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そして快晴となった翌日。

ソロはかなり朝早くから起き出して、今日の準備を整えた。

「うん。これで大体完了かな。天気も今日一日良さそうな感じだし‥」

「おはようソロ。早いのね。」

「あ、おはよーミネア。ミネアも早いね。」

気球の側へとやって来た彼女と挨拶を交わし合う。

ミネアはソロと並んで立つと、出立準備の整った気球を見上げ微笑んだ。

「すっかり準備整っているのね。

 なんだか初めてこれに乗って飛んだ時の事、思い出しちゃったわ‥」

「アリーナがすごくはりきってたんだよね、確か‥。クリフトはすごく不安がってたし‥」

「クスクス‥そうね。シンシアは高い所は大丈夫なのかしら?」

「うん‥多分大丈夫と思うけど。

 木登りのレベルじゃない高さまで上がると、どうだろう‥?」

「まあ。今日は風も強くないみたいだし、ゆっくり上昇してあげましょうね。」





「うわあ‥すごいわ! 本当に浮かび上がってる!」

お弁当や飲み物などを積み込んで、ソロとシンシア、マーニャ、ミネアが気球に乗り込むと、

気球を固定させていたロープをレンが解いてくれた。

ふわりと浮かび上がったバスケットに、シンシアが明るく弾んだ声を上げる。

「じゃ、留守を頼むね。行って来ます。」

「お気をつけて。楽しんでらして下さい。」

「ありがとう。行って来ます〜」

見送るレンと数人?の魔物に返すように、シンシアがにこにこ手を振った。ピサロ以外には

とても愛想良いシンシアなので、今日のフライトにも関心あった者が自然と集まってたのだ。

賑やかに見送られて。一行が乗った気球はグングンと天高く上昇して行った。

「うわあ‥もうあんなに村が小さくなっちゃったわ‥

 あ‥あれがブランカ城? 思ったよりもずっと近いのね‥」

村がある山を幾つか越えると広い平野が眼下に見え、何やら町らしきものと見た事もない

大きな建造物があるのを見つけて、シンシアが指さした。

「うんそうだよ。あれがブランカ城さ。そして‥うわっ‥」

地上はほとんど無風状態だったが、この高度まで来た所で、急に風が吹き付けバスケットが

揺れた。

「やっぱり上空は風吹いてたみたいね。」

「そうね。レンさん達からの報告通りだったわね。いい風だわ‥」

姉の言葉に妹が続くと、風が気球を運ぶ先を示すよう手を伸ばした。

「うん。ちゃんと海に向かってくれてるね。」

ミネアが指し示した方向へソロが視線を向けて頷く。

シンシアも2人に倣って彼女が示した方角へ目を移した。

緑の平野が広がっている他、所々に森っぽい濃い緑があったり、土色の大地が広がってたり‥

そんな風景もとても珍しく興味引くものだったが、真下に広がる城下町の風景につい目が

向かってしまう。

シンシアには、なにもかもが初めて見る風景で。感嘆の声を時折上げ、それは熱心に夢中に

なって初めて触れる風景に見入っていた。

気球はブランカ上空を通過し、真っ直ぐ海岸線へと進路を取った。空は快晴。風向きよし、

気温もまずまず。ソロは熱心に風景に見入っているシンシアを安堵したように見守り、

そんな2人を姉妹もまた温かく見守り、小一時間程過ぎて‥

「シンシア。少し休憩しましょうよ。」

そう声を掛けて、マーニャが彼女に湯気の立つカップを差し出した。

「ありがとう、マーニャ。わあ‥温かい‥」

差し出されたカップを受け取って、シンシアが一口含む。

「私ったら、外の景色にすっかり夢中になっちゃって‥」

ほう‥とヒト心地着いた様子でシンシアがこぼすと、マーニャがにんまり笑んだ。

「うふふ。気球に初めて乗った時は皆同じような反応してたもの。気にしなくて良いわ。

 シンシアが高い所平気で良かった。」

「そうね。あまり身を乗り出したりは出来ないけど、初めて見るものばかりだから、興味の
 
 方が勝っているみたい。」

「本当に良かった。シンシアが楽しんでくれて。」

彼女の隣にやって来たソロがにっこり話すと、紙袋を差し出した。

「まあ‥これは?」

袋の中身を不思議そうに眺めるシンシアに、ソロが一番手前のオレンジの粒を取り出し、

彼女の口元へと運ぶ。

「美味しいよ。食べて見て。果物を干したものなんだ。」

「へえ‥。あ‥本当だ。美味しい。」

差し出されたソレを口に含んだシンシアが、ほんのりした甘みと酸味が口に広がると顔を

綻ばせた。

「昨日マーニャ達に頼んであったんだ。それは杏。これがなつめ‥」

袋からもう1つ取り出したソロが、そう説明するとぱくんと頬張った。

すっかりおやつタイムに突入したのを微笑ましく見守りながら、マーニャが別の袋を

開けて中身を取り出す。

「あ。マーニャ、それは?」

それを見ていたソロが、目敏く問いかける。

「ああ。なんか珍しい商品だ‥って聞いたから、試しに買ってみたのよ。桃ですって‥」

「桃! わあ‥いいなあ。」

「うふふ。ちゃんとあんた達の分もあるから安心して。」

「そっちの袋はソロに頼まれたものが入っているけど。他にも色々買って来たのよ。

 日持ちするものだしね。」

ミネアがそう説明すると、もう1つ別の袋も開封して見せた。

「わあ‥すごいや。しばらくおやつには困らないね!」

「ふふっ‥本当に好きなのね、ソロ。」

「えへへ。でもシンシアだって、美味しかったでしょ、それ。」

「ええ。もう1つ頂いても良いかしら?」

シンシアがそう笑むと、3人がそれぞれ袋を彼女の方へ差し出した。

「ふふっ‥こんなに色々あると迷うわね‥」



賑やかにおやつ休憩を取った後、今度は少しのんびり地上の風景を眺めていたシンシアが、

前方に広がる水面らしきものがグングン広く大きくなって来たのを見て、目を見開いた。

「ね、ソロ。あれが海? ね、そうでしょ? 海よね!」

水面の先に対岸らしき陸地が全く現れない、広がっていくばかりのその景色を見つめながら、

シンシアが興奮したよう声を上げた。

「うん、シンシア。あれが海だよ。広いでしょう?」

「ええ! 本当に広いのね。本当に‥なんて大きいの!

 空よりも深くて青いのね。すごいわ! これが海なのね!」

ハイテンションに感動を表すシンシアに、ソロは勿論、姉妹も心底から喜んだ。

「本当に‥なんて青。これが、海なのね‥‥」





「ソロ、今日は本当にありがとう。楽しかったわ‥」

テントの中。就寝前にシンシアが改めて、彼に感謝を伝える。

横になってたソロが半身を起こすと、膝を着いた彼女と向き合いにっこりと頷いた。

「喜んで貰えて本当に良かった。身体の方はなんともない?」

案じるように彼女の頬に手を添えて、ソロが何度目か分からない問いかけを口にする。

「ええ‥。流石に疲れはしたけど。大丈夫よ‥」

「うん‥‥」

ふわりと微笑むシンシアに、ソロが歪みかけた口元を悟られないよう彼女の肩口に頭を預けた。

気球の旅はトラブルなく終わったが、ずっと気がかりではあったのだ。

無茶を強いるだけかも知れないと‥

それでも‥‥

シンシアは緩く彼の背中に手を回しかけて、はっと思い出したように、一度手を止めると

しっかりその背に触れた。

「ね‥ソロ。あのね‥私、もう1つソロにおねだりしたいんだけど‥」

「おねだり?」

ふふ‥と明るく話すシンシアに、ソロが困惑したよう彼女を見つめる。こういう表情の時は

突拍子もない事言い出すのだ。

「あのね‥ソロの翼、もう一度触れてみたいの。厭かしら?」

「…なんだ。そんな事。別にいいけど。昨日も触れたじゃん?」

緊張を解いた様子でホッと息を吐くソロが、首を傾げさせた。

「あら…昨日はもう濡れてたじゃない。

 マーニャ達に聞いたの。ソロの翼って、梟みたいに柔らかいのですって? 私知らないわ。」

「ああ‥そういう事。自分じゃよく分からないんだけどね。うん、まあいいよ‥」

言って、ソロが上着を脱ぐと彼女に背を向けるよう上体を捻った。

「ありがとう‥わ、本当にふわふわだ‥!」

小さな翼をそっと包み込むように触れたシンシアが、感嘆の声を上げる。初めは遠慮がちに。

そのうち段々とその手が羽毛の感触を確かめるよう大胆になって来て‥

ビクン‥と翼が弾かれたように悸えた。

「あっ‥ごめん。痛かった?」

「あ‥ううん。そうじゃないけど‥あまり触られると、変なスイッチ入っちゃうってゆーか‥

 え‥っと‥‥」

言葉を探すようにしどろもどろ答えるソロに、シンシアがきょとんと首を捻る。

「変なスイッチ‥?」

「と‥とにかく、今日はお互い疲れているんだし。もう寝よう。うん、そうしよう。」

お尻でいざって離れたソロが、上着を着込んで寝の体勢に入った。

確かにソロの言う通り、シンシアも大分疲れていたので。その晩は深追いせずに素直に彼の

隣に横になった。




「クリフトは今日もまだ帰って来れないのかな‥」

翌日。晩ご飯を済ませた後、一人ぼんやりテーブルに残ってたソロがぽつんと呟いた。

シンシアは今日は姉妹が先日彼女の為に買って来てくれた服のサイズ調整に付き合っていて、

夕食後もあと少しで終わるから‥と姉妹のテントに篭もってしまった。

ソロは気球の片付けをレン達にも手伝って貰いつつ済ませて。午後は完成間近となった家の

最終確認等を行って忙しくはしてたのだが‥普段なら、こうした時間に常に共に行動してた

彼の不在が、身につまされ寂しく思う。

ソロは小さく吐息を落とすと、徐に立ち上がってまだ賑やかな作業現場へと足を向けた。

夕飯を済ませたといっても、まだ夕明かりの残る時間。作業に従事してくれてる魔物達は

本当に働き者で、この時間になっても半数以上が残って作業を進めていた。

「ご苦労様‥オレも何か手伝おうか?」

明かりに照らされた新築家屋の作業現場へやって来たソロが、そう声をかけて周囲の様子を

眺める。

「ソロさん、今晩は。今日は昼間も手伝ってくれてたじゃないっすか。

 あまり手を煩わせちまったら申し訳ないっすよ〜」

耳が尖っている以外は殆ど人間と変わらぬ外見をしたひょろっと背の高い青年が体を折って

彼と目線を合わせて返した。

「いや。お世話になりっぱなしで申し訳ないのは、寧ろこっちだよ‥」

「ソロさんがこちらに顔出しているという事は、まだあの男は戻ってないようですね。」

奥からレンと共にやって来た赤髪の男がそう語ると、ソロが苦い顔を浮かべた。

「あの男って‥アドンて、もしかしてクリフト苦手なの?」

「おや‥顔に出てましたか? そんなつもりはなかったのですが‥」

「いやあ。きっぱり出て居たろう。俺にも伝わったぜ。」

クックと声を殺しながら笑うレンが、隣に立つアドンを小突いた。

「あら‥何々? 賑やかね。」

ソロが口を開こうとした矢先、突如背後から延びて来た腕に首を絡め取られた。声の主が

明るい調子で会話に加わって来る。

「ああ今晩は。マーニャさん。」

「今晩はアドン。レンもいつも遅くまでご苦労様。」

「マーニャ‥苦しいんだけど‥」

首に絡まる腕を解いて欲しいと目で訴えるソロに、マーニャが「ああ」と腕の位置を下げた。

上体をホールドしたままで、マーニャが前方の男達へ目を戻す。

「この子、持ってっても平気?」

「別に問題ないですよ。特に用事があったようでもありませんし‥」

アドンがにっこり答えると、マーニャがにんまりと笑んだ。

「じゃあ遠慮なく持ち帰るわね。ごめんなさいね、忙しい所邪魔しちゃって‥」

「ち‥ちょっと、マーニャなんだよう?」

引きずられながらソロが訊ねる。

「シンシアの服が仕上がったからね、お披露目を‥ってあんた呼びに行ったら居ないんだもの。

 だから迎えに来たんじゃない。あたしって親切〜」

「それならそうと、最初に言ってよ。自分で歩くし。」

「それもそうね。『お持ち帰り』宣言したから、つい‥」

パッとソロの拘束を解いたマーニャが、筋肉を解すように手をぶらぶらさせつつ悪びれずに

答えた。



「あ‥戻って来たわよ。」

テーブルの場所まで戻ると、手前の席に座っていたミネアが奥の席に居る彼女へと声を掛けた。

「ね‥本当に変じゃないかな‥?」

「大丈夫よ。可愛いわ、とても‥」

ミネアはそう優しく声を掛けると、すぐ近くまでやって来たソロへと体を向けた。

「待ってたのよ、ソロ。」

「シンシアの服、完成したんだって?」

「ええそうなの。見て上げて。」

ミネアはそう言って、小さく絞っていたランプの明かりを大きく灯した。

対面に座っていたシンシアがゆっくりと立ち上がり、ソロの方へと歩いて行く。

「えっと‥どうかな?」

「うん。似合ってる‥と思う。少し大人っぽく見えるかも。」

白いワンピースに赤いジャケットを併せた装いの彼女を眩しげに眺めて、ソロが羞恥んだよう

笑んだ。

「ありがと‥ソロ。ふふっ‥なんだか照れるわね‥」

互いにこの状況がなんだか慣れなくて、小さく笑い合う。

「うふふ。なんだか初々しいわねえ‥」

頬杖ついたマーニャがニマニマそんな幼なじみ同士を見守る。

すっかり夜の帳の落ちた村に、柔らかな風が優しく通り過ぎて行った―――

2015/4/20
 
 
        
 あとがき

大変お待たせしました。やっと一応まとまった形での更新となりました。
といっても、シンシアの話はまだしばらく続きます。
最初の予定では、さらっと10000字くらいに納めて、7章行く予定だったのですが‥
予定してたエピソードまで、ちっとも辿り着いてくれません。
そこをクリアしないと次へ進めないので。ソロの感情に付き合ってたら、なんかこんな
感じにダラダラお話続いてしまったと。
もうしばらくお付き合い頂けると嬉しく思います。

前回の更新から今回まで、結構間が空いてしまったのですが。
ソロとシンシアのお風呂ネタは、前回アップ時にもう綴ってあった場面だったりします。
なんか勢いでそんな展開になったものの、本当にそれで良いのか否か‥
少し間を置いて冷静に読み返して‥とか思ったのが、一番の原因だったかも。
結局その辺は変わらないままだったのですが。
どうなんでしょうねえ?あれ。(^^;
あの2人の距離感、なんか謎です。その場面にならないと、リアクションが読めない。
なので。本来カットしてよいだろう日常を描かざるを得なくて。ズルズル長引いてます。

正直読み手の需要があるのか分からないお話ですが。
楽しんで頂けてたら幸いです。

ここまでお付き合い下さった方、ありがとうございました!

月の虹

















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