「…では、こちらの件はそのように。あとこちらなんですが…」
朝食後。その日に行われる会議等の説明の後、昨日決定した内容の説明から、判断が必要な部分についての確認等々、マティアスからの報告を受けるのが、最近のクリフトの日常となった。
現状はお披露目絡みの案件と、それと連動して日用品等を揃えるに当たっての本人の要望等、確認されている程度であるが。それがまた、色々感覚の違いを見せつけられて。難儀していたりする。
竜の神とも相談して、公式の場ではある程度譲歩するが。日常の中で華美な衣装を求められても厳しいという点で調整して行く事となったのだが。衣装を整える部署が、気合い入れて取り組んでいるそうで。調整役として交渉しているマティアスも苦労しているらしい。
それが終わると、ニールズから今日の予定について説明があり、クリフトが立ち会う必要のあるもの、ないものを区分して、日程を組む事になる。
広すぎる部屋は、寝所以外にも書斎が区切られ、中央には談話室に使えるようにと、大きめなテーブルと座布団を配した広めの部屋を設けた。朝の話し合いは、そのテーブルで行われている。
「今日は職人さんが入る予定ないのですね。」
「はい。厨房の方はもうしばらくお待ち下さい。」
魔法道具を組み込むので、時間がかかるというのは最初に聞いていたクリフトが頷く。
「ええ。大丈夫ですよ。今のものでも、簡単なものなら作れるのですから。急いでません。」
「保存食の容器などの補充はいかがしましょう?」
ソロから届けられた食材を使って、保存食を作るのが最近の日課となっているクリフトなので。用意して貰った容器も、在庫が乏しくなっていた。
「…そうですね。出来ればお願いします。」
出せば竜の神が喜んでくれるのもあって。ついついストック増やしてしまったが。食べ頃までに時間が必要なものもあるのを思うと、もう少し揃えても良いかと思う。
「かしこまりました。今日はどう過ごされますか?」
「マティアスから預かった資料読み込んだら、手紙を書こうと思います。」
そう返すと資料をまとめ、クリフトは立ち上がった。

書斎へ移動すると机に資料を置いて椅子へ腰掛ける。
まだ物は少ないが、いずれ届く予定の本棚の代用に設置された整理棚に置かれた数冊の本の中から1冊取り出し、机に並べた。
資料を読み進めながら、時折本をめくって関連箇所を探す。
文字は問題なく読めるのだが、知らない単語が多いので。それらの確認をしながら内容を読み解くのだ。訊けば教えてくれるのだが、それよりも一度自分で読み込んで、不明点を確認した方が効率良いと考えた。
こんな風に過ごしていると、学生時代を思い出す。
あの頃は自分がこんな場所に到るとは、全く想像すら出来なかった。

「そろそろお昼になります。」
時々手が止まっていたせいか、資料の読み込みで午前中を費やしてしまった。ニールズの呼びかけに応えたクリフトが、机を整理し移動する。
窓際のソファー席は、昼食の準備が整えられ配膳を待つばかりとなっていた。
「待たせたかね?」
しばらくすると、竜の神がやって来た。
「いえ。私も席に着いたばかりです。」
神が席に着くと、グエンとニールズが配膳を始める。
グエンの仕事は基本的に変わらないが、彼への指示はニールズが行う事となった。最初こそ戸惑ったものの、食事を運ぶという明確な仕事以外の時間をどう過ごせば良いか困っていたそうで、指導役が出来たのはありがたかったようだ。
食事の後は彼らも退出して、2人きりになる。
クリフトが淹れた紅茶を飲むと、神がほう…と嘆息した。
「お疲れですか?」
「いや。こうしてゆったり過ごす時間が心地よいと思ってな…」
「そうですね…」
こくんと一口紅茶を味わったクリフトが微笑む。
天空人の前では一応よそ行きな顔を維持している神なので。クリフトもどこまで話題を振って良いか判断出来ず、気を張っている。
だから、食後の2人きりとなる時間は、クリフトにとっても息のつける時間であった。
「あ…そうだ。そろそろソロをこちらに招いて、きちんと話をしようと考えているのですが。
 手紙…書いたら、届けて頂けますか?」
「それは構わないが。呼び出しかければ、すぐ飛んで来るのでないか?」
「飛んでくるでしょうね。」
神の言葉にクスリと笑って、クリフトが返す。
「けれど…そういった慌ただしい方法は、緊急時以外遠慮すべきと思うのですよ。」
「慌ただしいかね…?」
イマイチ実感沸かないと首を傾げる神に、クリフトは肩を竦めた。
「呼ばれる方にも都合があるのですよ。
 それに、こちらにも準備が必要ですから…」

竜の神を納得させた後で。クリフトは手紙を書き上げた。
その晩寝所へ移動すると、早速それを神へと手渡す。
2通ある封書には、封がされていなかった。
「一応改めて下さい。問題なければ、封を閉じます。」
1通はソロ宛。もう1通はピサロに宛てたものらしい。
神はソロへの手紙を開いて目を通した。
それは、こちらへの招待状だった。簡単な近況と、日時を記した。
ピサロに宛てたものも、時間が異なる以外はほぼ同じ。
「特に問題はないと思うが。何故まとめて招待しないのかね?」
「ソロとの話合いがどう進むか分からないので。一応保険ですね。
 …というか。ピサロさんを招いても良いのですね?」
「ああ構わぬよ。以前も話したが、ここは君の邸だ。
 人間は流石に無理だが。
 ソロと彼なら、君が望めば招き入れても問題ない。」
手紙を封書に戻して、飾り棚へ置いた神が、まっすぐな視線を向けて説明した。
「…こちらの方々は、ピサロさんの事をどう認識されてるのですか?」
「ふむ…過去に魔王を名乗ってたが、その後勇者によって改心し、混沌の元凶を共に討ち滅ぼしたと。
 彼を知る者は、そう理解しているな。
 だからこそ、勇者一行として共に在った君に会いに来たとしても、騒ぐことはないのだが…
 まあ、彼も基本的に天界の者との接触は最小限でありたいだろうからな。
 案内役をドランに託したのだ。」
「ドラン?」
「ああ。ドランが通る道は、彼以外使えぬからな。
 この邸まで誰とも会わず着けるはずだ。」
「それって、セキュリティー上問題ないのですか?」
「私と君の許可があって、初めて使える道だからな。
 そして、ドランはああ見えて、悪意には敏感だ。
 そういったモノを嗅いだ時点で追い払うだろう。」
番犬ならぬ番竜だろうか…などと、クリフトがぼんやり考える。
「ええと…その話、当人に伝えても問題ないですか?」
ドランの案内に従えば、余人に関わらず訪問出来ると知ったら、少しは来やすくなるだろうかと、クリフトは確認した。
「ああ構わぬ。」
そう返しながらも、魔王に気遣うクリフトの姿に、もやっと蟠るものを覚える神だった。


「ピサロ! ピサロ!」
その日の午後。そろそろ昼食を…と手を止めたピサロの元に、ソロがやって来た。
「クリフトからね、招待状が届いたんだ!」
ブンブンと振っていた封書を掲げて、ソロが満面の笑みで報告する。
「3日後の午後に、待ってますって! 元気になったって!」
「そうか。良かったな。」
にこにこ話すソロの前に移動したピサロが頭を撫でた。
「うん! あ、そうそう。ピサロにもね、同じ封書が届いたよ。」
そう言って、ソロはポーチに入れていた封書を差し出した。
受け取ったピサロが、早速中を改める。
「…3日後の夕刻、お前を迎えに来いとある。」
「えっ!? ……そんな事書いてないじゃん!」
招待状には、3日後の夕刻、仕事が終わった頃に顔出して下さいとあった。
むーっとムクレるソロに、ピサロがぽんぽんと頭を叩く。
「まあとにかく、良かったじゃないか。積もる話もあるだろう?
 ゆっくり過ごせば良い。」
「うん!」
 
そして、その日がやって来た。

「今日の午後だったな、ソロを招いたのは。」
身支度を整えながら、神がクリフトに確認する。
「ええ。なので、昼食はいつもより少し早めに済ませてしまおうと思っているのですけど…」
「ああ。その方が良いだろうな。」
せっかちにやって来そうな彼の姿を想像した神がくすっと笑った。
「あ、一応伝えて置きますね。ウェド。
 ソロと話している最中に、こっそり覗き見したらダメですよ?」
クリフトが思い出したとばかりに、神へ念押しする。
「の…覗き見など。…先日のアレは、事故だと申したろう?」
ピサロを招いた際の会話が一部神に届いてたようなので。問いつめた所、神の意図でなく繋がったのだと釈明された。伴侶という存在については、神自身も不明な部分があるという。
「…まあ、そういう事で納得しましたけどね。
 ピサロさんを招いた夕刻までは、自重して下さいね?」
「夕刻?」
「彼が到着する頃ならば、貴方も同席して下さって構いませんよ…という事です。
 覗き見はダメですからね?」
「…了解した。」
更に念押しされて。神は肩を竦めて項垂れ気味に返すのだった。

その日はいつもより早めに昼食を済ませて。
食後のお茶を飲んでいた神が、カップを置いた。
「…来たようだな。」
「早めに済ませて正解でしたね。」
ふふっ…と微笑むクリフトが、グエンを呼んだ。
「お客様が到着したようなので。ここを片付けて、下がって下さい。」
彼へ指示を出すと、隣に座る神を伺う。
「貴方はどうしますか?」
「顔だけ見たら、執務へ戻る。君はここで待つといい。
 案内はニールズに任せたまえ。」
「はい。」
クリフトが頷くと、そっと頭に手を置き立ち上がった。
 
竜の神が戸口へ向かってすぐ、勝手口が賑やかになった。
「こ…こんにちは。今日はクリフトに招待されて…」
「ああ知っている。ゆっくりして行くと良い。」
どこか緊張した声のソロと、柔らかな口調で話す神の声が届く。
神と入れ違いとなる形で、ソロは邸の中へ入った。
「ようこそソロ様。クリフト様はあちらでお待ちです。」
邸に入ると天空人が彼に声を掛けた。
「あ…こんにちは。…お邪魔します。」
前回と違って、使用人らしきヒトが在る事に戸惑うソロが、疑固地なくあいさつを返し上がり込んだ。
彼に案内される形で、先日会った時と同じ窓辺のソファーセットへと向かう。
大広間の一角にあったその場所は変わっていなかったが。大広間自体は、随分と様変わりしていた。
そんな事を思いながら全体を見回したソロだったが。
ソファーの前まで歩くと、ソロを見て立ち上がったクリフトの方に視線が釘つけられた。
「クリフト…!」
タッと駆けだしたソロが、彼のすぐ前に立つ。
「久しぶりですね、ソロ…」
淡く微笑むクリフトに、コクコクと頷くソロが顔を歪めた。
「ちゃんと…本当に治ったんだね?」
「ええ。…心配かけましたね。もうこの通り、回復しましたよ。」
ぽんと肩に手を乗せて、クリフトが語りかける。
ソロは彼に勧められるまま、クリフトの向かい席へと腰掛けた。
着席と同時にティーセットが運ばれて来る。
それが並べられるのを待って、ソロは口を開いた。
「…この部屋、随分雰囲気変わったね?」
「ええ。流石にあの広い部屋で眠るのは落ち着かなかったので。
 最初は寝所を区切って貰って。書斎を設けたり、色々整えて行ってる最中なんです。」
「そっかあ…。さっきの天空人は?」
「ああ、紹介するのを忘れてましたね。
 私の身の回りを整えて下さっている方で、ニールズと言います。
 今度ちゃんと紹介しますね。」
もう下がって貰った後なので、次の機会に纏めて紹介しようと考えて、端と気づいた。その前にきちんと伝えるべき事があった事を。
「…クリフトは、この館で独りでいる訳じゃ‥ないんだね?」
「ええ。色々と手助けして下さる方が居ますから…」
神妙な顔で訊ねて来るソロに、クリフトが微笑んだ。
「ここでの生活は、大変じゃない?」
「そうですね。思っていたよりは、過ごしやすいですよ。
 最近は時間が出来ると読書に費やしてたりしますし…」
「ここの図書館、大きかったものね。」
ピサロの蔵書にも大いに興味向けていたのを知るソロが、彼の趣味に適うものが在る事にホッとする。
「あ、そうそう。差し入れのコーヒーと紅茶、ありがとうございました!
 食べ物も嬉しかったですが。ああいったモノも届けて下さって、本当にありがたかったです。」
「良かった。クリフトが毎日飲んでたものだったからさ。
 ここにあるものか分からなかったし。届けたんだ。」
「ソロが色々届けて下さったので。ここの厨房使って、簡単な料理もしてるんですよ。
 こちらの食事も美味しいですが。食べ慣れた味が、時々恋しくなるので。本当に感謝してます。」
にっこり語るソロに、クリフトも笑顔で返した。
互いににこにこ微笑んで。なんとなく持て余した風にカップに手を伸ばす。コクコクと、少し冷めたお茶を飲んだソロは、少し考えるよう顎を手に乗せた。
「…あの、さ。今更言うのもなんだけど。」
ソロが言い出し難そうに口を開く。
「…地上に戻れないって、クリフトは納得してるの?」
「…そうですね。それを知った上での選択でしたから。」
クリフトはそう静かに答えると、窓の外へ目を移した。
整えられた庭園は、天界では異質だが。クリフトから見れば地上に模した風景だ。風に揺れる緑に目を細めさせて、小さく息を吐いた。
「…あの時。私は選択を迫られました。」
手元へ目を落としたクリフトが、ぽつりと語り出す。
「…地上へ戻って天寿を全うするか。
 この天界で、竜の神の伴侶として生きる事を選ぶか…と。」
「…伴‥侶? え……?」
思いがけない単語に、ソロがフリーズする。
「私の命を繋いでくれたのは…竜の神…なんですよ。
 …長命種の竜だからこそ可能だという[伴侶の儀]を行う事で、底を尽きかけていた生命力を補う形で、私に分け与えてくれたのです…」
「竜の神が…クリフトを助けてくれた…? 生命力を分け与えて…?」
地上の者に直接関わる事はしないし、出来ない。そう聞いていたソロが、困惑露わに呟いた。
「竜の神として…でなく。ただ長命種の竜として…
 生涯に一度だけ実行出来る儀式を用いたのです。」
神の立場でなく、個人としての行動だったとクリフトが語る。
「え~と。ちょっと…待って?」
更に言葉を続けようと、口を開いた彼より早く、ソロが声を発した。
そう彼を止めた後、ソロはコテンとソファーに横になった。
「ちょっと…頭追いつかないから、ちょっと整理させて…」
くてっとソファーに頭を預けたソロが、それだけ告げて苦悶の表情で目を閉ざす。
「…では、お茶のお代わり用意して来ますね。」
クリフトは長い息を吐くと、すっと立ち上がった。
カチャカチャと食器の音が小さく響く。彼の気配が遠退くのを耳で追いながら、ソロは思考の海に落ちて行った。

――伴侶

確かにそう言っていた。
伴侶って…結婚相手の事…だよね?
結婚? クリフトが、竜の神と? 結婚!?
竜の神が言ってた方法って、それだったの?
尽きかけた生命力を補う為に…クリフトの為に…
クリフトが決断に時間欲しいって…それで…だったんだ。
そしたら…オレ達は? 
以前のままで居られないのは、分かっていた。
けど――

「…ソロ。順番がおかしくなってしまいましたが…」
ソロの頭の隣に腰掛けたクリフトが、そっと翠の髪を梳る。
「あなたとの約束は、もう果たせなくなりました。」
「…竜の神と、結婚…したから…?」
目を閉じたまま、梳る感触の優しさを思いながら、ぽつんと返した。
「ええ…。本来なら、決断する前に告げるべきだったのですけど。
 …遅くなってすみません…」
「あの時のクリフトに時間がなかったのは、分かってるから…。
 仕方ないよ…」
顔が彼へ向くよう上体を動かして、申し訳なさそうな瞳のクリフトに小さく微笑む。
「…クリフトはさ。ここで…ちゃんと幸せになれそう?」
思いがけない言葉に、クリフトが目を見開いた。
「…そうですね。多分、大丈夫だと思いますよ。」
ふわりと微笑む姿に、ソロも笑みを深めさせる。
「そっか。なら良かった…!」
満面の笑みに、クリフトの手がソロの前髪に伸びた。
額にかかる髪を掻き上げるよう梳るのは、ほとんど無意識の動作だ。
「…ね。その幸せの中にはさ、オレはもう含まれないのかな…?」
そんな動作を心地よく受けながら、ソロは探る視線で問いかけた。
「…我が儘承知で言うとですね。
 …共に暮らした家族としての絆は、失いたくありません。
 竜の神は、私が望めば、あなたやピサロさんをこの邸に招く事は自由だと仰いました。
 ですから…こうして、会いに来て下さると嬉しいと思います…」
「普通に遊びに来ても…いいの…?」
「ええ…。来て…下さいますか?」
「うん…! 良かった…!
 オレ…避けられてるかと思って…不安だったんだ…」
破顔した後、瞳に涙を溜めたソロがぽつりと漏らす。
「…すみません。私自身、色々整理ついてない状態だったので。
 それに…ソロに上手く伝える自信もなくて。つい、ずるずると…」
申し訳ないとうなだれるクリフトに、身体を起こしたソロが向かい合うよう座り直し、肩に手を置いた。
「クリフトは全然悪くないよ?
 体調悪かったの隠されていたのは、本当にショックだったけど。
 でも、今こうして元気になってくれたのは、すごく嬉しいから…。
 竜の神の事は、ビックリし過ぎて、まだちょっと混乱してるけど。
 でも…クリフトが、イヤな思いとかしてるんじゃないなら。それでいいんだ。
 …淋しくないって言ったら嘘になるけど。でも…
 クリフトが生きていてくれる事の方が、ずっと嬉しいから…だから……」 
「…ありがとう、ソロ。」
約束が果たせなくなった事よりも、クリフトへの心配ばかりをぶつけて来るソロを、やはり愛しいと思う。
クリフトはぽんぽんとあやす仕草で彼の頭に手を乗せて、微笑んだ。
「…お茶、淹れますね。」

ティーカップに粉を入れて、ポットの湯を注ぐとふわりと花の香りが舞う。差し出された飲み物を口に含むと、甘みの強い花茶だった。
「…! これ、前に飲んだのよりも、ずっと美味しい!」
「良かった。この花茶もこちらではブレンドして飲むのが一般的と聞いて。
 ソロの好みに合うよう調整してみたのですよ。」
にこっと微笑むクリフトが、彼の前に菓子の入った器を移動させつつ返した。
「クリフトが調整してくれたの? ありがとう。すごく美味しいよ。」
「こちらのお菓子も良かったらどうぞ。
 私にはちょっと甘過ぎるのですけど。ソロは気に入ると思いますよ?」
あまり見た事のない菓子に、興味津々ソロが手を伸ばす。
「…! 本当だ。甘~い。なんだろう?
 ゼリーっぽいけど、それより弾力あって、モチモチしてて…面白いね。」
ソロがにこにこと、一口サイズのお菓子を頬張る。
茶を淹れ直す際に、元の席に戻ろうとしたクリフトを止めて。同じソファーで並んで腰掛けてのティータイムに、ソロはご機嫌な様子で甘い菓子を堪能した。

こちらでの生活をクリフトが語り、ソロは村の様子等を語って。
瞬く間に時間が過ぎた。
「…ああ。ピサロさんがいらしたみたいですね。」
ふと窓の外へ目を移したクリフトが話す。
「え…もうそんな時間?」
ソロも彼に倣って窓の外を伺う。外の様子はあまり変わってないように思えたが、よくよく眺めると、影の長さが随分違っていた。
「どうして、ピサロが来たの分かったの?」
流石のソロも、彼の気配はまだ掴めないのに不思議と、訊ねた。
「これですよ。来訪者があったら連絡くれるよう伝えてあったので…」
テーブルの上にある置物だと思っていたものを指し、クリフトが説明する。飾りだと思っていた石が1つ点滅していた。それが合図となったらしい。
程なく、戸口へ到着したピサロをソロが出迎えた。
「ピサロ、早かったね!」
「こちらはまだ明るいが。地上はもうすぐ日暮れだ。」
「そうなんだ。ここに居ると、時間の感覚が分かり難いね…」
思っていたより、普通に落ち着いているソロに、ピサロが構えていたものを剥がして嘆息した。

「ピサロさん、いらっしゃい。来て下さってありがとうございます。」
ソロに引かれてやって来たピサロへ、ソファーから立ち上がったクリフトが声をかけた。
「…ああ。元気そうでなによりだ。」
クリフトは自分が座っていた席をピサロに譲って、ソロと並んで席に着くよう勧め、対面のソファー席へと戻った。
全員が着席すると、ソロがここへ到着した時にも会った天空人が給仕にやって来た。
テーブルを速やかに片付け、持ってきたカップをそれぞれ並べていく。
そのまま立ち去ろうとした彼を、クリフトが呼び止めた。
「紹介しますね。彼はニールズ。この邸での生活全般を助けてくれてます。」
「ニールズと申します。クリフト様にお仕えする事になりました。
 以後お見知りおき下さいませ。」
「オレはソロ。隣がピサロ。これから時々寄らせて貰うと思うので。
 よろしくお願いします。」
「そうですか。ソロ様の差し入れをとても喜ばれていらっしゃいましたので。
 気軽に訪ねて下さると、クリフト様も良い息抜きとなるでしょう…」
「クリフトは、忙しくしているの?」
「あ、ええ。いろいろと準備がございますので…」
ニールズはそう答えたが、それ以上質問されないようにと、そそくさと退室した。
「2人とも、ゆっくりして行けますか?」
ソロが口を開く前に、仕切り直しとばかりに、クリフトが訊ねた。
「あ…うん、大丈夫…だよね?」
「ああ。今日はもう特に予定は入れてない。」
ピサロの方を向いて伺うソロに頷くと、正面のクリフトへ答えた。
「でしたら、食事の手配しますね。」
「クリフトと一緒のご飯、久しぶりだね! …あ、でもいいの?」
「一応準備はしていたので、大丈夫ですよ。」
「そっちもだけど。あの…いつも、一緒に食事してるんだよね?」
ソロが言い難そうに確認する。
「ああ…そうですね。…2人がイヤでなければ。
 混ぜて頂けると、喜ぶとは思いますが…」
考える仕草で、クリフトがソロとピサロを見つめた。
「あ…あのね。クリフト、いつも竜の神と食事してるんだって。だから…」
ピサロに説明するソロが、クリフトとピサロを交互に見ながら言葉を探す。
「…そうか。ならばこちらは構わぬぞ。」
「ありがとうございます。では、そのように伝えますね。」

「…クリフトさ。竜の神と結婚…したんだって…」
一旦席を外したクリフトが退室すると、ソロがぽつんとこぼした。
お茶に手を伸ばしかけてたピサロが動きを止め、ソロを見やった。
「結婚…。クリフトが言ったのか?」
「ん…と。クリフトの命を繋ぐ為に、伴侶の儀…? を行ったって。」
「…そうか。…それで、共に食事を摂る事にも前向きだったのか。」
「うん。だって、ちゃんと確認しないと。
 クリフトの事、大切にしてくれてるのかとか…」
静かに問いかけるピサロに、使命感を帯びた様子でソロが返す。
「…そうか。」
「ピサロはさ…」
言いかけたソロだったが、クリフトが戻って来たのを見て口を閉じた。
「お待たせしました。
 食事の手配済みましたので、準備が整ったら移動しましょう。」
「移動…?」
「あ、ええ。ほら…この部屋、幾つか仕切ったでしょう?
 部屋の中央辺りに、大きめのローテーブルがあるので。
 そこに配膳して貰うよう頼みました。」
クリフトが仕切りを指しながら説明すると、席に戻った。
「ああ。そう言えば、大分雰囲気が変わっているな…」
「ええ。大広間はどうも落ち着かなくて。
 使いやすいよう手を加えている最中なんですよ。」
ぐるりと見回すピサロに、クリフトが答える。
「確かに、随分がらんとしてたからな…」

しばらく雑談を交わして過ごしていると、ニールズがやって来た。
「みなさん、お待たせしました。どうぞこちらに…」
彼の案内で、部屋の奥へと向かう。
四方を仕切られた空間の中央にテーブルが置かれ、4人分の席が設けられていた。脚のない背もたれがある椅子に、ソロとピサロが並んで座る。
クリフトはピサロの正面の席へ着くと、ニールズに下がって貰った。
「竜の神も間もなく到着すると思いますので。先に飲み物を選んで下さいな。」
そう言って、クリフトは用意された飲み物の説明を始めた。
「じゃあ、オレはこの甘いお酒が良いな。」
「私はこれを貰おう…」
食前酒として示された酒類はアルコール低めのものが中心だったので。
ソロも酒を希望した。ピサロは一瞬苦い顔を浮かべたものの、彼の説明を聞いて嘆息した後、辛口系のものを選んだ。
2人に酒が行き渡ると、竜の神も到着した。
「…遅れてしまったかね?」
「いえ。丁度良いタイミングです。」
クリフトがにっこり返すと、前方へ目を移した神が、ソロとピサロを眺めた。思わず姿勢を正すソロに、神が楽にするよう仕草で伝える。
クリフトは自分と神の分もグラスに酒を注ぐと、席に着いた神の前へ置いた。
「では…クリフトの快気を祝して乾杯と行こうか。」
グラスを持ち上げた神がそう告げると、3人ともグラスを手にした。

そんな風に始まった食事会は、割と穏やかに進行した。
最初は緊張した様子だったソロも、好物が並んだ食卓で、美味しい料理を味わいながら、ちびちび酒を楽しむうちにリラックスしたようで。クリフトに、こちらでの様子を聞きながら、竜の神にも話を振ったりしていた。
「…じゃあ、この邸はクリフトの部屋って事?」
天空城とは趣の違う建物、それ自体がクリフトの邸と聞いたソロが目を丸くした。
「そうだ。だから気軽に訪ねてやってくれ。
 ドランに案内させれば、直接庭先まで来られるであろう?」
「うん。ドランに頼むと勝手口の近くに案内されるね。」
「ドランは正面には入れぬからな。
 基本的にこの庭園自体、許可なく立ち入れない区域となっているのだよ。」
竜の神の説明に、ソロの隣で聞いていたピサロが納得したよう頷く。
「一種の結界が張られている場所だったのだな…」
天界は苦手だが。この邸にいる間は、そういった感覚が薄れていたので。その理由がはっきり分かってスッキリしたようピサロが口を開いた。
「そういう事だ。ここは地上を模した庭園を維持する為もあって、少々特殊な一画なのだよ。」
「庭もだけど、この建物も変わっているよね。
 天空城の中と全然雰囲気違うもの…」
「ああそうだな。ここは、古い友人の故郷を真似て作らせたのだよ。」
「友人…? そーなんだ。じゃあ、その人?の為の邸だったって事?」
「そうなるな。」
「クリフトが貰っちゃったら、その人が来た時困らない?」
「…最後に姿を見せたのは、300年程前だからな。もう…」
ソロの問いかけに少しだけ目を落として、神が静かに語った。
その表情から続いただろう言葉を予測したソロが話題を変える。
「あ、ええと…。クリフトはさ…」
言い掛けたソロだったが、ふと正面に座る神を気遣う様子のクリフトの姿が目に入って、押し黙ってしまった。
「…? どうかしましたか?」
急に黙り込んでしまったソロに、クリフトが声をかける。
「あ…ううん。何を言おうとしたか、忘れちゃった…」
はは…と笑いながら、ソロがグラスに手を伸ばした。
コクコクと甘い酒を煽りながら、正面の2人を眺める。
思った以上にずっと親密に見える姿を、ソロは静かに見つめた。
「ソロ。そろそろ暇乞いすべきじゃないか?」
ぽんと肩に手を置いたピサロが、そう促す。
「…クリフト。オレ達そろそろ失礼するよ。」
グラスに僅かに残ってた分を飲み干して、ソロが切り出した。
「今日は長い時間お邪魔しちゃって。
 美味しい食事まで呼ばれて…ごちそうさまでした。」
「いえ。私の方こそ、いろいろお話出来て良かったです。」
畏まって暇を告げるソロに合わせたようクリフトも返す。
「…また、顔出すね。村に来る日取りも打ち合わせたいし…」
残した荷物を取りに、一度だけ地上へ行けると聞いたので。詳細は後日にとソロが確認した。
「ええ、お待ちしてます。…ピサロさんも、また寄って下さいね?」
「…ああ。酒と肴持って、2人で寄らせて貰うとしよう。」
竜の神がかなりハイペースで飲んでたのを見たピサロが、そう返した。
「ふふ…楽しみにしてますね。」

立ち上がったソロとピサロと共に、クリフトが戸口まで見送る為に立ち上がる。
人払いしてあるので、邸内は他に人も居らず、足音がやけに響いて届いた。
「それじゃ…お邪魔しました。」
ブーツを履いて、引き戸を開けたソロが振り返るとクリフトへ告げる。
「…おやすみなさい、ソロ。ピサロさんも、ありがとうございました。」
「ああ。…そうだ、忘れていた。これを…」
ピサロがふと思い出したように、懐から包みを取りだした。
「なんですか?」
受け取ったクリフトが、首を傾げる。
「失われた魔法道具についての文献があったのでな。
 退屈しのぎくらいには役立とう。」
最初にここへ来た時に、興味深そうに見ていた彼を覚えていたピサロが、クリフト未読の蔵書を選んで持って来た。
「本当ですか。地上にも、そんな文献が残っていたのですね!」
ピサロの蔵書は、結構読んだつもりだったのだが。未だ目を通してない本もあったのかと、クリフトは瞳を輝かせた。
大切そうに本を抱えるクリフトに見送られて、2人は邸を後にした。

建物から離れるよう少し歩いて、立ち止まる。移動呪文を唱えようとしたピサロに、ソロが寄り添い口を開いた。
「…今夜はさ、ピサロの所に泊めてよ。」
先程まで浮かべていた笑みを消して、ソロが小さく伝える。
「…了解した。」
そう返すと、ピサロは移動呪文を唱えた。

移動呪文の光が消えると、クリフトは広間へと戻った。
「帰ったようだな…」
「ええ…。今日はありがとうございました。」
神に促されて、先程の席へと戻る。
テーブルに広がっていた食器類は、きれいに空いた器が纏められ、整頓されていた。
「片付けて下さったのですね…」
「君のことだ。散らかしたままは落ち着かぬだろう?」
フッと笑んだ神に、クリフトも笑みを返す。
「そうですね…。ありがとうございます、ウェド。」
「構わぬよ。今宵の酒は良い酒だった…」
「随分召し上がってらっしゃいましたけど。大丈夫ですか?」
「ああ。問題ない。君の方こそ、大丈夫だったのかね?」
気遣うよう伸ばされた手が頬へと触れた。
瞳を覗き込んでくる、探るような眼差しに、クリフトが淡く微笑む。
「ええ…そうですね。私は…大丈夫ですよ。多分…」
そう苦く笑うと、グラスに水を注いでコクンと喉を湿らせた。
「…正直、想定外な流れでの話し合いとなりましたが。
 私としては、最善以上の結果を得ました。ただ…」
今日の話をソロがどこまで納得したのか。思った以上に静かだったのは、感情の処理落ち中で、実感を伴ってなかったからではないかと、クリフトはふと思う。
「もしかしたら、今頃になって、いろいろ爆発させてるかも知れませんね、ソロが…」
思いがけない言葉が続いて、神が目を瞬いた。
「爆発…? 今夜は随分落ち着いているようだったが…?」
「静か過ぎたんですよ。
 …今日の流れだと、飲み過ぎて荒れるかもと思ってましたから。」
竜の神に絡み酒という懸念もあったと、クリフトが嘆息した。


こちらはパレス。かつての居城デスパレスが崩壊したので。新しく建て直した際に名前も変更した魔物たちの拠点。
司令塔となっているピサロは、ここ数年ソロの村よりもこちらが生活の基盤となりつつあった。
ピサロと共に天空城からこちらへと移動呪文でやって来たソロは、彼の部屋へまっすぐ向かった。

「…ここなら、もういいよね。」
部屋の中央で立ち止まったソロが、そうぽつりとこぼす。
外套を外してハンガーへ掛けていたピサロが足早に彼の元へ移動すると、ソロがぎゅっとしがみ着いた。
「ふ…わぁ…っん――!!」
ぎゅうっと抱きついて、溜めていたモノを吐き出す勢いで、ソロが泣き出す。なんとなく予測していたピサロは、彼の気が済むようにと、そのまま抱き止めた。

思った以上に長く、激しくソロは泣き続けていた。
途中場所を移動させ、ベッドサイドに腰を下ろしたピサロの膝の上に頭を乗せて、腰をがっしり掴んだまま、ソロはぐずぐず泣いていた。
「…干からびる前に、水分補給せぬか?」
あんまり泣き続けているのが心配になったピサロが、声を掛ける。
「…お酒。いつもピサロが飲んでるやつがいい…」
泣きやんだソロが、尖った声でぼそりと答えた。
「…生憎品切れ中だ。今この寝室にあるのはワインくらいだ。」
「…じゃ、それでいい。」
ムスっとした顔で身体を起こしたソロが、彼を解放した。
肩を竦めさせたピサロが、ナイトテーブルの上にあるボトルを開け、グラスに半分程注いで戻った。
「お前好みの酒じゃないからな。」
そう言いおいてから、ピサロはグラスを差し出した。
「いいんだもん…っ、ぶはっ…辛っ…」
コクコク煽ったものの、果物の甘さが全く感じないソレは妙な味だった。
口の中が苦くなったソロが顔をしかめさせる。
「これで口直しすると良い…」
ピサロが水差しからグラス一杯に注いだ水を差し出した。
不承不承受け取ったソロが、持ってたグラスをピサロへと渡す。
苦みを流したくて、ソロはゴクゴクと水を煽った。
「…少しは落ち着いたか?」
ピサロは新しいタオルを彼に手渡すと、隣に腰を下ろした。
タオルで顔を拭ったソロが、小さく頷く。
グラスに残っていた水を飲み干して、スクッと立ち上がったソロは、空のグラスをテーブルに戻し、ピサロの前に立った。
ガツリと両肩を掴んだソロが、そのまま体重を乗せてピサロをベッドに縫い止める。
「…いっぱい、甘やかしてくれる…?」
組み伏せる体勢で顔を近づけ、ソロが強請ると、ピサロが柔らかく笑んだ。
「存分に…」
サラリと顔を撫でる翠の髪を掻き上げて、ソロの頭を引き寄せ口接ける。
しっとり重なった口接けは、深さを増していき――
「…ふ‥ぁ。う‥わっ…と。うう…ん…」
唇が解放され、息継ぎした次の間には、体勢をひっくり返されてしまった。急な回転に目を回したソロが抗議する前に、はだけられていた肩口に唇が降りる。するすると脇腹から腰へ降りて行く手の感触にも、肌が騒めいて、言葉が紡げなくなってしまった。

――甘やかして

そう告げたせいか。いつもよりも緩やかに、愛撫されている。
ゆっくり辿る指先は、淡くもどかしくなるよう滑るばかりで、切なさが募ってしまう。
「ピサ‥ロぉ……っ、は…っ…うん……」
熱に潤んだ瞳で強請ると、固く主張を始めていた胸の尖りに唇が降りた。
口に含まれる感触に、甘い吐息がほろほろとこぼれる。
「…ピサロ。…好き……」
熱く焦れてく躯を震わせて、想いを吐露する。
「ああ…私も。ソロ、お前を愛してる…」
伸び上がったピサロが、目を細めさせ唇を寄せた。

嬉しいと雄弁に語る青の瞳に、ピサロも笑みを深めさせる。

――嘘だもん。

そう淋しげに返された頃もあった。
そんな彼との関係修復に、勇者一行の仲間であり、恋敵だろう男が協力的に働き、機会を作ってくれた。
彼が巻き込んでくれなかったら、今のソロとの関係は築けなかったろう。
それだけソロへの影響力を持っていたのだ。
クリフトという男は。

今日、ソロがクリフトとどういった話をし、何を結論したのか。ピサロはまだ知らない。
この部屋に到着して、大泣きして。今はこの手の中で、縋るように甘えている。
そうした拠り所へ昇格している事実に、ピサロは安堵する。
荒れる事は予想していたので、心づもりはしていたが。
自分がどこまでソロを支えてやれるのか、内心不安もあったのだ。
 

「…君の体調に問題ないのであれば、もう少し付き合わないかね?」
杯を差し出して、神が提案した。
「…そうですね。では…」
ブランデーの瓶を示してグラスを手に取ると、3分程注いで貰う。
大きく砕かれた氷をどっかり入れて、グラスをゆっくり回すとカランと澄んだ音が響いた。
「今夜は、地上の銘柄も幾つか準備して下さってたのですね…」
クリフトは慣れた味を試すよう含んで、笑みを浮かべる。
「まあな。馴染みある酒もあった方が気楽かと思ったのだが…」
招待客は、天界でしか見られない酒を楽しんでくれたので、出番がなかった。
「こうして呑んでいると、あの頃の事がぽつりぽつりと蘇ります…」
昼間ソロといろんな事を語り合ったせいか。旅をしていた頃の記憶が、呼び覚まされたクリフトが語り始める。
「私はずっと、ソロを守りたい、守らなければ…そんな想いを抱いてました。
 けれど…今日、ソロと話をしていて気づいたんです。
 私もまた、ソロに守られて来たのだという事を…」
クリフトは自嘲気味に笑むと、神へ視線を向けた。
「…ソロの危うさを案じたマーニャさんから、彼を見守るよう頼まれたのが、始まりだったでしょうか。
 確かに、その頃のソロは不安定な様子を見せる事が増えていました。
 今ならその理由も分かりますが。
 当時はせいぜい恋愛絡みの悩みらしいと言う事くらいしか読みとれなくて。
 私自身、どこまで踏み込んで良いかという躊躇もありました。」
神が頷くのに促されたように、思いを語り続ける。
「そんな中。深夜の外出から帰ったソロが熱を出して倒れました。
 その時やっと、マーニャさんの心配の理由と深刻さを理解しました。」
クリフトは手にしたグラスの中身を軽く揺すると一口含んだ。
「それからより注意深く彼を見守るようになったのですけど。
 そうして彼へ寄り添ううちに、気づいてしまいました。
 ソロとの距離が縮まる中で寄せられる信頼の心地よさがもたらす安寧に。」
思いの他長くなった旅の中で。自立心が芽生えたアリーナは、過干渉なクリフトと距離を置きたがるようになった。心配が過ぎるのも迷惑だろうと遠回しな忠告を仲間から貰った事もあった。
けれど、性分というのはそう簡単に変えられない。
あの頃の自分は、アリーナへ向かってしまう過干渉な部分をソロへ振り替える事で、彼女からのマイナス評価を抑え、自身を保っていたのだと。過去を振り返った今ならば思う。
「…君とソロは魂の色が似ているからな。
 無意識の部分で、互いに補完しあえるのもあるのだろうな…」
しばらく沈黙が続くと、神がぽつりと語った。
「魂の色…ですか?」
「ああ。色というか、波長と呼ぶべきか。
 初めて対面した時には驚いたと同時に、納得したものだ。」
「…納得?」
「不安定なあの子を、表面的な部分だけでなく、もっと深い場所から支えてくれていたのだな…と。
 当時は君ばかりが負担を強いられていると思っていたが。
 互いに良い影響をもたらしていたようだな…」
すっと伸ばされた手が、クリフトの頬を包む。
「そうですね…。ソロが私を必要としてくれたように。
 私もまた、彼に随分救われていましたから…」
ふわりと笑んだクリフトが、そう返すと長い息を吐いた。
「…少し、歩きませんか?」

「…先程のお話で、1つ理解した事があります。」
庭を散策しながら、隣を歩く神にクリフトが話しかけた。
「旅をしていた頃は。私もソロも、貴方が言う通りの関係として、互いを必要にしていた部分もあったのでしょう。
 けれど…」
クリフトは足を止めると、大切なものを抱くように手のひらを胸元へ当てた。
「あれから7年。トラブルはありましたが、戦いの日々から比べたら平穏そのものに過ごしている中で、その関係も変化していたのですね。
 居心地が良いから、特にそれを思う事もありませんでしたが。多分――」
一度握り込んだ拳を開いた手のひらからこぼれてゆくものを、見送るように見つめるクリフトへ、神が遠慮がちに声を掛ける。
「クリフト。ソロとの事は…」
言い掛けた神の言葉を遮るように、クリフトは彼の口元へ指を立てた。
「私はあの日――村を発つ時に、ソロへの想いの全てを置いて行きました。
 言葉こそ紡ぎませんでしたが。私は一方的に、彼との関係を終わらせたのです。
 その事実と向き合う苦痛に、色々遠回りしてしまいましたが…
 ウェド。私が貴方が差し伸べて下さった手を掴んだのは、生への執着だけでなく、貴方の真摯な眼差しから、渇望が伺えたから…なんですよ。」
「渇望…?」
「私には、そう映ったんです。…ただの自惚れかも知れませんが。」
目を開く神に、クリフトが苦笑混じりに微笑んだ。
「…そう、だな。君の失踪を知らされて。
 内心に走った衝撃に動揺した私は、捜索を続けながらずっと考えていた。
 その焦燥の意味を。」
言葉を探しながら応える神が、少し先に設えられたベンチへクリフトを誘った。
並んで腰掛けると、すっと天を仰いだ神が続きを語り始める。
「ようやく君の居所を突き止めた時も、まだその答えを導きださせずに居たのだが…」
神が隣に視線を移すと、真っ直ぐな眼差しを向けていたクリフトへ微笑み、その頬へと触れる。
「君の姿を見たら、考えるより先に提案していたよ。」
ただ純粋に、失いたくなかったのだ。そう気づいてしまった。
「…私にとっても、意外で突然な申し出でしたが。
 ウェドにとっても、そんな成り行きだったのですね…」
クスリ‥とクリフトが微笑う。
「…でも。縁て、案外そういうものなのかも知れませんね。」
頬に置かれた手に自身のそれを重ねさせて、クリフトが笑みを深めさせた。
「そうだな…」
竜の神が眩しいものを見るよう目を細めさせると、彼の手を取りその甲へ口づけた。
「予定外ではあるが。今夜は私の部屋で共に休まぬか?」
「ええ…構いませんよ。」
どこか躊躇いがちな閨への誘いに、朱を走らせたクリフトが応じると、口接けが降りた。
寝室以外で唇を重ねられたのは、初めてで。クリフトは一瞬ビックリ顔を浮かべたが。余裕なく求められているという状況に、ホッとする気持ちもあった。なので、腕をまわして抱き寄せつつ応じると、気をよくした神が更に接吻を深めてくる。
「ふ…っ、は…ぁ……はあ…っ、ウェド…続きは、寝室で…」
思っていた以上に身体の熱が急速に高まってしまったクリフトが、くったりと話すと、神が鮮やかな手際で彼を抱きかかえて歩き出した。
いわゆるお姫様抱っこでスタスタ歩く神の腕の中で、困惑混じりに神を窺うクリフトは、その表情を見て色々諦めた。
本人が楽しんでいる以上、こちらが本気で拒絶しない限り、行動は変わらないだろうと。その感情を理解出来るだけに、気恥ずかしさに目を瞑る。どうせ他の者に見られる心配もないのだ。
そんな思考を過らせているうちに、神の私室へ到着していたようで。
クリフトは豪奢な寝台に縫い止められていた。
「…普段あまり考えませんけど。体力有り余っているんですねえ…」
旅をしていた頃の自分が全速力で走っても、追いつかない速度で移動果たしたというのに。全く呼吸が乱れていない彼を見て、そんな感想がぽつりとこぼれた。
「随分召し上がってらしたと思うんですけど。酔いが回ったりしてませんか?」
「あの程度ならば問題ない。君の方こそ、気分悪くなってはいないか?」
「大丈夫ですよ。…さっきのは、お酒のせいじゃなくて…」
「私が原因だったな…」
じっと覗き込まれたクリフトが視線から逃れるよう顔を背けると、耳元へ唇を寄せた神がフフ‥と笑った。
そんな仕草に、クリフトは困ったように微笑うと息を吐く。
「…ちゃんと、責任取って下さいね?」
「もちろんだとも…」
熱を帯びた瞳で睨まれた神の口元が綻ぶ。

それぞれの場所で濃密な夜が更けて行くのだった。

2021/12/12




              

あとがき
ご無沙汰してます。月の虹です。
もっと早く続きをあげるつもりが。お待たせしてしまいました。
終わりと始まりと――はこれで一応完結となります。
ソロ編自体はまだ続きますけど。
描きたかったものは、大分出せたかなあ‥と。

今回の話は、クリフト中心に進むのは予定内だったんですけど。
思った以上に竜の神がはりきってしまって。
脳内で常に浮かれまくったマスドラさんが踊っていました。
それに引きずられるカタチで、なんかクリフトとの距離が縮まってしまいました。
そこは予定外だったんですけど。
まあ、幸せそうだからいっか‥みたいな。

続きのストックは、まだ脳内なので。
次回更新は全く読めませんが。
ここまでお付き合い下さった方、ありがとうございました!


















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