「本当に良いのか?」

宿の部屋。朝食を終えて戻った所で、ピサロが念を押すよう訊ねた。



ここはゴットサイド。

ソロが回復するまでの間、異界へ通じる洞窟への探索を進める一行だったのだが‥

今日のメンバーにはピサロとクリフト両人が選出されてしまった。

それまでは、必ずどちらかがソロの側にあっただけに。1人残してゆく事が躊躇われて、

ピサロが再度確認して来たのだ。

「大丈夫だって。いつもみたく、夜までには帰れるんでしょう?

 アリーナの言う通り、2人の連携だって、絶対大切だよ。がんばって来て。」

「‥ソロは無茶しないように過ごして下さいよ?

 大分回復してるから…と、張り切り過ぎないようにね?」

にっこり請け負うソロに、クリフトも渋い表情で重ねさせた。

順調に回復しているせいか、最近身体慣らしと称した運動も始めたソロだ。

「うん。さ‥そろそろ行かないと。アリーナ達が待ってるよ。」

2人の頬に軽くキスを贈って、ソロはその背を押して促した。



「行ってらっしゃい!」

宿の入り口で一行を見送って。ソロはクルリと踵を返した。

「あら‥ソロ、どこ行くの?」

一緒に見送りに立っていたマーニャが、宿の中へ戻らない彼に声をかける。

「うん、裏庭。今日はライアンに稽古つけて貰おうかと思ってさ。」

「稽古‥って。あんた、いくらなんでもそれは早過ぎない?」

「大丈夫。ちゃんと加減して貰うもん。」

呆れる彼女に笑んで返して、ソロは小走りして行ってしまった。

「‥あ〜あ。怒られるのはあたしらなんだけどねえ‥」

ぼやくマーニャに、隣に居た妹がクスリと微笑む。

「‥とりあえず。無茶しないように。見張りに行きましょう、姉さん。」



ライアンとの稽古は、その辺を心得てくれてた彼の配慮もあって。適当な所で切り上げら

れた。部屋に戻ったソロが自室で汗を流して、姉妹の待つ食堂へと向かう。

「あ、来た来た。ソロ‥!」

待ち兼ねた様子で、食堂に足を踏み入れたソロを、マーニャが呼んだ。

「マーニャ。ミネアも‥待たせてごめんね?」

席に腰掛けながら、ソロが小さく謝る。

「ううん、そんな事。それより‥疲れてはいない?」

「平気。本当にみんな心配性だよね。」

気遣ってくれるミネアに苦笑して、ソロはテーブルに置かれたグラスを手に取った。

ごくごくと水を煽って、テーブル上の果物を見つめる。

「‥これ、食べていいの?」

「ええもちろん。何か剥きましょうか?」

「それと飲み物でしょ? 何がいい?」



「おや‥賑やかですね。」

幾つか果物を切り分けて貰って、談笑しながら食べていると、ライアン・トルネコが食堂

へとやって来た。

「あ‥トルネコ。ライアンも‥。よかったら一緒に食べない?」

にっこりとソロが勧めて。丸テーブルの椅子を増やした彼らはそのまま昼食をとって。

食事後解散となった。



「え‥と。適当に腰掛けてくれていいよ。」

部屋に戻ったソロに同行して、マーニャ・ミネアが彼の部屋へとやって来た。

窓際のベッドに腰を下ろしたソロが促すと、姉妹も真ん中のベッドに腰掛ける。

「ソロ。あたし達のコトは気にしないで、休んでくれていいのよ?」

「…でも。見張られてると、眠れそうにないんだけど‥」

昼寝する‥と戻ったのに。しっかり付いて来られてしまったソロが眉を下げた。

「あら。やっぱりクリフトさん達のようには行かないかしら?」

困った顔のソロに、ミネアがクスリと笑う。

「クリフトはともかく。新参者の魔王にまで負けちゃうなんて。納得行かな〜い。」

片肘ついてぶすっと呟くマーニャ。

隣でミネアがクスクス笑って、ソロがきょんと瞳を丸くする。

「ソロってば、すっかり魔王に懐いちゃってるわよね。

 付きっきりで看病されて、絆されちゃった?」

ずい‥と彼女に迫られて、ソロが僅かに退く。

「絆され‥って。別に‥そんなコトないよ? うん。」

ほんのり頬に朱を走らせて、ソロが笑んで見せる。その艶帯びた顔に、マーニャがそっと

手のひらを宛てがった。

「う〜ん。相変わらず、お肌つやつやね‥。線は細くなっちゃったけど。でも‥しっとり

 お肌に磨きかかって。‥ぼんやりしてると、食べられちゃうわよ? 魔王サマにも。」

顔を間近に寄せたマーニャが、眉を顰めて言いさした。

「案外もう食べられてたりして‥?」

冗談粧すマーニャだったが。途端、ソロの顔が真っ赤に染まる。



――ビンゴ?!



姉妹が「え?」と顔を見合わせた。

「も‥もぉ、マーニャってば、冗談ばっかり…。

 オレ。やっぱり寝るからっ! おやすみっ!!」

あたふたしゃべったソロが、布団を被って横になった。

「‥ちゃ、ちゃんと休むから。わざわざ付いてくれなくても大丈夫だよ?」

頭からすっぽり覆ってしまった布団越しに、ソロが姉妹に伝える。

「‥じゃ。私はお暇するわね、ソロ。」                   
お暇→おいとま

ミネアがすっと立ち上がって、布団にそっと触れ話しかけた。

「あたしは残るわよ、ソロ?」

「でも…悪いし‥‥‥」

「何言ってるのよ。いつものお邪魔な奴が居ない時くらい、好きに居させてよ。

 あたしが、ソロの側に居たいの。」

「…うん。‥おやすみなさい…」

「おやすみ、ソロ。」

会話が途切れた所で、ミネアがそっと部屋を退出した。

残ったマーニャが傍らの椅子に移り、動く気配の見えない布団を黙ったまま見つめる。

しばらく見守っていると、寝息らしいものが届いて来て、マーニャはそっとソロの顔だけ

布団から覗かせた。

「‥ホント。相変わらず寝付きいいんだ。」

クスリ‥と笑みが浮かぶ。

スウスウと整った寝息が繰り返される寝顔を見つめて、マーニャがひっそり嘆息した。

ソロと一番付き合い長いのは自分達なのに。

彼が一番大変な時に側に在る事も出来ないくらい、距離を引かれてしまった。

知らない事が増えてしまった――

それが‥なんだか寂しい。

「‥頼ってくれないのね。…ずっと‥」

ピサロと実際どんな仲なのか。それは判らないけれど。…でも。自分よりも身近な存在と

して、彼の中にあるのだろう事は容易に想像出来て。マーニャはもう1つ吐息を落とした。




『その子には父も母もありません――』

突き放すような女の声に、ソロはぶるりと震えた。

ぼんやりとした光の中。仄かに白く浮かび上がる人影‥

『独り生まれ独り還る…そうね、ソロとでも贈りましょう。

 独り…ぴったりでしょう、その子には。』

昏い絶望をぶつけるように、その声は冷たかった。

カチャリ…

扉の開く音が、やけにはっきり届く。

一歩遠退いた人影は、射し込む陽光に照らし出されて。白い影の姿がはっきり映った。


―― 一対の白い大きな翼。流れる金の髪。


蒼い瞳が捉えたのは、ただ‥それだけ。



『独り…ぴったりでしょう、その子には。』



バッ‥と、ソロは跳び起きた。

魘されてるのを心配し覗き込んでたマーニャと、危うくぶつかりそうになる。

「‥びっくりした。ソロ‥大丈夫?」

「はあ‥はあ‥‥。な‥んで‥‥‥?」

ぎゅっと拳を握り込んで、ソロがぽつんと呟いた。

じっとり汗ばむ身体。治まらぬ動悸。クラクラとした酩酊感‥

ずっと昔。物心ついた頃には始まっていた悪夢――

それが、今の…夢?

ソロが口元を歪めさせると、嗚咽が漏れた。

「ソロ‥!?」

「ふぅ‥っ、ひ…っく…」

堪らずに泣き出してしまったソロが、しゃくり上げ、ぽろぽろ零れる涙を拭う。

「オレ‥オレ、いらないんだ…!

 いらなかったんだ‥! 初めから‥! 誰も‥‥‥!!」

「ソロ‥? 何言ってるの?」

「‥ソロってね、[独り]って意味だって。知ってた?

 ずっと独りぽっちなんだ‥って。だから付けたの。」

皮肉気に顔を歪めて、心配顔の彼女に口の端を上げ、ソロは吐き捨てた。

「だから‥オレ、ずっと独りなの。みんな‥居なくなっちゃうの。」

「何言ってるのよ‥? あんたは独りじゃないわ。こうして‥側に居るでしょう?」

語尾を悸わせ涙を落とすソロ。そんな彼の頭をそっと抱き寄せて、マーニャが優しく言い

聞かせた。

「‥違うもん。居なくなるんだもん。知ってるの。誰もいらないんだ…」

「いらなくなんかないわよ! 誰よ、そんな事言う馬鹿は!?」

頭を掻き抱いて、マーニャが怒気を含ませ質す。

「‥‥‥知らないヒト。」

理解していながら、ソロはそう答えた。

「馬鹿ね。知らない人の言葉なんて、無視よ。あんたはこのマーニャさんより、知らない

 人の言葉を信じる訳?」

「でも…だって‥‥‥」

「さ‥話して。悪夢はね、人に話すとなくなるんだから。」



「何よ、それ!?」

少し落ち着いたソロが、たどたどしく夢の内容を語ると、マーニャが怒りに拳を震わせた。

「本当に馬鹿ね。せっかく授かった我が子を抱かずに預けちゃうなんて。そんなだから気

 づかなかったのよ。あんたがどれだけ愛しい存在だったのか。」

「マーニャ‥」

「いらない筈ないじゃない。女はね、十月このお腹の中で育むのよ?

 愛してなくちゃ、出来ないわ。」

ソロの手を自らの腹に導く。不思議顔を浮かべる彼の手を自身の頬へ持って行くと、自ら

の手も重ねさせて、確信を示すよう頷いた。

「‥でも。じゃ‥どうして‥‥‥?」

「う〜ん‥推測だけど。多分ね‥旦那さんを深く愛してた彼女は、彼を失ったショックが

 あまりに大きくて、壊れちゃったのよ。何かが…。余裕‥なかったのね。」

「…ピサロが。ロザリーの為に、進化の秘法を使ったみたいに‥?」

「そうね。多分‥。

 ま。だからと言って、ソロを傷つけていいなんてならないんだから!

 目の前に現れてくれたら、殴ってやるわよ、思い切りね!」

「頼もしいね、マーニャは‥」

くす‥と微かに綻ばせて、彼女の肩に頭を預ける。

強ばっていた表情が和らぐのを見たマーニャも安心して、彼の背に腕を回した。

抱きしめようと、その手のひらがソロの背を滑る。

途端、ソロが腕を突っぱね、彼女から離れた。

「…ソロ‥? あんた‥‥」

「‥‥やっぱり、駄目なの。…ごめんなさい!」

惑う瞳から、背の異変に気づかれたと悟ったソロが涙ぐみ、身を翻した。

「ソロ‥!」

あまりに機敏な反応に、出遅れたマーニャの手が空を掴む。

ソロは窓から外へ飛び出し、移動呪文で飛翔した。

「ソロ‥!!」

慌てて窓辺へ向かう彼女が、その方向を見定め追いかけた。





知られた。知られた。知られた―――!!



きっとみんなもオレが厭になるんだ。こんな変なオレなんて…!



ソロは呪文を途中で解いて、見知らぬ岩山に降り、泣き崩れた。

わんわんと喉が涸れるまで泣いて、今日初めて気づいた孤独の元凶を思い知る。

ソロはふ‥と空を仰ぐと、口を堅く結んで、もう一度呪文を唱えた。