「…ごちそうさま。」

「‥あまり召し上がりませんでしたね。…少し疲れが出ましたか?」

見舞いに訪れていた少女2人が帰った後、少し遅めの昼食をクリフトと摂っていたソロ

だったが。スープと飲み物だけで箸を置いてしまった。

沈んだ表情を浮かべる彼に、心配顔のクリフトが額を合わせる。

「…発熱はしてないようですね。」

「‥ん。ちょっと疲れちゃっただけ。平気だよ。」

疑固地なく微笑を作って、ソロが応えた。

「それよりさ。…あのね。これ‥‥もういらないでしょ? 邪魔っけなの、外して?」

首のチョーカーを指し示して、ソロがクリフトに強請む。

魔法を封じる装飾具だ。体力の衰えを考慮せず、魔力を消費するソロだから、あの日以来

ずっと付けたままになっていた。

「‥‥‥‥」

逃げ出す事を止めた時からこれまで、気になどしなかったのに。突然の申し出に、クリフ

トが訝る思いを内に秘め、ソロを見つめた。

「…申し訳ありません。それはピサロさんでないと外せないんですよ。魔力が込められた

 道具ですから。」

「‥そーなの? ふうん‥‥」

外し方なら聞いているクリフトだったが。敢えてそう答えると、ソロがガッカリしたよう

眉を曇らせた。

「魔力を余分に消費しない分、体力回復が早まるそうですから。まだそのままの方が良い

 のではありませんか?」

「う〜ん‥だってぇ…。‥‥変だもん。邪魔っけだし。」

「…では。後でピサロさんが戻られてから頼むしかありませんね。」

「何を頼むだって‥?」

納得行かない様子の彼に語りかけていると、ツカツカ室内に入って来たピサロが、ソファ

に腰掛ける2人の前で止まった。

「ああピサロさん、お帰りなさい。送ったきり戻られないので、先にお昼頂いてしまいま

 したよ?」

「…ああ構わん。で‥何かあったのか、ソロ?」

ソロは魔王へ目を向けた後、ふと視線を落とし嘆息した。

そのまま話し出しそうにない彼の様子を見兼ねたクリフトが、魔王に腰掛けるよう仕草で

誘う。ソロを真ん中に挟んだ形で3人並んで着席すると、ソロがぽつんと口を開いた。

「…あの‥ね。もうコレいらない‥って、クリフトに話してたの。

 だからね、取って?」

チョーカーを引っ張りながら、ソロがピサロにも願い出る。

魔王がソロの向こうに居る神官に目線を送ると、困ったよう肩を竦め返された。

「‥別にそのままでも良いだろう? まだ前線復帰は無理だぞ?」

「そんなの解ってるもん。…でも、なんかこれ窮屈だから厭なの。取って?」

むう‥と膨れてみせたソロが、甘えるように再度強請んだ。       強請んだ→せがんだ 

「…却下。今のお前には無駄に消費出来る魔力などないのだ。せめて人並みの体力が戻る

までは、そのままで居ろ。」

「‥もう元気だもん。」

「漸く熱が下がっただけだろう? 現に今だって、随分顔色悪くなってるぞ?

 少し横になって休め、ソロ。」

子供に言い聞かせるよう頭を撫ぜながら、ピサロが諭すようソロに伝えた。

ソロは不服そうにピサロを睨んだが、やがて諦めたのか、目を伏せ立ち上がった。

「…オレ、寝る。2人とも寝室には来ないでね。意地悪だから嫌い。」

そう言って、ソロはツンと怒った様子で寝室へ向かってしまった。



バタン!

少々乱暴に扉が閉まって。残された2人が思わず顔を見合わせる。

「…どうしたのだ、ソロは?」

「いえ‥私にもよく…。なにかまた抱え込んでしまったのですかね?」

朝とはまた様子の違う彼の変貌ぶりに、クリフトも首を傾げるだけだった。





とすん‥ソロはベッド端に腰を下ろすと、深く嘆息した。

ふと手のひらへ目線を移し、じっと眺める。

魔力の集中の適わない様子に、もう1つ吐息を落とした。



ずっと‥このまま居たい気持ちもあったけれど。



それは叶わぬ願いなのだ。

いや‥その前に片をつけなければならない戦いが待って居る――



そして…旅の終わりがやって来る。



その時には、笑って彼らとさよなら出来るように‥強くなってないと。

その為の勇気を蓄える必要があるから…

だから‥‥‥



「‥邪魔っけ、なのに‥‥‥」



ぽつんとこぼすと、ソロはそのままベッドへ横になった。



ソロにはもうどうすれば良いのか、解らなかったから。

知恵を借りられないかと、ふと浮かんだ人物…内密にそこへ向かう為にも、移動呪文は必

要だ。だから‥魔法を封じるチョーカーを外して貰いたかったのだが…上手く行かなかっ

た。決心が鈍らないうちにと思案巡らせながら、ソロは眠りに誘われていった。





「‥それで。ソロの悪夢って、どんな夢か聞きましたか?」

淹れて来たばかりの珈琲をテーブルに移しながら、クリフトが訊ねた。

「ああ‥聞いたが。ソロもよく覚えてないそうだ。ただ‥女の声と闇‥それから白い光‥

 だったか。そんな断片的なものくらいだそうだ、判るのは。」

「女…ですか。随分昔から繰り返される夢だと…言ってましたよね?」

クリフトが考え込むよう嘆息した後、ふと難しい顔を浮かべ確認して来た。

「ああ‥そう言ってたな。」

「ソロには覚えのない女性の声…それが悪夢だと言うのなら、該当しそうなのは1人しか

 居ないでしょう。」

「何‥?」

「…母親ですよ。彼を産んだね‥」

深い吐息を落とすと、クリフトが不愉快げに告げる。持って来た本を徐に開くと、指で示

した。クリフトが借りたままにしているという古代文字の本だ。その最初の方のページを

開いて、スッとピサロへ差し出す。

「‥この辺り、まだ読まれてませんでしたか?

 ソロが生まれた時の話が書かれてるのですが…」

「‥ああ、まだそこまで読み通しては居らぬからな。」

最近彼からこの本の存在を聞かされたばかりの魔王である。まだ半分も読み込めては居な

かった。…竜の神手ずから書いた資料‥とは名ばかりのソロの観察日記。

「…これは。本当に、あれの母親が申したと‥?」

「‥ええ。竜の神も済まなそうに語ってましたけどね。酷い話です。」

文字を追いながら怪訝な面持ちに変わった魔王が、惑う視線を神官に向けると、彼が堅い

表情で頷いた。

「赤ん坊の頃のソロも、独りが苦手だったようです。それで引き取ったご両親も苦労され

 たとか。独りを厭う、夜が苦手‥現在も共通するこれらの根本原因が、その悪夢から始

 まっているとしたら‥ますますもって許せませんね。」

「ソロの悪夢はこれだと‥貴様は思うのだな?」

「他に考えられないでしょう?」

「…確かにな。」



本来希望を込め託す贈り名に、己の絶望をぶつけた母親。

ソロ――と名付けられたその意味に祝福はなかった。寧ろ…

それはまるで呪詛のように、ソロの魂に[孤独]を刻みつけてしまった。

ソロに付き纏う[孤独]は、唯一母から与えられたモノ――



ピサロは深々と嘆息すると、寝室へ目を移す。

静まり返った部屋からは、耳を澄ますと規則正しく繰り返される寝息が届いた。

「――で。そうだとするならば、これから先も付き纏うと云うのか、その悪夢は。」

「…判りません。いろいろ重なりましたので、それで古疵が明らかになっただけかも知れ

 ませんし。ただ…こうして明らかになった以上、何事もなく‥とは行かないでしょうね。

先程のソロの様子も気に掛かりますし。」

「そうだったな。」

重い吐息をつくクリフトに、ピサロも同調した。

「姫様とミネアさんに会った時、ソロに変わった様子ありませんでした?」

「‥いや。特には感じなかったが。あの面会時に危うい様子を垣間見せたのは、サントハ

 イムの姫の方で…。そう云えば。何事か喚いてたな、貴様と会ってる時に。」

「あ‥ええ。ソロの様子にショックを受けたようでして。

 しっかり看るよう叱られました。」

なんでもない事のように語るクリフトを、魔王が思案げに見やる。

「2人で居た所でも、ソロに見られてたのではないか?」

ロザリーの事でよく妬かれるピサロが、ふとそんな事を思いつかせた。

「‥え。ですが‥私と姫様は別に‥‥」

「私が何度申しても、あれは私が彼女と居ると不安そうになるが?」

「…そうでしたね。でも‥ソロが姫の事で妬いた事など‥‥‥あ。」

考え巡らせて、思いついたよう声を発し固まった。

「…後で様子を見ながら確認してみましょう。」

深々と嘆息しながら、クリフトがこぼした。



パタン…

寝室の扉が静かに開くと、ソロがのっそり居間へやって来た。

銘々書類めいたものをテーブルに広げていた2人が、手を止め顔を上げる。

「それ‥アドンが持って来たって書類?」

「ええそうですよ。邪神官の行方に繋がるものがないか、確認作業してるんです。」

不機嫌さを引っ込ませたソロに、クリフトが微笑み答えた。

「ふうん‥。オレも手伝えればいいんだけど。それ…字読めないからなあ…。」

古代文字が殆どを占めた書類など、ソロには意味不明な存在だ。

「どちらにしても。根詰める作業など、まだ無理ですよ。

 それより、そろそろ休憩入れようかと思ってた所なんですが。

 ソロもおやつなら召し上がれそうですか?」

「‥うん。食べる。」

「では‥ピサロさんとここで、待ってて下さいね?」

そう微笑んで、クリフトは立ち上がった。

入れ違いにやって来たソロが、ピサロに招かれる形で隣へと腰掛ける。

ピサロは手にしていた書類をテーブルへ置くと、ソロの髪を撫ぜた。

「少しは機嫌直したか?」

困ったような問いかけに、ソロは小さく口を尖らせ首を緩く振る。

「…仕方のない奴だな。」

ふう‥と嘆息交じりにピサロが苦笑した。

「…だって。いらないんだもん。」

「そうまで申すなら、外してやっても良い。」

「ほんと!?」

嬉しそうに、ソロが瞳を輝かせる。ピサロは彼の両肩に手を乗せ続けた。

「但し、これから3日間、お前が順調に快方へ向かえば‥だ。」

「3日‥?」

「ああ。順調に回復したなら、人並みな体力くらい戻ってるだろう。お前なら。」

「…うん、解った。それでいい。約束‥だよ?」

「ああ‥。」

「‥そしたらさ。…その時には町に‥みんなの元に戻ろう?」

ふと俯いたソロが、ぽつんと告げて顔を上げた。

「…旅は無理だぞ?」

「うん‥解ってる。でも…いつまでもバラバラでいられないし。」

「‥お前の体調次第だな。それは。」

ふう‥と嘆息しながら、ピサロも同意を示した。



「ごちそうさま。」

クリフトが持って来たデザートとフルーツを食べ終えたソロが、温かな紅茶を飲み干し、

カップを置いた。

「よかった。お昼あまり召し上がらなかったので、少し心配してたのですが‥。

 どうやら体調の方は、順調に回復し始めてるようですね、ソロ。」

「うん。心配ばかりかけて、ごめんね、クリフト。ピサロも‥。

 オレもう大丈夫だよ。早く回復して、1日も早くみんなの元に帰らないとね。」

にこっとソロが微笑を作った。そんな様子に、クリフトがほんの少し眉を曇らせ、ピサロ

がひっそり吐息を落とす。

「アリーナ様たちに会って、人恋しさが募りました?」

「‥え。あ‥うん。そーだね…。それにほら‥いつまでもオレに付き合わせて居たら悪い

しさ。…待ってる人が居るんだもんね‥」

「ソロ…」

不器用に笑顔を繕う彼に、クリフトが嘆息する。どうやらピサロの懸念は当たりらしい。

「また妙なコト、考えてるでしょう?」

クリフトはソロの頬へ手を寄せて、子供を嗜めるような調子で話しかけた。

「残念ながら、私の不在を寂しがってくれるのは、ソロくらいなものですよ?

 待ってる人など‥国に戻ったって居ません。私にはね。」

「だって…。‥‥アリーナ‥クリフトのコト…」

「信頼は寄せて頂いてるかも知れませんが。それ以上はありませんよ。それに…

 今私が想いを寄せているのは‥ソロだけです。」

「でも‥でもオレなんかより、彼女たちの方がずっと…ずっと相応しいもん。

 だから‥いいんだ、もう。」

声を震わせないように繕いながら、ソロが瞼を伏せた。

「何がいいのですか? 本当に困ったさんですね、ソロは。」

大仰な嘆息を交えて、クリフトが肩を落とす。

「だから‥! だから‥独りでももう平気だって…」

「何故お前はそう独りになろうとするのだ? 誰もそれを望んでなど居らぬと言うのに。」

ソロの隣でやり取りを見守っていた魔王が、彼を懐に抱き寄せ、息を吐いた。

「…だって。決まってるんだもん‥」

「何がだ?」

「‥いいの。もう。」

ソロはいやいやするように首を振って、彼の腕から逃れた。

「…3日。あと3日だけ、2人の時間オレに頂戴? …それだけでいいから。

 それで‥十分だから…」

ソロはどうにか微笑を作って、2人にそう伝えた。

魔王と神官は顔を見合わせる。今にも泣き出しそうなソロに、彼らは追求を諦めた。



そのまま休んで来る‥と寝室へ戻ったソロを見送って、残された2人がどちらからともな

く溜め息をこぼれ落とした。

「…3日って、なんですか?」

「ああ‥。その間快報へ向かえば、魔封じを外してやると約束したのだ。

 アレはその時には、連中とも合流しようと申して来た。」

肩を竦めて魔王が返答した。

「そうですか‥。それまでになんとかしたいですね。でないと…」

更に面倒な事態を招きそうだ‥とクリフトは嘆息した。