「…クリフト、本当によく寝てるね。」

そのまま続けて2度程挑まれて、流石に満足した様子のピサロと、少々ぐったり気味のソ

ロがもう一度湯船に浸かって、部屋へと戻った。

ピサロとの行為の最中も、ほんの時折『煩くないか』と気になったソロだったが、まだ夕

刻だというのに、熟睡している彼を見て、ぽつりとこぼす。

「‥まあ。奴らとの連戦は流石に堪えたのだろうな。人外の神官にも。」

「人外‥って。クリフトは普通に人でしょ?」

微苦笑するピサロに、ソロが怪訝な顔で返した。

「神や魔王と取引を持ちかける者が、『普通の人間』なものか。」

肩を竦めてピサロが呆れ顔を浮かべる。ベッド端に腰掛けると、ソロを招き座らせた。

「…それ、前にも言ってたね。クリフトはどんな取引したの?」

静かに眠るクリフトとピサロの顔を交互に見たソロが、不思議そうに訊ねた。

「…知りたいか?」

「うん。」

即答するソロに、少し考え込んだピサロが口を開く。

「そうだな…神との取引なら、バラしてやっても良いぞ?」

「え‥そっち? なんでそんなコト、ピサロ知ってるの?」

悪戯顔で話すピサロの言葉に、ソロが目を丸くする。

「‥ま、成り行きでな。

 …お前が知ったら、怒り出すか、泣くか‥まあ、穏やかではいられないだろうな。」

それでも聞きたいか‥とピサロがくつくつ笑った。

「そんな風に言われたら‥余計気になるよ。教えて?」



「…え。竜の神の‥日記?」

す‥と差し出されたのは、ソロには読めない文字で書かれた1冊の本だった。

「これって…よくクリフトが読んでた‥ピサロもなんか読んでた本‥だよね?」

手渡された本をパラパラ捲りながら、ソロが首を傾げさせる。

「これが…竜の神の日記なの‥?」

「ああ。因みに表題は‥『ソロ観察日記』となってるぞ。」

「えっ‥ええ〜!? 観察‥日記? オレの‥??」

ふ〜んと聞いていたソロだったが。そのタイトルの意味が思考に到達すると、頓狂な声を

上げた。思わずまるで読めない文字列をしげしげ見やる。

「お前の生誕から、勇者一行の天空城到着までが書かれているらしい。」

ニッと人の悪い顔で笑んで、ピサロが愉快そうに答えた。

「な‥なんで、そんなモノ‥。ね、ねえ‥どんなコト書かれてるの?」

「私が読んだのは、お前が生まれた頃からの子供時代が主だったが。

 奴は随分マメに、お前の様子を見に参っていたらしいな‥」

「ヘンなコト‥書いてあった?」

怖々訊ねるソロに、ピサロが笑みを深めさせる。

「いろいろ興味深かったぞ。‥まあ、まだ半分も読破しておらぬがな。」

「も‥もお、読んじゃダメ! これはオレが預かるからっ! いい?!」

ぎゅっと本を抱きしめて、ソロが柳眉を逆立てた。

「私は構わぬが‥。それは元々そこの神官が神から預かってきた…」

「竜の神にも返さないもんっ。クリフトだって、ダメなんだから!」

ますますぎゅ〜っと抱きしめて、誰にも渡らぬようにとガードする。

「…まあ。竜の神に返すつもりは、最初からありませんでしたけどね。」

溜め息と共に、ソロの背後から呑気な口調が届いた。

「クリフト。起きてたの?」

「なんだか賑やかでしたので‥」

クスリと微笑むクリフトに、ソロが渋面を浮かべる。

「酷いよ、クリフト。これのコト‥ずっと黙っててさ。」

「‥すみません。時期が来れば、ソロにも話そうと思ってはいたんですよ?」

「本当…?」

眉を寄せ訊ねるソロの前に立ったクリフトが、そっと額を寄せる。

「ええ。あなたの元に渡るのがベストだと思ってましたから。」

「‥これ。何が書いてあるの?」

「うう〜ん‥ソロの成長記録‥ですかね?

 竜の神は小まめに地上の様子を窺っていらしたようですね。

 あなたが故郷の村でどのように過ごされたか、いろいろ知る事が出来ました。」

「ヘンな事‥書いてなかった?」

「何を変と思うか‥によりますが。そうですね…出会う前のソロの事を知る事が出来て、

 ますますソロが好きになってしまいましたよ、私は。」

「本当‥?」

「ええ。‥それに。竜の神があなたを大切に見守っていた事もね、伝わりました。」

「…そうなの?」

「何が書かれているか‥ソロ自身が確かめて見ればいかがですか?」

「‥でも、これ読めないもん。」

「文字なら旅の後、覚えれば良いだろう?」

「‥ピサロ。‥そうだね。うん、そうする。」

コックリ頷いたソロは、それを厳重管理するとバッグに詰め込んだ。



丸く収まった所で、3人は夕食にしようと食堂へ向かった。

「オレ、お腹ぺっこぺっこだあ。」

「ふふ‥本当にすっかり回復してるようで、何よりです。」

「うん。あの結界の形はアレだったけど。でも‥そのおかげで回復したのは確かだね。

 チキーラ達にはそれも感謝しとかなきゃ‥かな。」

にっこり話すクリフトに、明るく返したソロが笑った。

「ピサロは剣と盾貰ったしね。」

「‥まあ。あれは掘り出し物だったが。‥奇妙な連中だったな。」

「でしょ?すっごくマイペースでさ。すっごく強くて。不思議な力‥持ってるんだよね。」

苦い顔のピサロに、テーブルにほお杖ついたソロが、ほおっと吐息する。

「そうですね。あの洞窟自体が、不可思議な空間でしたしね。彼らの正体‥謎ですね。」

「邪神官のコト、結局聞きそびれちゃったけど。でも‥戦いが近いってのは、あいつらも

 思ってるみたいだったね。‥一応がんばれって、応援してくれてるのかな‥?」

懐にしまい込んだガラス瓶にそっと手を添えて、ソロが思ったままを口にした。

「さあな。…だが。2度目の戦い、我らが負ければ、ソロは連れ去られてたぞ?」

「う‥。あれ‥本気だったのかな…?」

「かなり本気っぽく見えましたが。」

苦々しくこぼす魔王に、神官も同調すると、ソロも苦い顔で俯いた。



「…あれ。なんか美味しそうだね‥」

和やかな食事を終えて、席を立った3人だったが。カウンターの横を歩いている最中、注

文を受け出来上がったばかりのカクテルを見て、ソロが足を止めた。

オレンジ色のカラフルな液体に彩りに添えられた果物が華やかに飾られた、女性向けのカ

クテルは、この宿の人気商品でもあるらしい。ふと周囲を見回すと、男女連れのカップル

のテーブルには大抵それが置かれていた。

「オレも‥飲みたいな。」

ぽつんとこぼすソロに、ピサロとクリフトが顔を見合わせる。

「…少しだけですよ?」

「うんv じゃ‥ちょっとだけね。」

明日もオフだし、昨日のダメージも本当に残ってないようだと判断したクリフトが了解を

示すと、嬉しそうにソロが2人を引っ張った。



カウンター席に落ち着いた3人は、人気のカクテルをソロが頼んで。ピサロ、クリフトそ

れぞれ好みの酒を注文した。

「ふふ‥3人で飲むの、久しぶりだね。」

「ああそうだな。お前も大分回復してるみたいだが‥ほどほどにしておけよ?」

「うん、これだけにしておくよ。」

ニコニコ答えたソロが、早速届いたカクテルを手前に引き寄せると口付けた。

「ん‥美味し〜v オレはゆっくり飲むからさ、ピサロとクリフトも自分のペースで飲ん

 でくれていいよ。」

2人とも自分よりずっと酒に強いので、1杯じゃ物足りないだろうとソロが勧める。

「ありがとうございます。‥まあ、流石にまだそう回復してませんから。私もほどほどに

 留めて置きます。魔王さんは大分お元気そうなので。お好きなだけどうぞ?」

「‥ふん。私とて、疲労がない訳でもないぞ? ‥まあ、戦闘以外での消耗になるがな。」

にっこり促すクリフトに、ピサロが苦い顔でグラスを傾けた。琥珀の液体を半分程減らし

て、カタンとテーブルに置くと、隣に座るソロの髪に手を乗せた。

「なに‥?」

柔らかな翠髪を撫ぜられて、ソロがきょんと首を傾げ覗った。

「酒の肴に‥な。」

ニッと口元だけで微笑んで、ピサロが空いた手でグラスを取ると、口に運んだ。

「‥オレは摘まみ?」

ぐしゃりと掻き混ぜてった頭を手櫛で整えながら、ソロが怪訝な顔で訊ねる。

「まあ。美味しく食べられてはいますね、確かに‥」

「く‥クリフト。‥もぉ、なに言い出すんだよお…」

クスっと笑んだ彼のきわどい台詞に、ソロがかあっと頬を染めた。

「ああそうだな。いくら食しても飽きぬし、愛でるのも一興…やはり最上の肴だ。」

「も‥もぉ。2人して揶揄ってさ…」            揶揄って→からかって

両隣でクスクス笑いが起こって、むくれたソロが正面へ向き直った。

それでも、なんだか機嫌良いピサロとクリフトの姿が嬉しくて、一息こぼしたソロもほっ

こり笑顔に変わる。

「‥オレさ、ずっと…独りになるのが怖くて。いつもどこかで『独りぽっちの自分』を感じ

 てて‥。それがすごく嫌だったんだけど…。でもね、今日みんなの戦い見て、この宿に

 来て…分かったの。オレが気づいてなかっただけで‥本当は、ずっと沢山オレはみん

 なに支えられて来たんだな‥って。」

オレンジのカクテルを一口含んだ後、ソロがぽつりぽつりと言葉を探しながら話した。

戦闘の中で。いかにパーティの存在が重いかを痛感したし、何げない休息の時間でも、よ

り心地よく過ごせるように心を配ってくれる仲間達―――それは‥多分、パーティが形成

されていった中で育まれていった『家族』のような温かな関係を示してるのだろう。

そう―――あの日、すべてを失くしたものと旅立ったあれから。

幾つもの出逢いの中、築かれていった新しい絆。

「オレがみんなを大事に思うように。みんなも思ってくれているって‥」

「ええ。ずっとそう伝えて来たでしょう?」

「うん。クリフトはいつも言ってくれてたよね。

 なのに‥オレ、ちっとも分かってなかった。

 分かったつもりになっても、ホントはちゃんと分かってなかった。だけど…」

グラスに注がれていた視線を外し、ソロは隣に座るクリフトを見上げた。そして、反対隣

に座るピサロも同じように見つめる。視線を戻したソロは更に言葉を続けた。

「クリフトも‥ピサロも、そして‥きっと、他のみんなも。オレが『勇者』としての力を

 失くしても、今と変わらずに居てくれるんだろうな‥って。この旅が終わって、みんな

 それぞれの故郷に帰ったとしても‥どこかで会えたら、笑ってくれるんだろうな‥って」

まだグラスに半分程残るオレンジの液体を揺らしながら、ソロはふわりと笑んだ。

「ソロ…」

「ね、そうだよね?」

にっこり訊ねるソロに、クリフトも笑んで返す。

「そうですね。マーニャさん辺りは、ぎゅーっと抱きしめて来ちゃいそうですけど。」

「ふふ‥マーニャならありそう。」

「抱きしめるくらいは目を瞑りますけど。どさくさに紛れて、キスされないように。

 お願いしますね?」

「‥あの娘ならやり兼ねんな。ソロ、油断するなよ?」

クリフトの台詞に渋面になったピサロが、念を押すよう言葉を挟む。

「それが難しいんですよね、ソロの場合。」

やれやれ‥と吐息混じりにクリフトがこぼす。

「甘やかしてくれる手に、弱いんですよねえ…」

「ふ‥ふーんだ。それ知ってて、いっぱい甘やかすのはクリフトじゃん。」

コクコクとグラスのカクテルを煽ったソロが、頬を染めて呟く。

「確かにな。神官はお前にいつも甘いな。」

既に何杯空けたか覚えてないグラスを空けて、ピサロが長い息と共に呆れ声を落とした。