「…あの、さ。‥今日のコト、怒ってるの…?」

宿の部屋へ戻って、一日の汚れを流した後、ずっと押し黙ったままのピサロにソロが話し

かけた。

「怒ってなどない。

 ‥お前の無茶もどうかとは思うが。それよりも‥私は知らなかったぞ?」

やって来たソロに静かな口調で、ピサロが答えた。

言葉の意味が理解出来ず、きょんとするソロにピサロが続ける。

「…神官の呪文だ。ザラキを扱うのは知って居たが。アレは初めて見た。」

「ああ。ザキのコト? 滅多に使わないからね、クリフトは。」

「そうだろうな。」

ふう‥と重い吐息を混ぜて、ピサロが浴室から出て来たクリフトへ目を移した。

「‥何の話です?」

「ああ‥うん、ピサロがね‥クリフトがザキを使うの初めて見たって…」

「…そうでしたね。」

「‥なんか変なの。2人ともどうしたの‥?」

奇妙な空気が流れて、ソロが眉を寄せて慎重に訊ねた。

その答えを得るより前に、部屋にノックが届く。

トントン‥トントン。

急かしてくる音に、クリフトが戸口へ向かった。

「はい…あ、マーニャさんにミネアさん、姫様まで…」

言い終わる前に訪問者が部屋へズカズカ入って来た。

「どうしたの、3人揃って?」

「ソロ、聞いたわよ〜。アリーナから。」

「え‥?」

「ピサロとのコト! もお、ソロってば本当水臭いんだから。

 って訳で。ちょっとゆっくりお話したいのよ。だから、ソロ借りて行くわよ?」

前半はソロに。後半はピサロ・クリフトに向けて、マーニャがにっこり宣った。

「え‥? ち‥ちょっと、マーニャ?」

がしっと肩を抱かれて、クルリと踵を返した彼女が戸口へスタスタ歩き出す。

「オレ‥クリフト達と話の途中で‥‥」

「あんた達はいつだって一緒じゃない。たまには付き合いなさいな。」

「えっと‥でも‥‥」

振り返るソロにクリフトがにっこり微笑む。

「行ってらっしゃいソロ。健闘を祈ってますよ。」

「‥試練だな。行って来い。」

女性陣には適わぬとばかりに、両名が快く送り出す。面倒事は避けたいらしい。

半ば強引に、ソロは女部屋へと連行されてしまった。



「‥さて‥と。貴様には都合が良かった‥といった所か。支障なくなったぞ?」

わいわいと賑やかな声が遠退くのを聴きながら、ピサロが静かに口を開いた。

「なんの事です?」

肩を竦めて、しれっとクリフトが返す。

「‥ふ。ソロは知らぬのだろう? あの様子では。ソロには扱えぬ呪文だしな。

 なんなら‥私が講義してやっても良いが。ザキとザオリクに必要な要素をな。」

「知る必要はないでしょう。私だって無為に用いたりはしません。」

「だろうな。あれらは生命力や寿命の有り余ってる連中が生んだ術だからな。

 人間が使いこなすには少々荷が勝ち過ぎた代物だ。」

「‥そうですね。竜の神にも忠告されましたよ。

 けれど…今日みたいな時には、躊躇いませんよ。これからも…」

「‥確実に寿命を削っていると承知っていても‥か?」

「‥まあ。それもまた天命でしょうし。仕方ありませんね。」

神妙に訊ねられて、微苦笑したクリフトが嘆息交じりに答えた。

「ですから‥ソロには余計な事を吹き込まないで下さいね。ピサロさんも。」

にっこり笑顔にブリザード背負って、クリフトが釘を刺す。

「…ずっと。貴様の行動が不可解だったが。貴様は‥‥‥」

言いかけたピサロの言葉を遮るように、クリフトが自身の口元に指を立てた。

「不可解なままがいいんですよ。それに‥私だって、命は惜しいですからね。

 そうあっさりと、諦めてもいません。」

さっぱりとした笑みで、クリフトはそう結んだ。




さて…一方。

女部屋に連れ込まれたソロは―――



「さあさあ、ソロ。今日はきっちり答えて貰っちゃうわよ〜?」

気合のこもった笑顔を向けて、マーニャがソロに着席を促した。

「‥な、なんか…マーニャ、怖いよ?」

怒ってる‥というのではないが。奇妙な迫力に、退避ぎながら、ソロがベッド端に腰を下

ろした。その向かいにマーニャが座って、隣にアリーナ。ソロの横にはミネアが着席した。

「たくさん聞きたいんだけど‥。まず確認させてね?

 ソロ、あんた魔王に強要されたりとか、騙されたりとかしてない?」

コホン‥と咳払いをしたマーニャが、声を鎮めて問いかけた。

「‥ん、大丈夫。最初は‥オレだって信じてなかったもん。だけど…」

ふわりと笑んだソロが、ほんのり頬を染め俯く。

「だけどね‥あいつ、すっごく優しくて。本当に‥オレのコト、心配してくれて…

 オレ‥我が儘たくさんぶつけて、すごく振り回したのに…。

 それでも‥オレがいいんだ‥って。そう‥言うんだ…」

ぽつぽつと、ソロは彼の想いを受け止めるまでに至った思いを紡いだ。

「‥まあ。あいつは初めからソロ狙いだったっぽいけどね。

 それにしてもさあ、よくクリフトが割り込ませたわねえ‥。その辺がね、不思議とゆー

 か。腑に落ちないとゆーか。」

「‥オレ。クリフトには、もっといっぱい心配かけたから。だからかな‥

 オレの欲しかったモノ‥クリフトはいつも解ってくれてるの。」

「ソロの欲しかったモノって?」

隣に座るミネアが、そっと彼の翠髪を梳って訊ねた。

「‥うん。あのね…あの‥別荘でね、オレ達3人しばらく一緒だったでしょ。

 その時にね、思い出したの。‥村が滅びる前まで当たり前にあった、[日常]ってやつ。

旅立ってから、すっかり忘れていた、暖かい風景がね、そこに在ったの。

 そしたらなんだか‥オレ、嬉しくて。…倖せだって、思ったの。」

「ソロ…」

「ピサロがね、オレの村を滅ぼしたコト‥忘れてはいないんだ。けど…

 …翼が生えちゃった時にね。オレ‥本当に消えちゃいたいくらい哀しくて。

 2人をね、すごく困らせたんだ。旅をリタイアしよう‥って、本気で思い詰めて…

 でも‥みんなの元へ戻ろうって…そう思い直せたのは、2人が居てくれたからで――」

ゆっくりと、思っている感情を俯きがちに紡いでいたソロが、その顔を上げた。

「だから‥オレ…っ。オレ‥‥‥」

「ソロ‥大丈夫よ。誰もあなたの選択を、責めたりしないわ。」

眦に涙を滲ませるソロの手を両手で挟むようにして、アリーナがそっと声をかける。

「そうよソロ。ここに呼んだのはね、あなたの気持ちを確認して、それから‥‥

 惚気話をたっぷり吐かせてしまいましょう‥って、それだけだったんだから。」

「惚気‥話?」

くすす‥と微笑むミネアがこつんと頭を寄せて来て、ソロが頓狂な顔を浮かべた。

「そーゆーコト。あたし達はね、あんたさえ納得してるなら、なんの文句もないのよ?

 あんな風に倖せだ‥って微笑まれたら、とことん応援しちゃうわ。安心して。

 あんたの倖せは、パーティの幸せでもあるんだから! だから全然問題なしよ。」

「そ‥そー‥なの?」

パーティの幸せ‥って。それはなんだか違う気もするソロだ。

「そーなのよ。だからね‥この際御裾分けしない?」

がしっと彼の両肩をマーニャが掴む。間近で微笑まれて。ソロは再び退避いだ。




「…貴様の覚悟は了解した。だが‥納得した訳ではない。」

しばらくの沈黙の後、ピサロがそう切り出した。

「ピサロさん‥」

「とにかく知った以上、見過ごす訳にも行かぬ。二度とあれらの術は使うな。

 口止め料替わりの制約だ。」

「ピサロさん‥」

威圧的に申し渡す魔王に、困ったようにクリフトが吐息を落とす。

「これは貴様の為ではない。後々の憂いは避けて置かねば。ソロに恨まれるからな。

 私の為だ。」

「‥分かりました。可能な限り‥善処します。」

「…制約が破られた時には、ソロにも告げるぞ?」

そう返して、ピサロは戸口へ向かい歩き出した。

「どちらへ行かれるんです?」

「‥ソロの元だ。まあ‥さっきの様子なら、遊ばれるだけだろうがな‥」

「ああ‥でしょうね。それで‥助け舟に入ってあげるんですか?」

「まさか。窺って来るだけだ。ここの女共は厄介だからな。」

苦く笑って、ピサロは扉の向こうへ消えた。

それを見送ったクリフトが、ベッドに腰掛け小さく笑う。

「…本当に、変わるもんですねえ‥」

まさか自分の心配までされるとは、思いもしなかったクリフトが、やれやれと嘆息する。

それからすっと目を落として、紅に染まりつつある窓の向こうを無言で見つめた。



――幼い頃。幾度も繰り返された母の言葉が蘇る。



『―――大丈夫。大丈夫よ、クリフト。占いなんて当たるはずないもの。だから…』



小さな傷や発熱の度、涙を浮かべて哀しい顔をしていた母。

いつもいつも、向けられるのは心配顔ばかり。そして‥父にはヒステリックに声を荒げて。

信じてないと言う占いに希望を見出そうと奔走しては、絶望ばかり深めていった。



―――未来が見えない。



どの占い師も、口を揃えてそう告げた‥という。



見える筈がない―――ずっとそう思ってきた。

確定した未来など、ありはしない‥と。



事実、竜の神ですら、現状を予期せずに在ったではないか―――



クリフトは自嘲するよう小さく嘲って、その瞳を閉じた。



信じずに居た占いだが、その頃は‥仮令短い生涯だろうと、悔いなく在れば良いのだと。

生に執着を覚えもしなかった。

この旅の中で。蘇生と致死を繰る呪文を修得した時も、それ故の占いの結果だったのだ‥

と、不思議な縁を覚えたが。別段それが現実になっても、不都合とは感じなかった。



だが…



ソロを愛して、それは変わっていった…



今はまだ、彼を独り遺しては逝けない―――と。

初めて、この生を惜しいと思った。

そして…同時に恐れた。



ソロだけ‥じゃない。自身の不安を払拭させる為にも必要だったのだ―――



そう本音を白状したら、魔王はどんな反応を返すだろうか?



思っていた以上に、情に厚い彼を知ったクリフトがそっと口元を綻ばせた。



「‥ま。当分は内緒ですね、やはり…」

そう独りごちて。スクっと立ち上がった彼が、戸口へ向かう。

女部屋へ連行されたソロの様子を窺いに行ったピサロを追って、クリフトも部屋を後に

した。



2007/12/25

あとがき

こんにちは。ここまでお付き合い下さった方、ありがとうございますv
今回の話。もうちょっと続く予定だったのですが。
切りよいトコなので。ま‥いっか―――とまとめてしまいました。
女部屋の話が続くかどうか‥まだなんとも云えません(^^;

とりあえず年内小説UPはこれで終了です。
ソロ編含めた他の話もすべて、年越してからの作業になると思われます。

さて。
今回の話‥実はその大部分、冬コミ準備前に上がってました。
んで。ちまちま作業合間に本編綴って、新刊準備終わった後、ラスト周辺に
苦労しましたxxx
そう。クリフトの過去が垣間見える部分に‥
ザキ・ザオリクの呪文の要素=生命 とソロの世界で定義付けた時から、
どこで明かそうかとタイミング図っていて。‥まだ微妙に迷い中‥
なのでどうまとめるか、苦慮しちゃった訳です(++;
判りにくい‥と思われたらごめんなさい。
そのうちもっときっちり明かせる日が来るかと思います‥
クリフトの心情も含めてね。

過呼吸。
実は一度だけ‥起こしたコトがあります。(しかも病院で)
このまま死んじゃうんじゃないか‥?
そんな不安が募ってゆく体調変化は、脳貧血よりもダメージ大きかったデスxx
心の方が特に‥。(><
まあ‥発作中は流石にハラハラ、気分悪いだけだけでしたが。
医師の手当てを受けながら、「これってもしかして‥過呼吸?」考えて。
いつかどこかで使おう‥と、「記憶する」をフル稼働。
今回やっと、お役に立ちました。
クリフトの台詞は、まんま医師に言われた言葉だったりします。
 
そんな感じで。
なんか語り忘れてる気もしますが。そろそろ〆ます。

でわでわ。少し早いかもですが、みなさま良いお年を!!