パタン‥

部屋の扉をそっと開け、ソロはピサロと共に宿の部屋へ戻った。

室内は仄かな夕明かりに満たされ、静まり返っていたが…

「‥お帰りなさい、ソロ。」

「…クリフト。ごめん、起こしちゃった?」

「いえ‥丁度目が覚めた所ですよ。」

静かに上体を起こしながら、クリフトが戻った2人を迎え微笑んだ。

「気分‥どお?」

「ええ。朝よりずっと楽ですよ。おかげさまでね。」

「本当‥?」

ソロは彼のベッドへ向かうと、躰を曲げ熱を確かめるよう額を合わせた。

「…うん。大分下がってるみたい。よかった…」

「それで‥薬草摘みの方はどうでした?」

ほっとしたよう笑むソロに、クリフトが柔らかく訊ねた。

「うん。いろいろ摘んで、孤児院に届けて来た。‥薬草の説明とかもしてね。

 すごく喜んでくれたよ。」

「そうですか。お疲れさまでした、ソロ。

 それから‥ピサロさんも。ありがとうございました。」

「クリフト、晩ご飯は? 食べた?」

「ええ。先ほどトルネコさんがネネさんの手料理を差し入れて下さいました。」

「‥そっか。…ごめんね。オレ‥なんの役にも立てなくて。」

「何言ってるんです?

私の頼みを聞いて、朝から今までがんばってくれたじゃないですか?

ソロにだから頼めたんですよ?  私の事より。2人とも夕食は済ませたんですか?」

ソロが首を左右に振って答えた。

「じゃ‥いってらっしゃい。ね‥?」

「…分かった。クリフトは‥ゆっくり休んでてね?」

立ち去り難そうにしながらも、ソロが漸くベッドから離れた。

装備を解き戸口で待つよう立って居たピサロが、やって来た彼の肩を抱く。

クリフトは小さく笑うと、彼らを見送って、再び床に就いた。



「‥あ。2人とも戻ってたの?」

宿の廊下を歩いていると、前方からやって来たアリーナが、パタパタ歩み寄った。

「昨日の丘へ行ったのですって? 狡いわ。声かけてくれれば一緒に行ったのに。」

「あ‥はは。まあ、今日はそこまで人手いらないかなあ‥って。」

「で‥どうだった?」

わくわくと瞳を輝かせ、アリーナが訊ねて来る。

「な‥何が?」

「んもう。魔物よ。ほら、なんか強い魔物が出るって言ってたじゃない!」

「あ…ああ。それか。うん。出たよ。‥でも、そんな強くもなかったなあ…」

「そうなの? なあんだ。‥やっぱり噂って大きくなるものよねえ…」

アリーナがガッカリと肩を落とした。

「あ‥そうそう。明日もこのまま逗留するのよね?」

「うん、そのつもりだけど。」

「クリフトも大分回復してるらしいけど。その方が確かだものね。

 念の為確認しておきたかったの。すっかり呼び止めちゃったわね。」



アリーナと別れた後。

今度は食堂の入り口で、2人はマーニャとロザリーにばったり出会った。

「あら‥ソロ。戻ってたのね。夕食これから?」

「あ‥うん。マーニャ達も?」

「ええ。そうだわ、折角だもん。4人で一緒に食べましょうよ?

 ロザリーだって、たまにはぴーちゃんと一緒したいでしょ?」

「‥女。その呼び名はやめろ。」

憮然とした表情で、ピサロが呻いたが。マーニャには堪えていないらしい。

「‥えっと、ミネア達は? 一緒じゃなくていいの?」

にこにこ顔の彼女に、ソロが惑うよう訊ねた。

「平気よ。いつも一緒なんだし。ソロ、たまには付き合いなさいよ。」

「…今日は飲まないよ?」

「クリフトが居ないとつまらない?」

コクンと頷くソロに、マーニャが大袈裟に嘆息する。

「いいわよ。ご飯だけでさ。引き留めないから‥ね?」



結局。丸い4人掛けテーブルに、ソロ・マーニャ・ロザリー・ピサロの順に座り、それぞ

れ料理を注文した。

先に運ばれて来たコップの水を、マーニャが早速手に取り、コクコク煽る。

「ふう‥。ね‥薬草摘みに行って来たんでしょ? どうだった?」

「あ‥うん。そこそこまとまって摘めたよ。…ピサロが薬草詳しくてさ。」

「そうだってね。意外な特技よねえ‥なんか。」

「あら‥、マーニャさん。ピサロ様はとても博識でいらっしゃいますのよ?」

「…そういえば。本‥好きみたいだもんね、ピサロ。」

いつだったか訪れた彼の隠れ家に、ぎっしりと並んでいた本達を思い出し、ソロが呟いた。

「‥まあな。」

「ふう〜ん。なんだかすっかり仲良しなのね、あんた達。」

肩肘ついたマーニャが、面白くなさげにぼやく。

「なっ‥何言ってんだよ!? マーニャ。」

「だってさ。ソロったら、最近つれないんだもの。いっつも男3人でつるんでてさ。

 ねえねえ。たまにはあたし達で3人部屋取らない?」

つつ‥と椅子をソロの方へとずらし、マーニャが良い事思いついた‥とばかりに提案した。

「‥マーニャ。それ水じゃなくてお酒なの?」

「ふふふ‥。マーニャさんもよく、ソロさんの話なさってるんですよ?

 ですから少し淋しいみたいですわね。」

「んー、でも。やっぱり女の子部屋に入るのは嫌。ただでさえ、よく間違われるのに。」

「違和感はなさそうだな。」

ぽつっとピサロがこぼした。隣に居たソロがむっと彼を睨みつける。

「もう全然よ。女装した姿、ぴーちゃんにも見せて上げたかったわね!」

すごく可愛かった…と頬を緩ませ、マーニャがうっとり思い出に浸る。

「女装‥?」

「そうそう。ガーデンブルグに入る時にね。やって貰ったの。似合ってたわ〜v」

「マーニャ!!」

顔を真っ赤にしたソロが抗議の声を上げる。

「ほお‥。どう化けたのか、興味深いな、それは。」

「でしょv 恥ずかしげに俯く姿がまた、よくてね〜。ね、ソロ。また着てみない?」

「着・な・い! なんでそんな格好、しなくちゃいけないんだよ!?」

「だって。最近ますます可愛さアップしてるし。お肌のツヤも良いし。弄りたいわ〜v」

プンプン怒る彼の頬に手を添えて、マーニャがアップで迫った。

「化粧ノリ絶対いいと思うのよね。」

「ソロさんの奇麗になった姿、ピサロ様もごらんになりたいでしょう?」

「‥ロザリーまで。もう‥オレは男なんだよ?」

「あら。似合えば問題ないわよ。ちっとも。」

「そうですわ。」

マーニャとロザリーの2段攻撃に、すっかり退避ぐソロ。ピサロは面白そうに会話の行方

を見守ってるだけで…

料理が到着すると、ソロはとにかく食べる事に専念しだした。



「ごちそうさま! オレ、クリフトが気になるから。先戻ってるね!」

慌ただしく夕食を終え。ソロはそそくさと席を立った。

食事の途中も女装の話が続いてて。そのまま部屋まで連れ去られそうな勢いだったから。

「…残念。逃げられちゃった。」

「ですわね‥」

「‥‥で。なんなのだ?」

食事を終えたピサロが、かちゃりとフォークを置いた。

「私に何か用か…女?」

ソロを揶揄いながらも、時折物言いたげな瞳を送って寄越していたマーニャへと、静かに

問いかける魔王。

「あら…解ってた?」

マーニャがにっこり微笑んだ。

「一応クギ刺して置こうと思ってね。ソロを泣かせるような真似したら、炎竜があんたの

 寝込み襲うからv よろしくね?」

「…心得て置こう。」

どこまで読んでの台詞か計り兼ねる魔王だったが。彼女もまた、ソロの過保護者である。

いらぬ波風を立てぬよう、そう返答し、彼も席を立ち上がった。



かちゃり…

ちょっぴり物騒なマーニャの言葉の後、食堂を引き上げたピサロが部屋へと戻った。

案の定…というか。ソロはクリフトのベッド脇に座り込んで、枕元に陣取っていた。

「‥あ。お帰りなさい。」

目線を戸口へと向け、ソロが彼に声を掛ける。

ピサロはツカツカ室内に踏み入れると、ソロの両脇に腕を通し、彼のベッドへと、彼ごと

どっかり腰を下ろした。

「なんだよ? ピサロ!」

ピサロの膝の上へ導かれてしまったソロが、ムッカリ振り返る。

「流行病…貴様も伝染るつもりか?」

「ね‥だから言ったでしょう?」

子供を叱りつけるようなピサロに、クリフトも嗜めるよう続けた。

「だって…。そばに居ると落ち着くんだもん‥」

「人恋しいなら、私で我慢しておけ。」

「やだ。ピサロはダメなの。」

「何故だ?」

「…だって。落ち着かないもん。」

ぽつ‥とこぼすと、ソロはぴょんと膝から降りた。

「邪魔が入ったから、お風呂行って来るね。」

そう言って、クリフトに手を振ると、ソロは浴室に消えた。

残された魔王が不服そうに嘆息する。その隣で臥せった神官がくすくす忍び笑っていた。

「なかなか苦戦してるようですね?」

「ふん‥。今夜は飲んで居らぬのに。相変わらず訳解らん…」

「ふふ‥。酔ってはいないようですけど。でも、似たようなものかも知れません。

 昼間…熱い台詞を贈ったそうで。」

「…話したのか?」

心底厭そうに、魔王が渋面を浮かべる。

「ええ。聞いてしまいました。ソロ…撥ね付けてしまったのでしょう?」

「‥『どこにも居ない』とは、何の事だ?」

「ああ…以前もそんな事言ってましたね。‥多分。イムルで見た夢の事を指してるのだと

 思いますけど。『ロザリーを失った哀しみと人間への憎しみ』…貴方から感じ取れたのは、

 それだけだったと、随分辛そうに話してましたから。」

「‥だから、私の言葉は信じられんと言うのか?」

「積み重なったものが、そこで溢れたのでしょう。きっと…」

彼を見守って来た神官の言葉に、ピサロは盛大に溜息をついたのだった。



ごろん…

夜半。いつもより早目に床に就いたソロだったが…

「‥眠れませんか?」

幾度となく寝返りを繰り返すソロに、クリフトが小さく声をかけた。

「…ごめん。うるさい?」

「いいえ。そんな事は…」

ソロはむっくり上体を起こすと、ベッドから抜け出た。

「オレ…ちょっと外の風に当たって来るね。」

そう残し、彼は静かに部屋を出て行った。

ぱたん…扉が閉まるとピサロも身体を起こす。

「やはり起きてましたね。」

「…連れ出すかも知れんぞ?」

「ソロ次第ですよ。」

「ふん‥。憂いの残らぬよう土産は置いて行ってやる。」

ピサロはクリフトとソロのベッドの間に置かれたサイドテーブルにある水の張った小さな

盥に、氷の塊を落とした。

「…ご親切痛み入ります。」

ソロの『憂い』を払う為の骨折り‥と見たクリフトが皮肉っぽく返すと、満足そうに魔王

も笑んだ。

そのままツカツカと部屋を出て行った彼の姿が戸口へ消え、クリフトが嘆息する。

「…世話が焼ける2人ですね、本当。」

そうこぼすと、冷たく絞ったタオルを額に当て直した。