翌朝。小鳥の囀りに誘われて、ソロはふと目を覚ました。

両脇に眠る親しい人影にふわりと微笑を落とし、また眠る。

熱は大分引いていたが、それから3日余り、ソロは昏々と眠り続けた。



「‥よかった。熱の方は大分下がってくれましたね。」

こつん‥と額を合わせたクリフトが、ホッと安堵の息をもらした。

明るい昼下がり。

今日は少し加減がいいのか、朝もミルクを1杯飲み干してくれた。

寝て居る事に飽きた様子で上体を起こしたソロを見て、やって来たクリフトが、熱を確認

した後ふうわり微笑む。

「…ね、ピサロは?」

キョロ‥と寝室を見渡したソロがひっそり訊ねた。

「隣にいらっしゃいますよ。呼びますか? それとも、一緒にお昼召し上がります?」

「…食べたくないの。」

「そうですか。では‥飲み物は?」

眉根を寄せたソロが、「う〜ん」と考え込む。

「…あのね。前に飲んだ‥ホットチョコレート、飲みたいな。」

「ああ‥あれですか。」

「ある‥?」

甘えながら覗き込んでくる彼に笑んだクリフトが思考を巡らせる。

以前の粉はここにはないが、チョコレートとミルクなら用意してあった。

「‥同じに出来るか判りませんが、作りましょうか?」

「ほんと‥?」

「ええ。」

「じゃあね…あっちでピサロと待ってる。」

にっこりと、ソロが嬉しそうに笑んだ。

「では‥隣の部屋まで一緒に行きましょう。」

同じように笑んで返すと、ゆっくり立ち上がった彼を支え歩き出した。



隣室の広いソファでくつろぐピサロの横に、ソロはぴったり躰を寄せた。

この数日、活動レベルが最小限に抑えられてるソロは、その行動も幼く変化していた。

「少し顔色もよくなったな。」

ゆっくり髪を梳いてくる感触を心地良さそうに受けながら、ソロがほっと吐息をこぼす。

「あのね…ここ、静かだねえ‥」

「‥街から離れているからな。心細いか‥?」

ぽつんと呟くソロに、ピサロが静かに問いかけた。

「ピサロとクリフトが居るからへーき…」

「そうか。」

「‥ずっと…居たら‥いいなあ‥‥‥」

ひっそりと乞うような呟きに、ピサロが目を細める。

「ああ…そうだな。」

多分それがソロの本音なのだろう…決して明かさぬ素のままの感情。

彼が求める腕として己が在る事に、知らず安堵の息をこぼす魔王だった。

                                   
腕→かいな

「お待ちどう様、ソロ。」

やがて。暖かな湯気の立つカップを盆に乗せ、クリフトが戻って来た。

「熱いですから気をつけて下さいね?」

そう言って差し出され、ソロが慎重にカップを受け取った。

「あ‥おいしー。」

チビっと口をつけたソロがふわりと笑むと、そのままコクコクゆっくり口に含んで行く。

火傷しないよう慎重に、ソロはその甘い飲み物を味わった。

「クリフト、これおいしー。」

「そうですか、良かった。」

ゆっくり召し上がれ‥と隣に腰掛けた彼が微笑んだ。

「ああ…ピサロさんもいかがです?」

「これを‥か?」

甘ったるい匂いを振り撒くソレに、ピサロが苦い顔で返した。

「いえ。ただの珈琲ですが。ついでだったので、あなたの分も淹れて来ました。」

「‥それなら貰おう。」

彼へと差し出すように、クリフトがテーブルへ置くと、ピサロが早速手に取った。

ブラック珈琲を口に運んで行く姿を見守ったソロが、ふふふ…と笑む。

「おいしーね、ピサロ。」

「…ああ。そうだな‥」

楽しげに笑む彼に合わせるよう、ピサロが微笑んだ。

それに満足したのか、ソロがこくんと自分もカップに口つける。

2人の姿を眺めながら、嬉しげな微笑を浮かべ、ソロはゆったりした刻を過ごした。

全部を飲み干して、人心地着いたソロが再び眠りに落ちた。

「‥また眠ってしまいましたね。」

ピサロの肩にもたれ掛かって眠ってしまった彼に、クリフトが小さく話した。

「‥なにやら、随分と和んでますね。」

スッと何者かの気配が部屋の外へ現れて、皮肉めいた声音が届いた。

そのままツカツカ部屋へと上がり込んだ男が、フフっと口だけで笑う。

「…アドン。」

「定期報告を‥と思いまして。お探ししました、ピサロ様。」

苦い顔の主に、涼しげに微笑み返し、アドンが礼をした。

「…なにか掴めたのか?」

「奴の消息は残念ながら‥。ですが、興味深いものを入手しました。」

そう言って、アドンは幾つかの図面を差し出した。

ソロをクリフトへ委ねて。丸められたソレを受け取ったピサロが早速広げる。

「…これは。奴が進めていた進化の秘法の‥‥‥!」

「ええ。陛下ならば、それをご覧になれば奴がどこまで研究を進めていたか測れるのでは

‥と思いまして。」

「…ああ。よくやった。」

「それから‥城へ参った際、ついでにいろいろ書類も持ち出して参りました。

 城は随分と混乱しているようでしたから。」

ああ‥と思い出したように、アドンが付け足した。

「…ほう。丁度良い。」

ピサロは紅の眸を細めると、口角を上げ、彼に新たな任を与えた。



「…ここを買い上げるつもりなんですか?」

従者が去った後、それまで控えていたクリフトが訊ねた。

「その方が面倒なく使えるのでな。ここで足止めになってる間、無駄に過ごす事もあるま

 い?」

大分容体が落ち着いてるソロだったので。昼間なら、同じ室内にどちらかが居るだけで安

心出来るようになっていた。そのせいか、若干手持ち無沙汰であったのだ。

アドンへの任務は、この辺り一帯の買い取りと、持ち出した書類・文献をここへ運んで来

る事。どうやらここを執務室に用いるらしい。

「‥まあ、確かに。

 あ‥そうそう。今夜の食事ですけど…」

やれやれ‥と答えたクリフトが、先程のソロを見て思いついた件を魔王に伝えた。



茜色に染まった空が濃紺を帯び始めた頃。

ふわっと食欲を誘う薫りが寝室まで届いた。

「…晩ご飯なんだね。いい匂い。」

寝台の縁に腰掛けたピサロに甘えるよう寄り添っていたソロが、すん‥と鼻を立てた。

「食欲が沸いたか…?」

「んー、いらない‥や。」

少し考え込みながらも、ソロは小さく首を振った。

横で魔王が嘆息してると、クリフトがスタスタやって来た。

「ソロ。気分はいかがですか?」

「ん‥大丈夫。」

「そう、それは良かった。では‥あちらで一緒に食事にしましょう?」

「でも…オレ‥‥‥」

「食べられそうになかったら、無理に勧めませんから。一緒に来ませんか?

 スープ一口だって、一緒の方がきっと美味しいですよ。」

「…3人で?」

「ええ。3人で。ね‥?」

そっと肩に手を置いたクリフトが、こつんと額を合わせる。

子供に言い聞かせるよう促されて、ソロはこくん‥と了承した。



隣室の大きなソファの前にあるローテーブルに、所狭しと夕食が並べられて居た。

ピサロとクリフトの分の間に、スープの入った器と紅茶が置いてあり、一緒に並べられた

ガラスの器にはカスタードが盛られていた。

「クリフト‥これ…?」

目敏くチェックの入ったお菓子を、ソロが不思議そうに見る。

「昼間この館の書棚で料理本見つけましてね。試しに作ってみたんですよ。」

「え‥? すごいねえ…クリフト。」

はんなりとソロが微笑んだ。

「さ‥座って。頂きましょう?」

「うん。」

頂きます…と手を合わせ、ソロはスープの器を手に持った。

両サイドを窺うと、パンを口に運んだり、具沢山のスープを口にしたりと、それぞれのペ

ースで食事が始まっている。ソロに出されたスープは、2人と同じ琥珀色をしているもの

の、具は小さく融けた玉ねぎや人参が少し浮かんでる程度。

こくん‥とソロはゆっくり含んで飲み込んだ。

それをさりげなく見守っていた2人がふわりと微笑む。

ソロも照れたように笑んで見せると、もう一口と含んだ。

「‥美味いか?」

ピサロに訊ねられたソロがこっくり頷く。

「ピサロも‥美味しい‥?」

「ああ。」

すっと瞳が優しく眇められて、ソロもフフフ‥と微笑んだ。

「クリフト、美味しいって。よかったね。」

「そうですね。ソロも食欲がちゃんと戻ったら、同じ物頂きましょう?」

こくん‥と頷くと、ソロはスープを飲んだ。

たわいのないやりとりの合間にゆっくりと、ソロはスープを飲み干した。

「ねえ。全部飲んだ。」

「ああ本当ですね。よかった。本当に…」

フッと微笑みが深められ、ソロが満足そうに笑む。

「あのね…これ、食べてもいい?」

ずっと気にしてたらしいデザートの器を、ソロが指した。

「ええ勿論。召し上がれ。」

「うん‥!」

小さなスプーンを片手に、ソロが嬉々と口に運ぶ。

「美味しいv」

「そうですか、よかった。」

柔らかなカスタードは、滑らかに口に溶けた。

優しい甘さのクリームを、ソロは瞬く間に平らげてしまった。

最後にコクコクと蜂蜜入りの紅茶を飲んで、ソロはほうっと吐息を落とす。

「…少しは食せるようになったようだな。」

そっと頭を撫ぜるようにしながら、ピサロが柔らかく声をかけた。

「うん。…なんか食べれた。‥でも、もういっぱい。」

「そうか。明日また食せれば良い。」

「…一緒に食べる?」

「ああ‥そうだな。」

覗う瞳に笑んで返し、ピサロがそっと抱き寄せた。

そのまま身を委ねたソロが安らいだ表情を浮かべる。

しばらくすると、すうすうと規則正しい呼吸が始まった。

「‥眠ってしまいましたか?」

「ああ…」

「‥まあ。今日は少しはですが、召し上がってくれましたから。一安心ですかね‥」

魔王にもたれたまま眠るソロの髪を梳りながら、クリフトが嘆息した。

「…だといいがな。」

まだ何か気にかかっているような面持ちで、ピサロは呟きを落とした。



それから3日。

ソロは僅かであったが、食事はどうにか摂取し始めた。…といっても、咀嚼の必要のない

モノ限定だったが。いろいろ用意しても、口に運ぶのはそういった料理だけで。僅かな量

で「お腹いっぱい」と終えてしまう。

圧倒的に睡眠時間が長く、起きていてもぼんやり過ごしてるだけ。ここへ来て1週間経つ

というのに、彼は一度も他の仲間の事など旅の一切、訊ねて来る事はなかった。

「そろそろ一度、皆さんに連絡を入れた方がいいと思うのですけど?」

思った以上に長引きそうだ…そう判断したクリフトが、寝室の机で書類の束に目を通して

いるピサロに声をかけた。ソロはぐっすり睡眠中である。

つい先日。アドンが結構な量の書類・文献等々持ち込んで。寝室の隣に配置されてるリビ

ングへ移された書棚に、それらが納められた。…整理をしたのは、クリフト。代わりに持

ち込まれたそれらの閲覧許可を得て、仕方ない‥と手伝った。

その縁からか、何故だかそのまま彼の手伝いをして過ごして居るクリフトだ。

最初は旅の習慣もあったので、2人は役割を当番制にしていたのだが。

ソロのためにと工夫凝らした料理など、魔王さまには難しく。彼は彼で部下の持ち込んだ

書類の山から、エビルプリーストの潜伏先を探れないかと確認作業の真っ最中だ。

結局。効率よく進めましょう…と、今の状態になっていた。

「一息入れませんか?」と運ばれたばかりの珈琲を、魔王がゆっくりと口へ運ぶ。

クリフトは寝台の端に腰掛けると、眠るソロにそっと手を伸ばし、彼に進言した。

「きっと皆さんも心配してると思います。一応こちらの様子を伝えないと。

 …まだしばらくかかりそうですしね。」

吐息交じりに語られて、ピサロはしばらく考え込むよう手を止めた。

やがて。椅子を引き、身体を彼の方へと向けた。

「…確かにな。騒々しく押しかけられても適わんな。」

余りに音沙汰なしでは、この場所を突き止めようと動き出すかも知れないと、同意を示す。

「私が説明に参ってもいいのですけど。それだと余計な手間が掛かりますし。

 ピサロさん、ちょっとエンドールへ報告に行って来て頂けませんか?」

「‥私がか?」

にっこり話すクリフトに、ピサロが苦い顔を浮かべた。

「あなたなら行きも帰りも呪文で移動出来るでしょう?

ソロの容体、きちんと説明して来て下さい。」

ついでに‥と買い出しリストのメモを渡し、クリフトがもう一度微笑んだ。

不承不承それを受け取るピサロ。

静かに立ち上がると、ふと思いついたようクリフトを見下ろした。

「…ああ。そこの書類な。夢中になって目を通していたら、順序がバラバラになって

しまったのだ。貴様‥直しておけ。」

魔族が通常使う文字は古代文字が主流だ。なので、持ち込まれた書類のほとんどを、

クリフトも読む事が出来た。それを承知しているピサロが彼に申し付ける。

「何故‥私が?」

「この時間は暇だろう‥?」

不敵に笑んでくる魔王にクリフトが嘆息する。

「仕方ありませんね‥。」

肩を落とし了承の意を示した彼を満足そうに見て、魔王は寝室を後にした。



       

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