「ソロ‥大丈夫?」

「あ‥ああ、うん。」

その城の入り口で心配顔をこちらへ向けて来るミネアに、オレは神妙に頷いた。



デスパレス。魔物の城‥

オレ達は再びこの城へとやって来ていた。

今こうして城の入り口に居るのは、潜入メンバーであるミネア・クリフト・ブライとオレ

の4人。残るメンバーは城のすぐ近くで馬車と共に待っている。

とりあえずは情報収集を含めた内部の調査が目的‥というコトで、変化の杖を使いこっそ

り城へ入り込むコトとなった。

「‥じゃ、行こうか。」

オレは3人へ目線を送ると、頷くのを確認し、杖を振るった。

淡い光がもやのようにオレ達を包む。

もやが失せると、オレ達は上手く魔物の姿に身を変えていた。



なるべく目立たぬように‥と注意しながら、オレ達は広い城の内部をあちこち回った。

幾度か魔物ともすれ違ったが、どうやらバレずに済んでるらしい。

魔物達の会話にこっそり聞き耳立ててると、今日これから何かの会議が開かれるらしいと

いうコトを知った。

「‥会議ですって。デスピサロも来るのなら、丁度いいわ。ね、ソロ?」

隣に居たミネアが小声で話す。

「少々危険を伴うかも知れんが、いざとなったら魔法で脱出し姫達と合流出来ればなんと

 か…」

ブライも同じように声を顰めながら、堅い口調で思案げに続いた。

「…ああ。そうだな。ここまで来たんだ。‥行ってみよう。」

オレはグッと拳を握り込むと、緊張しながらもそれに応えた。



会議室の中はいろんな魔物が既に席へ腰掛け、会議の始まりを待っていた。

思ってた以上に揃った魔物達を前に、一瞬冷やりとしたモノが過る。…もしこの場でオレ

達の正体がバレたら‥ふと隣に立つミネアを窺い見ると、同じコト考えてたのか、ゴクリ

‥と息を飲んでいた。後方にいるクリフト・ブライも同様らしい。

入り口で立ち尽くしていると、空いた後方の席へ座るよう促され、オレ達はぎくしゃくし

ながら広間の奥へ進んだ。

「‥ずっと留守だったデスピサロ様が、突然戻って来るとは…」

テーブルを囲んだ席へ着いていた鎧の騎士がぽつりとこぼす。

「‥まさか、殺したはずの勇者が生きていたとか…」

向かいの席の骸骨が答えると、隣に座る魔法使いが続いてしゃべる。

「ついに進化の秘法が完成したのかも知れないな‥」



――進化の秘法。それが本当に完成したのだったら‥



彼らの後ろを通りながら耳へ入ってくる言葉を、苦々しい思いで聞いていた。



オレ達は促されるまま空いた席へ腰掛けると、ざわざわとした魔物達の様子をこっそり窺っ

た。突然の収集の理由は、ここへ集まった魔物の誰も知らずにいるらしい。



やがて。進行役らしい鎧の騎士がデスピサロの到着を告げる。

「静粛に! 間もなくデスピサロ様が到着する頃だぞ!」

ざわついていた広間が水を打ったように静まり返る。

緊張した空気の支配する中、ついにデスピサロが壇上へ現れた!



――ピサロ!



見慣れたはずの姿…なのに。魔族の束ねとして現れたその姿は、オレの知る奴じゃなく‥



奴は集まった者達へ視線を一周させると、張りのある声を響かせ語り始めた。

「諸君! たった今鉱山の町アッテムトで大変な事態が起こった!

 地獄の帝王エスタークが蘇ったらしい!」

会議室が俄に騒めく。オレ達も思いがけない言葉に、顔を見合わせてしまった。



騒つく会場内へ目線を向けていたピサロが、ほんの一瞬表情を変えた。

それは集まっていた魔物の誰も気づかない程些細な変化だったが。ふと視線が止まってし

まったコトに気づいた数人の魔族が、その視線を追う。

一番奥まった席に座るミニデーモンは、注視されてるのに気づくと、壇上に立つ支配者へ

視線を移した。

ほんの一瞬瞳が交わされる。



――ピサロ…。気‥づいたのか…?



ドクン‥ドクン。拍動が不安定なリズムを刻む。

不安に揺らぐ瞳のソロとは対称的な鉄面皮のピサロが、何事もなかったよう目線を移した。



――!!



ソロはひどくいたたまれない思いに包まれながら、身を小さくした。

会場内の空気が一瞬変化したコトを受け、騒つきが収まると、再びピサロが語り始める。

「どうやら人間どもは地獄の世界を掘り当ててしまったらしいのだ。

 とにかくアッテムトだ! エスターク帝王を我が城にお迎えするのだ!」

彼は一同にそう促すと、移動呪文を唱え立ち去ってしまった。

同じく移動呪文を扱える者がその後に続く。

会場内にまばらに残った者達は、エスターク復活を喜び合ったりしていたが、ソロは勿論

ミネア・クリフト・ブライの3人も、しばらくその場を動くコトも出来ずに居た。





「なんですって!?」

「最悪の事態となってしまったようでな。とりあえず、詳しい話は後じゃ。なあ、ソロ。」

「ああ…。」

「アッテムトならハバリアが近いわ。ひとまずそちらへ向かいましょう?」

「ハバリアじゃな。では‥行くぞ。」

エスターク復活の情報に俄に活気づいた城を後にした一行は馬車のメンバーと合流を果た

すと、まずその情報を伝え、すぐに移動を決めた。





港町ハバリア。

宿へ落ち着くと、ライアン・ブライ・トルネコの3人部屋へメンバー全員が集まった。

そこで魔城であったコトを報告し、地獄の帝王エスタークについて知れた新たな情報を皆

へ伝えた。アッテムトの鉱山で、どうやらエスタークの封印を解いてしまったらしいコト

も…。

「…アッテムトでね‥。それで…だったのかな?」

毒ガスといわれてたモノは、実は封印されたエスタークの妖気だったのではないか‥そん

なコトをマーニャがぽつりと呟いた。

「毒ガス‥? そんなのが出ているのに、ずっと掘り続けてた‥ってコト?」

理解出来ない‥といった面持ちのソロに、ミネアとマーニャが哀しげに頷いた。

「なんで‥そんなコト…。エスタークが封印された場所は、魔族も知らないようだった。

 それを人間が‥掘り当ててしまうなんて。」

「とにかくアッテムトへ向かいましょう! 魔族より先にエスタークの元へ辿り着ければ、

 まだ間に合うかも知れません!」

俯くソロの肩へ手を乗せたクリフトがそう進言すると、皆一様に頷き合った。



「ソ・ロ。」

「‥マーニャ。」

「どうしたの? …考え事?」

港の端っこへぽつんと座るソロの元へやって来たマーニャが、優しく問いかけ隣へ腰掛け

た。

「…とうとうここまで来たんだな‥って思って。」

海へ視線を戻したソロがぽつんと呟く。

「‥そうね。…戦闘を覚悟していた魔城は空振りで、いきなり本命登場なんてね‥。」

「…うん。」

「ね‥ソロ。…大丈夫?」

そっと彼の髪を梳くように触れ、マーニャが遠慮がちに訊ねた。

ソロが彼女へと振り返る。心配そうに窺う瞳が揺らぐのを見て、ソロは瞳を見開いた。

「マーニャ‥。」

デスパレスへの潜入が決まった時、そのメンバーからソロを外すべきだ‥と彼女は強く主

張した。結局ソロ自身の意向もあって、彼がメンバーから外れる事はなかったのだが。

彼女はずっと気にしているようだった。

「マーニャ‥あのね。あの時のコト気にしてるなら、本当にもう、それは大丈夫だよ。」

彼女の肩に手を乗せ、ソロがふわりと微笑む。

「いつまでもあんな事気にしてたりしないって。もう忘れたって。」

「…でも。」

彼が辛そうに魔城をみつめていた事を知るマーニャが、納得いかない様子でソロを見た。

「…あのね。あの城で‥オレ、気になる子供と逢ったんだ‥」

彼はしばらく逡巡した後、小さく嘆息すると話し始めた。

デスパレスで出逢った少年ロコの事を…

「――でね、オレは‥そしたらどこへ行けばいいんだろう?‥って。

 なんだかすごく…落ち込んじゃったんだ‥。」

「ソロ‥。そんなの! あんたのお母さんが誰だって、あんたはあんたじゃない!

そんな事で揺らぐ程、温い付き合いしてる? あたし達は!」

真剣に怒られて、ソロはクスリと笑った。

「‥うん。クリフトにも同じように言われた。ありがとう‥マーニャ。」

こつん‥と彼女の肩に額を預け、ソロがこぼした。

「‥本当、馬鹿ね…」

言いながら、彼女がぎゅうっと彼を抱きしめる。

「…マーニャ、苦しい‥。」

いつまでたっても力を緩めない彼女に、ソロが呻くよう声を出した。

豊かな胸の狭間に導かれてしまった彼は、下手に動くのも何やら阻まれて、困惑していた。

「あら…気分よくなかった?」

「…なんで?」

崩れた体勢を立て直したソロが、不思議そうに聞き返す。

「‥あ。もしかして、マーニャお母さんのつもりで抱きしめてくれたの!?

 やだなあ‥。いくらオレがガキっぽくても、母親を恋しがって落ち込んだりしないよ?」

思いついたように話すソロに、マーニャが苦く笑うと、背後から押し殺したような笑い声

が届いた。

「‥クリフト。あんたいつから居たの?」

クックと笑いをかみ殺す彼へ恨みがましい瞳を向け、彼女が呻く。

「来たばかりですよ。」

にっこりとクリフトが彼女に応えた。あんまり納得いかない彼女が苦々しく彼を睨む。

「あ‥クリフト。もう用は済んだの?」

そんな彼女の心境も知らず、ソロは嬉しそうに頬を緩め、待ち人を見る目で微笑んだ。

「ええ‥。でも‥急がずともよかったみたいですね。」

ソロへ微笑みかけると、彼女へチラリと目線を移し柔らかく笑んだ。

「‥ふ〜ん、待ち合わせしてたんだ。仲良いわよね、あんた達。」

「マーニャさんだって、なにかとソロを構ってると思いますが?」

ナチュラルにソロを自分の元へ引き寄せながら、彼が牽制する。

「いいじゃない。可愛いんだもの。たまにはあたしにソロ貸してよ。」

「危ないお姉さんには貸せませんね。残念ながら。」

ソロを挟んで何やら雲行き怪しいやりとりに、彼はクエスチョンマークを浮かべながら

双方の顔色を覗った。



――なんだか険悪に見えるんだけど。



この2人って仲悪かったっけ?…そんなコト思いながら、ソロは会話の行方を見守った。



「ね、ソロ。コレとはいつでも居られるでしょ? 

 だからさ。今日はこのままじっくりあたしと語らいましょうよ?」

「え‥?」

突然こちらへ矛先を向けられ、ソロは困惑顔でクリフトを窺った。

「ほら‥ソロだって困ってますよ。はっきり言っていいんですよ?」

「あ‥はは。んと‥さ、じゃあマーニャも一緒に行く?」

「行くってどこへ?」

「スライム焼き。ハバリア名物なんだってね。」

「ああ‥あのカスタードや餡が入ってるお菓子ね。」

「うん。オレ食べたコトないから。前にアリーナに聞いて、一度食べてみたかったんだ。

クリフトがね、美味しい店に案内してくれるって。ね?」

クリフトを仰ぎ見ながら、ソロがにこにこと話しかけた。

「え‥ええ。」

「‥いいわ。あたしも付き合う。じゃ、行きましょう。さ、ソロ。」

マーニャが彼の腕を取り、スタスタ歩き出した。

不本意そうなクリフトににっこり微笑みかけ、ソロと腕を組んで通りへと向かう。

「ち‥ちょっと、マーニャ。クリフト置いて行かないでよ。」

クリフトは小さく嘆息すると、少し前を歩く2人に追いつく速度で歩き出した。



夕食は宿の食堂で済ませようと、ソロとクリフトはカウンター席へ並んで腰掛けていた。

先にやって来ていたトルネコ・ブライ・ライアンは、テーブル席で既に宴会を始めており、

やや遅れてやって来たアリーナ・マーニャ・ミネアが、そんな彼らに声をかけながら隣の

テーブルへ向かっていた。

「クリフト達はカウンターなのね。」

「ああ。わしらの席にも誘ったんじゃが、食事だけで済ませるらしくてな。」

「クス‥。ここへ座ったら飲みたくなりそうですものね。」

美味しそうに酒を煽る面々へ目線を移しながら、ミネアが微笑んだ。

「あはは‥確かに。ねえミネア。この席も危ないかも。ね、マー‥あれ? マーニャ?」

側に居るものと思い話しかけていたアリーナは、彼女の姿を求めてぐるりと首を巡らせた。



「ソロ。隣空いてる?」

カウンター席へ向かったマーニャが、そう声をかけると隣に腰掛けた。

「マーニャ。アリーナ達と一緒じゃないの?」

「たまにはソロと一緒したいな‥って。それともお邪魔?」

「そんなコトないよ。ね、クリフト。」

にっこり笑う彼に、クリフトも笑んで返したが、ソロの視線が外れるとほんの一瞬彼女を

睨めつけた。気づいたのは、向けられた彼女だけ。

「うふふ‥よかった。」



「…姉さんてば。仕方ないわね。」

「今夜はソロ達の方がいいってコトか。マーニャさ、昼間もあの2人と一緒してたでしょ。

だからかな?」

「‥さあ。ま、姉さんが居ないなら静かに食事も楽しめるし。

 2人でのんびり頂きましょ。」

「クス‥そうね。」

ミネアとアリーナが向かい合わせにテーブルへ着く。



和やかな雰囲気のテーブルとは逆に、妙に緊張した雰囲気がカウンター席から流れて来た

のは、それからしばらく経ってからだった。

食事を済ませ席を立とうとしたソロとクリフトを、マーニャが不服そうに引き留めた。

「え〜ソロ。せっかくだからさ、1杯くらい付き合ってよ?」

「でも…明日から洞窟だし。」

「そうです。今夜は早目に休んで明日に備えるつもりなんですよ。」

「あたしも今夜は1杯だけのつもりだったの。丁度いいわ。

ほら…これなんか、絶対ソロ気に入ると思うわよ?」

マーニャがカクテルメニューを彼に差し出した。

「‥ふうん、これ見たコトないヤツだね。美味しいの?」

興味を持ったらしいソロに、マーニャがよし‥とばかりに張り切り顔を見せる。

「ソロ甘いの好きでしょ? 1度は飲んでおかないと。そんなに強くもないし。」

「ふうん‥。ね、クリフト…」

おねだりモードな瞳で見つめられ、クリフトはやれやれと頷いた。

「‥仕方ありませんね。1杯だけですよ?」

「うん。」



「あ‥本当。美味し〜い。」

運ばれて来たカクテルを、ソロは早速コクコク口に含んだ。

チョコレートミルクの味がする甘いカクテルは、匂いもなんだか甘ったるい。

「‥ソロは本当に甘いものが好きなんですね…。」

昼間もスライム焼きを7つも平らげた。甘いものばかり選んで。クリフトはチーズ入りの

とクリームを1口食べただけだったけど‥

「うん、好きv」

「ね、当たりだったでしょ?」

「うん。教えてくれてありがと、マーニャ。」

にこにこ顔でコクコクそれを飲むソロ。クリフトは彼の視線が向こうへ移ると、面白くな

さそうに琥珀の液体を煽った。

カラン‥涼しげな音を立てグラスが鳴る。ソロがその音に誘われ目線を移すと、コクコク

それを飲み干していくクリフトの様子を見守った。

「ね‥クリフト。それ、美味しい?」

結構な勢いでなくなってしまったのを見たソロが、興味を持ったよう訊いてきた。

「…まあ、それなりに。‥って、ソロ?」

答えてる間にさっと彼のグラスを引き寄せたソロが、そのままコクン‥と口つけてしまっ

た。慌てたクリフトが止めようとした時はすでに遅く、そのままごくんと喉を鳴らす様子

をやれやれ‥といった面持ちで見守る。

「うわ〜辛〜い。美味しくな〜い。」

思いっきり顔を顰めながら、ソロがうへえ〜と呻いた。

ソロは自分のカクテルをコクコク煽り、口中に広がった苦みが消えるまで飲み干した。

「クリフトの嘘つき〜。美味しくないじゃん、全然‥。」

恨みがましい視線を送るソロにクリフトが苦笑する。

「…甘いとは言ってないでしょう。

 ちゃんとソロ向きじゃないと付け加えるつもりだったんですよ?」

…ソロには強いと解ってましたし。声に出さず思ったクリフトが、一気に頬が染まってし

まった彼を困ったようにみつめた。

「クリフト〜、口の中、まだ苦いよお‥。」

カクテルを飲み干してしまったソロが、足りない‥と催促するよう口を開いた。

「ソロ、これ少し飲む? さっぱりしてて悪くないと思うわよ?」

「うん、頂戴。」

マーニャに差し出された赤いカクテルをソロはコクコク飲んだ。

カクテルは少し酸味があったものの、確かに飲みやすかった。

「ありがと、マーニャ。」

2口ほどだけもらったソロが、グラスを彼女に返す。

ソロはそのままじぃーっと物言いたげな視線をクリフトに送った。

「…ソロ。お酒はもう駄目ですからね。」

「え〜どうして?」

先手打たれてしまった彼が不服いっぱいにこぼした。

「明日に差し支えますから。その代わり‥」

クリフトがカウンターの向こうからこちらへ向かって来た店員に目線を移したのに倣って、

ソロもそちらへ視線を向ける。

「お待たせいたしました。」

そう言ってソロの前に出されたのはフルーツカクテル。ノンアルコールのジュースである。

「クリフト、これ‥」

「口直ししたいんでしょう? これでは適いませんか?」

「ううん。これ…前に寝込んでた時、毎日飲んでたやつでしょ?」

「ええ。食欲ない時でも、これだけは残さずいてくれましたよね。」

「うん、だって美味しかったもん。」

嬉しそうに笑うと、ソロは早速ストローへ口を運んだ。

「‥ソロ。じゃ、あたしそろそろアリーナ達と合流するわね。」

「あ‥うん。」

すくっと立ち上がった彼女へ振り返ったソロが答えると、彼女の手がそっと頬へ伸びて来

る。あ‥っと思った時には、添えた手と反対の頬へキスが降りていた。

「おやすみなさい、ソロ。」

「あ‥うん、おやすみなさい、マーニャ。」



「あら姉さん。お邪魔虫は止めたの?」

妹とアリーナの席へやって来たマーニャに、ミネアが揶揄かい交じりに声をかけた。

「なによ、それ。失礼ね。」

憮然と返したマーニャがウエイターを呼び付け、カクテルを注文する。

「今日は1杯だけじゃなかったの?」

「…あんた達、聞いてたの?」

「クスス‥聞こえたのよ。マーニャ、ムキになると声が大きくなるじゃない。」

テーブルにほお杖をつきながら、アリーナが悪意なく微笑んだ。

「ふん‥だ。気が変わったのよ。文句ある?」

「明日に差し支えなければ、全く。」

「しっかり者の妹で嬉しいわ。」

気の入らない声で返したマーニャが、届いたばかりのカクテルを早速煽った。



「ソロ、足元気をつけて下さいね?」

「うん大丈夫、大丈夫。」

どこか足元が危うい彼を気遣うクリフトが、背を支えながら声をかけた。

階段を上り今夜の部屋へと辿り着く。

「ふふ‥なんかさあ、変な1日だったけど、楽しかったぁ‥。」

部屋の扉を潜ると、ソロがベッドへ腰掛けながら、ぽつんと話しかけた。

「そうですか?」

「だってさ。なんかクリフトもマーニャも、今日は変だったじゃん?」

「変‥ですか?」

クリフトが苦く笑いながらソロの隣へ腰掛ける。

「うん。‥面白かったけど。」

「そうですか。私はちょっと、物足りなかったんですけどねえ。

 今日はゆっくり2人で過ごすつもりでしたから‥」

ふわりと笑いかけた彼が、ソロの頬へ手を添える。

「なのに、無防備な誰かさんは、甘えさせてくれる手に弱いから‥。」

「そんなコト‥ないもん。」

わざとらしく落胆するクリフトに、ソロがぷうっと膨れてみせた。

「でもずっと‥マーニャさんにこうされてたでしょう?」

ソロの背に両腕を回すと、クリフトがそっと抱き寄せた。

「‥うん。マーニャ、オレが母親を恋しがってるって勘違いしたんだよ‥。

 彼女があんまり心配するから‥オレ話したんだ。あの子‥ロコのコトをさ。そしたら‥」

クリフトの胸にもたれ掛かりながら、ソロがぽつぽつと話した。

「…きっとさ、お母さん代わりのつもりだったんじゃないかな?」

「お母さん‥ねえ。では‥先程のキスも?」

「あれは…習慣みたいなもん‥? 今までだってたまにあったし。」

「習慣‥ねえ。」

マーニャの為にソロの勘違いを正す気などないクリフトが、嘆息交じりに答え微苦笑う。

「ソロにはこれも、習慣‥という事でしょうか?」

彼を抱く腕に力を込めながら、確認するようクリフトがこぼす。

最近朝晩日課のようになってしまったハグと親愛のキス。ソロにとってはごく自然な行為

なだけかも知れないと、一抹の不安を覚えながら‥

「クリフトは‥違うでしょ? …習慣じゃ‥なかったから‥だから…えっと‥」

言葉を探すソロが顔を彼の胸に埋め訥々語る。

クリフトは彼の頬を両手の平で挟み込むと、そっと顔を上げさせた。

頬に朱を走らせたソロの瞳が、照れくさそうに泳ぐ。

「ソロは本当に可愛いですね。」

クスクスと微笑みながら顔を近づけると、額に羽のようなキスが降りた。

「少し自惚れてもいいですか‥?」

余計に顔を赤らめた彼を確認したクリフトが、ソロの翠の髪をさらりと梳くと、もう一度

顔を近づけた。ゆっくりと近づく唇が、ソロのそれと重なる。

「‥‥!」

軽く触れた口づけは、一旦離れた後、唇の形を確かめるようしっとり重なった。

「…クリ‥フト。」

ドキドキと逸る鼓動をうるさく思いながら、ソロは照れたように微笑むクリフトを、ぼん

やりみつめる。

「少し急ぎ過ぎましたか?」

その瞳に惑いを思ったクリフトが小さく訊ねた。

ふるふるとソロが否定するよう首を振る。

「‥ならよかった。ソロ、今夜は一緒に休みましょう?」

ソロはこくんと頷くと、彼の肩に身を預けた。



今日はデスパレスで、初めて[魔王]としてのピサロと会った。

魔族を束ねる王――デスピサロ。

ソロの知らないもう1つの彼の顔を、今日初めて知った。

魔物達が犇めく会議室の中で、彼は確かにソロを見た。そして気が付いていた。

魔物に変化したソロの正体を――!



――なのに。



完全に無視されてしまった。

そのコトが頭から離れなくて。

エスターク復活の危機が迫ってるコトすら、実感持てずいたのだ。

この町へ移動して来るまでは。



マーニャとクリフトと賑やかさを感じながら食べたスライム焼きは美味しかった。

夕食もいつもと違った雰囲気の3人での食事になったけど、マーニャお勧めのカクテルは

本当に美味だった。

マーニャとクリフトがなんだか張り合ってるように感じたけれど。それもなんだかいつも

と違うクリフトが見られたので、楽しかった。



ベッドに横になったソロは、ひっそりとすぐ隣で眠るクリフトを窺い見た。

思い出されるのは先程の口づけと、優しく耳をくすぐっていった言葉。



『‥好きですよ。ソロ…』



そっと彼を抱き寄せながら紡がれた言葉を反芻し、頬を染める。

優しく重なった唇は、ふわんと暖かな想いをソロに残した。



――好きに‥なっても、いいのかな?



そんなコトを考えながら、ソロは瞳を閉ざしたのだった―――




2005/8/17














あとがき

…えっと。だんだんクリ勇めいて来ちゃいましたが★
大丈夫なんでしょうか?(ハラハラ)

これから6章部分へ入るまでは、この2人のお話が中心になってきます。

マーニャが例のソロが囚われた事件以降、結構ソロのコト構うようになっているんですが。
なんだかそれが、返ってクリフトを刺激してるみたいですね(^^;
彼女のおかげで、クリフトがようやくソロにアプローチかけてくるようになりました(^^
3人の会話が結構楽しくて♪” クリフトvsマーニャの構図って、好きみたいですv
ソロの所の2人はどっちも「食えない奴」なんで(^^;

スライム焼き>大判焼きみたいなのを想像して下さい(^^
なんかそういった食べ物って、どこでもありそうかな・・と、ついハバリア名物にしちゃいましたv

ハバリアの宿の食堂の話。
最初、アリーナ達の席に戻った後のマーニャと彼女達の会話も綴る予定でしたが。
結局いつものように、ソロメインな部分でまとまっちゃいました(++;
結構長いやりとりがあったんですけどね★

脳内ではエスターク戦の後まで進んでるんですが。
書き綴ってあるのが、洞窟内の結界まで。
早く脳内で進めた分まで書かないと、忘れちゃいそうなんですけど(@@;
(ってか。夏コミ準備前に止めたところからクリフトの長い思考が入ったはずなのに。
…すっかり忘れちゃいました(@@;) なにを考えてたんだっけ? 彼は・・・)←バカ★

それでは。ここまで読んで下さった方、ありがとうございました!
次回は恐らくエスターク戦前後のお話かと。
ソロにはきついお話かなあ・・?







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