「‥では、食堂へ頼みに行って来ますね。出来上がったら私がこちらへ運びますので。

 2人ともこのまま部屋で待って居て下さって結構ですから。」

「ごめんね、クリフト。手間かけさせてさ‥。」

「構いません。元気になったら、倍にして返して下さるのでしょう?」

すまなそうに言うソロに、にっこり笑顔でクリフトが話す。ソロはギョッとした様子で、

慌てて口を開いた。

「ええっ!? 倍‥? 返しきれないよ〜絶対。」

「ふふ‥そのうちまとめて払って貰うかも知れませんから、貸しておきますよ。」

動揺するソロを小突いて、クリフトが笑った。

ちょっと考え込むようにしたソロも、クスクス笑い出す。

そんなやり取りの後、食事の手配にクリフトは向かった。

それを見送ったソロは、扉が閉まると笑みを消した。

そっと側に在る腕に自身の腕を絡ませて、ぽつんと呟き落とす。

「…あのね。オレ‥本当にいいのかなあ? …クリフト、疲れないかなあ‥?」

「そう思うなら。早く元気を取り戻せ、ソロ。奴だけではない、私も‥お前の大事な仲間

 達もお前の回復を心から願っている――それを忘れるなよ。」

「…うん。」



「‥ごちそうさまでした。」

頼んだパスタを平らげて、ソロが手を合わせた。

「大分食の方は落ち着いてきたようだな。」

「うん、だっていつまでも心配かけてられないもん。」

明るく笑って言うソロに、ピサロが表情を和らげる。それを嬉しげに見たソロが、胸元に

手を当てた。服の下で、細い鎖に通したリングが触れる。

「‥明日の朝はさ、オレ‥食堂でご飯食べようかな。」

「ソロ…」

「…本当言うとね。まだなんだか怖いんだけど‥。でも…オレ独りじゃないもんね。」

「ああ。そうだ。誓っただろう‥?」

席を立ったピサロがソロの元へ向かい抱き竦めながら語った。

「‥うん。ちゃんと側に‥居てね?」

寄り添い乞うソロの顎を上向かせ、唇を寄せる。

静かに重ねられた唇は、ほんのり温もりを移して、そっと離れていった。

身体を離したソロが照れたように笑う。

「…じゃ、オレ‥風呂入って来ちゃうね?」

「付き合おうか?」

「ダメ‥! 部屋風呂狭いし、一緒に入ったら絶対それだけじゃ済まなくなるもん。」

しれっと話すピサロに、頬を染めたソロがブンブンと断る。

「信用ないのだな‥」

「そ‥そーゆー訳じゃないけど。とにかくピサロはここで待ってて。分かった?」

「承知した。ほら‥体力残ってるうちに、とっとと済ませて来い。逆上せるなよ?」

「‥うん。…あの、ちゃんとここに居てね?」                   逆上せ→のぼせ

「ああ。どこにも行かぬ。」

どっかり窓際のベッドに腰掛けたピサロが大きく頷くのを見て、ソロは浴室へ向かった。



「可笑しな奴だ…」

ソロが浴室へ消えると、ピサロがぽつっと独りごちた。

婚約の証を贈ってからというもの、ソロはやたらと気恥ずかしそうに振る舞う事が多くなっ

た。それが何故だか理解出来ない‥が、可愛いとご機嫌な魔王だった。




一方。ソロの方は‥

ドクンドクン…逸る心臓を嗜めながら、ソロはシャワーを頭から被った。

ずっと望んではいけない――と。

そう言い聞かせてきた『優しい時間』をピサロがくれる…それが嬉しくて。

それに乗じて甘えてみる…それが、妙に照れくさい。

クリフトの時は、自覚ないまま甘えていたので、それが意識化の元になっても、すんなり

甘える事が出来た。けれど…ピサロ相手だと、ドキドキして頬が熱くなってしまう。

優しく触れてきた唇の感触を思い出して、ソロはかあーっと頬を赤らめた。

「ああ‥ダメだ‥‥」

ソロはシャワーを止めると、湯船へと向かった。

ゆっくりと身を湯に沈めて、ソロが深い吐息をつく。

「全然治まんないや‥」

脈打つ胸に手を添えぼやき、もう1つ吐息を落とす。

ドキドキ逸る鼓動に困りつつ、それもどこか嬉しいソロだった。



危うく逆上せそうになったソロが、よれよれと浴室を出ると、クリフトも部屋に戻って来

て居た。

「クリフト…戻ってたんだね。」

「ええ、ただいま‥ソロ。夕食全部召し上がれたみたいですね。」

「うん。美味しかった。」

「そうですか、よかったです。」

にっこり話すソロにクリフトも微笑んで返す。自分のベッドへ腰掛けたソロが濡れた髪を

拭いていると、側へ来たクリフトが世話をやこうとタオルを譲り受けた。

「ソロ、器を戻すついでに何か貰って来てやるが?」

一連の様子を見守っていたピサロが椅子から立ち上がると、ソロへ声をかけた。

「あ‥うん、ありがとうピサロ。‥じゃあ、なんか冷たいジュースが欲しいな、オレ。」

「承知した。…貴様はどうする?」

仕方なく‥といった面持ちで、一応クリフトにも訊ねる。

「では‥お言葉に甘えて。紅茶をお願いします。」

「‥行って来る。」

盆を持ったピサロが、そう言うと部屋を後にした。

扉が閉まるとクリフトがクスクス笑い出す。

それを不思議そうに見つめるソロに、愉快気に笑う彼が口を開いた。

「‥器、私が下げて来ますと申し出たんですけどね。自分がやる‥と仰って。

 珍しいな‥とは思ったんですけど。ソロの為‥なんですね、あれ。」

「え…」

「私が全部請け負ってしまったら、ソロが気を遣うでしょう?

 ですから‥あれはソロの代わりに立ち回ってくれてるのだと思いますよ。」

「オレの代わりに‥? ピサロが…」

目を丸くしたソロが、やがてくすぐったそうに微笑んだ。

「‥2人ともさ。オレを甘やかし過ぎだよ。」

「そうかも知れませんけどね。…でも、そうしたいのですから‥仕方ありません。

 だから諦めて、甘やかされて下さい。」

「ふふ‥何それ。‥変なの。」

髪を拭いてた手を止めて抱き寄せてくるクリフトに、ソロがくすくす笑う。

心地よい時間が、昼間の緊張を忘れさせてくれるようで。心が安らいでゆく。



「なんだ。随分賑やかだな‥」

他愛のない会話を弾ませていると、ピサロが部屋へ戻って来た。

「あ‥お帰りなさい。ピサロ‥ありがとう。早かったね。」

「そうか?」

にこにこ話すソロに応えながら、ピサロがナイトテーブルに持って来た盆を乗せた。

「ソロ‥ここへ置くぞ。」

「あ…うん、ありがとうピサロ。…あれ? ピサロのは‥?」

盆に乗っているのは、自分が頼んだジュースとクリフトの分の紅茶のカップとティーポッ

ドだけしかない。

「私はこれを貰って来たからな。」

首を傾げるソロに、懐にしまい込んでた薄平たい瓶を出し、見せる。

「お酒‥? ピサロってさ、お酒好きなんだね。」

館に滞在中もよく口にしていたなあ‥とソロが振り返りつつ語った。

「お前だって嗜むではないか。」

「ん〜まあ‥そうだけど。でも…そんなしょっちゅうは飲んでなかったよ? ねえ?」

ジュースを取りつつ、ソロがクリフトへ同意を求めた。

「ソロはすぐお酒に飲まれてしまいますからね。…まあ、酔った姿も可愛らしいですけど。

目を離すと危なっかしくて‥よくハラハラさせられました。」

「‥確かに。酒癖悪いなお前は。ソロ、お前一人の時は絶対飲むなよ?」

「もぉ‥ピサロまで。オレ、そんなに酷くないもん。‥そりゃ、強くもないけどさ。」

疑うような視線に、ちょっと語尾を弱めたソロがこぼした。

「まあ‥どちらにせよ。ソロは全快するまでお酒は止めておきましょうね。」

そう言って彼の頭に手を置いたクリフトが立ち上がった。

「ありがと、クリフト。」

乾いた髪を手櫛でさっと整えて、ソロが笑んだ。



「…どうした。眠れぬのか?」

夜半。それぞれのベッドに就き、小さな明かりだけを残した室内。

何度も寝返りを繰り返すソロに、ピサロが小さく声をかけた。

「‥あ、うん。昼間寝過ぎたかな‥?」

声のかかった方を向いて、ソロが微苦笑う。ピサロは半身を起こすと彼を手で招いた。

それを見たソロが嬉しげに微笑んで、ベッドを抜け出す。

スルリ‥と隣に潜り込むと、照れた様子で笑った。

「えへへ‥。やっぱ、ちょっと狭いよね。」

館にあったのとは違う、ごく一般的なシングルサイズのベッドは、身を寄せ合わないと落

ちてしまいそうに狭い。けれど‥自然に寄り添えるので、ソロには嬉しいサイズだった。

「やっぱりこの方が安心する‥」

心音を聴きながら、ソロがうっとり目を閉ざす。

トクントクン‥繰り返される規則音。それに耳を澄ますうち、ソロは深い眠りに誘われて

いった。

すうすうと寝息を立て始めた彼の髪を、ピサロがゆっくり梳る。

昼間はどうなるかと案じたが、確実に快方へは向かってるのだろう。

そんな事を思いながら、ピサロも眠りに落ちていった。




翌日。

機嫌良く目を覚ましたソロは、自分から朝食は食堂で‥と言い出した。

着替えを済ませた3人が、揃って1階にある食堂へと向かう。

「おお‥ソロではないか。おはよう。」

「あ、おはようライアン。」

入り口近くの席に一人で座っていた彼に、笑顔でソロが応えた。

「元気そうだな。」

「うん。‥昨日はごめんね。オレ‥眠り込んじゃったみたいでさ。」

「いやいや。見舞いなのだから、ソロに負担かけるつもりはないさ。」

「ありがとう。今日はさ‥このまま体調よかったら、ちょっと外に出てみようと思って

 るんだ。午後には部屋に戻ってると思うから、その時またゆっくり話そうね。」

そう話して、ソロはピサロに続いて食堂奥へと入って行った。

「‥はあ。」

壁際の一番奥の席に落ち着いて、それぞれ注文を終えると、ソロが大きく吐息をついた。

「大丈夫ですか、ソロ?」

「うん平気。まだ朝早いから、人も少ないしね‥」

背を壁側に向けて腰掛けるソロが、小さく微笑む。人もまばらな食堂。静かな朝の空気は、

ゆったりと流れてゆく。

「‥先程の話だが。」

ピサロがソロの様子を確認した後、徐に口を開いた。

「ソロ‥お前、外へ出るとか申してたな?」

「‥うん。だって‥いつまでも寝てられないし。少しずつでも身体慣らして行かないと。」

「だが…お前はまだ‥」

「まあまあ。ソロ、無理はなさらないで下さいね? それと‥単独行動は認めません。」

不満そうなピサロを制して、クリフトがしっかりと釘を刺してくる。

「‥うん。そのつもりだよ。2人とも‥付き合ってね?」



朝食を済ませ席を立つと、バタバタとした足音が近づいて来た。

「あ‥本当だ。ソロ‥! もう大丈夫なの!?」

アリーナと少し遅れて到着したミネアが、彼の側へと並ぶ。

「おはよう、アリーナ・ミネア。昨日は会えなくてごめんね。」

「おはようソロ。回復してきてるのは確かなようね。よかったわ。」

「本当、よかった。今日はゆっくりお話出来るかしら?」

「‥あ、それなんだけど‥‥」



「…ええ分かったわ。あんまり無理はしないでね、ソロ?」

「うん大丈夫。ピサロとクリフトも一緒だしさ。」

身体慣らしの外出を告げ、案じるように話す彼女に、ソロが笑んで答えた。

「そうね。2人ともよろしくね。

 …じゃ、クリフト。戻ったら一度私達の所へ顔出してね?」

「はい了解しました。」

「じゃ‥行って来るね。」

ミネア・アリーナに手を振って、ソロが歩を進めた。

その両脇にピサロとクリフトが護衛のようについて、ホールへ向かい歩いてゆく。

2人に見送られて、ソロ達は街へと繰り出して行った。