考えてるのとは、違っていますよ?」

くすくすと微笑んで、ゆったりした口調でルーエルは答えた。

「…鷹耶と初めて逢った時ね、すべてを拒絶するような彼の姿を見て、似てる‥と思った

 んです。‥過去の自分とね。だから‥ほおっておけなかったし、別れた後もずっとどこ

 かで気にかけていた――ただ、それだけです。」

「‥一番辛い時に救われたんだと、鷹耶さんは話してました。貴方と‥その、彼の事を‥」

「ああ‥オルガですか。私よりも彼の方が力になってくれると思ったのでね、手紙を言付

 けたのですが。本当に訪ねてくれるかどうかは、実は賭けでした。」

手紙を捨てられる事も覚悟していたのだと、ルーエルが微苦笑する。

「着くなり倒れたそうで、大変な思いさせてしまったとか。鷹耶さんが申し訳なさそうに

 語ってました。そして…とても世話になった‥と‥‥‥」

「かなり驚かせてしまったようですけどね。手紙で大凡伝わったらしくて。マメに世話し

 てくれたみたいですよ。彼は昔からそうでしたから‥」

「…あの。彼はあなたのその‥恋人…なんですよね? それなのに…。」

その先を言い淀んでしまったクリフトが顔を赤らめる。

「‥鷹耶さんと彼の事…ご存じなんでしょう? …気にならなかったのですか?」

「ん〜まあ、私達の場合、私が興業へ出てしまうと、何カ月も会えない事がざらなので。

その間はまあ、フリーというか‥。結構気ままに過ごしてるもので…。」

「…はあ。そうなんですか‥‥‥」

よく理解出来ない‥というように、嘆息混じりに答えるクリフト。

「ふふ‥まあ、変わってる‥とは言われますけどね。」

「はあ…」

「‥で。あなたが悩んでいる事ってなんなんです? 鷹耶が浮気でもしました?」

「え‥!? あ‥、えっと。そうじゃないんですけど…っていうか。

 私達‥別に恋人とかでもなくて。あの‥‥‥」

突然本題に入られて、考えのまとまらぬまま、クリフトがぽつぽつこぼし、沈黙した。

互いの事情を知ってる気安さもあって、つい口にしてしまった事に、後悔が走る。

「すみません、やっぱり僕‥帰ります!」

ぐっと拳を握り締めて、少々乱雑にクリフトが席を立った。

そのまま踵を返し戸口へ向かったクリフトだったが、扉がバタンと先に開いて、入り口に

大きな人影が立ち塞がってしまった。

「おっと‥失礼。お客さんだったのか‥」

「あ‥すみません…」

小さく会釈し、脇を摺り抜けようとしたクリフトに、知った声がかかる。

「あれ…クリフト?」

「え…鷹耶‥さん‥?」



結局クリフトは帰る機会を失って、家主と共に訪れた鷹耶と一緒に、再びテーブルへと戻

る羽目になってしまった。

新たに出された珈琲にコクンと口をつけて、クリフトがひそっと嘆息する。

それを窺った鷹耶が、スッと目を細めて、対面に座るルーエルを睨みつけた。

「‥なあ。本当に、手出してねえんだよな‥?」

「おや‥信用ないんですねえ。」

クスクス‥と返すルーエルに、鷹耶がぶすっと仏頂面を浮かべる。

「だってよ‥。なんか変な取り合わせじゃね‥?」

「そうですか? 先日一度お会いしてるじゃないですか? ね?」

「…はあ。」

クリフトへとにっこり微笑んでくる彼に小さく頷くと、鷹耶が顔を覗き込んで来た。

「本当に何もされてねえんだな?」

「はあ‥。ただ話をしてただけですけど‥」

「ははは‥。鷹耶は随分嫉妬深いんだな。こいつ相手は大変だろうね、君も。」

ルーエルの隣に座るオルガが明るく笑いかけて来て、クリフトが微苦笑で返す。

「クリフト、こいつもルーエル同様油断ならない奴だからな。あんまり気を許すなよ?」

「でも‥2人とも恩人だって…」

「そうだけど。食い意地張ってる奴らだから、心配なの。」

言って、鷹耶がクリフトの頭を抱き寄せて来る。

それを慌てて払い退けて、クリフトは椅子を少しずらした。

「はは…。シャイなんだな、えっと‥クリフト君。」

「あ‥クリフトでいいです、オルガさん。あの‥折角久しぶりの再会なんですから、積も

 る話もあるでしょう? やはり私は先にお暇を‥‥」

「え〜、なんだよクリフト。お前が帰るなら俺だって一緒に…」

「私一人で戻れますし、ちょっと用を思い出したので。鷹耶さんはゆっくりどうぞ?」

にっこり笑ってクリフトが立ち上がる。

「そっか‥君ともゆっくり話したかったけど、用があるんじゃ引き留めても悪いかな。」

クリフトへと声をかけたオルガが残念そうに話しかけて。ルーエルが後を継ぐ。

「そうですね。また是非寄って下さいね、クリフトさん。」

「…はい。それじゃ‥お茶ごちそうさまでした。」





着いて来そうな鷹耶を目で制して、クリフトは一人彼らの家を後にした。

しばらく歩いて大通りに出ると、ふらふら路地へと入って行く。

そのまま小さな喫茶店を見つけ店内へ足を向けた。

頼んだ紅茶が届いて、一口含む。ゆっくり息を吐き出して、クリフトはカップを置いた。

(なんだかな…)

テーブルに肩肘ついて、吐息を落とす。

鷹耶にバッタリ会ってしまって、驚きはしたが。

その後の彼のテンションの高さには、驚き半分呆れ半分…いや、違う。



――妬いているんだ、自分は。



子供っぽさを滲ませて、嬉しげに語る鷹耶の姿など、自分は知らない。

それが…なんだか淋しい。



――恋人じゃ‥ない。けど‥‥この想いは、きっと‥‥‥



クリフトは頬の熱を覚えながら、長い吐息を落とした。

少し冷めた紅茶をごくごくと飲み干して。クリフトは席を静かに立ち上がった。




真っすぐ宿に戻る気にもなれなくて。

喫茶店を出た後も、クリフトは目的なく通りを歩いていた。

やがて陽も暮れ、辺りが薄暗くなり始めると、曇天だった空が静かに泣き始めた。

ぽつぽつ‥と小降りだった雨足が、徐々に強まってゆく。

「‥ふう。ついてないな‥」

通りを行き交う人々が足早に家路へ向かう姿を眺めながら、店の軒先に雨宿りをするクリ

フトが呟いた。

そんな彼の声が届いたのか、隣で同じように雨宿りをしていた男が振り返る。

「…君は、もしかして‥クリフト?」

見覚えのある神官服姿に目を止めて、その人物へ視線を移した男が、躊躇いがちに訊ねた。

「…え? ‥あ、ひょっとして…カノ‥先輩? 先輩ですか!?」

名前を呼ばれたクリフトが、隣に立つ人物へ目を移し丸くした。

神学校時代の3級上の先輩カリアーノ。同じ寮生だった事もあって、何かと彼の力になって

くれていた友人。思いがけない再会に、懐かしさを覚え、クリフトはふわりと微笑んだ。



「‥では。思いがけない再会を祝して。」

すぐ側のバーへと移動した彼らは、カウンター席に並んで腰掛けると、やって来たカクテ

ルグラスを傾け、同時に口に付けた。

「でも本当、驚きました。先輩はどうしてこのエンドールに?」

コクンと一口含んだ後、クリフトが親しげに笑いかける。

「ああ‥うん。俺は一所に居るのが性に合わないみたいでね。ずっと冒険者と旅をしてた

んだよ。」

「旅を‥? してた‥って、今は違うのですか?」

「ああ‥そうだな。…少し前に、俺が居たパーティのリーダーが命を落としてしまってね。

 解散‥してしまったんだよ。」

苦く笑った後、寂しげに零し、彼はグラスを空けた。お代わりを注文し、新しく来た酒を

くいっと飲んで、重い息を吐く。

ふと隣へ目線を移すと、クリフトが青い顔をして息を飲んでいた。

「‥ああ。悪いな‥折角の再会の夜なのに。」

「あ‥いえ。…すみません。ちょっとショックでしたので。本当は、先輩の方がお辛いの

 に。こういう時‥なんて言えばいいのか…僕‥‥‥」

固まっていたクリフトが、疑固地なく応える。カリアーノはそんな彼の頭にぽんと手を乗

せ微笑んだ。

「変わってないんだな‥お前は。相変わらずのお人好しだ。」

「そんなコト‥。僕も‥今はパーティ組んで旅をしている身ですので。その…身につまさ

 れてしまって…。‥怖いです‥‥‥」

ブルッと身を震わせて、クリフトは小さく話した。



パーティのリーダーが命を落とす―――その危険は、冒険者であれば常に付き纏うものだ。



だが―――



クリフトはコクコクとカクテルグラスに揺れる赤い酒を飲み干した。

「‥そうか。その出で立ちを見てもしや‥とは思ったが。お前も冒険者だったんだな。

ハッ‥もしかして、アリーナ姫様やブライ老師と旅立った神官て、お前か!?」

こくん‥と静かに頷くのを見て、はあ‥と大きな溜め息を零し、更に続ける。

「そっか‥お前が…。大変な旅をしてるんだな。でも‥良かったじゃないか。姫様の力に

なってやってるんだろう? 側で支えられたら‥って、よく話してたもんな。」

「…そうですね。でも‥私はまだまだ頼りなくて。誰かを支えるなんて‥全然‥‥‥」

「‥なんだ、元気ないなお前。もしかしてドツボ‥って奴か?」

「先輩‥」

クリフトとは長い付き合いなので。彼が時折陥るジレンマを、幾度も見て来た彼が、慰め

るよう肩を抱く。学生時代もよくそうして、付き合ってくれてた事を思い出して、クリフ

トの心が少しだけ軽くなるのを思った。





一方。鷹耶は…

なんだかんだと引き留められたものの、食事もそこそこに彼らの家を後にし、宿に戻った。

ところが。帰って居ると思っていたクリフトの姿はそこになく――

鷹耶は踵を返し、町へ再び繰り出した。

雨に煙る町を早足で歩き回る。

けれど通りのどこにも捜し人は見つからず、鷹耶は小さく舌打ちして、雨が避けられる軒

下で足を止めた。

エンドールは広い。闇雲に捜しても、埒が明かない。けれど…

「…本当、訳解んねーよ。」

水が滴る髪をうざったそうに掻き上げて、ぼそっと不愉快げに零す。

クリフトの不機嫌の理由も、ルーエルに小うるさく説教されてしまった原因も‥全く判ら

ないのだ。ただ‥いつも身近に在る彼が、自分を避けているのだけは理解出来る。



――何故!?



迷路に迷い込む思考を振り払うよう頭を振って、止みそうにない雨を窺った。

帰るつもりがないのなら、どこかで時間を潰しているのかも知れない。

そう思い立って、鷹耶はキョロ‥と周囲の店を見回してみる。

とりあえず目についた飲食関係の店を、片っ端から当たろうと、鷹耶は再び歩き出した。