翌朝。朝一番の見張り担当は、アリーナとクリフトだった。

甲板へ出ると、先に起き出していたアリーナが、元気いっぱいの笑みで手を振った。

「クリフト〜! おはよう!」

「おはようございます、姫様。」

「今日はいい天気になりそうだね! 上手くすれば、今日中にガーデンブルグに一番近い

 陸地へ着けるんじゃないかなあ?」

ウキウキとアリーナが言った。

「そうですね。あの国へは、それからの陸路が大変だと聞きますが、アリーナ様は新しい

土地で遭遇するモンスターが楽しみなのでしょう?」

「えへへ。そう。だってもっと強くなりたいんだもん。」

クリフトはにっこり笑って応えると、それぞれ船の前方・後方に別れるコトにした。

海上で魔物と遭遇する確率は、陸地と比較して圧倒的に少ない。

特に船を停泊させてる間の遭遇率は更に低く、早朝の見張りも大概が何事もなく過ぎて

行った。その日も何事もなく見張りの時間が過ぎたのだが…

「きゃあ‥!」

大きな横波に揺らいだ船。体勢を崩したアリーナは、運悪くロープに足を取られ、肩を

強く打ち付け転んでしまった。

「だ‥大丈夫ですか、アリーナ様!?」

クリフトが慌てて駆け寄る。

「え‥ええ。ちょっと、肩を打っちゃっただけだから…」

「何言ってるんですか! 顔色真っ青ですよ? …失礼します。」

苦痛に顔を歪めるアリーナに、クリフトが強めに話しかけると、彼女が肩を押さえている

方のマントをひらりと後方へ回し、肩を露にした。

「かなり強く打ち付けましたね。今ホイミを…」

クリフトはそう言うと、早速呪文の詠唱を始めた。

「…ありがとう、クリフト。なんだか私って、戦闘以外で回復呪文かけて貰うの多いよね。

ごめんね。いつも面倒かけてさ。」

「何おっしゃってらっしゃるんですか? 私の呪文がこうしてお役に立てるのが、なによ

 り嬉しいんですよ? …これくらいしか、誇れるモノありませんからね。」

「それこそ何言ってるのよ? あなたの力があるから、私はいつだって安心して前線で

戦っていられるのよ? しっかり頼りにしてるんだから。」

アリーナがにっこりと微笑んだ。

「ありがとうございます。」

彼女の笑みにつられるよう、クリフトも微笑んだ。以前のように彼女と接するコトが出来

てる自分を嬉しく思いながら、クリフトは彼女の笑顔に確かな勇気を貰っていた。



その日は順調に航行予定をクリアし、目的地に程近い場所で船を停泊させた。

陸地に寄せて降りる案も出たのだが、しばらく野宿が続く事を考え、今夜は船でゆっくり

休養をとる事に決まった。

いつもは夕食後に行うミーティングを先に済ませたので、夕食後クリフトは甲板へ出て、

水平線に仄かな明るさを残す海をぼんやり眺めていた。

「はあ‥‥」

何度目か解らない吐息が知らず知らずこぼれる。

「珍しいですね?」

いつの間にそばへやって来ていたのか、ミネアがにっこりと話しかけて来た。

「え…何がです‥?」

途惑うクリフトが訊ねた。

「今日は鷹耶さんと顔を合わせなかったでしょう? お互いに。」

にっこり言うミネアに、よく見てるもんだ‥と半ば諦めたようにクリフトが微苦笑った。

「ケンカなさってる風でもありませんでしたが。何か悩み事でもあるのですか?」

今日は随分と溜め息ばかりですよ?…そうミネアが付け足した。

「…そうでしたか? 私もまだまだ修行が足りないんですね‥。」

「ふふ‥。でもクリフトさん変わりましたよ? 出会った頃に比べると、固さがとれたと

 いうか‥。話しかけやすくなりました。」

「え‥そうですか?」

「ええ。上手く言えませんけど。私、占い師を生業にしてたでしょう? 仕事として相談

 に訪れた方を占ってる時って、どこかで『仕事』としての区切りをつけてるんです。

初めの頃のクリフトさんも、なんだか常に『神官』を意識されてるようで。仲間‥とし

 てではなく、『神官』が優先されてるように思えていたので…。」

「…そうかも知れません。常にそうある事をいつも心掛けていましたから‥」

クリフトはミネアから視線を外すと、境界線の曖昧になった水平線を見つめた。

「…けれど。そうですね。ただ独りの人間として成長するコトが、結果として神官として

 の成長に繋がるのだろうと…そう気が付いたら、少し楽になったようで…。

 ふふふ…。でも。そうしたら、なんだかつまらないコトで頭悩ませてしまって。

成長してるんだか、後退してるんだか解らないですよね、これじゃ。」

「ふふ…。そうしてあれこれ悩むコトが、後々の成長に繋がるんですよ、きっと。」

小さく笑うクリフトに、ミネアがきっぱりと言い切った。

「私に占いを教えて下さったおばあさまの口癖だったんですよ。悩んで迷って‥それが生

 きてる証拠なのだから、大いに迷いなさいって。占い師はね、その迷いがその人の糧に

 なるよう導くための道標であればいい…って。」

「そうですね。どれだけ本を読んでも、鍛練や修行を重ねても、人の心の奥底だけは、測

 るコト出来ませんからね。他人が手助け出来る部分には限界がある‥という事なのでしょ

 うね。」

クリフトはミネアとしばらくの間、『他人の悩みを聞く仕事』とそこから離れた自身につ

いての思いをそれぞれ語り合った。

こんなにゆっくり自分のコトを語ったのも、ミネアの話を聞いたのも初めてだった。

「あら…珍しい組み合わせね。」

酒瓶らしきモノを手に甲板へやって来たマーニャが2人に声をかけて来た。

「まあ姉さん。一昨日随分飲んでたばかりなのに、また?」

「まあ‥失礼ね。確かに一昨日はちょっと飲み過ぎちゃったけどさ。明日からしばらく

禁酒だもん。今夜くらいいいじゃない。」

肩を竦めて言うマーニャが、中央に積まれた荷の上に腰掛けた。

「あ、そうそう。さっき船長から解放された鷹耶があんたを探してる風だったわよ?」

マーニャがクリフトへ視線を向けながら、思い出したように話した。

「鷹耶さんが‥?」

「ゆっくり話が出来るうちにさ、仲直りしなよ。」

「‥別にケンカなんかしてませんよ。」

「解ってるけどさ。でも、妙〜な空気醸し出してたじゃない?」

…ああなんだかすっかり見通されてるんだな。クリフトは深めの吐息をついた。

「2人ともおやすみなさい。‥ミネアさん、いろいろとありがとうございました。」

クリフトは2人に軽く会釈すると、デッキを降りて行った。



「鷹耶さん…」

クリフトの自室の前で、困った熊のようにウロウロしている鷹耶の姿があった。

「クリフト…。」

鷹耶はクリフトをしばらく見つめた後、顔を俯かせ弱気な口調で声をかけた。

「…あのさ。話があるんだけど‥いいか?」

「…ええ。どうぞ。」

クリフトはそう答えると、自室の扉を開けた。

ランプの明かりを灯すとオレンジ色の暖かな光りが質素な室内を柔らかく照らし出す。

クリフトはベッドサイドに腰掛け、部屋の真ん中で立ち尽くしたままの鷹耶を見つめた。

「鷹耶さんもこちらに掛けたらいかがですか?」

クリフトに促され、鷹耶は彼の隣に腰を下ろした。

いつもの強引さのかけらも伺えない彼の様子に、クリフトがひっそりと嘆息する。

「…鷹耶さん。‥あの、伺ってもよろしいですか?」

話がある‥と言いながら、なかなか口を開こうとしない彼に変わって、クリフトが切り出

した。

「…あのロザリーさんて‥シンシア‥さんに、似てらっしゃるのですか?」

鷹耶が目を見開いて、クリフトを見た。

「…どうして、そう…」

思うんだ?…と続けたかった言葉は声になってはいなかった。

「先日イムルで…彼女の名を寝言で言ってましたから…」

クリフトは視線から逃れるよう俯くと、ぽつりと答えた。

「…教会で、突然帰ってしまわれたのも、ロザリーさんの似顔絵が原因だったのでは…

そう思いまして…。」

「‥‥ああ。初めは奴にばかり気を取られていたから気づかなかったが。彼女は確かに

シンシアに似ているよ。一昨日夢を見た時は、本当に驚いた。」

鷹耶も彼と同じように視線を下に向けると、ぽつりと話した。

「俺から彼女を奪ったあいつが、彼女によく似た少女を保護してるなんてな…。

 全くとんだ茶番だぜ。」

吐き捨てるように言う鷹耶に、クリフトは微かに瞳を揺らがせ目を閉じた。

(鷹耶さんは‥今でもやはりシンシアさんを…愛してる‥‥‥)

「…それで。鷹耶さんのお話って、そのコトだったんですか?」

「あ‥ああ。お前には‥伝えておきたかったから。」

「…なぜ‥です?」

悸える声を抑えながら、クリフトが呟くように訊ねた。

「お前に隠し事はしたくないから‥かな。それに…」

鷹耶はクリフトの両頬をそっと手のひらで包むと顔を向かい合わせた。

「…お前、気づいてたんだろ? 彼女のコト…」

「それは‥‥‥」

顔を固定されてるクリフトは、瞳を伏せた。

「‥‥彼女への気持ちがなくなったなんて言えない。けど…彼女はもう居ないんだ‥。

 それに…。今触れたいと思えるのは‥クリフト、お前だけだ。」

「けど…僕は‥‥‥んっ‥」

その先の言葉を遮るように、鷹耶がクリフトに口づけた。

「クリフトは…俺に触れられるの‥イヤ?」

触れるだけの唇が離れると、額を合わせながら鷹耶が甘えるように訊ねた。

「…そんな言い方、ズルイです‥」

「そう? …お互い愉しめる関係なら、いいじゃん、それもさ。」

「鷹耶さん…あ‥っ。ん‥だ‥め‥‥っ」

服の合わせから忍ばせた手が胸の果実を捉えると、そのままきゅうっとつまみ上げた。

薄手のシャツの上からでも、しっかりと形をなぞって掴んだ果実は、あっと言う間に固さ

を増し、親指で捏ねるように潰されると、甘い疼きが沸き上がった。

「しばらくお預けになりそうだからな。な? いいだろ?」

彼の反応に色良くした鷹耶が、いつもの調子を取り戻したように彼の耳朶を甘噛みしなが

ら囁いた。

「鷹耶さん…。あ‥はあ‥‥‥」

彼の手先から齎される快楽に、馴染みつつある躯は、あっさりと甘い吐息をこぼし始める。

そっと横たえられ重なった唇は、優しくもどかしげに口内を巡った。



本当は何も解決してない気がするクリフトだったが、こうなるともう真っ白に彼に委ねて

しまう。そう。不快ではないのだ。この行為も。それ以上のコトも…

ただ…お互い『特別』な女性がいて。

それはお互い様‥なのだと理解していても。

蟠ってしまう心が在る。

そのカタチがなんなのか、今はまだ見えないクリフトだった‥‥‥





2004/6/13




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あとがき

こんにちは、月の虹です(^^ 『Labyrinth』編新章?〜独占欲〜スタートですv
今回は「表」(といっても同人ページですが☆)でのUPを目的としたので、えっちは
なしです。(だもんで、この続きを裏でUPするかも知れません。・・・いや。すでにえっちモード
突入しちゃって、「あ。やばい☆」と、一区切りさせちゃったと・・・(^^;)

鷹耶がシンシアを想い、クリフトがアリーナを想う。
その図式が残ったままなのに。互いを求める気持ちもまた「確か」に存在する。
鷹耶の中でシンシアは過去のヒト・・・かも知れないけれど。
2人の間には、今のクリフトとは違う「確かな絆」が結ばれていた事実。
アリーナへの想いが変わったとは感じられないのに。
そんな2人の絆に途惑うクリフト。
彼への想いと、今まで抱き続けていた想いの狭間で揺れるクリフト。
それは鷹耶にとっても、当てはまる現象で・・・。
さてさてなにが待つやら・・・(^^