「ソロ‥!」

ぼんやりと空を彷徨った視線が、呼びかけに反応し、クリフトへ移る。

「…おはよう。どうしたの?」

どこか緊張感を漂わせるクリフトに、眉を寄せたソロが訊ねた。

「‥いえ。なかなか目を覚まさなかったので…心配しました。」

クリフトは今はもう昼近いという事、ミネアも同様に眠ったままだという事を伝えた。

「…そう。」

「彼女も今頃目を覚ましているかも知れませんね。とりあえず安心しました。」

ただ深く眠ってただけらしいソロを確認し、クリフトが安堵の息をもらし話す。

ソロはベッドから出ると、てきぱき着替えを済ませ、窓辺へと向かった。

窓を大きく開け放つと、小鳥の囀りが耳に飛び込んで来る。さわさわと揺れる緑の向こう

に、どこまでも青い空が広がっていた。

いつになく無口なソロを見守っていたクリフトが、彼へ声をかけようとしたのと同時に、

部屋に控えめなノックが届く。

クリフトが扉へ向かうと、やって来たのはライアンだった。

どうやらミネアも先程目を覚ましたらしい。それを伝えに来てくれたのだ。

彼はソロも目を覚ました事を知ると、早速皆にも伝える‥と早々に部屋を後にした。

「…ミネアも大丈夫だったみたいだね。」

「ええ。でも‥本当に不思議な宿ですね‥。」

「‥‥‥。クリフト、頼みがあるんだけど。」

窓の外へ目線をやったまま、ソロが静かに声をかけた。

「みんなに伝えてくれる?

 ‥夢の事も含めて、今後の事はエンドールで話し合おう‥って。」

「ええ‥構いませんけど。ソロ…?」

クリフトはそう返事をすると、窓枠に足をかけたソロを訝しげに見た。

「悪いけど‥オレ…先に向かうね。じゃ‥エンドールで。」

ソロはそれだけ言うと、さっと身を乗り出した。

すぐさま移動呪文を唱えたのか、跳躍の途中姿が光に包まれ、緩やかな弧を描く。

ソロは瞬く間に彼方へと消えてしまった。

「ソロ‥。」

一人残されたクリフトが、光が描いた軌跡を見つめ小さく呟く。

目が覚めてから、ソロは一度も彼を見ないまま、独り発ってしまったのだ。

誰も居ない部屋を見渡し嘆息するクリフト。荷物を置いた机の元へ移動すると、ベッドの

脇に彼の荷が剣と一緒に置かれたままになってるのに気づいた。



スタ…

ソロは地面へ降り立つと周囲を窺い視線を巡らせた。

「‥着地、ズレちゃったみたいだな。」

丘を下った先にエンドール城を見つけた彼はそうこぼすと、更に位置を確認する為か、

見慣れぬ丘の天辺目指し歩きだした。

「な‥んで…。」

城とは反対方向へ丘を下った場所に、ソロは見覚えある風景を見つけた。

「ど‥して…ここに‥。」

ソロはふらふらと見覚えあるその場所を目指した。

古い神殿跡を思わせる遺跡。白く輝く石柱が青い空に映え、神殿跡に溜まった透き通った

水が、キラキラ陽光を反射している。

以前訪れたのは月夜の晩だった。

月光に浮かぶ白い石柱が神秘的な雰囲気を醸し出していた。

「…やっぱり、間違いない。ここは‥‥」

所々崩れた石段を登ると、プールのように溜まった水を見つめ、ソロは確信得たよう呟い

た。

「‥‥本当、バカだな。オレも‥‥‥」

倒れた柱にあの日座っていた男の姿を思い出し、ソロが自嘲気味に苦笑んだ。

浮かんだその姿を振り払うよう頭を振ると、ソロは近くの石柱へ腰を下ろした。



…あの頃は。

あいつは村のみんなの仇で‥敵だった。



ミネア・マーニャと出会ったばかりの頃。

街へ訪問したピサロに連れ出され、ソロはこの遺跡へとやって来た。

故郷の村を出てから逢うのはまだ2度目。

ソロにはただ忌まわしく恐ろしい存在だったあの頃…



それが…今は‥



忘れるつもり‥だった。

ふっ切るつもりだった‥

けど――



ロザリーの為に激しく怒り、慟哭する…その姿に、ソロは引き裂かれるような痛みを胸に

覚えた。いたたまれなかった。

彼女の死も痛みには違いない。だが…それとは別に、やりきれなさでいっぱいだった。

ピサロにとってロザリーが、どれだけ大事な存在か、見せつけられてしまったから。

「‥ふ…っ。‥‥っく…」

込み上げてくる涙を盛大にこぼし、ソロはしばらく泣き続けた。



――解っていたのに…



それでも実際に、あんなピサロを見てしまうと、自分はただ[解ったつもり]でいただけ

なのだと思い知らされる。



「…今度逢う時は、敵同士‥なんだ。」

ソロはきゅっと拳を握り締めた。

ゆらりと立ち上がると、彼は上着を脱ぎ捨て、水場へ飛び込んだ。

ざば〜ん。勢いよく水しぶきが上がる。

ソロは腰の上までゆうにある水深のプールで泳ぎ出した。

何かに衝き動かされるようがむしゃらに、ソロは泳ぎ続ける。

端から端まで何往復もして。

はた‥と燃料切れでも起こしたように、ソロは泳ぐのをやめた。

ぽっかり水面に身体を浮かべ、揺ら揺らその身を漂わせる。

真上にやって来た太陽が、やけに眩しくカンに障った。

ふ‥と瞳を閉じると、瞼の他に視界が遮られたのか、闇が深くなる。

ソロが訝しげに瞑った目を開けると、空中に影が2つ確認出来た。

太陽を背にした2つの影は、よく見ると人の形をしている。それはゆっくりソロの元に近

づいて来た。

「おやおや‥。こんな人気のない場所で水浴びとは‥不用心だねえ。」

「本当だ。街の外は危険がいっぱいだ‥って、知らないのかい?」

ヘラヘラと笑いながら、2人の男は少し上空で静止した。

黒い髪・黒い服の男と青い髪に黒い服を身に纏った男。尖った耳に金の双眸。

(…魔族?)

ソロは彼らを用心深く観察しながら、その行動を見守った。

「ふ〜ん、よく見ると、結構可愛い顔してるじゃん。」

「ああ確かに。なあ‥俺達とイイコトして遊ぼうぜ。」

「おお、賛成! 殺さないでやるから付き合えよ、な!?」

男の1人がソロの腕を掴もうと、手を伸ばした。

ばし‥っとそれを払い退けたソロが、キッと2人を睨みつける。

「…失せろ。」

低く静かな口調は、明らかに怒気を孕んでいた。

「お〜や。随分強気だねえ、可愛い子ちゃん。」

「気をつけな。俺達怒らせると、うっかり殺しちゃうかも知れないぜ?」

「殺す…? ‥ああそうだな。

 オレは今最高に機嫌が悪い。手加減効かないかも知れないね。」

フッ‥と口角を上げ、ソロは冷たく言い放った。

「てめえ‥! 随分嘗めた口利くじゃねえか!」

短気な黒髪の男が腕を振り上げ、指先に魔力を集め出した。

放たれた氷系呪文を熱系呪文で瞬時に相殺する。

「‥‥!! こいつ…!」

「…仕掛けて来たのはそっちだからな。」

そう言うと、ソロはすっと伸ばした指を天へ向け、雷を呼んだ。

稲妻が一帯に走る。黒髪の男に直撃したのか、グラリとその身体が傾いだ。

青髪の方が慌てて彼を肩で担ぐ。

捨て台詞さえ残す間もなく、2人は場を離れて行った。

ソロは無言でそれを見送ると、咄嗟に反応していた左手へ視線を移した。

「…オレにだって。」

ぽつん‥と呟いたソロが、バン‥っと水面を両手で叩いた。

込めた魔力を解放すると水柱が高く上がる。

周囲に降り注ぐ雨となったそれは、温かな湯へと変わっていた。

「これぐらい‥もう出来るんだ…!」

以前ピサロが見せた魔法。同じコトをやってのけ、ソロは顔を歪ませた。

「…けど。オレは‥もう、あんたを憎めない‥‥‥」

夢の中。憎しみに支配された彼の叫びを思い返しながら、ソロが声を悸わせる。

はらりとこぼれた滴を拭い、そのまま身体を沈めた。

階段になってる角まで泳いで行くと、ソロは座って落ち着ける場所へ移動した。



――同じ場所‥だけどあの時は独りじゃなかった。



膝を抱え、ぼんやりとソロは振り返る。



村を失った時でさえ、オレは独りじゃなかった。

あいつが…居た。

気持ちは変わっていったけど‥ずっと、あいつとの繋がりがオレを支えていた。



もし‥あの時出逢わずに居たならば。



もっとすんなり奴を憎んで、割り切れたかも知れないのに‥



「…そうだな。一番いらないのは‥」

ぽつんと呟くと、ぷくぷく顔を半分水に沈めた。

何かをふっ切るように瞳を閉ざし、半拍置いた後目を開く。

すくっと立ち上がり湯から上がると、ソロは上着を着込んだ。





「ソロ‥! 一体今までどこに!?」

エンドール。いつもの宿屋。

入ってすぐのホールで待って居たクリフトが、ソロの姿を見つけると駆け寄って来た。

「ずぶ濡れじゃありませんか! 大浴場ならすぐ入れますから、そちらへ直行して下さい。

 着替えは私が持って行きますから。」

怪我がないのを確認しながら、クリフトがてきぱき指示を出した。

反応のない彼を促すよう、途中まで先導する。

「‥じゃ、私は着替えを取って参りますから。‥大丈夫ですね?」

入口の側で立ち止まったクリフトが、ソロに声をかけた。

コクリ‥と頷くのを確認し、彼は踵を返す。数歩先で振り返ると、ソロが浴場の扉に手を

かけてる姿があった。



「クリフト!」

部屋へ戻る途中、クリフトは自分の部屋から顔を出したマーニャに呼び止められた。

「ソロ…戻って来たの?」

「あ‥はい。‥今ちょっと、大浴場へ行ってますけど。」

「…そう。ミーティングの事、あなたから伝えておいてね。」

すっかり沈んだ様子の彼女が、静かに話した。

「ええ‥。あの‥姫様は?」

「大分落ち着いたと思うけど‥。まだやっぱりね‥‥」

「そうですか。あの…よろしくお願いします。」

「‥ソロはあんたが見てやっててね。」

マーニャは微苦笑して返すと、それだけ伝え部屋へ戻った。



人間がロザリーを殺してしまった――



その事が重く圧しかかったのか、強烈な負の気に当てられたのか。

今日は皆いつもと様子が違っていた。

ミーティングは明日以降に…

それだけ確認した後、宿へ着くなり解散している。

一人先にエンドールへ向かってしまったというソロの件も、そういった事情で皆納得し、

理解を示したようだった。



彼女の部屋が静かに閉まるのを見届けると、クリフトは小さく嘆息する。

他のメンバーがロザリーの死に、多かれ少なかれ動揺してるのは確かだろう。

だが…

ソロのあの沈んだ様子は‥それよりも…



クリフトは思考を中断させると、目的を優先させるべく廊下を急いだ。