その3


トルネコとブライが部屋を去ると、鷹耶は小さく嘆息した。

「…? どうかしましたか?」

「…帰れる場所があるんだなって、思ってさ。

そういや。クリフトの家族は? ここには居ないの?」

寂しげに微笑んでみせる鷹耶の向かいに、クリフトも腰掛けた。

「…父と母と妹が居ますが。ここよりずっと山間にある小さな村が、私の故郷でして‥。

もう随分‥帰ってないですね。」

「遠くないなら、パトリシアに行って貰うか?」

「いえ‥。サントハイム城の一件が片付くまでは、戻らないと決めてますので。」

「…そっか。」

「…あの、鷹耶さん。…その時には‥一緒に。

  鷹耶さんも一緒にいらっしゃいませんか?」

力無く俯く彼に、クリフトは努めて明るく提案した。

「…クリフトの家に?」

「ええ。父と母に会って頂きたいですし、皆も喜ぶと思います。」

鷹耶はぽかんと彼を見つめた後、破顔させた。

「‥それってさ。『息子さんを俺に下さい!』‥って挨拶にって事?」

「え‥? な‥なんでそうなるんです!?」

思いがけない捉え方をされ、クリフトがかあっと頬を染めた。

「だって‥ご両親に挨拶って、そういうもんだろ? な?」

 後ずさろうとする彼の腕を右手でがっしり掴み、反対側の手のひらが彼の頬を包む。甘

く笑んで見せた瞳が閉じられると、彼の唇までが捕らえられた。

「ん‥っ。…鷹‥耶さん‥‥」

 重なった唇が離れると、途惑うように見るクリフトに構わず、鷹耶が体重を乗せて来た。

 クリフトは呆気なく、そのままベッドに組み敷かれる形となってしまった。

「鷹耶さん…僕は‥‥‥」

「…キスだけ‥な?」

困惑顔のクリフトに、甘えるようにねだる。

「…本当‥ですね?」

訝しむようにクリフトが窺った。

「ああ…。誓うよ。」

 真剣な瞳に絆されて、クリフトはそれを飲むように、瞳を閉じた。

啄むような口づけの後、深く味わうように舌を差し入れる。意志を持って蠢くソレは、

性急に蹂躙するようないつもとは違って、どこかもどかしく口腔を弄っていた。

「ん‥んんっ‥‥。は…ぁ‥‥‥」

甘い疼きを覚えながら、クリフトは自ら応えるように絡ませる。そんな彼に応えるように、

鷹耶も舌を絡ませた。どちらともつかない唾液が口の端から零れ落ちていく。

「あ…はあ‥‥‥。ふ‥ぅ‥‥」

長い口づけから解放されると、クリフトが甘い声を漏らした。頬に朱を走らせ、少し息

を乱した表情は、ほんのり上気してるようにも見える。

鷹耶はそんな彼に満足したように、甘く瞳をすがめると、目元にキスを贈った。

「…そんな顔されたら、誓いが消し飛びそうだな‥。」

(そんな顔‥?)

クリフトは理解らない‥といった面持ちで、顔を顰めた。       理解らない→わからない

「‥俺、先に風呂行って来るよ。後で戻ったら、一緒に飯行こうぜ?」

 身体を起こした鷹耶は、そう言うと着替えを持って部屋を出た。



そんな彼を見送るように上体を起こしていたクリフトは、独り部屋に残されると、火照

る頬に手の甲を当てる。熱を持った頬に、大きな吐息をつくと、そのままベッドに横になっ

た。

解放されてほっとしてるのは、紛れも無い本心であったが。その一方でどこか肩透かし

を食ったような思いがあるのも事実で…。かと言って、先日のような行為はやっぱりどう

しても抵抗あるし…と、理由の解らないもやもやに苛まれるクリフトだった。



「…どうした? さっきから手が止まってるぞ…?」

 戻って来た鷹耶と入れ違いに風呂へと走ったクリフト。彼が戻ると、待ってましたとば

かりに、鷹耶は食堂へと誘い出した。

 まだ少し早い時間という事もあり、食堂へやって来たメンバーは彼らだけで。4人掛け

のテーブルに向かい合わせに座り、二人は本日のお勧め定食を食べていたのだが…。

未だ考え中なクリフトは、気が付くと溜め息ばかりが零れ、食がちっとも進んでなかっ

た。

「…どっか、具合でも悪いのか?」

「あ‥いえ。な‥なんでもないです。」

心配そうに様子を窺う鷹耶に、笑みを作りながらクリフトが食事を再開してみせる。怪訝

そうにその様子を見守る鷹耶だったが、追求は特にしなかった。



「ごちそーさん。

  …じゃ、俺はちょっと寄る所あるから、クリフトは先に戻ってていいぜ。」

食事を終えると、立ち上がった鷹耶がクリフトに声をかけた。

「どちらへ行かれるんですか?」

「パトリシアのとこ。明日は朝からがんばってもらわなきゃならねーからな。」

「それでしたら、私もご一緒します。

  体調のチェックも、旅立つ前にしておいた方がいいでしょう?」

「そうだな。…じゃ、行くか。」

 ごく当たり前な事のように話すクリフトに、笑んで返すと、二人は馬屋へと向かった。





「あら‥。鷹耶にクリフト。あなた達も来てたの?」

 一通りの世話を終えた頃、アリーナがミネアと共に馬屋へやって来た。

「なんだ。アリーナ・ミネアもこいつの世話に来てくれたのか?」

「ええそう。だって町に居る間にピカピカにしてあげたいじゃない?」

アリーナがにっこり微笑んだ。

「ふふ‥。パトリシアの手入れはすっかり済んでしまったわね。

  パトリシアご機嫌じゃない。」

輝くように白い毛並みにそっと手を伸ばしながら、ミネアが彼女に話しかけた。

「ブルル‥。」

「ふふ‥本当ね。考える事は一緒ね。」

嬉しそうに彼女を見た後、アリーナは鷹耶とクリフトにも笑いかけた。

「そうだな。二人ともご苦労さん。」

「やだ鷹耶。それを言うのは私達でしょ? 本当、お疲れさま。ありがとう。」

「本当に。お疲れさまでした。」

ミネアがぺこりとお辞儀してみせる。

「ブルルル‥ン。」

パトリシアも彼女達に倣うような仕草をみせた。

「そんなに盛大に感謝されると、がんばった甲斐あったな。な、クリフト。」

「ええ、そうですね。」



「ねえ。あなた達夕食は?」

道具を片付け馬屋を後にすると、アリーナが訊ねてきた。

「もう済ませてしまいました。姫様達はこれからですか?」

「ええそうなの。なんだ。もう終わっちゃったのね。残念。」

「‥なんなら付き合うぜ?」

「え‥? でも食事終えたのでしょう?」

アリーナが不思議そうに訊いた。

「少し飲んで行こうかと思ってさ。」

「ああ。そういう事。クリフトも大丈夫?」

「え…私ですか? …そうですね。少しくらいなら‥。」

躊躇いながらクリフトが答えた。



一行は宿の食堂へと足を運ぶと、奥まったテーブル席に向かった。

 4人掛けのテーブルに、アリーナ・ミネア、鷹耶・クリフトが並んで腰掛ける。

早速注文を取りに来たウエイターに、銘々がメニューを見ながら頼んでいく。

「えっと…私はB定食ね。ミネアは?」

「私はC定食にしようかしら。」

「俺は…麦酒ね。クリフトはどうする?」 

鳥料理がメインのB定食と、魚料理メインのC定食をそれぞれ頼んだ二人に続いて、鷹耶

がウエイターに声をかけると、クリフトに訊ねた。

「…あ。えっと‥では、私も同じもので。」

メニューに軽く視線を走らせた後、クリフトが応えた。

「はい、畏まりました。」

 ウエイターは軽く会釈をした後、静かに厨房へと戻って行った。

「…そういや。マーニャは一緒じゃないんだな?」

 ウエイターが去った後、思い出したように鷹耶が二人に訊ねた。

「ええ。姉さん買い物があるから‥って午後に出掛けて、まだ戻ってないのよ。」

「一応待ってはみたんだけど。遅くなるようだったら、先に食べてて‥って、マーニャ

も言ってたから、それで…。」

「けれど、この町にはそれ程店はないのでは…?」

「ああ。あのね。ルーラで買い物行ったみたいよ?」

不思議そうに言うクリフトに、アリーナが笑顔で答えた。

「はあ‥成る程。…便利ですよね、移動呪文使えると。」

「そうよねー。でもクリフトだって、回復呪文使えて。あれもとっても便利じゃない?

魔法が全然使えない私としては、魔法使える時点で、羨ましく思っちゃうわ。」

しみじみとアリーナが語った。

「お待たせ致しました。」

 先程のウエイターが麦酒のグラスをテーブルへと置いた。鷹耶は早速とそれに手を伸ば

しながら、頬杖ついて斜め前で嘆息をもらすアリーナを見つめた。

「確かに‥便利かもな。

  けどアリーナの場合、それがなくても人並み外れた腕力があるだろ?」

にやにやと鷹耶が口にした。

「その[人並み外れた腕力]‥って何よ!?

  日々の努力の成果だもん。誰だってがんばれば、得られる力じゃない。」

「そんな事ないわよ? だって‥私がどんなにがんばっても、アリーナみたいにはなれな

  いもの。誰にも向き・不向きがあるのよ。私もアリーナみたいに俊敏に動けたら‥と

羨ましく思う事、あるわよ?」

「ええ? ミネアが? …そうなんだ。すごく意外だなあ…。そっか…。」

「自分にないモノを求めてしまう‥って言うのは判る気がしますね。」

明るい彼女の様子を嬉しそうに見ながら、クリフトがミネアの意見に同調した。



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