カチャリ‥

布団に入ったソロが静かな寝息を立て始めた頃。ピサロが部屋に戻って来た。

「お帰りなさい。」

「‥ソロは眠ってるのか?」

真ん中のベッドに横たわっている寝姿を確認したピサロが、見守るよう枕元の椅子に座っ

ているクリフトに訊ねた。

「ええ。やはり幾らか疲れもあった様子で‥」

「そうか‥。貴様は今日のソロの提案、知ってたんだな?」

「ああ‥ええ、まあ。午前中そんな話が出たものですから‥」

「何故止めなかった? 寄りによってあの町とは‥。ソロには負担なのではないか?」

苦々しく言うピサロに、クリフトが肩を竦めさせた。

「‥まあその懸念は確かにありますが。これ以上留まっていられない‥との焦りもあるよ

 うですから。ソロにはしっかり休んで頂いて、それでいて旅も続けてる‥といった状況

 にあった方が、落ち着いて貰えるかな‥と。」

「ふん‥。」

「それより。そちらはどうだったんですか? 彼女の話。」

「‥ああ。彼女がこの町に残ると言うのでな、その確認をしたかったそうだ。」

「それで‥良かったのですか、本当に?」

「ああ‥問題ない。それなりの手筈も整えたからな。」

慎重に訊ねてくる彼に答えると、身を屈めたピサロが、ソロの額にかかる髪を撫ぜ上げた。

優しい感触に、眉間に刻まれてた皺が解かれ、ピサロも口元を和らげる。

「それで‥脱線だったのですか。」

午前に受けたアドンの報告が長引いた理由はその辺かと、見当付けたクリフトが納得と呟

いた。

「それもあるが。‥昨日の件に一番割いた。」

「…成る程。それはまあ‥彼も間が悪かったというか。苦労なさってるんでしょうね。

 気の毒に‥。」

全然気持ちを込めないクリフトが、さらっと話したピサロにクスクス笑みをこぼしながら

返した。妬きもち魔王さまに、ネチネチつつかれたのだろう事を想像しながら。



「…あ。ピサロ‥戻ってたの?」

それから小一時間程経って、目を覚ましたソロが、傍らの椅子に腰掛けていた彼を嬉しそ

うに見つめた。

「ああ。…気分はどうだ?」

「うん‥平気。ちょっと疲れただけだから。」

そっと前髪を掻き上げてくるピサロにふわりと笑って、ソロがゆっくり体を起こした。

「ソロ、冷たいジュース、ありますよ?」

「あ‥本当? 飲む飲む。」

「ちょうど良かったです。おやつと一緒に貰って来たばかりなんですよ?」

ナイトテーブルにグラスとマドレーヌの乗った皿を置いて、クリフトが微笑んだ。

「わあ‥美味しそう! いっただきま〜す!」

機嫌良くソロが早速ぱくつく。貝を象った柔らかな焼き菓子は、まだほんのり温かくて、

甘味が口一杯に広がってゆく。

「美味しい。これ通りの向こうにあるお店のでしょ。オレ、好きなんだv」

「マーニャさんが差し入れて下さったんですよ。後でお礼伝えて下さいね。」

「うん…あ、と‥ピサロ達は? 食べないの?」

にこにこと次のお菓子を手に取ったソロが、珈琲を飲んでいるだけのピサロとクリフトへ

問いかけた。

「‥甘い菓子は苦手なのだ。知ってるだろう?」

「…美味しいのに。」

「まあ‥元々ソロへ戴いたものですし。好きなだけ召し上がって下さい。

 夕飯に支障ない程度に‥ですけど。」

「うん‥わかった。」

こっくり頷いて、ソロがもくもく食べる。

結局2つ残ったが、後で食べよう‥と袋の口を閉じた。

「あのね‥」

おやつを終えたソロが、徐に切り出す。

ピサロとクリフト、双方へ目をやって、それから1つ息を落とすと語り出した。

「聞いてもいい? ‥さっきアリーナに呼ばれたの、用件なんだったの?」

ちらっとピサロを窺って、躊躇いがちに訊ねるソロ。

ピサロは肩で息をつくと、丁寧に返した。

「ロザリーがな、この町に残ると言い出したのだ。それで、サントハイムの姫が伺いを立

 てて来た。彼女の身を案じてくれたらしい。」

「…ロザリー、どうして残る‥って?」

「ああ‥それが、なんでもやりたい事を見つけたとかで‥すっかり夢中になってるらしい。

…護られているだけでなく、役立ちたいのだそうだ。」

「‥それを見つけたって?」

「そういう事だ。」

「大丈夫なの‥?」

「…まあ、商人の家は元々警護がしっかりしてるようだし。アドンも付けたしな。」

「そうなの。‥ふうん。

 ‥ピサロも…それでいいの?」

少し考え込んだ後、ソロが遠慮がちに訊ねた。

「‥あちこち連れ回すよりは、良いだろう。それに‥実際充実してるようだしな。

 望むようにさせるさ。」

なかなか忙しく過ごしていた彼女を思い出しながら、ピサロがフッと微笑んだ。

「…そっか。」

俯いたソロがそう返すと、そのまま黙り込んでしまった。

何事かとピサロが覗き込もうとした、その時―――

コンコン‥ノックが届いた。

立ち上がったクリフトが、すっと戸口へ向かう。

「はい…あ、いらっしゃい。」

クリフトが訪問者へ柔らかく語りかけ、戸を開いた。

招くようにされて、訪問者が足を一歩踏み入れる。

「あ‥ポポロ。いらっしゃい、待ってたよ。」

緊張した面持ちで部屋の入り口に立つ少年に、ソロが微笑んだ。

彼の笑顔に触れて、ようやくポポロも表情を和ませる。

「ソロ兄ちゃん‥! もう大丈夫って本当!? おれ‥おれ‥‥」

気が緩んだせいか、ポポロがぼろぼろ泣き出してしまった。

「‥うん、もう大丈夫。ポポロにもいっぱい心配かけちゃったんだね。」

ベッドから降りて、彼の元へ向かったソロが、そっと頭に手を置いた。

「うん‥、いっぱい心配した。会いたかったよ? でも‥無理させちゃいけない‥って、

 お父さんが…。でも‥明日発つんでしょう? 父さんが、今夜ならいいよ‥って。

 兄ちゃんがそう言ってたって、聞いて…」

「うん。ポポロがね、本当に心配してるから‥って。ごめんね、気が回らなくてさ。」

ポポロはブンブン首を振ると、涙を拭ってソロをしっかり見つめた。

「お母さんもね、いっぱい心配してた。ロザリーも。でも‥大勢で押しかけたら疲れさせ

 ちゃうわね‥って、母さんが。だからぼくが代表でお見舞いに来たの。

 ‥これ、お見舞い。」

「…え。ありがとう、ポポロ。」

すっと差し出された小さな包みを受け取って、ソロが微笑んだ。

「‥開けてもいい?」

コクンと頷く彼を待ってから、ソロは紙袋を開いた。途端、ふわんと鼻を擽る薫りが立つ。

「…これ。香袋‥だね。」

「うん。兄ちゃんの好きなモノ‥他に浮かばなくて。前にさ、話してくれたでしょう?

 白檀の香‥って、故郷思い出すんだって。だから…元気になってくれるかな‥って…」

もじもじと語るポポロに、ソロが微笑みを深くして、ぽむと頭を撫ぜた。

「ありがとう、ポポロ。うん、元気出た。しばらく忘れてた香りだから、嬉しいよ。」

例の件の折に失ったままだった事に、今更ながら気づいて、ソロは香袋を抱き込んだ。

忘れていた故郷の匂いが、優しい緑風を運んで来るようだった。



「兄ちゃん、そろそろぼく帰るよ。」

そのまましばらくソロ達の部屋で過ごしていたポポロが、すくっと立ち上がった。

「え‥もう?」

「‥うん。あんまり長居しちゃダメよ‥って言われてたんだった。

 無理させちゃいけないよ…って。」

反省するよう話すポポロにクスリとソロが笑う。

「無理なんて‥。夕食も一緒に食べていきなよ。‥っても、宿の食堂で良かったらだけど。

トルネコには後でオレから話すからさ。」

「‥いいの? 迷惑じゃない?」

「もちろん。」

にっこり笑うソロに、側に居たクリフトも同じく笑んでくれたので、ポポロも安心したよう

微笑んだ。チラっと視界の端に映った黒衣の青年は、ちょっと驚いたようだったが。

特に厭な顔もされなかったので。無愛想だけど怖い人‥じゃないのかな? なんて。

こっそり思ってたのは、誰も知らない。



早速向かった食堂では。ポポロがソロにくっついたままで。ソロもにこにこ甘えさせてた

事もあって。クリフトとピサロが並んで腰掛ける事となってしまった。

流石にその時ばかりは、渋面を浮かべる魔王だったが。

なにしろソロが上機嫌にポポロを可愛がってるので、文句も出せない。

「すっかり懐かれてますね、ソロは。」

料理を頼んだ後、なにやらぼそぼそソロに耳打ちするポポロ。クスクスと笑いがこぼれる

姿に微笑みながら、クリフトが口にした。

「‥ふん。随分ガードが緩むのだな、子供には。」

他人への警戒心は元より、仲間ですら、どこか緊張感漂わせていたソロだったのに‥と、

ピサロが少々不満そうに呟く。

「まあ。あれだけ慕ってくれればね。弟が出来たようで、嬉しいのでしょう。」

子供・弟‥と飛び出した単語に、ポポロが不満気に口を尖らせる。

「兄ちゃん。…年下はダメか?」

ソロの両手を小さな手のひらで包み込んで、ポポロが真剣な眼差しを向けた。

「‥は? え‥っと、何? どーしたの、急に?」

「兄ちゃん…好きなヒト‥いる?」

「え‥? あ‥えっと。‥‥‥うん。」

会話の流れがよく掴めないでいるソロだったが。まっすぐな瞳を寄せられて、退避いだ

様子で目を泳がせてから、コクリと小さく頷いた。

その泳いだ目線が前方へ座る無愛想な男へ瞬間注がれたのを、しっかり目撃したポポロが

悔しそうに俯く。

そんな彼の様子に、どうしたらいいのかオロオロとクリフトとピサロへ目をやるソロ。

肩を竦めて見せただけの魔王にムッと眉を上げて、隣のクリフトを覗うと、彼も困った

ように微笑むばかりで。

ふと目をまだ握られたままの手元に移せば、何かを決意したようしっかりと、指先に力が

込められた。

「…ポポロ?」

「あ‥えへへ。なんでもないよ。あ‥兄ちゃん、来たみたい。」

心配顔で覗かれて、ポポロが笑みを取り繕った。盆に湯気の立つ皿を幾つか乗せた少女が

やって来るのに気づいて、ポポロが指し示す。

「あ‥本当。早いね‥。」

運ばれて来た料理はこちらのテーブルの注文だった。

いつもより会話の多い食卓は、和やかに過ぎてゆく―――



「ポポロ。父さんも家に戻るから、一緒に帰ろう。」

食事を終えて、しばらく談笑してた所にトルネコがやって来た。

「‥あ、お父さん。」

「ウチの息子がすっかり世話かけてしまったね、ソロ。疲れてはいないかい?」

息子を促しながら、トルネコが気遣うように訊ねる。

「ううん、全然。楽しかったよ? 

 なんかお見舞いまで貰っちゃって‥寧ろ世話になったのオレの方じゃないかな?」

ふふふ‥と微笑むソロに、トルネコも安心したよう相好を崩す。

「ポポロ、お見舞い本当にありがとう。ネネさん達にもよろしく伝えてね?」

席を立つ少年の頭を撫ぜて、ソロが微笑む。

「‥うん。兄ちゃんも‥早く元気になって、家にまた遊びに来てね?」

「うん。ありがとう、ポポロ。」

「クリフト兄ちゃん達も、ケガとか気をつけて、旅を続けてね。」

別れを惜しむポポロが、クリフトとピサロの方を向き声をかけて。

それから小さく手を振った。

トルネコに手を引かれ歩いていく後ろ姿を見送って、一同も食堂を引き上げた。







          





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