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 急ピッチで建てられた新居の間取りは、ダイニングと続きの間になる居間、寝室が2部屋

あり、主寝室にはダブルベッドとシングルベッドが。もう一方にはシングルサイズのベッドが

2つ設置された。新居が完成する前に、ソロから自分達の事はもう心配いらないから‥と

故郷へ戻って良いとの話が出たのだが。姉妹もクリフトも残ると言って譲らず、

結局ソロが折れる形で、新居の内装をそのように整えた。

居間にはソファセットとローテーブル。床に毛足の長い敷物も置かれたくつろぎの空間。

ダイニングは6人掛けになるテーブルセットが配されている。

調理が出来るようなスペースも完備されていて。これで雨天の心配をする必要がなくなった

のは有り難かった。

その新居完成を祝って大勢が訪れ賑わったのは、1週間前。

まるでその完成を待っていたかのように、翌日は久しぶりのまとまった雨だった。

それからぐずついた日が増え、外出を控えて過ごしていたのだが‥

その日は突然訪れた。

「おはよーシンシア。今日はいい天気みたいだよ。」

ダブルベッドに寝ている彼女の隣で、肩肘ついたソロが声を掛けた。

「おはよーソロ。小鳥の囀りが聴こえるわね‥」

ぱっちり目を開けたシンシアが、ふわりと微笑んだ。

そして身体を起こそうと、肘を支えにしようと動かしたのだが‥

「どうかした、シンシア?」

眉を寄せた彼女に、案じた様子でソロが訊ねる。

「あ‥うん。なんか‥上手く力入らなくて‥‥」

少し困った表情で、シンシアが答えた。

「具合悪い…?」

ソロが心配顔で彼女の額に手を宛てる。熱はないようだ。

「…どうかしたんですか?」


隣のベッドで眠っていたクリフトが目を覚まし、声をかける。

「あ‥うん。シンシアがね‥」

ソロが状況を説明すると、ベッドから降りたクリフトが、彼女の様子を確認するよう覗き

込んだ。

「どこかに痛みとかはありますか?」

「ううん。ただ上手く身体に力が入らないだけで、特には‥多分‥‥ううん。

 まだ身体の方が寝足りないと訴えているのかも?」

言いかけた言葉を一旦飲み込んで。シンシアが微苦笑する。


「もうしばらく休んでて良いかしら?」

心配顔のソロを安心させるよう笑みを作って、シンシアが2人へと声をかけた。

「あ‥うん。そうだね、きっとこれまでの疲れが出たのかも。ゆっくり休んで、シンシア。」

「ええ。それじゃ‥もう一眠りさせてね。お休みなさい‥」

シンシアはそう言うと目を閉じたので、ソロとクリフトは顔を見合わせ頷き合うと、

そっと部屋を後にした。




「朝食の支度は私がしますから、ソロはそこに座っていて下さい。酷い顔色してますよ?」

ソファセットに腰掛けるよう勧めるクリフトに、ソロが左右に緩く首を振った。

「‥ううん。大丈夫、オレも手伝うよ‥」

不安な考えを振り払うよう、もう一度大きく首を振って、ソロはダイニングへと向かった。

やがて。やや遅れて起き出した姉妹にも、シンシアの不調が伝えられた。驚き弾かれた

ように彼女の元へ向かおうとしたマーニャを落ち着かせ、4人はここへ来て初めてと

いっていい、静まり返った食卓を囲ったのだった。



「…! シンシア起きたみたい。」

扉の前で待機していたソロが、扉から身体を離し、急ぎ部屋へと入った。

「シンシア…!」

「まあ‥ソロったら。ごめんね、心配させたわね‥」

泣き出しそうな彼の頭をそっと撫でて、シンシアが微苦笑する。

少し疑固地ない動きではあったが、先刻よりは身動き出きる様子の彼女に、ソロがホッと

したよう笑んだ。

「シンシア、動けるようになったんだね?」

「そうね‥。さっきよりは良いかも。

 着替えたいから、ソロ達は出て行ってくれるかしら?

 マーニャとミネアは手を貸して貰える?」

「全然構わないけど。今日はゆっくり休んでても良いのよ?」

「ありがとう。でも‥大事な話をしたいから‥‥」

「そういう事なら。さ、ソロ達は隣の部屋で待っててね?」

固い表情を浮かべたシンシアに、ミネアがこっくり頷いて、戸惑うソロを戸口に追い立てた。

「さ、ソロ。あちらで待ってましょう?」

彼の背中に手を置いて、クリフトも促した。



「‥ごめんなさいね。朝から騒がせてしまって‥」

扉が閉まると、シンシアが姉妹に小さく語った。

「謝る事じゃないわよ、それ。それより体調はどお?

 キツいようだったら、ちゃんと言ってね?」

「ありがとう。さっきは身体が鉛みたいに重くなっててビックリしたけど。

 今はそこまで酷くないみたい。特に痛みがあるとかはないの。本当よ?」

「食欲は? 私達は先に済ませてしまったけど。シンシアはお腹空いてない?」

額にそっと手を宛てたミネアが、確認をとるよう訊ねた。

「あ‥そうね。今はまだ‥。ふふ‥あまり待たせてしまうとソロがじれて拗ねそうね。

 話は着替えてからにしましょうか?」

シンシアがクスクスと笑うと、姉妹もつられたように顔を綻ばせた。



応接セットのある居間で。扉に近いソファ席にシンシアとソロが。対面にあるソファに

クリフトとマーニャ・ミネアが腰掛けた。

ローテーブルには、シンシアの為に用意してあったコーヒーが並べられてあり、シンシア

はそれに手を伸ばすと一口含んで、カップを置いた。

「え‥と。朝は驚かせてごめんなさい。皆に心配かけてしまったわね。

 とりあえず、今は落ち着いているみたい。

 ただ‥私に残された時間は、もう僅かだと思うので。竜の神から告げられていた言葉を、

 皆さんにも伝えて置こうと思います‥‥」

シンシアは淡々と、天界で竜の神と交わした言葉を4人に語り始めた。



それは、彼女が下界に戻る前に遡る――――



元の身体に戻れた魂がその身体にしっかり定着し、意識を取り戻したのは、ソロ達勇者

一行が世界の暗雲を晴らして見せたその直後だった。

それまで昏睡状態だった彼女は、深い深い眠りから醒めたように、ゆっくりその瞳を開いた。

しばらくぼんやりしていた意識が次第に鮮明になったのは、その一行が天空城を去った時。

天空人が彼女の目覚めを報告に向かい、それを受けた竜の神がやって来た時、ソロは天界を

後にしたばかりだった。

竜の神はソロが世界の暗雲を見事に晴らし、勇者の役目を無事果たした事を伝え、

それぞれの故郷に向かっている所だと話した。

「それぞれの故郷に…。ソロは? 私達の故郷は…」

「…ああ。だが、それでもあの子は村に戻るつもりのようだ。

 亡くなった村の者への報告もあるのだろう…」

「…あの。私は‥もう、村には戻れないのでしょうか?」

今の自分の状態がどうなっているのか、よく飲み込めていないシンシアが、首を傾げさせる。

「戻りたいか?」

「戻りたいです。ソロの元へ行って、お帰りなさいと労いたい。この手で抱きしめたい‥!」

「地上へ戻してやれぬ事もない。だが‥魂が抜けていたその身は永く時の魔法に晒され

 続けた。今やっと、目覚める事が適ったのは奇跡にも等しい。このまま天界で暮らす

 ならば、天寿を全うする事も適うだろうが。

 地上へ戻れば、その加護を失い、時は残酷にその生命を削り始めるだろう…」

「それは…私に残されている時間があまりない‥という事ですか?」

「そういう事だ。地上にあれば、とうにその灯火は費えていたろうからな‥。

 理を曲げている以上、制約もある‥」

竜の神は静かに説明を続けた。

「ソロに会うだけならば、彼をここに呼ぶ事も可能なのだぞ?」

「それ‥彼は断ったのでしょう?」

クスっとシンシアが笑った。まだぼんやりしていた時だったが、天空人がそんな話をして

たのは、ちゃっかり聞き取っていた。

「共に暮らすのは適わぬだろうが、彼ならいつでもここへやって来る資格があるぞ。」

「それでも‥私は地上で。あの村で、ソロを出迎えてあげたい…!

 そして、どれだけ短くなっても、ソロと共に過ごしたい。」

「本当に、それで良いのか?」

「だって。ここは‥私の場所じゃないもの‥

 あの村が。大地が‥故郷なんです。私も‥‥」

「決意は固いようだな‥」

「はい。」

シンシアはしっかりした瞳で頷くと、竜の神は了解した様子で、幾つかの注意点を話した。

そして‥



「その‥1つだけ確認したいのですけど。

 その限界が来た時って、予兆みたいなのはありますか?」

「私にも確かな事は判らぬが。そなたの場合、一番綻び易いのは、魂と躰の繋がりであろう。

 何らかの不具合が、そこから発生するやも知れぬ‥」

「不具合‥ですか。」

「ああ。それが起こったら‥‥」



「早ければ3日。もって10日だろう‥って。」

シンシアが竜の神から告げられた重い言葉を、努めて軽く4人へと伝えた。

「3日‥!? そんな‥シンシア‥‥」

「最初に言ったでしょう? ずっとは居られないんだって。」

ショックを隠しきれずに居るソロに、シンシアが明るい口調で返す。

「そう‥だけど。でも‥だって‥」

「ごめんね。だけど約束通り急に黙ってはいなくならなかったでしょ。

 だから‥覚悟していて?」

ぼたぼたと大粒の涙を落とすソロの頭を撫でたシンシアが、対面に座る3人へと視線を移す。

「朝から重い話でごめんなさい。そういう理由なので。

 今朝みたいな不調がまた起こるかも知れないけれど。あまり気に病まないで下さいね。

 色々迷惑かけてしまうのが心苦しいけれど‥」

「言ったでしょう? ツラい時はちゃんと言ってって。

 そういう時助け合うのはパーティの基本なの。だから、心苦しく思う必要は全くない訳。

 あたし達、もう仲間でしょう?」

「マーニャ‥」

任せろとハンドサインを作る彼女に同調したように、ミネアとクリフトもしっかりと頷いた。

「ありがとう‥みんな‥。本当に‥私‥‥」

シンシアが感極まった様子で言葉を詰まらせ、涙を落とした。

「シンシア‥‥」

それに気づいたソロが顔を上げ、心配そうに彼女を見つめる。

「どこか‥ツラい?」

「ううん。上手く言えないけど。ただ‥嬉しくて‥‥」

[ソロの幼なじみの少女]でなく、仲間として迎え入れられている事が、大切に想ってくれて

いる事が、シンシアには何より嬉しかった。

[ソロの側に居られたら]と最初に願った強い思いがあった。

それは現在も一番の望みではあるけれど。

ソロと仲間達の絆を思う度、羨ましく映った。だから‥

「ありがとう‥‥」

涙の残る瞳で見守る幼なじみに。席を立ち間近までやって来た3人に。シンシアは笑顔で

そう返した。





「食欲は? 何か食べたいものとか、ある?」

しばらく経って、やっと落ち着いたソロがシンシアに訊ねた。

「あ‥そうね。お腹空いている気もするけど。あまり重いものはちょっと‥」

「スープくらいならいけそうかな?」

「そうね。後‥コーヒーお代わりいいかしら?」

「了解。じゃ、スープ温め直して来るわね。出来たらこちらへ運んだ方がいい?」

ダイニングへ向かおうとしたマーニャが、足を止めて確認する。

「ううん。私もそちらへ行くわ。」

「大丈夫?」

隣にぴったり貼り付いたままのソロが案じるように訊ねる。

「うん。朝の時よりは大分楽だから‥って、ソロ。あなたまで着いて来なくてもいいのよ?」

ゆっくり立ち上がったシンシアと共に席を立つ彼に、呆れ混じりに言うと、ソロが不服顔を

浮かべた。

「今日は苗木を植えるんだって言ってたでしょ?

 折角晴れたのだし。私は手伝えそうにないけど、行ってらっしゃいな。」

「‥分かった。でもシンシア一人にはならないでよね?」

「うん。約束する‥」

「ソロが戻って来るまで、私か姉さんが側に居るようにするから安心して、ソロ?」

やり取りを見守っていたミネアがそう続けると、ソロがこっくり頷いた。

「行こ。クリフト。」

「ええ。じゃ‥行って来ます。シンシア、本当に無理は禁物ですよ?」

「ええ、ありがとう。クリフト。行ってらっしゃい2人とも。」

会釈して戸口に向かうクリフトと、先に行って待っていたソロへと声をかけて。シンシア

もダイニングへミネアと共に向かった。



「おはようございますソロさん、クリフトさん。」

「おはよう。いつも早いね、レン。待たせちゃった?」

花畑の北。最初に設置したテントの前で、レンがやって来た2人を出迎えた。

ソロ達がしばらく寝起きに使ったテントは現在物置場になっており、数日前やっと入手

出来た桜の苗木もそこに集めてあったのだ。

「いいえ。それよりソロさん、どうかしました?」

目元の赤い勇者を見逃さなかった彼が、即座に問いかけた。

「え‥いや。なんでもないよ? さ、作業始めようよ。お天気が良いうちにさ‥」

じっと覗き込まれそうになって。慌てて顔を背けたソロが、近くに準備されていた道具を

手に取った。



「ただいま〜」

「お帰りなさい。早かったわね‥」

戸口の近くに居たミネアがにっこり出迎えると、ソロが肩を竦めさせた。

「まあ‥そんなに沢山はなかったしね。」

「上手く根付いてくれるといいわね‥」

「うん。ね‥シンシアは?」

「ラグの所で姉さんと休憩してるわよ。さっきまで料理の下拵え手伝ってくれてたのよ。」

「そう‥。オレ、ちょっと顔出して来るね。」

ほんの少し間が空いて。それから努めて明るくソロが笑んだ。

その場に残されたミネアとクリフトが互いに顔を見合わせて、彼の背中を見送った。

「お昼の準備、お手伝いしましょうか?」

「大丈夫よ。それよりソロに飲み物でも持って行ってあげて。

 あなたも一緒に少し休憩してていいわよ。

 彼女もだけど‥彼だって目を離すのは心配だわ‥」

「‥ですね。」



「やあ。楽しそうだね。」

ソファの前に敷かれたラグの上でくつろぐシンシアとマーニャに、ソロが声を掛けた。

「あ、お帰りソロ。」

「お帰りなさいソロ。作業は終わったの?」

クスクス笑い合ってた2人が顔を上げる。

「ただいま。うん、全部終わったよ。今日もレンが来てくれてたしさ‥」

「そーなんだ。彼もマメねえ‥」

「それで、彼は? お昼は一緒に頂けるのかしら?」

「あ、ううん。今日はもう帰っちゃったけど。もしかして、何か用事あった?」

シンシアがソロの後方を窺うように見たので、ソロがもしやと確認する。

「ああいいのよ。ただ確認しただけ。」

「そう?」

シンシアの隣に腰掛けながら、ソロが返した。

「シンシア、具合はどお?」

じっと顔を覗き込んで、訊ねるソロにシンシアが微苦笑する。

「とりあえず落ち着いているわよ。まだ大丈夫だから‥」

こつんと額をくっつけて、祈りを乗せて囁いた。