「ソロ、大変なの!」

食堂へクリフトと赴いたソロは、入るなり慌てた様子で駆け寄って来たアリーナに呼び止

められた。

「おはようアリーナ。‥どうしたの?」

「それがね‥」

アリーナが後ろからついて来たミネアへ振り返り、躊躇いがちに話し出した。



昨夜の事である。

アリーナがふと思いつき、ミネアに占いを強求った。

ロザリーになにがあったか分からないか‥と。

デスピサロの慌てぶりを思うと、余程の事があったのかも知れない…そんな不安に駆られ

たのらしい。



「…なにがあったのかは判らないけど。でも‥‥‥」

表情を曇らせ、アリーナが口ごもる。

「引いたカードはすべて不吉なものばかりだったの。

 それに‥[大いなる災いの源]。[世界]にこのカードが出たのは、ずっと以前進化の

 秘法について占った時だけで‥。彼女になにかあったとしか、思えないのよ。」

ミネアが頬に手を当て、溜め息交じりに話した。

「だからね、それを確かめるためにも、早々にロザリーヒルへ向かいましょう!」

逸るアリーナの言葉にミネアも頷いた。ソロの隣で聞いていたクリフトも、彼へ視線を向

ける。3人の視線を集めたソロは、きゅっと口を結ぶと表情を固くし答えた。

「‥解った。用意が出来次第出立しよう。他のメンバーはその話、知ってるの?」

「ええ。朝一番に食堂で会ったライアンさんに伝えたから。同室のブライさん、トルネコ

 さんにも届いているはずよ。」

「そう。じゃ、クリフト。オレ達も早く食事済ませて準備しよう。」





「これって‥一体‥‥?」

ロザリーヒル。彼女が暮らす小塔の前でアリーナが怪訝そうに眉を顰めた。

彼女の部屋へ通じる隠し階段が、無防備に明るい日差しの中へ晒されている。

それは、強固に張られていた結界が消えている事を示していた。



ソロ・アリーナ・ミネア・マーニャが塔内部へ向かい、残るメンバーは村へ聞き込みに

散会した。

塔を登った一行が、無人の室内に呆然と佇む。

開け放しにされた扉の奥、テーブル上にはティーカップが今にもテーブルから落ちそうに

転がっている。ソファの位置も乱れていて、不穏な侵入者を連想させた。

「…誰かが結界を破り、ここへやって来た‥という事よね。

 そして‥ロザリーを連れ去った。」

マーニャがぽつりと呟いた。

カタ…小さな物音が隣室から聞こえ、一同が一斉に音の方へ目線を移す。

「誰だ!?」

低い声音でソロが問いかけた。

剣を抜き構え、緊張しながら隣室へ向かう。

はたして。そこに居たのは、小さなスライムだった。

「‥キミは…。」

ロザリーが可愛がっていたスライムと知り、ほおっと吐息をついたソロが剣を鞘へ納める。

「ねえ。もし知っていたら教えてくれないかい? ロザリーはどうしたの?」

穏やかに訊ねるソロに、スライムはぷるぷる体を震わせた。

「ロザリーちゃんが捕まっちゃったよお! イムルの村の方に連れ去られたんだ!」

ぽろぽろ涙をこぼしながら、そう一気に答え、チビスライムはおいおい泣いた。

「捕まった!? それって誰に? あの護衛は一体何してたのよ!?」

マーニャがスライムを持ち上げると、すごい見幕でまくし立てた。

「人間だよお! ピサロナイトが居ない時に、突然やって来たんだ!」

「人間…人間‥なの?」

アリーナがショックを隠さず訊ねる。

「そうだい! きっと人間がロザリーちゃんの涙狙って来たんだい!」

ロザリーちゃんを返してよお‥そう言いながら、再びスライムが泣き出した。

「‥彼女はイムルの方へ連れ去られた…って言ったわね?」

静かな口調で、労るようスライムを抱えたマーニャが確認した。

スライムはぷるぷる体を震わせ、肯定を示すようコックリと頷く。

「そう。ありがとう。あたし達が彼女を探してくるわ!」

ソファへふわりとスライムを乗せ、彼女が微笑んだ。

「‥本当?」

「私たちロザリーとはお友達なのよ。だから信じて‥ね?」

アリーナが屈み込むとスライムを安心させるよう笑む。

「…うん。きっと‥みつけてね。ボク待ってるから。」

「ええきっと。」

スライムを残し、一行は部屋を後にした。



「ソロ! 姫様!」

塔を降りると、クリフトがライアンと共に駆けて来た。

「なにやら大変な事になったようです…」

「ああ‥うん。彼女が人間にさらわれたんだろう?」

「ええそうです。ん? ‥塔には誰も居ないと聞きましたが?」

「ああ‥ヒトはね。スライムが教えてくれたんだ。」

「そうでしたか‥。ブライ様がトルネコさんと今、村長の家に詳しい事情を聞きに行って

 るのですが…。ソロ達が一番詳しい情報を得たようですね。」

「…うん、そうだね。」

ソロが堅い表情で頷く。

最悪の事態を想像し、誰もが言葉少なになっていた。





戻ったブライ達と合流した一行は、イムルへと赴いた。

散会し、情報収集を行った結果――



以前訪れた時、不思議な夢を見せていた宿屋での夢が変わった‥と知った。



「‥どうやらみんな聞いてきたみたいね、その話。」

村の中央にある噴水広場で、集めた情報を報告し合うと、アリーナがふう‥と嘆息した。

「村はこの話題で持ち切りですよ。それと…その夢の数日前の突風ですね。」

「ああ‥なんでも、大きな爆発が東の森であったとかっていうアレ?」

トルネコの言葉を受け、マーニャが話した。

「私は閃光の後、突風に見舞われたと聞きました。」

クリフトが補足すると、アリーナが考え込むよう俯いたままのソロへ視線を移した。

「‥どうする、ソロ。東の森‥行ってみる?」

ソロはゆっくり顔を上げ、ふ‥と東へ目を向けた。

口を一文字に閉ざし瞳を眇め向き直ると、それぞれと視線を交わし、小さく吐息をついた。

「…東の森へは行かない。‥今夜、ここに泊まれば…きっとなにか解ると思う。」

夢は前のと同じ少女と青年のもの‥と村人たちは話していた。       
吐息→ためいき

そして…夢の中で‥‥‥

ソロは視線を落としたまま、小さく頭を振った。

「…そうじゃな。夢を確認せねばならんのう。あ奴の夢なら尚更…な。」

「それでは、早速宿を手配して来ますね。」

トルネコが立ち上がると、ライアンもそれに続き宿へと向かった。





宿へ到着すると、部屋割りを終えた後、ブライやアリーナに捕まり立ち話に付き合わされ

たクリフトは、ソロが独り宿を出てしまった事に気づかなかった。

今夜の部屋に荷物だけ残し外出したらしい。

クリフトも同じように荷物を置くと、彼を探しに宿を飛び出した。



(‥‥ソロ…。)

クリフトは村の子供達の導きで、彼が登って行ったという千年杉の元へやって来た。

村で一番高い樹木。その天辺に、ソロは登ってしまったようだ。

下から見上げてもその姿は確認出来なかったが、何故かそこに居る事を、クリフトは確信

した。村一番の高い場所…そこを目指したソロの意図が見えたから。



ソロは北風が地上よりも冷たく突き刺す千年杉の天辺で、東の森を静かに見つめていた。

深い森が広がる東の地。

彼の視線は、一面の緑が不自然に途切れて見える箇所を捉えている。

「ロザリー…」

ぽつんと呟いた後、彼はぎゅっと唇を引き結んだ。



人間にさらわれた――そう聞いた時から、予感はあった。

けれど…

イムルへ来て、夢の話を断片的とはいえ耳にして。

ソロは途方もない闇が足元から広がってゆく感覚を覚え、ひどく落ち着かない気分に見舞

われた。

それがなんであるか…ソロは気づかぬよう、思考に蓋をし、ただ漫然と、欠けた深緑を

いつまでも眺めていた。



西の空が茜色に染まり始めた頃。ソロは小さく嘆息し、樹木を降り始めた。

「…クリフト。‥どうして…?」

地上に降り立つと、それを待っていたかのように、幹へ寄りかかって居たクリフトがソロ

を迎えた。

「‥なかなか降りていらっしゃらないから、心配しましたよ。」

そう言って苦く微笑ったクリフトが、ソロの頭に手を乗せる。

「…オレを‥待っていて‥くれたの?」

「…本当は、上まで迎えに行きたかったのですけどね。」

そっと肩を抱き、すまなそうにクリフトが話した。

「クリフト‥。いっぱい心配させちゃった‥?」

労るような仕草に、ソロが身体を預けながら訊ねた。

「ええ‥とてもね。」

「ごめん。…でも、なんか嬉しい‥って言ったら、怒る?」

ソロはふわっと顔を綻ばせると、クリフトの腕に自分の腕を絡ませた。

「嬉しい‥?」

「‥船の旅の時さ。アリーナがマストに登っちゃうと、必ずクリフトが下で見守ってたで

 しょ? アリーナはいいな‥って、ずっと思ってた。大事にされてるんだな‥って。」

「ソロ‥」

「なんだかそれ思い出しちゃった。‥ありがとね、クリフト。」

「可愛い事言ってくれますね。」

クリフトはくすっと笑うと、ソロの頬に手を添えた。

「クリフト‥」

向かい合わせに立ったソロの両頬を掌で包み込み、そっと仰向かせる。

クリフトはそのままゆっくりと顔を近づけ口づけた。

「クリフトって、結構大胆だよね。」

優しくに触れ合っただけの唇が離れると、ソロが小さく笑って彼の腕に手を回した。

大分薄暗くなって来たとはいえ、少し歩けば通りに出る林の中である。

そんな場所で躊躇いなく口づけられて、意外とばかりにソロが笑んだ。  

「自分でも驚いてますが…こういうのは不味かったですか?」

「ううん。ドキドキくすぐったくて‥嬉しい。」

…普通の恋人同士みたいで。口には出せなかったが、ふとそんなコトを思い、微笑むソロ。

彼のはにかんだ笑顔を優しく見つめ、クリフトも笑みを返した。

「‥さ、そろそろ宿へ戻りましょう。お腹空いたでしょう‥?」

昼食をいつもの半分しか食べてないソロを気遣い、クリフトが声をかける。

「…宿。…ん、戻らなくちゃね‥」

ソロはサッと顔を曇らせると、小さく自分に言い聞かせるように呟いた。





「ソロ、本当に大丈夫ですか?」

宿の部屋。風呂と食事を済ませ部屋に戻ると、今夜は一人で寝る‥と言い出したソロに、

心配顔のクリフトが重ねて訊ねた。

「うん、大丈夫だって。クリフトは心配性だなあ‥。」

「けれど…」

どう見たって[大丈夫そう]に見えない彼を案じ、クリフトはベッド端へ腰掛けたソロの

前に立ち、そっと彼の頬を掌で包んだ。

ソロは明らかに[イムルの夢]を回避したがっている。

今回の夢に関しては、誰もが気の重さを感じていたが、ソロの場合、思い詰めた様子が抜

きん出ているだけに、クリフトは「大丈夫」と言い張る彼の主張をあっさり飲めずにいた。

「…本当に、大丈夫だよ。…覚悟はしてるし。」

後半伏せ目がちになったソロが声を掠れさせた。

「ソロ‥。隣‥空けておきますから。無理‥しないで下さいね?」

クリフトは優しく言い聞かせると、額と頬へキスを落とした。

「クリフト…」

不安げに瞳を揺らしたソロが顔を上げる。瞳が交わされると、ソロは小さく微笑を作った。

「‥おやすみなさい。」

ぎこちない微笑の後告げられて、クリフトは微苦笑して返し、嘆息する。

心細い夜に独り寝するのは苦手だと、最近ははっきり甘えるようになっていたのに。

今夜の夢がどんなに重くても独りで受け止める…そう言った言葉を曲げる気はないらしい。

「おやすみなさい、ソロ。‥待ってますからね。」

ゆっくりと温もりを移すような口接けが解かれると、彼を抱き寄せたクリフトが、念を押

すよう囁いた。

「‥ん。ありがとうクリフト。」

ソロはこつんとクリフトの肩に額を預け、そう小さく応えた。



深く沈んでゆく感覚から一転、ふわりとした上昇感に包まれたソロは、ぼんやりした緑が

鮮明な景色へ変化するにつれ、景色とは不似合いな男の罵声を捉えた。

森を抜けた原に、数人の男達が何かを囲むよう立っている。

「さあ泣け! 泣いてルビーの涙を出すんだ!」

苛立った声音で怒鳴りつけた男が、桜色の髪をグイっと引っ張った。



――ロザリー!!



豊かな桜色の髪に気が付くと、ずっと遠くに見えてた彼らの姿が間近に迫った。

男達の中心に倒れていたロザリーの姿も、はっきり見える。

薄いピンクのドレスが泥に汚れ、あちこちに傷を負っているのがはっきりと。



――酷い! こいつらロザリーに一体なにを‥!?



男達は「ルビーの涙を流せ!」と強要しながら、彼女に暴力を奮っているようだった。

気丈な彼女に業を煮やしたのか、その暴力がどんどんエスカレートしてゆく。

男達の非道な行為を止めたいと、どれだけ強く思っても、ソロは夢の傍観者でしかいられ

なかった。

彼女が傷ついてゆくのを、ただ見ているだけしか出来ない。

悔しさに身を震わせていると、一陣の風と共に銀髪の魔族が現れた。



――ピサロ!



ソロはぎゅっと拳を握り締めた。



「‥貴様ら! ロザリーに何をしたっ!?」

ロザリーの様子を瞬時に見て取った彼が、怒りを露に男達を糾した。

男達はその凄まじい殺気に当てられたのか、顔面蒼白のまま身を硬直させる。

次の瞬間、ピサロの指をつま弾く動作と同時に焔弾が走り、彼女を取り巻いていた男達が

次々弾き飛ばされて行った。

あっさり制裁を終えたピサロが彼女に駆け寄る。

「ピ‥サロさ‥ま…。来て…下さったのですね‥‥‥」

傷だらけのロザリーをそっと抱き起こすと、彼女がふっ‥と意識を取り戻し微笑んだ。

「私の…最後のわがままを‥聞いて下さい‥‥‥。

 どうか‥どうか‥‥野望を捨てて、この私と‥‥‥。‥‥‥‥」

息も絶え絶えに語りかけながら、ロザリーはゆっくりと、手を心配顔を浮かべる彼の頬へ

伸ばした。彼女の指先がやっと彼へ届いた刹那、はた‥と動きが止まり、力無く落ちてゆ

く。それはまるでスローモーションのように映った。

静かに綴じられた瞳からこぼれた滴が、紅の塊に変化し地面へ落ちる。

それきり、彼女は沈黙した。                     
塊→ルビー

「ロ‥ロザリー!」



――ピサロ‥



慟哭を思わせる悲痛な叫びが木霊する。

ソロは涙でぼやける視界の中、彼をじっと見つめていた。



「…許さんぞ! 人間どもめ!

 たとえ私がどうなろうとも、一人残らず根絶やしにしてくれん!」



――ピサロ‥! もう…駄目なのか?



「‥ピ‥サロ。」

ソロがぽつんと呟くと、涙が一滴伝い落ちた。

「…ソロ?」

ベッドサイドに居たクリフトが、深く眠ったままのソロを心配そうに窺った。



既に日が昇りきっているというのに。ソロに目を覚ます気配はない。

ミネアもまた眠ったまま‥という事で、ブライと不思議な夢の作用かも知れないと話して

いたのだが。

昼近くなっても目を覚まさない彼の側で様子を見守っていたクリフトは、小さな呟きを聴

き逃さなかった。

(…ピサロ? デスピサロ…?)

夢の登場人物なのだから、その名が上がっても不思議はない。だが…

哀しげに眉を寄せるソロの目端からこぼれる滴を、クリフトがそっと拭う。

「‥ピサロ‥‥‥」

その名が再び上がる。切ない呼びかけは、どこか情感帯びて響いた。

『‥‥魔族‥だよ。

 ‥勇者‥なのにさ。そんな奴‥好きになっちゃったなんてさ。』

ふと、クリフトは以前ソロが[好きな相手]について語った時の事を過らせた。

自嘲するよう微笑を作った後、項垂れてしまったソロ。

あの時の言葉が蘇る。



――まさか‥



好きになってはいけない相手だと…そうはっきり告げた彼。

ただの魔族‥でなく、仇だったから…そう考えれば、頑なに隠していた理由も説明がつく。

だがしかし…



クリフトが困惑顔でソロを見つめていると、彼が静かに目を覚ました。