「ソロ、これをどうぞ。落ち着きますよ。」

一頻り泣いたソロが落ち着く頃合いを見計らって、クリフトが彼にカップを差し出した。

ふわん‥と湯気の立つマグカップに並々注がれたミルクが、やんわり甘い香りを運ぶ。

「これ…?」

部屋を出た様子はなかったのに‥ソロが不思議そうな顔でクリフトを覗った。

「先程トルネコさんが差し入れて下さったのですよ。」

にっこりとクリフトが彼の疑問に答えた。ソロの様子を見に訪れたトルネコが、クリフト

に頼まれて届けてくれたのだ。

「果物とタルトも一緒に届けて下さったのですが…召し上がりますか?」

「‥うん、食べる。」

瞼に残る涙を拭い去り、ソロが気持ちを切り替えるよう笑んでみせた。

ベッドサイドのテーブルにタルトを並べてもらうと、受け取ったカップを隣に置き、早速

フォークを握るソロ。

「いただきます。」と言った後、もくもくと洋梨のタルトを口に運ぶ。甘めに作られたミ

ルクをコクコク飲みながら、彼は瞬く間にそれを平らげた。

「食欲はすっかり戻ってるみたいですね。」

その様子に安心したように、クリフトが微笑んだ。

「‥うん。少し泣いたらすっきりしたし…。」

ソロが照れくさそうに微笑った。

「…熱も大丈夫みたいですね。」

そっと額に伸ばした手で熱の具合を確かめ、クリフトがさらに安堵する。

「…うん。本当に‥クリフトにはいっぱい面倒かけてばかりで‥ごめんね。」

「いいえ。いつだって頼って下さっていいんですよ?」

「‥ありがとう。」

暖かい笑みにソロも顔を綻ばせた。

その後果物にまで手を伸ばしたソロが、クリフトの分だったろうバナナをしっかり完食し、

ようやくお腹を落ち着かせたのだが。朝・昼と2食抜いてた分をしっかり補ってしまうソ

ロの逞しさに、彼の生きる強さをクリフトは思った。

不安や孤独が払拭された訳ではないだろうに。今までもそうして越えてきたのだろうな…

そう思うと、感情表現豊かに思えるソロだからこそ見過ごしてしまった、隠された内面が

多々あったのかも知れない…そんな風に感じられた。



「‥クリフト。どうしたの?」

ぼんやりと考え込む彼に、寝仕度を整えたソロが話しかけた。

「…疲れちゃった?」

今日一日すっかり付き合わせてしまったと、ソロが気遣い訊ねる。

「あ‥いえ。そうじゃありません。私は元々室内で過ごす事が多かったので、負担になど

なってませんよ。ちょっと考え事してただけです。」

心配顔のソロに、クリフトが笑んで返した。

「そう‥? なら‥いいけど。あ、そーだ。さっきさ、アリーナに聞いたんだけど…

 明日予定してた出立、中止なんだって? オレ、もう大丈夫なのに…。」

「確かに‥もう熱の方はすっかり下がったようですけどね。明日はおとなしく過ごして下

 さい。旅に出ればゆっくり身体を休めるのも難しいでしょう?」

「‥うん。ミネアにも同じ事言われた。」

「皆さん心配してるんですよ。」

「マーニャには怒られたけどね。」

クスクス‥とソロが笑った。

「彼女が一番あなたの事案じてらっしゃるんですよ。」

「‥そうだね。シンシアが短気だったら、あんな感じかも知れないし‥。」

ソロが大事そうに胸のペンダントに手を当てた。

ベッド端に腰掛けるソロの前に立ったクリフトが、そっと頭を撫ぜた。顔を上げたソロに

柔らかく笑むと、自分のベッドへ腰を下ろす。

「そろそろ休みましょうか。」

「…うん。あ‥クリフト。その‥明かり全部落とさないでくれる?」

「いいですよ。ろうそくの明かりを残しましょうか?」

「うん‥それでいい。」

「では‥おやすみなさい。」

「おやすみなさい、クリフト。」



サイドテーブルに移した燭台の元揺れる小さな灯火。

ほのかな明かりが2人のベッドを優しく包んでいた。

明かりを落とし横になったのだが‥

「…眠れないのですか?」

ごそごそと寝返りを打ってばかりいるソロに、クリフトが声をかけた。

「あ‥うん…」

彼の方へ向き返り、ソロが情けなさそうに答えた。

「ごめんね‥うるさかった…?」

「いえ‥。心細いのでしたら、こちらへ来ます?」

夜の闇が嫌い‥と言っていた彼を憶い出したクリフトが、冗談ぽく訊ねる。

「えっ‥いいの!?」

「え…」

まさか本気で取られると思わず、意表をつかれたクリフトが瞳を見開いた。

「…あ、ごめん。そ‥だよね、冗談だよね。はは…」

その様子に、明らかな落胆を見せた後、ソロが笑みを作った。

「‥狭くても構わないのでしたら、どうぞ?」

そう言うとクリフトが半分ベッドを空けた。

「…本当にいいの? ‥嫌じゃ‥ない?」

「何故?」

「だって…子供っぽいだろ。‥独りなのがダメなんて…」

「誰でもそういう時はあると思いますよ?

 それであなたがゆっくり眠れるなら、どうぞ。」

不安そうに訊ねるソロに安心させるよう言い聞かせると、クリフトが促した。

ソロが逡巡した後、おずおず顔を上げる。ふわりと笑いかけると、彼は枕を持って移動し

てきた。

「‥お邪魔します。」

心細げに声をかけ、ソロが彼の隣に潜り込む。

並べた枕に頭を落ち着けると、ソロが照れたように微笑った。

「なんだか野宿の時みたいだね。近くに顔があるのってさ‥。」

「‥そうですね。」

野営の時は固まって休む事が多いので、確かに似たような距離とは言える。ソロにとって

は恐らく同じような感覚なのだろう。

「…もしかして。今までも、独りでいるのが辛い夜があったのですか?」

ふと思いついたクリフトが遠慮がちに訊ねた。

「‥‥‥。うん‥まあ。時々…。‥あの日の夢とか見た後はちょっと‥ね…」

迷いながらもソロが正直に白状した。

「…そうですか。すみません、側に居たのに気づいてあげられなくて…」

「え‥クリフトのせいじゃないじゃん。オレが隠してたんだもん。‥格好悪いだろ?」

すまなそうに謝る彼に、あわてて返したソロが苦笑する。

「…でもさ。クリフトには散々変なトコ見られてるんだよね。だから今更だよね‥」

今日も泣きまくっちゃったし‥と、罰が悪そうに付け足した。

「そうですよ。それに…ソロの為に隣を空けるくらいの事、パーティの誰でも気軽に受け

 て下さると思いますよ? もっとも‥姫様だけは、ご本人が了承しても、私とブライ様

 が認めませんけど。」

後半は少し演技がかった真面目さを持たせ、クリフトが微笑んだ。

「クス‥いくらなんでもアリーナには甘えられないよ。同い年なんだし‥

ここまで世話になってるクリフトにも申し訳ないもんね。」

クスクス笑うソロにつられてクリフトも微笑む。そうして笑うソロの姿は実年齢よりずっ

と幼くて、庇護欲を誘る。クリフトはそっと彼の頭に手を伸ばすと、さらさらな翠の髪を

梳いた。                            
誘る→そそる

「愁い夜はいつでもどうぞ。あまり独りで抱え込まないで下さい。ね?」  
愁い→つらい

「…ありがとうクリフト。‥なんか、すごくホっとした…」

柔らかく話すクリフトの言葉に、心底安心したようにソロが頬を緩ませる。クリフトがぽ

んぽんとあやすように頭を叩くと、ソロは小さく笑い瞳を閉ざした。

「おやすみなさい、ソロ。」

「うん‥おやすみ‥‥‥」



すぐ隣で規則正しい寝息が繰り返される。

クリフトは首だけ少し傾けて、すやすや眠るソロの横顔を眺めた。

ついほおって置けなくて。1つベッドへ招いてしまったが‥実際どんなもんかと頭を悩ま

せる。ソロにはああ言ったが、同じように歳よりずっと幼く見える姫よりこれは重症だろ

う‥とひっそり嘆息する。それを分かっていながら、甘やかしてしまう自分に苦く笑い、

クリフトはもう一度深く吐息をついた。



初めて知った彼の深い孤独感。

それが彼の情緒不安を煽り、今朝のような発熱をもたらしている気がしたから。

ほおっておけなくなった―――そう言い聞かせて。

クリフトも眠りに落ちていった。




2005/1/22







あとがき

前作が思いのほか時間かかったのに比べて、すんなり出来上がってしまった今作。
なんかもう、ソロ泣きっぱなし(苦笑)って感じですけど。それだけピサロサマのコトが
心のウエイトを占めていた・・ってコトで。まあ、生暖かく見守ってやって下さい(^^;
やたらと人恋しくなってるソロですが。どっちかとゆーと、それが地だったりします。
今まではピサロのコトがあったから、なんとか保っていた均衡が、どうやら一気に
崩れちゃったみたいで・・その反動が幼児化(苦笑)なのかも☆

クリフトの方は、もともと大切になるほど構いたがる性分なんですが。
アリーナはそれが煩わしい・・と思っちゃう子なんで。そうならないよう程よい距離を
保ちつつ、彼が接触してたコトもあって。構われるのが好きなソロは、そういった性分を
発揮できる丁度いい存在になりつつあるようです(^^;
ちなみに。ソロはクリフトを優しい人間だから・・と理解してますけど。
彼がああまで優しく接するのは、アリーナの他はソロだけです。
基本的に親切に他人に接する彼だけど。一定ラインを越えてまではそうしない人なんで。
斬るときにはばっさり切り捨てられる部分もしっかり持ち合わせてるんですよね。
それだからパーティからの信頼も厚い・・ともいえるけど。
実は密かに怖がられてる・・なんてコト。
きっとソロは気付いてないんだろうな・・・。(笑)
彼と張れるのって、多分マーニャくらい。(どっちも結構人が悪い?)(^^;




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