気球は海を越え、やがて陸地が近づいて来ると、月明かりに見知った山脈の影が浮かび上

がっているのが確認出来た。

ブランカ城を越え、周囲を高い山に囲まれた失われし故郷の入り口に、気球は静かに降り

立った。

「‥ありがとう。送ってくれて‥」

「困った事があれば、いつでも来なさい。天空城は常にお前を歓迎する‥」

人間の姿に変化した竜の神が、そうソロに声をかける。

「うん‥ありがとう。でも‥オレは大丈夫だよ? だって‥独りじゃないもの…」

ソロはモンバーバラを発つ前に指に嵌めたリングを大切そうにもう一方の手で包み、仄か

に微笑んだ。

翼を手折ってくれと天空城へ乗り込んだ時の悲愴感も不安も、今の彼からは感じられない。

不安定な心を安寧へと導いたのは、共に旅した仲間であり、彼らの存在なのだろう。

「そうだったな…。その絆を大切に‥お前が信じる道を行くが良い。」

「それで…いいの?」

「ああ‥構わぬ。言ったであろう? 真の巨悪は倒れたと。そういう事だ。」

途惑いがちに訊く彼に、壮年の紳士がはっきりと頷いた。

「…でも。本当に‥いいのかな? 村の皆の仇‥なのに。オレ‥‥‥」

すっ‥と身を翻して、雑草に飲まれつつある滅ぼされた村を見つめ、ソロが呟く。

「それは…私よりも適任者が、後程回答をくれるであろう‥」

「適任者…?」

振り返ったソロに、紳士がどこか切なげに頷く。

『‥ではな。また会おう‥ソロよ…』

更に詳しく問いたげな彼を残して、竜の神は変化を解くと天へと昇って行ってしまった。

「適任者って…何だろう‥」

クリフトかな?それともミネア?‥首を傾げたソロだったが。そのうち分かるだろうと、

考えるのを止め、村の奥へと歩きだした。

破壊され、人が居なくなって朽ちるままにされた村は、雑草が破壊の痕跡を覆い隠すよう

生い茂っていたが、シンシアお気に入りの花畑は、毒の汚染が酷かったのか、草1本生え

ておらず、ソロが彼女の帽子を埋めた小さな墓標が一層の寂しさを感じさせた。

「‥‥‥‥」

ソロは無言でその場を通り抜け、村の奥に辛うじて残された大木の根元で腰を下ろした。

「ふう‥‥‥」

邪神官を倒せてから、天空城へ移動して、そのまま気球で世界を回って‥皆と別れて…

いろいろ考えなくては行けない筈なのに。あまりにも目まぐるしくて、思考が飽和状態に

なっていた。

大きく息を吸って目を瞑り、息を吐き終わる頃には、ソロは深い眠りに落ちていた。


「‥ん?」

瞼の裏に光を感じて。ソロはぼんやりと、もう朝が来たのかと目を開けた。

(違う…朝じゃ‥ない…。なんだろ…?)

光の正体は太陽ではなく、なだらかな丘を降りた先‥シンシアの花畑がある辺りにあった。

花畑の一画が円形の光に包まれていたのだ。

ソロはその不思議な光景に目を奪われながら、ゆっくり立ち上がり、慎重に近づいて行く。

光まで後数歩の距離まで来ると、輝きはピークを迎えた。

ぽん。ぽん。ぽん…光の中で花が次々咲き始める。

「これは…!」

毒に汚染されていた土地が浄化され、溢れる生命力を注がれたかのように、生き生きと花

が育って行く。無残な姿に変わり果てていた花畑は、瞬く間に有りし日の姿を蘇らせた。

(竜の神の贈りもの‥なんだろうか?)

その光景に見惚れながら、ぼんやり思う。心の中に鮮やかな想いが広がって行く‥

それは‥足りない『誰か』を思う寂しさであり、この思いを共有する者のない淋しさでも

あった。

光の奇跡はまだ終わらない。一旦消えかけたと思われた光が、うっすらとした光の柱を天

へと延ばし始めた。その先を確かめるように、視線を空へと向けたソロが見たのは、キラ

キラと輝く星がゆっくりと降りて来る様だった。

小さな星が柱の道を通って、地上までやって来る。星はソロの目の高さ程まで降りると、

輝きを増し、その刹那視界が遮られた。

目映い光は一瞬で、弾けるように光は解け、まだ明けない空の薄闇に包まれた。

光が消えた後、眩んだ目が元の視力を取り戻すと、目の前に佇む人影が在った。

(まさか‥まさか…まさか‥‥!)

ソロが信じられない思いで、その姿を凝視する。

「…ソロ‥」

か細い声音はすぐに闇に溶けてしまったが、ソロには十分だった。

「シンシア! シンシア! シンシア…シンシア〜!!」

まろびつつ駆け寄って、ぎゅうっと記憶より細い肩を抱き締めた。

「‥ソロ。痛いわ…」

クス‥と微苦笑されて、ソロが腕の力を慌てて緩めた。

「ごめん…ああでも、やっぱりシンシアだ。幻じゃない…!」

謝りつつも彼女を抱く腕はそのままで、甘えるように肩口に顔を埋め、泣き笑いする。

「夢じゃ‥ないんだよね…?」

「ええ‥夢じゃないわ、ソロ。」

「もう二度と逢えない‥って、そう思ってた…」

「私も…」

「竜の神が生き返らせてくれたの?」

「‥マスタードラゴンの計らいなのは確かだけど…でもね、長くは居られないの…」

少し淋しそうに、シンシアは答えた。

「どういう事…?」

話せば長くなるから‥と大木の根元まで移動した2人は、そこで腰を下ろし経緯を聞く事

となった。

シンシア曰く。あの運命の日。ソロに変化し、戦いに敗れたシンシアは辛うじて生命を繋

いだまま天界で保護された。だが、生命力のほとんどを失ってしまった為、身体の傷を治

癒させても、意識は戻る事なくいずれその灯火は消えるだろうと診断された。

そこで竜の神は、彼女の躰を氷に閉じ込め時間を止める事で、その灯火が消えぬよう術を

施した。彼女の生命を繋ぎ止めた媒体。それが戻れば、まだ打つ手は残っているとの判断

だったからだと言う。

「シンシアの生命を繋いだモノ…?」

「ええ。憶えてる、ソロ? 私がずっと身につけて大切にしてたお護り‥」

「うん。失くした時、酷く悲しんでたもの、よく憶えてるよ。」

「あれにはね、私の魂‥とでも言うのかしら? そういったモノと同調させる能力があったの。

 身体が致命傷受けて倒れた時の避難場所‥みたいな感じ? 蘇生呪文を施されても、

 魂が断ち切られてしまった者は蘇生出来ないでしょう? だから、余程生命力に溢れて

 いる者にしか、あの呪文て効かないのよ。」

「うん…知ってる‥」

沈んだ表情でコクンと答えるソロを、シンシアがそっと抱き寄せる。

「あの時ね…死を覚悟した後、躰を離れた魂が、戦場近くに埋もれていたお護りへと避難

 したらしいの。」

「え…お護りに? あれ‥確かオレが見つけて…確かまだ…」

「うん。あなたが見つけてくれたのは、なんとなく分かってた‥懐かしくて温かい気配を

 時々だけど、感じてたの…」

「オレも‥あのお護りには、いっぱい励まされたけど‥。でも、ずっとここに…」

腰のポーチから取り出したシンシアのお護りを、躊躇いがちに彼女に見せた。

「あなたが天空城へ初めて訪れた時、だそうよ? そのお護りはほんの一時マスタードラ

 ゴンの手元にあったのですって。その時に私の魂を凍った躰へ戻したのですって。

 その後はゆっくりと、時間かけて回復に注いでくれて‥今日、あなたの前にやって来ら

 れたって訳。」

「じゃ‥シンシアはずっと天空城に? 竜の神も意地悪だな、もっと早く教えてくれても

 良かったのに…」

「仕方ないわ‥意識が戻るまで回復するかどうかは賭けだったみたいだもの。」

むう…と膨れっ面を浮かべるソロに、寄り添うシンシアが微苦笑した。

「‥本当にね、奇跡だったのよ。あなたがお護り見つけてくれて、天空城まで運んでくれ

 た事も。こうしてもう一度、あなたと再会出来た事も…」

「シンシアの手…温かい。‥生きて‥るんだよね?」

そっと頬に触れて来た彼女の手に、自分の手を重ねさせて、ソロが確認するよう窺った。

「ええ…生きてるわ。でもね…」

「『でも』なんて聞きたくない! ずっと一緒だって、言ってたじゃないか。

 側に居てよ…今度こそ…置いて‥行かないで‥‥」

「ソロ…ごめんね。『ずっと』はもう、約束出来ないわ。だけど残された時間全部‥あな

 たにあげる。その為にここへ来たのよ‥?」

「シンシア…」

「それにもう、あなたは独りじゃない。そうでしょう?」

子供のような泣き顔を見せるソロの涙を拭いながら、シンシアがゆっくり振り返った。

彼女の視線の先を追うように顔を上げたソロが、まだ闇の濃い中に浮かび上がる人影に気

づく。

「ピサロ…」

「‥そう。あなたがピサロ。‥初めまして、元・魔王さま?」

シンシアはスッと立ち上がると、彼と向き合い挨拶して見せた。低く刺を孕んだ声音に、

ピサロが足を止める。

「あなたが滅ぼしてしまったから、何のおもてなしも出来ませんが、ようこそ。」

「シンシア…」

いつもと違う冷たい彼女の声音に、ソロが顔色を失くし呟いた。そんな彼の様子にハッと

したシンシアが、キュッと拳を握り締めると、小さく息を吐き出した。

「‥ご用件は何かしら?」

幾分口調を和らげて、シンシアが言葉を続けた。

「…異変の知らせがあったのでな。‥ソロの様子を確かめに来た。大事ないなら良い。」

「ええ。彼ならこの通り。用件はそれだけ?」

「ああ‥」

「御足労様でした。私達とても大切な話の途中だったので、用件がお済みでしたらお引き

 取り戴けるかしら?」

「‥そうだな。出直すとしよう。」

そう頷くと、彼は踵を返した。

「ピサロ…」

途惑う声が届いて、ピサロが振り返る。

「‥良かったな、ソロ。」

そう声を掛けて、ピサロは正面を向くとまっすぐ歩き出した。

遠ざかって行く背中が溢れる涙で滲んで歪む。引き留めたい気持ちの一方で、ずっと蟠っ

ていた一番のハードルが避けようもなく立ち塞がっているのに気づいて。

身動き出来ないで居るソロだった―――




2013/5/25
 

あとがき

すっかりご無沙汰しました、月の虹です。
あまりに更新出来ずにいたので‥待っていて下さった方がいるのかどうか
ちょっとハラハラですが‥
6章最後のボス戦〜EDまでがどうにか纏まったので。
こうしてUPする事が適いました。
‥いやあ。長かったです。
この邪神官との決戦に何年費やしたんだろう‥(^^;
本当に少しずつ描き進めてたのが、第2形態くらいまでの戦闘場面で。
そこから、昨年末辺りからかなあ‥続きを描き始めたのは。
ちょっと時間空いてしまった為に、戦闘どう決着つけるかとか、
もうすっかりこんと、忘れてしまってました‥(^^;
自分の脳内では、2年くらい前にはとっくに終わってる話だったのでw

まあ、とにかく攻撃を続けるしかないwと。
元々戦闘場面はほとんど描いて来てない訳ですがw
流石にこのボス戦だけは、それなりに描かないと〜と。
かなりがんばりました。自分比で。
(お待たせしてる割に大した事なかったりするかもですが‥★)

邪神官やっつけちゃえば、後はかなりサクサクっと進みましたw
今回で一応6章終わらせるつもりで綴っていて‥
ソロが村に到着した所で、困った事態が。

シンシアの件は予定通りの再会‥となったんですけど。
彼女のエピソードが少し長くなりそうなので。
どこで終止符を打つべきか、大いに悩みました。

‥で。今回UPした話の続きを更に描きあげて。
ゲームでのEDはこれでラストでいいかな‥と。

シンシアのエピソードは、また主題が変化しちゃう話なので。
6章エピローグ‥みたいな感じにまとめようかなーと。

次回は前回程お待たせせずにお披露目出来るかなーと。
希望的観測出してますが。
どうなる事やら‥

7章で描きたい話が溜まりまくってるのでw
そろそろここら辺クリアして前へ進みたいですw

―――といった所で。

ここまでお付き合い下さった方、ありがとうございました!
















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