闇に浮かび上がる小塔。不思議な笛の音が隠された扉を暴く。

不思議な笛‥‥確かに、あの笛に似ている。

塔の上に顔を出す少女の元へ、あいつがやって来る。

『いい子にしてたか? ロザリー。』

『ピサロさま‥』

桜色の髪をした少女の瞳が揺れた。

この間は気づかなかったけど。この少女やっぱり…似ている。



「…シン‥シア‥‥‥」

消え入るようにひっそりと、鷹耶が呟いた。



―――シンシア‥?



昼間寝過ぎたせいか、まだ眠れずにいたクリフトが、彼の囁きを耳にし目を開けた。



シンシア…確か鷹耶さんの村の‥。幼なじみの少女。そして‥鷹耶さんの身替わりに、生

命を失った…恋人‥‥‥。



クリフトはそっと身体を返すと、鷹耶の表情をひっそりと覗き込んだ。

(鷹耶さん‥‥‥)

切なげに眉根を寄せる彼を見ながら、クリフトは何故かいたたまれなさを思った。

(鷹耶さんは‥まだシンシアさんを…)

クリフトはツキンと胸に走る痛みを思い、彼を起こさぬよう静かにベッドを出た。

窓辺に立った彼が、星の瞬く夜空を見つめる。

―――そう簡単に忘れられる訳がない。

それは彼にも理解っていた。けれど‥‥

クリフトはひっそりと吐息をつくと、空いてるベッドへ腰掛けた。



自らの気持ちを顧みれば、未だ変わらぬ想いの中の少女が居る―――

なのに…



クリフトはそのまま横向きにコテンとベッドに身を沈めた。

一体自分たちの関係はなんなのだろう?

忘れられない女性が、お互いの中に確かに在る――

けれど。

あんなに深く触れ合っているのに。この躯は‥彼しか知らないのに。

彼にはそうではないのだ。

愛していた女性がいた。それは、心身を伴った深い情愛を分かち合った女性。

鷹耶が自分を『想って』くれてるコトは、理解している。

それがどんな感情を内包したモノかは解らないけれど。

クリフトは静かに吐息をつくと、瞳を閉ざした。



―――僕は一体、彼になにを求めているんだろう‥‥



「おい、クリフト!」

翌朝。少々不機嫌な声音でクリフトはベッド端に仁王立ちしている鷹耶に起こされた。

「…あ。おはようございます…」

まだ半分眠ったようにクリフトが返した。

「どーしてお前はそこで寝てるんだ?」

「…え?」

瞳を座らせた鷹耶に、ようやく状況を飲み込んだクリフトが上体を起こした。

(…そっか。昨夜あのままここで…)

ぼんやりした思考が少しずつ覚醒してゆくのを思いながら、クリフトは頭を掻きあげた。

「…で? 俺はまだ答えを聞いちゃいないんだが?」

彼の顎を上向かせた鷹耶が、ぐいっと顔を寄せた。

「あ‥えっと‥。夜中にトイレに起きた後、寝ぼけたんだと‥‥」

「寝ぼけて‥ね。本当は、俺と寝るのが嫌だったんじゃねーの?」

納得しない様子で鷹耶が詰め寄った。

「そんなコト‥。」

「じゃ‥証拠見せて?」

「証拠?」

「だってさ。お前の温もり感じながら目覚める予定が崩されちゃったんだもん。

 ここは責任取って貰わないとね。」

鷹耶が悪戯っぽく笑んだ。こういう表情は、なんだか歳相応っぽくて、クリフトはドキン

と胸が跳ねるのを感じた。

「…どう責任取るんです?」

「おはようのキス。たまにはクリフトからしてくれよ。」

クスリ‥と微笑んだクリフトに、鷹耶がにんまり返した。

クリフトは鷹耶の背に両手を回し、身体を寄せると、そっと唇を重ねた。

「‥おはようございます、鷹耶さん。」

しっとりと触れ合うだけの口づけを交わしたクリフトが、頬を染め彼の胸に顔を埋めた。





イムルの村を発つと、沿岸に着けてあった船へ戻った一行は、その夜『例の夢』について

語り合った。

あのピサロという青年が、我々が追っているデスピサロと同一人物である事。

その彼が大切にしている少女が、この世界のどこかで、彼の野望を止めて欲しいと強く

願っている事。

そして…その彼女が幽閉されていると思われる塔への鍵が、サントハイムで手に入れた

不思議な笛なのだろう‥という事。

それらを確認したものの、あの塔がどこにあるかまでは現段階で解らない以上、取り敢え

ず進むべき道を1つずつクリアして行く事で皆の同意を得、一行は天空の盾があるという

ガーデンブルグを目指す事となった。



「…なあ、クリフト。」

ミーティングの後、解散した一行。鷹耶とクリフトは自室へ戻るべく静かな通路を歩いて

いた。鷹耶は今日一日、どこかいつもと違うように思えるクリフトに、遠慮がちに声をか

けた。

「…やっぱり、この前のコト、怒ってるのか…?」

「そんなコトないですよ。」

前方に視線を向けたままクリフトが答えた。

「‥けどさ。今日のお前、なんか変だぜ?」

「別に‥。いつも通りですよ。」

「い〜や。絶対おかしい。」

クリフトはぴたっと足を止めると、鷹耶を睨みつけた。

「変なのは私じゃなくて、鷹耶さんの方じゃないんですか? 昨夜からね!」

クリフトはそれだけ言うと足早に自室へ滑り込んでしまった。

残されてしまった鷹耶が呆然とそれを見送る。

―――昨夜から?

鷹耶はふと、今朝クリフトが隣で眠っていた事実との関連性が、この言葉に込められてる

気がして、必死に記憶を手繰った。



(…ああ。僕ってバカかも知れない‥‥‥)

自室に戻ったクリフトは、普段あまり自分ではかけない鍵をかけ、ベッドになだれ込んだ。

自分の気持ちだって曖昧なのに。あんなあからさまに妬いてるような言葉吐いてしまうな

んて、自分で自分が信じられない。

「…僕には‥そんな資格も権利もないのに‥‥‥」

『‥シンシア‥‥』

そう呟いた鷹耶の声が耳に焼き付いて離れてくれない。

ミーティングの時だって。ロザリーという少女について語ってる間、妙に落ち着かなく

なってた。…きっと、彼女とあの少女は似てるんだ。



コンコン…

「‥クリフト。話があるんだけど…」

遠慮がちなノックの後、控えめな鷹耶の声が部屋に届いた。

クリフトは一瞬躊躇ったものの、どんな顔で会えばいいかも解らず、寝たふりを決め込む

事にした。

「クリフト。なあ‥起きてるんだろ?」

鷹耶にしては珍しく、弱気な物言いに、クリフトは戸口まで向かった。

「‥‥今夜は疲れてしまったんで。…おやすみなさい‥」

扉越しにそう言うと、鷹耶が力無く「そうか‥」とだけ残し、隣の自室が開く音が聞こえ

た。

「…鷹耶さん‥」

正直クリフトは鷹耶と会う勇気が持てなかった。会えば、余計なコトを口走ってしまいそ

うで。…聞きたくない言葉が待っていそうで。



鷹耶は自室に戻るとベッドにどっかり腰を降ろした。

昨日、イムルへ戻った時に教会で見せて貰った不思議な夢についてまとめたメモ。

その中には夢に出てきた少女と青年の絵が幾つか挟まっていた。

デスピサロに関しては、実際会ったコトがある。それなりに特徴を捉えた絵だと鷹耶も

思った。問題は少女の絵。最初に夢を見た時は、デスピサロに意識が集中してしまった為

朧げだったロザリーの姿。彼女を描いた絵は、髪の長さこそ違うものの、シンシアその

ものだった。

そして。その晩見た夢で、鷹耶は自ら確認した。

ロザリーは確かにシンシアに似ている。

自らが愛した少女と似た面差しの少女を大切そうに扱うデスピサロ。

(俺からシンシアを奪った奴が、彼女に似た少女に寄り添っていた!)

鷹耶はダンっと壁を殴るように叩いた。

加減なく叩いた手の甲から、うっすらと血が滲む。

鷹耶は獣のような仕草で傷口を舐めとると、そのままベッドに身体を沈めた。



―――俺はあいつのやったコトを、決して忘れねー。