その4


「じゃ‥おやすみなさい。また明日。」

 とりとめのない会話を弾ませながらの食事の後。食堂を後にした一行は、鷹耶とクリフ

トの部屋の前で別れた。

明るく手を振るアリーナに、クリフトもにっこりと応える。

「おやすみなさいませ、姫様。ミネアさん。」

「おやすみなさい。」

クリフトと軽く手を振る鷹耶に小さく会釈をしながら、ミネアが微笑んだ。



ぱたん‥

 静かに扉が閉まると、鷹耶が部屋のランプに明かりを灯した。暗くもの静かだった空間

が、人の気配を映し出す。

クリフトはほう‥っと吐息をつくと、ベッドサイドに腰を下ろした。   吐息→ためいき

「…思ったより元気そうだったな。」

彼に倣って向かいに腰掛けた鷹耶がぽつりと言った。

「‥はい。安心しました。夕食はしっかりと召し上がられていましたし…。」

「心置きなく出立出来そう‥ってか?」

「そうですね。…城の事は気掛かりですが。…今は出来る事をするだけです。」

「出来る事…か。そうだな。よし…っと。」

掛け声の後、鷹耶がすくっと立ち上がった。

「明日からまた冒険だからな。とっとと休むか。」

 そう言うと、てきぱき着替えを済ませる鷹耶。

「んじゃ‥おやすみ、クリフト。」

ぽけーっとその様子を見守っていた彼に、軽く口づけると、鷹耶はさっさとベッドに潜

り込んでしまった。

「…おやすみなさい。」

 ぼんやり返すと、彼ものろのろと着替え出した。

 荷物の確認をざっと済ませると、彼も自分のベッドへと潜り込み、明かりを小さく変え

た。

昨晩も今夜も、やけに引き際をあっさりさせてる鷹耶。この町へ着いた初めの晩に約束

した通り、キス以上の行動へは至らずにいてくれた。

 それは非常にありがたかったのだが‥。

(…やっぱり、おかしいよな‥。)

隣に眠る彼へと目線をやった後、クリフトは小さく吐息をついた。

 出会った頃は、よく見かけた暗い表情も、最近は殆ど見せないでいたのに。この数日、

気が付くと、2人の時でもそんな表情を浮かべている。

(どうして…?)



そんな考え事をしながら眠りに就いた晩‥

「うう‥。うあ…っ。はあ…はあ‥‥」

 夜半。苦しそうに魘される声に、クリフトは目を覚ました。

「‥鷹耶‥さん…?」

「う‥うっ。や‥止めろ〜〜〜〜!!」

叫んだ瞬間目を覚ました鷹耶は、そのままがばっと跳び起きた。

「はあ…はあ…。くそっ!!」

苛立だしげに拳を叩きつける。

「鷹耶さん。…大丈夫ですか‥?」

「…クリフト。」

心配そうに自分を見る彼に、困惑顔を見せる鷹耶。

「随分と魘されていましたよ…?」

「あ‥ああ。…嫌な‥夢、見ちまってな…。…起こして済まなかった。」

「いえ‥それは…。あの…何か飲み物でも持って来ましょうか?」

「…いや。別に‥いらねーよ。」

「でも…」

まだ荒い息の治まらない彼を気遣うように、クリフトが肩に手を乗せ覗き込んだ。

「…大丈夫‥だから…。」

その彼の視線から逃れるように顔を反らせながら、鷹耶がぽつりと絞り出した。

「鷹耶さん‥。」

 やんわりと払い退けられてしまう手。クリフトはどうしていいか判らず、その場に立ち

尽くしてしまった。

「…情けねーよな。」

 寂しそうに彼を見つめる視線に気づいた鷹耶が、自嘲気味に笑んでみせる。

「…キングレオん時と同じだ‥。夜の闇が‥忘れたい悪夢を揺り起こして行きやがる。」

「…忘れたい悪夢‥。」

そういえば。キングレオ戦の後も、夜になると沈み込んでいたっけ‥。クリフトはあの後

毎晩のように自分の部屋に訪れていた鷹耶の姿を憶い出していた。

「…あいつらの力の源は。‥あの時の俺と同じだ。

  …だから‥あの頃に引きずられちまう。

  …俺もあいつらと変わらない‥って事かな?」

「な‥。何言ってるんですか!? …そんなの、鷹耶さんらしくありません!」

「俺らしく‥? 俺らしく‥ってなんだ?

  漆黒の闇に昏く蠢く復讐心を、今も燻らせているのも…紛れも無い俺自身なんだ。

  ‥そういう情けねー奴なんだよ、本当は!」

自身への憤りを露に、鷹耶が声を荒げた。

「違います! そうじゃないです。…鷹耶さんの苦しみは、私には重過ぎて‥本当の所は

見えてないかも知れません。‥けれど。その身に闇が住み着いてしまっても‥鷹耶さ

 んはちゃんと光を失わずにいるじゃないですか!? 闇に囚われてしまった彼らとは

違います。だから…。そんな風に自分を追い込まないで下さい。」

真剣に語るクリフト。その瞳からは大粒の涙が零れ落ちていった。

「‥なんでお前が泣くんだよ?」

それまでとはうって変わった柔らかな声音で、鷹耶が微笑んだ。

「‥そんなの、解りません…」

涙を拭いながら、困惑顔を見せるクリフト。

「クリフト。‥ありがとう…。」

彼を引き寄せ、頬に伝う涙を拭うと、そのまましっかりと抱き寄せた。

「‥鷹耶さん…。」

「…なあ。今夜はこのまま一緒に寝てくれるか‥?」

甘えるように鷹耶が問いかけた。

コクリ‥と小さく頷く彼を確認すると、鷹耶は彼の顎をすくい上げ上向かせる。

 寄せられる唇を、クリフトは静かに受け止めた。



 翌朝。息苦しさに目を覚ましたクリフトは、背中から回された鷹耶の両腕からなんとか

逃れるように半身を起こした。

「…苦しいはずだ。」

ぽつりと零し苦笑する。

 まるで心音を確かめるように、ぴたりと張り付いていた鷹耶。その彼の腕の中から無事

脱出すると、その気配を察したように、鷹耶も続いて目を覚ました。

「‥おはようございます、鷹耶さん。」

「…おはよう。‥なんか、熟睡したな…。」

「魘されずに済みました?」

「ああ。やっぱりすごいな、お前は。」

「そうですか? …何もしてませんけど‥?」

「酒よりずっと効果あったよ。安眠効果抜群!…ってね♪」

言いながらキスを掠め獲ると、そのまま彼をぎゅうっと抱きしめる。

早鐘を打つ心音が、そのリズムを緩めるまで、二人はそのまま朝を告げる鳥の声を聴い

ていた。





「よし、皆揃ったな。荷物もみんな、積んだよな?」

 宿の外。馬車の回りに集まった一行を見回しながら、鷹耶が話す。

「忘れ物はないと思うわよ。ブライやトルネコがいないと、なんだか忘れてる気もする

  けどね。」

マーニャが明るくおどけて見せた。

「ふふ‥本当ね。ジイ達とは船で合流ですものね。」

「そういう事。んじゃ…準備出来たみたいだし、行くか。」

 鷹耶の言葉を合図に、それぞれ馬車に乗り込んで行く。

「おおーい、クリフト!」

 御者台に乗り込もうとしていた彼に、手を大きく振りながらやって来た男が声をかけて

来た。

「‥マーカス。」

「はあ‥はあ…。間に合ってよかった。」

「見送りに来てくれたんですか?」

「ああ。今日発つって聞いたからな。」

言いながら、マーカスが御者台に既に座って居る鷹耶に目線を送った。

「‥これ。持って行ってくれよ。たいしたもんは用意出来なかったけどさ…。」

 彼が手に持っていた包みをクリフトに差し出した。

「ありがとうございます。」

「まあ‥。あなたクリフトのお友達?」

幌から顔を出したアリーナが、神官服を纏う彼に微笑んだ。

「あ‥アリーナ姫様! …申し訳ありません。ご挨拶が遅れまして‥。」

「ふふ‥いいのよ、別に。いろいろと骨を折ってくれたのですって? ありがとう。」

「いえ‥そんな。勿体ないです。…どうか道中お気をつけて、行ってらっしゃいませ。

皆様のご武運、お祈り申し上げながら、大願果たされる日をお待ちしております。」

「ええ。申し訳ないけど、今しばらく留守を頼みます。よろしくね?」

「はい‥!」

 アリーナはにっこり笑んだ後、幌の中に戻って行った。

「マーカス、いろいろと‥ありがとう。また立ち寄った時は、顔を出しますから。」

「ああ。きっとだぞ? 必要なら、いつでも力になるからさ。」

「はい。頼りにしてます。それでは‥。」

彼の肩に軽く手を乗せると、クリフトは馬車に乗り込んだ。

「‥世話になったな。」

鷹耶が彼に声をかける。

「…こちらこそ。…ちゃんと守ってくれよな?」

「ああ‥。じゃ‥行くぜ?」

 マーカスに応えた後、隣に座るクリフトに言うと、鷹耶は静かに馬車を進ませた。

「気をつけてな! クリフト! また会おうぜ!!」



 走り去る馬車に手を振るマーカス。クリフトが2・3度応えるように振った後、正面へ

と身体を向かせた。

「鷹耶さん。…マーカスと、何か話したんですか?」

 不思議そうにクリフトが訊ねた。

「あ‥? ああ…まあ、ちょっとな。」

「ねえねえ。何を貰ったの?」

興味津々‥といった面持ちで、幌から顔を出したマーニャが訊いた。

「え‥あ、はい…。」

促されたクリフトが包みを開いて行く。鷹耶も気にするように、チラチラ視線を送る。

「…聖水と、ああ…これは薬草ですね。随分いろいろな種類が入ってます。…結構貴重

なものも幾つか…。」

「うう〜ん。流石クリフトのお仲間ね。もうちょっと面白いもの期待してたのに。」

ガッカリした様子で、彼女は幌へと戻って行った。

「はは…何を期待してたんだか。」

 馬車を走らせながら鷹耶が笑った。

「本当に。とてもありがたい餞別ですよ。これは。」

「‥そうだな。ありがたく使わせて貰おうぜ。」

「ええ。」

にっこり応えた後、クリフトは遠くなって行くサントハイム城を振り返る。

 ――とりあえず出来る事から。

 それは解っていても、やはり気持ちは揺らいでしまう。

「‥‥‥。…クリフトは、スタンシアラってどんな国か知ってるのか?」

彼の様子を見守っていた鷹耶が切り出した。

「え‥あ、はい。サントハイムとは友好国になりますから。行った事はありませんが、

  神学校にもあちらからの留学生が何人かいましたし…。多少は聞いてますが‥。」



 クリフトが語るスタンシアラの話を聞きながら、馬車は海岸に向けてひた走る。

殆ど魔物との遭遇もないまま、馬車は快調に合流地点を目指して行った―――



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