魔界。

結界の解かれたデスキャッスルの先にそびえ立つ山。

その山の祭壇で、デスピサロは進化の秘法を完成させつつあった。

ロザリーを加えた一行が、その場へ訪れた時、まさにそれは終わりを迎えたかに思えた。

咆哮と共に目覚めた異形の魔王に、一同に警戒色が灯る。

緊張の中、人間の姿にいきり立った様子の彼の前に、独り走りだしたロザリーが立ち塞がっ

た。

「ピサロ様! お待ち下さい!」

ロザリーの必死な想いが届いたのか、魔王が動きを止める。

「‥‥だ‥誰だ‥。我が名を呼ぶ、その声は‥‥‥」

「…私です。ロザリーです。判りませんか‥。あなたが授けてくれたこの名前さえも…」

切なげに寄せられた眉が哀しげに下がる。翡翠の瞳が揺らぐと、その眸から雫がこぼれ落

ちた。

頬を伝い離れた頃には紅い塊へと変わる涙――人間の欲を誘う貴重とされるその涙を、

ロザリーは絶間なく落としてゆく。

それはやがて。巻き起こった風に乗り、異形の魔王へ降り注いだ。

「‥憶い出して下さい、ピサロ様。私達が出逢ったあの日の事を…」

彼女の祈りにも似た声の後、魔王へと触れた紅塊が目映い光を放った。

その光はやがて魔王を包み、きらきらとした光のシャワーが一面に広がった。

スクリーンのように映し出される森の姿。その中を人間に追われたロザリーが走っていた。

欲に駆られた人間に、やがて捕らえられてしまった彼女を救ったのは…デスピサロ。

『危ない所だったな。』

『今のは‥今のはあなたがやったのですか?』

炎に包まれた人間が倒れるのを痛ましそうに見守り、彼女はそう訊ねた。

『そうだ。欲深い人間のエルフ狩りが目に余ったのでな。』

当然と‥ピサロは答えた。

『酷い…。なんてことを‥‥』

『‥酷い? 私はお前を助けたのだぞ。それを酷いと言うのか?』

ロザリーとピサロの出会い。それが光の中に映し出されてゆく。

ソロはその光景を、苦々しい想いで見守っていた。



『…今日からロザリーと名乗るといい。』

エルフには名前がないという少女に、興味を抱いたピサロがそう決めた。

『ロザリー…?』

『私が地上で世話になっている村から取った名だ。気にいらないか?』

『いえ。ただ‥今まで人に名前で呼ばれたコトがないので…』

『ロザリー。いつかお前をその村に招待しよう。それまで人間どもに捕まらぬよう、気を

 つけるのだぞ。また会いに来よう。私の名前はピサロだ。覚えておいてくれ。』

そう話すと、彼は移動呪文を唱え、彼女の前から立ち去った。

『‥‥‥。…ピサロ‥さま‥‥‥』

光のシャワーが消えてゆく。

記憶を繰るように動きを止めていた魔王は、感電したかのように、その異形の躰を悸わせ

た。

「‥ロ‥ザ… ロ‥ロザリー‥‥‥‥ロ‥‥‥」

そう呟いたかと思うと、強烈な光が再び彼を包む。



光の海にたゆたうピサロ。留まらぬ姿がゆらゆら揺れて、海との境界が曖昧な中、彼の自

我とも言える存在がゆっくり固まり始めた。

桜色の髪の少女が心配そうに見つめる。

その瞳は若草のように生命溢れる翠。

翠の瞳に吸い込まれるよう意識が向かうと、優しい風が翠の髪を揺らし、くすぐった。

『にーた。』

幼児特有の甘さを含んだ声音が響く。

翠の髪。蒼の瞳。こぼれ落ちそうだと思った瞳は、人懐こく自分を映していた。

『にーた。ソロとあそんれ?』

舌足らずな口調で甘えてくる柔らかな存在。

他者と深く関わるなど煩わしいだけだ…そう思って来たが。

無防備に信頼を寄せてくる存在の温もりは、存外悪くないものだと…そう知った。



あれは――



皮膚がみるみる枯れ、内部から閃光が走り、枯れた躰が粉々に弾け飛ぶ。

中から現れたのは、元の姿を取り戻した魔王‥ピサロその人だった。



――ソロ…?



「ピサロ様!!」

「ロザリー…。ロザリーなのか? ならばここは死の国なのか…?」

まだぼんやりとした様子で、彼が眼前で涙ぐむ少女を不思議そうに見つめた。

一部始終を見守っていた仲間達からも、安堵の吐息がこぼれる。

先ほどまで場を支配していたどす黒い瘴気の塊は霧散していた。

彼女がこれまでの経緯をピサロへと伝える。

静かに話を聞いていたピサロは、やがてその視線をソロへ移した。

2人に遠慮するよう遠巻きに佇む一行。

その中で、やや後方にひっそりと居たソロは、彼の視線を受けると動揺を隠すよう小さく

息を飲んだ。

傍らに立つクリフトの腕へと伸ばされていた手に力がこもる。

ツカツカと躊躇なく歩いてくるピサロを、ソロは複雑な思いで見つめていた。

「…お前達はロザリーとこの私の命の恩人だ。素直に感謝しよう‥」

静かに語りかけてくる彼からは、あの夢の中で感じた憎悪が消えている。

「…別に。感謝されたくて‥助けた訳じゃないから‥‥‥」

ぼそぼそと、ソロはそう紡いだ。

「…もう、人間を滅ぼすなんて‥しないよね?」

「…ああ。」

「なら…それでいい。」

話は終わり‥とソロが身体を引きかけると、声が掛けられた。

「‥1つだけ、遣る事が残っている。」

「え…」

不安気にソロが顔を上げる。

ピサロは紅の瞳を細めると、続けた。

「‥生憎かも知れんが、行く道は私も同じだ。しばし同行だな。」

「――!?」

「「ええ〜〜っ!?」」

ぽかんと口を開けるソロ。その回りで、どよめきが走った。

「‥‥‥本気‥なの?」

「ああ。奴を確実に仕留める為には、その方が効率よいからな。」

「‥‥‥。」

「勇者と魔王の共闘なんて、どんな奴にだって負けないわね!」

難敵を前に戦力が増えるのは心強いと、マーニャが歓迎の意向を示す。

途惑いはあるものの、他のメンバーも次の戦いを意識し、頷いていた。

「…共には戦えぬか?」

返事のないソロに、ピサロが吐息交じりに訊ねた。

「‥‥あんたが力を貸してくれるなら、心強い。しばらくの間、よろしく‥。」

それだけ答えると、ソロは踵を返し馬車へと向かい歩き出した。

なんでもない顔を保つのは、既に限界だった。

「‥ソロ。」

隣を歩くクリフトが、小さく声を掛けた。

「…オレ、普通に出来たかな?」

「‥ええ。」

前方へ目を向けたまま話す彼に、クリフトが答える。ソロは崩れそうな感情をどうにか立

て直し、彼の後について馬車に集まったメンバーへ告げた。

「とにかく街へ戻って、これからの事はそれから決めよう。」

「ルーラはわしが唱えよう。主も疲れておるじゃろう。どこへ向かう?」

「‥‥ゴットサイドへ。」

そう答え、ソロは幌へと一足先に乗り込んだ。

他のメンバーもそれに倣い続いてゆく。

全員が乗り込むと、ブライが移動呪文を唱え、魔界を後にした。





まずは身体を休めようと、宿に向かった一行。

「はい、これが3人部屋の鍵2つよ。」

ぼんやり心あらず‥といった調子のソロに代わって部屋を取ったマーニャが、男性陣の前

へやって来ると鍵を差し出した。

「あたし達は2人部屋2つ。それでいいでしょ?」

「3人部屋という事は、あ奴もこっちへ入って居るのか。」

ブライがやれやれ‥と肩を落とす。

「当然。じゃ‥今日はこれで解散ね。お休みなさい。」

ブライに鍵を預けると、ひらひら手を振って、彼女はロザリーと部屋へ向かった。

「‥今夜はわしらもゆっくり休ませてもらおうかの。」

鍵の1つをクリフトへ渡し、いつもの3人部屋メンバーがホールを後にした。

残されたのは‥ソロ・クリフト…そして魔王。

「え‥っと。ソロ、私達も部屋に行きましょうか? その‥ピサロさんも。」

「え…?」

ピサロと同室‥という考えがまるでなかったソロは、大慌てで周囲を見回した。

だが‥残っているのは、この3人だけ。

「オレ達がピサロと同じ部屋なの!? なんで? ロザリーは?」

「‥彼女なら、派手な娘が連れて行った。」

「そんな‥‥。」

「私が同室だと不具合なのか?」

「…別に。そんなんじゃ‥‥」

俯いたソロが困惑げに呟く。

「とにかく。このまま立ち話もなんですから。部屋へ向かいましょう。」

「‥うん。」



部屋へ到着すると、荷物を置くなりソロは部屋を飛び出した。

「散歩行って来る!」そう言ってそそくさ出て行ったソロを、クリフトが追いかける。

部屋には魔王だけが残された。

独りになると、3つ並んだベッドの一番端に腰を下ろし嘆息する。

ソロが困惑しているのはよく解る。だがそれ以上に現状に途惑っているのは魔王だった。

時の中に埋もれてしまっていた記憶。

優しい木漏れ日。暖かな午後。

あれは‥確かにソロだった――

あの幼子との出逢いが、ロザリーと自分を結びつけたのだ。

それを‥‥

「すっかり忘れてしまってたのだな…」

ぽつん‥とピサロは呟きを落とした。



「ソロ、待って下さい‥!」

駆け足では適わないクリフトが、公園へ入った彼に呼びかけた。

茜色に染まり始めた空。公園の木々は濃い影を落とし、さわさわと揺れていた。

ぱた‥と足を止めたソロがふらふらと林の中へ入ってゆく。

彼は大きな杉の根元に寄りかかり、そのままずるりと腰を落とした。

「…ソロ。」

「‥オレ、わかんないよ。」

ぽつん‥とソロがこぼす。膝を抱え顔を埋めたソロに合わせるよう膝をついたクリフトは、

そっと彼の頭に手を乗せた。

「ピサロが助かったのは‥嬉しい。でも…

 あんな‥2人の仲を見せつけられるなんて、思わなかったから…

 それに‥。あれでさよならだと思ってたのに。

 なんで…あいつ、あんなコト。‥一緒に旅をするコトになるなんて‥‥

…思わなかった‥」

涙声で話すソロ。途惑う想いが複雑に絡み、感情の制御がつかぬらしい。

「あいつを助けたら…それで終わりだ‥って。そう思ってた。

 もう‥逢うコトもない‥って。だから‥‥‥!」

「ソロ‥。」

「ふ‥ぁああっ‥‥ん…!」

混乱する彼を抱き寄せると、ソロが堰を切ったよう泣き出した。



ピサロが助かって嬉しい。

けれど。ロザリーとの仲を改めて示されて、苦しい。

戦闘が回避出来て嬉しい。

けれど。

そばで2人の仲を見せつけられるのは‥哀しい。



共に過ごすコトを望んだ時もあったが‥

今のソロには、惑いばかりが先立って、揺れていた――








2006/3/21







あとがき

やっと・・やあっと辿り着きました。ぴーサマの元へ!
…長かったです(@@;
でも今回書いてて思ったのは、無軌道に進んでしまってるようなソロ編なのに。
意外と抑える部分はちゃんとクリアしていってるんですよ。
ピサロとソロの関係って、ハタからみたらバカップル・・もとい、恋人にしか映らない訳
ですけど。本人たちは、それをちっとも自覚していない。(ソロは途中から自分の
気持ちに気づいてましたが。片想いと信じてる訳で・・)
そんな2人が何事もなく6章迎えても、やっぱり大きな進展は望めないな・・・
そう思い始めたのと、クリフトがソロへ傾いていったのとは同時期。
ピサロとの関係は、お子様ソロにはわかりにくいカタチで形成されたので。
恋愛・・ってモノをわかりやすく教えてくれるセンセイが欲しいな・・って感じで。
走りだしたクリフトをそのまま動かしてしまいました。
ぴーサマもかなりソロに甘かったのですが。
もっと判り易く甘えさせてやる存在が欲しかったんですね。
甘えていいんだよ…と思える存在があるコトを、知って欲しかった。

それともう1つ。
ソロが予想以上にピサロに傾倒してしまった為、別れてしまった時の落ち込みようが
それはもう大変だった・・とゆーコト。
そんな彼を支えられるのは、全部知っていて、それを責めたてたりしなかったクリフトただ独り。
彼の想いを承知の上で、それでも・・と辛抱強く支えてくれて・・
ピサロとは別の意味で大切な存在になっていきました。

さて。
これから待ちに待ったややこしい関係の始まりです(^^;
復活したぴーサマは、忘れていた過去を思い出してしまったので、ソロに対してどう行動
すればいいか・・今までとは違う惑いを覚えるかも知れませんし。
ソロはソロで、彼が愛してるのはロザリー・・と強烈に印象ついてますし。
クリフトは…散々ソロを泣かせた魔王サマに、あっさり彼を渡したくないでしょうし。

次回は更に深い霧に包まれて、先が読めません(@@;

ここまでお付き合い下さった方、ありがとうございます!
生暖かく見守っていただけると幸いです。