カチャリ…静かに部屋の扉が開いた。

「‥おや。ソロは眠ってしまったんですか?」

真ん中のベッドで眠る姿を確認したクリフトが、そっと声をかける。

「随分緊張してたようだったからな。寝かせたのだ――」

「そうですか。‥まあ、丁度よかったかも知れませんね。ちゃんと休息取って置かないと、

 後で一気に疲れが出ても大変ですし‥」

魔王が呪文を用いてソロを寝かしつけたのを聞いて、小さく笑ったクリフトが溜め息混じ

りにこぼした。

「で‥そちらはどうだったのだ? 随分時間かかったようだが‥」

「ああ‥はい。まあ‥とりあえず、経緯を大まかに説明して、ソロの状態が未だ不安定で

 ある旨も伝えて置きました。一応それで納得してくれましたが…。やはり皆さんソロと

 ちゃんと会いたい気持ちが強いらしくて。後で交替で、見舞いに来るそうです。」

「ふん‥まあ、黙ってはいないと思ったがな。」

「一応一辺にだとソロも疲れるので‥と、3人ずつ来るみたいですよ。」

苦笑で返したクリフトが、ソロの眠る枕元へと足を向ける。

スッと柔らかな翠髪を撫ぜると、小さくソロが身動いだ。

「‥ん。あれ…クリフト‥?」

「あ‥すみません、起こしてしまいましたか?」

「…あれ‥? 天井が違う‥。…あ、そっか‥‥帰って来たんだっ‥け?」

ぼーっとしながら、ソロがぽつぽつしゃべる。そのままゆっくり起き上がると、馴染みの

宿の一室に居る事を再確認し、小さく吐息を落とした。

「…クリフト。みんな‥なんか言ってた?」

「皆さんあなたの事をとても心配してらっしゃいましたよ? さっきはゆっくり話をする

 間もなかったので‥ちゃんとのんびりあなたの無事な姿を確認したいようで‥‥。

 あなたが酷く衰弱してた事は伝えてありましたので…会えずにいた分心配を募らせてい

 たみたいですね。」

「…そう。みんなにも‥心配かけちゃってたんだね、オレ‥」

「そうですよ。だから…身体の負担にならなければ、会ってみませんか?」

「‥うん。そのつもりで帰って来たんだもんね。‥大丈夫。」

「無理はするなよ、ソロ。」

ぽん‥とソロの頭に手を乗せて、ピサロが話しかけた。そっとその手を重ねさせて、ソロ

が柔らかく紡ぐ。

「‥うん。ありがとう‥ピサロ。」



昼食を部屋で済ませて。しばらく休んだ後、面会者の第1陣がやって来た。

マーニャ・トルネコ・ブライの3人だ。

部屋にはクリフトがソロと共に残り、訪問者を迎えた。

「‥まあ。あんたがソロの付き添い? ぴーちゃんの方が融通利きそうなのに‥」

扉を開けて迎えた開口一番のマーニャのぼやきに、にっこり笑顔でクリフトが返す。

「ソロに無理はさせたくないのでね、疲れさせないで下さいよ、マーニャさん。」

「解ってるわよ、それくらい。」

ぷんとムクれたマーニャを先頭に、3人が室内へと足を踏み入れた。

3台並んだ真ん中のベッド。身体を起こし待って居たソロの姿を確認した一行の、足が

一瞬止まる。白い布団がより儚さを強調させて、酷く頼りなげに映ったのだ。

そんな彼らにふわりとソロが微笑みかけて、ゆっくり彼らは歩み寄って行った。

「ソロ…気分はどう? 移動の疲れとか出てない?」

「うん平気。みんな過保護過ぎなんだよ‥。ちゃんと起きてても大丈夫‥って言ったのに

 さ。ピサロとクリフトが、すぐ横になれるようにしとけってうるさくてさ‥。」

「ふふ‥うるさく思っても、ちゃんと言い付け守ってるんだ、ソロ。

 最初倒れたあんたの看病を、ぴーちゃんとクリフトコンビに任せて大丈夫なのかって、

 結構気揉んだんだけどね。上手くやってたんだねえ‥」

にこにこ話すマーニャに、ソロがサッと朱を走らせ俯く。

「酷く衰弱してるとかで、ピサロさんが静かな環境に在った方が良いと判断されましてね。

 側でお世話出来ないのがもどかしくありましたが、結果的には良かったんですよね。」

「そうじゃな‥無事な姿を見られて、ようやく安心したぞ。」

「トルネコ‥ブライ…。本当‥みんなにも心配いっぱいかけちゃってたんだね‥」

「そうですよ。パーティ一同はもちろん、私などはネネやポポロに毎日のように訊ねられ

 て‥そりゃ大変でした。」

「そっか‥。ネネさん達にも心配させちゃったんだ。

 …ごめんね、オレパーティのリーダーなのに。長い事離れちゃっててさ…。

 無責任だよね‥」

「何言っておるのだ? 深手を癒す為の療養だったのだろう?

 誰もそんな事思っては居らぬぞ。わしらを見縊るでないわ。」        見縊る→みくびる

「‥ありがとう、ブライ。」



「…じゃ、名残惜しいけど。また明日もある事だし、今日はお暇するわ。」

しばらく雑談に興じた後、マーニャがそう切り出した。

「そうじゃな。ソロ、とにかく今は身体を治す事だけ考えて居れば良いからの?」

「そうですよ。しっかり治して‥奴を追うのはそれからです。」

「ありがとうみんな‥」

優しい気遣いに、ソロがしんみりと答える。

見舞いに訪れた3人は、笑顔を浮かべて部屋を退出した。

ぱたん‥静かに扉が閉まると、ソロが深い息を吐く。

「疲れましたか、ソロ?」

側へと寄ったクリフトが、腰を落として目線を合わせ、様子を覗った。

「‥うん、ちょっと。でも大丈夫だよ。」

「熱は…ないみたいですね。」

クリフトが額に手を当て確認を取る。

「うん、平気…。本当にちょっと疲れただけだから。」

ソロはそう言うと、小さく微笑んだ。それから俯き、惑うように言葉を続ける。

「‥あのね。オレ‥普通に出来てた? 変じゃ‥なかった?」

どこか不安気に語るソロに、クリフトが一瞬ハッとさせ、すぐ穏やかな笑みに切り替えた。

「大丈夫ですよ。心配性ですね、ソロは。」

そっと彼の肩を抱き寄せて、柔らかくクリフトが語りかける。

身を固くしてたソロの緊張を解すように、ゆっくり背を摩っていると、部屋の扉が静かに

開いた。

「‥ピサロ。」

瞑っていた瞳を開いて、ソロが扉を見守る。

入って来た人影を確認すると、ソロはほう…と顔を綻ばせた。

「なんだ‥どうした、ソロ?」

ツカツカベッドへ歩み寄ったピサロに、ソロがきゅっとしがみつく。

「‥ちょっとだけ、こうしてて良い?」

屈んでくれたピサロにピタっと寄り沿って、小さく伺う。

「…疲れが出たのなら、あとの連中の面会はキャンセルさせるぞ?」

ベッド端に腰掛けたピサロが、ソロをしっかり抱き止め訊ねて。緩く首を振ったソロが、

クスクス笑い出した。

「クリフトもピサロも、過保護だよね‥なんか。」

言われた2人が思わず顔を見合わせる。

「‥まあ。誰かさんが無茶ばかりなさるから。必然的にね‥。

 バランスは取れてると思いますよ? ね、ピサロさん?」

「そうだな。お前の大丈夫はあまり信用ならん。」

抱きしめる腕に仄かな力が込められて、ソロは笑みを深めた。

「…オレって信用ないんだ‥。ふふ‥‥‥」

クスクスこぼれる笑いが、やがて途切れがちになる。

そのままガックリ力が抜けたかと思うと、規則正しい寝息が始まった。

「‥ソロ、眠ってしまったんですね。」

「ああ‥。余程緊張していたのだろう。今日はもう休ませるぞ。」

「そうですね。承知りました。では‥その旨伝えて参りますね。」      承知り→わかり

ソロをベッドへ寝かしつけてるピサロの背に声をかけて、クリフトが部屋を退出した。



「あ‥クリフト!」

アリーナ・ミネア・ライアンの面会をひとまず明日へ延期させ、自室へ引き返そうとした

クリフトを、通路の向こうから駆け寄って来た人影が呼び止めた。

仕方なしに足を止めた彼が、やって来た人物に口を開く。

「なんでしょう、マーニャさん?」

「うわ〜。何その愛想ない対応。」

「そうですか? 忙しいのでご用件は手短にお願いしますね。」

にっこり笑顔が刺で装飾されていて。一瞬躊躇したマーニャだが、拳を握って体勢を立て

直す。しっかり向き合うと、神妙な面持ちで切り出した。

「あんたに訊きたい事があるのよ。ソロの事で‥。あんた達‥何か隠してるでしょう?」

「何か‥と言われましても。何をです?」

「‥あの子。怯えていたでしょう? どうしてあたし達を怖がるのよ‥?」

声を顰めて言う彼女の表情が曇る。案じるように訊ねられて、クリフトが考え込むよう押

し黙った。

「‥ブライもトルネコも、同じ事感じたみたいで。‥何かあるなら、ちゃんと話して?」

「‥‥‥。…そう仰られても。私も少し意外だったので…」

「意外‥?」

「ええ。ソロがあんなに緊張するなんて、思いませんでしたから‥」

「‥そう‥なの? 本当に…?」

訝る視線をぶつけてくるマーニャに、いつものにっこり笑顔で頷かれて。マーニャは深い

吐息を落とした。これ以上の追求は不可能らしい。

「…とにかく。なにかあるなら、ちゃんと伝えて。皆‥本当にソロが心配なのよ?」

「ええ‥解っています。」



「‥随分時間食ったな。」

彼女と別れて部屋へ戻ると、待ち兼ねたような声がかかった。

「ピサロさん。…まあ、ちょっと説明に追われましてね。」

「そうか。それはご苦労だったな。‥で、苦労ついでにこっちも説明が欲しいのだが‥」

ちっとも心のこもらない労いの後、つい‥と静かに眠るソロを指した魔王が、クリフトを

部屋の隅へと誘う。クリフトは肩を竦めてから、ゆっくりそちらへ向かった。

「先程の面会で何かあったのか?」

「‥いえ。特にどうとは…。ただ‥最初から、ソロは随分緊張してた様子で。

 …ずっと張り詰めた空気を纏ってましたので‥。

 それが疲労を蓄積させてしまったのでしょう。」

「私が戻った時も、まだ緊張させていたな。」

「ええ。見た目は繕えても、触れられたら知られてしまう‥それが怖かったのでしょうね。

ソロは懸命に平静を装ってたようですけど…」

「まる解り‥だったと?」

「そうだったみたいです。」

「ふん‥。まあ仕方あるまい。面倒にならんうちに、貴様適当に繕っておけ。」

「‥私に丸投げですか? 少しは一緒に悩んで下さいよ。」

「珍しいな。貴様の得意分野であろう‥?」

苦笑して返す神官に、片眉上げて興味深げにピサロが笑う。

「‥一番手っ取り早いのは、翼の件を打ち明けてしまう事ですけど。

 ソロは承諾してくれないでしょうしね‥。」

「まあ‥な。まだ自身でも受け止めきれずにいる様子だしな‥あれは。」

「そうなんですよね。それを思うと、今はまだ触れずに置きたいですし…」

そうこぼしたクリフトが、茜に染まった窓の外へ目を移した。

それに倣って外へ目を向けたピサロが、深い吐息を落とす。

ソロを案じる仲間の気持ちが真摯であるだけ、誠実に応えたい――が、それも難しい。

そう悩む横顔を、和らいだ表情で見守るピサロだった。



薄暗くなった室内に明かりを灯し、ナイトテーブルへ置くと、気配に気づいたのかソロが

目を覚ました。

「…クリフト。‥オレ、寝ちゃってたんだ…」

ぼんやり話したソロが、ハッと思い出したよう身体を起こす。

「あ‥オレ、アリーナ達待たせたまま‥!」

「ああ大丈夫ですよ、ソロ。あなたが眠ってしまった時点で、断りを入れて置きましたか

 ら。それより‥気分はいかがですか?」

すっと伸ばした手を彼の頭に乗せて、クリフトが腰を屈めた。

「‥うん、平気。なんともないよ。」

「本当ですか?」

言いながら、クリフトがソロの額に手を当てる。

「‥ね。大丈夫でしょ?」

「熱はないみたいですね。

 …食事はどうなさいますか? 食堂? それともまたこちらへ運びましょうか?」

「…ここがいいな。」

瞳を曇らせたソロが、ぽつんと呟いた。

「ではそのように。‥あ、そうそう。食堂のメニューお借りして来たので、どうぞ。

 後で頼みに行って来ますから、ソロの好きな物選んで下さいね。」

テーブルの脇に立て掛けてあったカードをソロへ渡すと、場をピサロに譲った。

「ピサロも一緒に食べてくれる?」

「ああ、そのつもりだ。」

やって来たピサロに、カードを一緒に見るよう差し出して、ソロがにこっと笑う。

「クリフトは? クリフトもここで食べられるの?」

「いえ‥それが。ちょっと強引に食事に誘われまして。…すみません。」

「‥そっか。みんなだって、いろいろ話したいだろうしね。仕方ないか‥。」

ガッカリした様子でそう納得して、ソロが微笑を作った。

「…ピサロはいいの? オレ‥もう大丈夫だから、無理に付き合わなくて平気だよ?」

「なら‥食事くらい美味く、気楽に食わせろ。いいな?」

ぐっと頭を押さえ込んだピサロが、グリグリと髪をかき乱し、フッと口の端を上げる。

くしゃくしゃになった髪を手櫛で整えて、ソロは乱暴な腕に手を絡ませた。

「本当はね‥。オレも‥一緒の方が美味しいの。…一緒だね。」

甘える仕草で寄り添って、ふふ‥とソロが微笑う。

同じ気持ちが嬉しいと、素直に喜ぶ彼に、ピサロも笑んで返した。