弔いを済ませてしばらくは留まっていた姉妹も、モンバーバラへと戻り、長く留まっていたピサロも帰る事が決まったその日。
ソロはぼんやりと、村の境界に設置されていた古びた木のベンチに座って、静かな村の風景を眺めていた。
シンシアが眠る彼女がお気に入りだったその場所はここからは見えないが。その方角をぼんやり眺めて、またぽろぽろと込み上げて来た涙を無造作に拭った。
彼女が亡くなった後、1週間は真新しいその墓の前で泣き続けていたが。
10日が過ぎる頃には、村に留まってくれている仲間に、
「もう大丈夫だから‥」
と作り笑いながらも伝えるまでには落ち着きを取り戻した。
結局クリフトがこのまま留まる事をソロも納得したので。姉妹は数日後に町へ帰る事になり、ピサロもなんだかんだと職務が多忙になってしまった事もあって、今朝城への帰還をソロに告げた。
なので。
貯まった書類等を運ぶ為の荷造りを、すっかり彼の部下のようにこき使われているクリフトと共に行っている最中だ。
ソロは毎日欠かさないでいる墓参りを済ませて、その足でふらりと、この村はずれにあるベンチまでやって来たのだった。

「ソロ‥こちらでしたか‥」
しばらく流れ続けた涙も乾いた頃、クリフトが安堵した様子で彼へと声を掛けた。
「クリフト。あ‥ごめん、オレも手伝うって言ってたのに‥」
墓参りの後真っ直ぐ戻るつもりだったのを思い出して、ソロが申し訳ないと謝る。
「いいんですよ、それは。」
まだ残る涙の跡に気づいたクリフトが、労る仕草で彼の頬にそっと触れた。
「なんか‥油断すると出て来ちゃうみたいなんだ‥」
えへへ‥と自嘲気味に微苦笑浮かべるソロに、クリフトが柔らかく微笑う。
「いいんですよ、まだ‥。あれからそう日も経ってませんし‥」
コクンと小さく頷いて、それから大きく息を吐ききった。
「ありがとう、クリフト。それで‥作業は終わったの?」
「ええ。」
「それでピサロは? もう行っちゃったの?」
「いいえ。荷物運び出すには人手が要りますから。迎えは昼過ぎになるとの事でした。」
「そうなんだ。結構色々運び込んでたもんね‥」
「そうですね。予定より早く荷造りも済んだので。
私はてっきりソロの元へ向かったのだと思ってたのですが‥」
「こっちには来てないよ?」
「そのようですね‥」
キョロと周囲を見渡して、クリフトが嘆息する。
「‥村には居ないみたいだけど。遠くにも行ってない‥かな?」
ソロも同じように周囲を探って。それからふと背面に広がる森へ目を止めた。
「多分‥こっち‥」
言って、ソロはテクテクと歩き始めた。
道らしきものなど全くない森の中を、ソロは迷いなく足を進めた。
「‥ここ。なんだろう? 知っている‥気がする‥」
歩きながら、ソロが不思議そうにこぼす。
記憶の中の森よりも光が少なく感じたが。ソロは酷く懐かしい思いに包まれていた。
そして、彼の後ろを歩くクリフトは、森の様子を眺めながら、幼いソロが熱心に語っていた話を思い出していた。
「あ‥」
しばらく歩いて、少し開けたその場所にどっしり根ざした巨木が見えた。
太い根が大地にしっかり張られたその樹木の根元に、探し人の姿もあった。
「おや‥眠っているんですかねえ‥? ソロ?」
足を止めたソロの背後から前方を眺めたクリフトが、そう暢気に呟いたが。
ソロがそのまま動かないのを不思議に思い、様子を窺った。
「‥とう‥だったんだ‥。」
ぽつんとこぼしたソロが、そういうとしゃくりあげた。
その声に反応したよう、目を閉ざしていた魔王が顔を上げる。
紅い瞳と涙に潤んだ蒼い瞳が見交わされる。
「‥本当に。こぼれ落ちそうだな。今でも‥」
「落ちないもん‥っく、ふ‥ぇ‥‥っ‥」
苦笑混じりに笑われて、ソロが更に大粒の涙を落としてゆくと、彼が招くよう手を差し出した。
「ふ‥っ、ぅわあ~ん。ピサロの‥ばかあ~~~っ!」
ソロは泣き崩れながら、彼の胸に飛び込んだ。
「オレ、ずっと待ってたのに‥! どうして‥っふ、‥っく‥‥」
「‥思い出したのか?」
ピサロの問いかけに、コクリとソロが頷いた。
「ずっと待ってたから‥ピサロが来たのも、分かったんだ。
 でも‥その時オレ熱出してて。
 だから行けなくて‥ピサロ、あの時諦めちゃったでしょう?
 だから‥もう来ないんだって、オレ‥哀しくて、苦しくて‥‥だから‥」
ぽつぽつと、記憶を手繰るようにソロが語る。
「すまなかったな‥。だが、もう諦めないから安心しろ‥」
「‥うん。」
翠の髪を梳る感触に心地良さそうに目を細めて、ぽてっと彼の胸に顔を埋める。
「‥今日、やっぱり帰っちゃうの?」
頭を預けたまま、上目遣いにソロが小さく訊ねた。
まだ涙の残る潤んだ瞳で問われて、ピサロが退避ろぐ。     退避ろぐ→たじろぐ
「‥夜になったら、寄っても良いか?」
「うん‥待ってる‥」
色気を帯びた紅の眼差しに、ソロが羞恥みながら返した。
「また夜にな‥」
ソロの額にキスを落とし、ピサロが口角を上げた。
そのまま立ち上がると、空を振り仰ぐ。
「どうやら迎えが到着したらしい。私はこのまま行く。世話になったな。」
「え‥オレ達も見送りに‥」
一緒に立ち上がりかけたソロを、ピサロが仕草で制した。
「あいつらに今のお前は見せたくないから、ここで良い。」
「は‥?」
苦笑するピサロにきょとんとしたソロが、クリフトに確認するよう目線を送る。
「‥成る程。確かにもったいないですね。」
久しぶりに見る色香を纏った表情のソロに、クリフトも同意した。
「なんだよう? 2人して?」
1人理由が分からないソロが眉根を寄せて訝しむ。
「先に食うなよ‥」
「‥善処します。」
すれ違いざまぽつりと為されたやり取りは、ソロには届かない。
ぽんと肩を叩く仕草だけを見届けて。彼の背中を見送った。

「ここ‥だったんですね。」
一頻りその後ろ姿を見送った後、クリフトがソロの側までやって来て、その巨木の幹に触れた。
「うん‥オレもさっき思い出したばかりだけど‥小さな頃、オレはここであいつと‥逢ったんだ。」
そう言うと、ソロは幹に寄りかかって空を見上げた。

「この樹に寄りかかって眠ってたあいつに気づかなくて、躓いたんだよね。
 そしたら‥猫の子をつまみ上げるみたいに引き寄せられてさ。
 ジロジロ覗き込むその瞳が柘榴みたいにキラキラしてて‥
 すごい宝物見つけたんだって、ドキドキしたんだ。
 シンシアが大好きだった童話の王子様に出逢ったんじゃないかって、ワクワクした。」
ソロが懐かしそうに目を細め、記憶の引き出しを確認するよう紡いで行く。
「ずっと一緒に居られたらいいのに‥って思った。けど‥あいつとはそれきりで。
 オレも忘れてしまったんだよね‥」

「‥少し前までの賑やかさが嘘みたいだね。」
その晩。2人きりの夕食の席に、ソロが寂しげに呟いた。
「そうですね。寂しいですか‥?」
「うん、まあ‥。でもさ、それは村に戻る事決めた時に覚悟してたんだもの。慣れないとね‥」
そう笑って、ソロは食事を始めた。
2人きりの食卓は静かだったが、どこか機械的に食事をしていた今朝までとはどこか違うソロに、クリフトもホッと口元を和らげて。穏やかな時間が流れた。

そして、夜が更けて‥

「あ‥来たみたい。」
移動呪文の気配を察して、ソロがローテーブルに突っ伏していた頭を上げた。
「いらっしゃい、ピサロ。」
戸口で出迎えたソロが、訪問者をにっこりと招き入れた。
そんな彼にどこか寂しげに微笑んで、くしゃりと柔らかな翠髪を撫ぜる。
「食事は済ませたのか‥?」
「うん。ピサロは?」
「済ませて来た。」
「そっか‥えっと、じゃあ何か飲む? 飲むよね?」
そう言って、落ち着かない様子のソロがダイニングへ向かって踵を返した。
それを見送ったピサロが、居間のソファ席へと向かう。
「ふふ‥遅かったですね。やはりお忙しいんですか?」
先に着席しているクリフトが、クスクス笑いながら席を勧めた。
「‥まあな。」
ローテーブルに酒の準備がされているのを確認したピサロがダイニングに消えたソロの方を気にするよう眺めてから席に着いた。
「何を取りに行ったんだ?」
「さあ? なんだか久しぶりですね、この雰囲気‥」
クスクス笑みをこぼしながら、クリフトがグラスを用意して行く。
姉妹が帰った後は3人だけになって居たが。
ソロはずっと心ここにあらず状態だったのを思うと、感情がストレートに出ている今の姿はただただ微笑ましい。
「ソロ。お酒の用意なら、済んでますよ。」
隣室に聞こえるように声を張り上げて、クリフトがソロへ呼びかけた。
「そうだった‥えへへ‥」

戻って来たソロが、ピサロとクリフトの間に腰掛けて。用意されたグラスに手を伸ばした。
果実酒にシロップを足した水割りは、先日この家の完成を祝った時にアリーナに教わった飲み方だ。
クリフトとピサロが好む酒はソロには辛くて、一緒に楽しめないとこぼした所、勧められて。
今日初めて挑戦する事になった。
「‥どうですか、ソロ?」
「うん、美味しいかも。」
言って、くぴくぴ口に含む。
「ピサロはどお? 美味しい?」
ストレートを煽る彼を上目遣いで見つめ、ソロが訊ねた。
「ああ‥悪くはないな。」
「クリフトは?」
同じくストレートのままでグラスを手に取ったクリフトへ目線を移し、同様に訊ねた。
「ええ。美味しいですよ。」
「そっか‥良かった。」
ふふ‥と安堵したよう微笑んで、ソロはグラスの酒を見つめた。
「ずっとさ‥こんな風に同じ酒を美味しく飲めたらなあ‥って思ってたんだ。」
ソロが好む酒は2人には甘過ぎて。彼らが好む酒はソロには辛いから。1つの酒がどちらの好みにも合うよう飲めるという事が、とても嬉しかったのだと語る。
「あの‥ね、側に居てくれて、ありがとう。」
3分の1程飲んだ所でグラスを置き、ソロがぽつりと呟いた。
そのままソファの背もたれに寄りかかるよう上体を引くと、両側に座るピサロとクリフトから、彼の表情を窺うよう視線が注がれた。
「今はまだ辛いけど。でも‥オレ、分かったんだ。     
 シンシアが今際の際に伝えようとしてくれた事。    今際の際→いまわのきわ
 すぐには難しいかも知れないけど。でも‥なんかね、見つけた気がするんだ。」
ソロはそういうと、ふわりと微笑んだ。
「だから‥えっと‥ありがとう‥って。それだけ、ちゃんと伝えたかったんだ。」
見つめてくる視線に照れた様子で、後半顔を赤らめてまくし立てると、体を起こし、グラスに手を伸ばした。
コクコクと喉の渇きを潤すように、グラスの水割りを一気に飲み干す。
そんな彼の姿を眺めるピサロとクリフトの視線がふと絡むと、互いに安堵の微笑を浮かべた。
「居てくれてありがとう‥は私も同じですよ、ソロ‥」
そっと髪を梳った指が腕を伝って手のひらへと絡められる。
「そうだな‥お前が居なければ、今はなかった‥」
徐に伸びた手が手首を掴むと、恭しくその甲へと口接けが降りた。
「クリフト‥。ピサロ‥」
両手をそれぞれに握られて、ソロが目元を染める。
グラスを置くタイミングを待っていたかのように、両サイドから伸びて来た手が彼の動きを制すると、ほぼ同時に左右の頬に口接けが降りた。
「愛してるぞ‥ソロ‥」
「愛してますよ‥」
唇が離れて行く前に、耳元で囁くよう告げられて。ソロはびくんと体を震わせた。
「‥レも。‥オレも‥っ‥‥‥」
真っ赤に染まった顔をくしゃりと歪めて、ソロがぽろぽろと涙をこぼす。
「愛してる‥っから‥」
「‥やっと言ったな。」
そう苦笑すると、ピサロはぐいっと顎を上げ口接けた。
するりと入り込んだ舌が、その想いの丈を知らしめるよう情熱的に彼の内を翻弄する。
久しぶりの濃厚な接吻に、唇が離れた後にはすっかり息が乱れてしまった。
クッタリと傾ぐ身体を支えたクリフトが、離れたピサロに代わって顔を近づける。
「ようやく、聴けましたね‥」
そう微笑んで、クリフトは濡れた唇を指の腹で拭うと口接けた。啄むような口接けを繰り返しながら、息が整って来た頃合いに深く交わっていく接吻が解かれると、3人はそのまま部屋を移動した。

村に戻ってから初めて合わさる肌の感触は、強いアルコールよりも強烈な熱を生じさせ、酩酊させた。
そんな熱に浮かされながら、ソロは走馬燈のようにこれまでの出来事をふつふつと蘇らせていた。

――シンシア。
あの日――勇者の使命を託されたあの時。
村の皆の命と引き替えに残されたオレだから‥
勇者になる事以外考えられなかったけど‥
その使命を果たした後なんて、本当にはどうでもいいと感じてたのかも知れない。
だって‥そこで全部終わると思っていたから――
でも‥違ったんだ。
命はいつだって変わってゆく。流れる時間の中で確実に――
その変化にただ流されるのか。自分が望む世界へと歩き出すのか――

紅の瞳と視線が絡み合うと、ドクンと鼓動が跳ね上がった。
ドロリと粘り気を帯びた熱い想いが渦巻いてくのを思い、ソロの吐息が熱を孕む。
触れ合う箇所からも熱気が沸々と籠っていくので、喘ぐしか出来ない。
汗ばみ貼りついた彼の前髪を背後から伸びた手がそっと搔き揚げて。
視線を送ると空色の瞳が微笑んだ。
トクトクと安らぎを覚える温かな想いが波紋のように広がってゆくのを思う。
自分は何度、この瞳に癒された事だろう‥?

いつも貰うばかりだったけれど‥これからは――

ソロは彼らの熱を受け止めながら、これからに思いを馳せる。
光溢れる未来を紡ぎたい‥そんな事を漠然と思いながら、ソロは温かな思いで満たされるのだった。
 

6章END‥
 

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