『いい子にしていたか? ロザリー。』

『ピサロさま‥‥‥‥』



ツタの這う古びた小塔の前でピサロが不思議な笛を吹くと、隠された入り口が現れた。

塔の最上階に小さく作られた窓辺に立つ少女の元へ奴は向かうと、優しげに彼女に語りか

ける。シンシアと同じ桜色の髪をした少女に向けられる眼差しはとても暖かで、彼がどれ

だけ彼女を大切にしているか伝わって来る。



『ロザリー。私は人間を皆滅ぼすことにした。まもなく世界は裁きの焔に焼かれるだろう。

私の仕事が終わるまで、ロザリー、お前はここに隠れているのだよ‥‥‥』

『お待ち下さい! ピサロさま!』

言いたい事だけ伝えると、ピサロは踵を返し塔を去って行った。

残された少女が、去ってゆく足音に落胆の色を見せながら、彼が去って行った空を見上げ

祈るように両手を組んだ。

『‥‥‥‥誰か。 誰か‥‥ピサロさまを止めて‥‥。

 このままでは世界が滅んでしまう‥‥‥‥

 お願い‥‥‥ 誰か受け止めて! 私の願いを‥‥‥‥。



 届いて‥‥‥。私のこの想い‥‥‥‥』



バッ!!

オレはじっとりと汗ばむ身体を起こした。



イムルの宿屋で見られるという不思議な夢。

村の人達の話からもイマイチ要領得なくて、どんな夢なのだろう?‥と興味津々床に着い

たオレ達だったけど…

オレは隣のベッドで眠るクリフトを起こさぬよう、こっそり部屋を出ると宿の外へ向かっ

た。村外れの小高い丘にある大きな樹の根元に身体を預けるよう腰掛けると、大きく嘆息

する。まだ明けそうにない夜の闇は、煌々と照る月が蒼い世界を醸し出していた。

(…ピサロ。)

ロザリーと呼ばれた少女の髪を優しげに梳く姿が蘇る。流れるような長い桜色の髪。

鈴の音のような柔らかく優しげな声。きっと…きれいな女性なんだろう‥

「女の人は嫌いだって言ってたのに。」

ちゃんと大切な人が居るんじゃないか!!

「それに‥‥‥」

人間をみんな滅ぼす――確かにそう言ってた。

あいつが魔族の頂点に立つ『魔王』なのだと、知ったのはついこの前。

オレはエンドールとかバトランドとか、それぞれの国に在る『王』と、さして変わらなく

捉えていた。けど‥‥そうじゃないんだ。

あいつにとって『人間』は不要な存在で。躊躇いなく消せる小さな存在なんだ。

‥‥‥そんなコト、初めから解っていたはずなのに‥

「ふ‥‥‥っ。う…」

オレは知らず知らず涙をこぼしていた。絶間なく落ちる滴がどうしても止められない。



人間を滅ぼす―――それが奴の目的なら、オレ達はやはり戦わなければならないだろう。

そして…決して負けるコトは許されない!



『誰か‥‥ピサロさまを止めて‥‥。

 このままでは世界が滅んでしまう‥‥‥‥』

少女の悲痛な心を乗せた叫びにも似た声が過る。

彼女の声すら聞く耳持たない様子の奴を止めるコトなんて‥出来る訳がない。

あいつは初めから…人間の命など道端の小石程度にしか思っていないんだ。

気まぐれでオレを生かしているのだって、体のいい玩具だからで。       体の→ていの

オレの気持ちなんて、どうだって‥‥‥!

「‥バカだよな‥本当‥‥‥」

溢れる涙を無造作に拭いながら、吐息をついた。

単なる退屈凌ぎのお遊びでしかなかったのに。時々見せる優しさに『特別』を思ったりし

て。好き――になっちゃうなんて。それこそが奴の企みだったんだ。

あいつと戦えなくなるように。オレを騙してたんだ。

オレはグッと拳を握り締めた。握り込んだ指が手のひら食い込み、爪が皮膚を傷つけた。



オレは揺らりと立ち上がると、薄明に変わりつつある空を見上げた。

ゆっくりと宿への道を辿りながら、思うのは持て余すばかりの気持ち。



ぱたん‥。なるべくひっそりと部屋に戻ったのに。

扉の音に逸速く反応したかのように、クリフトが立ち上がった。

どうやらベッドサイドに腰掛けてたらしい。戻って来たオレを見て、彼はほお‥と嘆息

した。

「‥昨夜は出掛けた様子がなかったのに。先程目を覚ましたら姿が見えなかったので、

 心配しましたよ。」

「‥‥ごめん。」

「…ソロ。手をどうかしたんですか?」

「え…?」

ぽたりと滴る音を辿ったクリフトが、ソロの両手を掴み覗き込んだ。

まだ暗い室内では、はっきりと確認出来なかったが、その匂いからもそれが血だと確信

する。

「ケガなさってるじゃありませんか!」

「…あ、うん‥‥そうだね…」

「ソロ…。」

どこか様子のおかしい彼を訝しみながらも、クリフトは彼に回復呪文を施した。

「さ‥座って。まだ起きるには早い時間ですから、もう少し眠った方がいいですよ?」

クリフトは彼のベッドに腰掛けさせると、横になるよう勧めた。

ソロはふるふると首を横に振る。

「‥‥もう。夢…みたくないから‥‥‥‥」

消え入るように、ソロは答えた。

「ソロ…。」

「…クリフトも、あの夢、見た?」

「ええ…」

小さく訊ねるソロに、クリフトは向かい合わせとなるようベッドに腰掛けた。

「…あのピサロって奴…」

「我々が追っているデスピサロなのでしょうね。」

ソロが小さく頷いた。

「あの女の子…彼女は奴の‥‥恋人‥なんだよね?」

「そうでしょうね。‥彼の野望を食い止められるよう祈り続けていましたね。」

「うん‥‥‥人間を…みんな滅ぼすって‥奴は言ってた。」

「ソロ。…あのデスピサロが、あなたの村を襲った魔族だったのでしょう?」

ソロは驚愕に目を見開かせると、愁そうに瞳を伏せた。      愁そう→つらそう

彼の様子がおかしい理由はそこにあるのだろうと、確認を込めて訊ねたクリフトは、

やっぱり‥と言った面持ちで嘆息した。

「…クリフト。オレ、ちょっとだけ行って来たい所があるんだけど‥」

しばらくの沈黙の後。ソロが覗うような視線を彼に向けた。

「行く‥ってどちらへですか?」

「‥‥‥‥‥オレの村。」

ソロはそう言うと立ち上がった。

「すぐ‥戻るから‥さ。」

「なら…私もお供させて下さい。今のあなたを独りで行かせる訳にはいきませんから。」

「クリフト…」