バトランドで得た情報から、天空の盾を求めてガーデンブルグへ向かう勇者一行は、

彼の国へと続く道を塞いでいた大岩を、マグマの杖で退かす事に成功した。

もうもうとたち昇る白い蒸気が、熱を帯びる熔けた岩から絶える事なく上がっている。



船から降りて馬車に乗り換えてから幾日か過ぎた昼下がり。

見事ガーデンブルグへの道へは拓けたものの、すぐには通れそうもないと判断した一行は、

近くに野営するコトを決め、どうせなら…と食料調達&野草摘みをしようと、トルネコ・

マーニャ・ブライに野営準備を任せ、残るメンバーが散会した。

狩りに1人出掛けたのがライアン。後はソロとクリフト・アリーナとミネアがそれぞれ組

んで、野草摘みに出掛けた。

ミネア曰く、この辺りには珍しい薬草などが採取出来るらしい。

最初のうちは、それぞれあまり距離が離れないよう、野草を摘んでいたのだが‥



「あ‥! ねえねえクリフト。あれ、枸杞の実だよ。」

ソロは小走りすると、長く伸びた草をかき分け、ちらりと見えた赤い実をしっかりと確認

した。

「おや‥本当ですね。これは葉や根も役に立つ植物ですから、お手柄ですね、ソロ。」

彼に追いついたクリフトが、にっこりと微笑んだ。

「へえ。根っこなんかも役立つの? それは知らなかったや。

 実や葉っぱは食べれるの知ってたけどさ。」

「根は解熱剤になるんですよ。ソロは食べられる野草の方が詳しいようですね。」

先程から、[食べられる野草]ばかりを目ざとく見つけだしているソロに、クリフトが

クスクスと笑った。

この頃元気のなかったソロだが、野草摘みに集中しだしてくると、いつものように人懐こ

い笑みを自然と浮かべてくれたので、そんな彼の姿に安心したクリフトからも、自然と笑

みがこぼれていた。

「そう‥? だって食べれる草や実って、なんとなく判るもんでしょ?」

不思議そうにソロが訊ねた。

「‥‥‥。普通は‥判らないと思いますよ?

 特にキノコの類いは、判別が難しいそうですからね。」

「え‥そうなの? 色とか匂いで判らないのかなあ‥?」

本能で判断しているソロが、やっぱり判らない‥といったように考え込んだ。

実は先程から、名前も知らぬ初めて見た…という植物ですら、「食べられる」と断言し、

持ってる籐で編まれたカゴにほおり込んでるソロである。

「…一種の特技でしょうね、それは。」

クリフトがソロらしいといったように苦笑った。

「さあ、少しまとめて摘んでいきましょうか。ガーデンブルグまでどれくらいかかるか

 判りませんからね。これは大した収穫ですよ。」

「うん!」



しばらくその作業に没頭していた彼らだったが、不意にクリフトが、いつの間にか周辺に

感じていたアリーナ達の気配がまるでない事に気づき、手を止め周囲を窺った。

「どうしたの?」

「あ‥ええ。どうやら姫様達とはぐれてしまったようですね。」

クリフトの言葉に、周囲の気配を同じように窺うソロ。

「…本当だ。すっかり夢中になっちゃったもんね。

 まあ、アリーナが一緒だからあっちも大丈夫だろうけどさ。」

「ええ。慎重なミネアさんと一緒ですから、野営地からそう離れずにいるでしょうし。」

ソロと違ってアリーナはあまり野草に詳しくない。自分のようにはなってないだろう‥

そう考えたクリフトが、ひっそり嘆息した。

気が付けば、随分野営地から遠ざかってる気がする。そろそろ戻った方がいい…そう判断

したクリフトが、ソロに戻る事を告げようと口を開いた時、突然空が泣き出した。

「うわっ。降って来ちゃった!」

突然の土砂降りである。ソロは急いで大きな樹木の下へ避難するよう走った。

クリフトも彼に倣って後に続く。

「困ったね‥。通り雨だろうけど、これじゃ身動き取れないや。」

空を仰ぎながらソロがぽつりとこぼす。

大きな葉が茂った樹木の下は、多少の雨露なら凌げたのだろうが、大粒の雨を完璧に防げ

ている訳でもない。クリフトは思案するよう周囲に視線を巡らせた。

「…! ソロ。あそこまで走りましょう!」

少し先に張り出した岩棚を見つけたクリフトが、そこを指し示した。

乾いた地面がその下に広がっている。

2人はコクンと頷き合うと、一気にその場所を目指し走りだした。



「はあはあ‥。結構濡れちゃったね‥。」

岩棚の下へ着いたソロが、乱れた息を整えながらクリフトに話しかけた。

「そうですね…。これを持って来ておいて正解でしたね。」

持っていたタオルをポーチから取り出したクリフトが、にっこりと笑った。

ソロも同じように自分が持って来たタオルを取り出し、濡れた体や服を拭き出した。

「マーニャの進言通りにしといてよかったね。後でいっぱい感謝しとかなきゃ。」

「そうですね。」

にこっと笑うソロに微笑んで返したクリフトが、奥まった場所に転がる岩へと腰掛けた。

「ソロもこちらへ。止むまでしばらく休憩しましょう。」

「あ‥うん。この雨じゃ移動出来ないもんね。」

招かれたソロがクリフトの元へ向かうと、座りやすそうな場所を選んで岩に腰を下ろした。

クリフトとは丁度1人分程距離を空けたような位置である。

遠く見える空が明るいので、本当に通り雨なのだろう。

「…アリーナ達は大丈夫だったかな?」

しばらくして。思い出したようにソロが呟いた。

「そうですね。恐らく野営地から離れてないと思いますから、馬車に戻ってくれてると

 思いますよ。」

「‥そうだね。」

それきりソロは雨粒へ視線を向けたまま、黙り込んでしまった。

その横顔には最近よく見せる、どこか憂えたような表情がまた浮かんでいる。

「‥ソロ。」

クリフトはいい機会かも知れないと、彼に声をかけた。

呼ばれたソロは、ほんの少しだけ視線を彼に向けると小さく「なあに?」と返した。

「…あまり愉快な話ではありませんが、許して下さいね?」

クリフトはそう断ってから、ずっと気にかかっている事を訊ね出す。

「ソロは…ロザリーの事‥その…随分意識なさっているようですが。

 彼女に何かあるんですか?」

アリーナ達が度々イムルの夢の話をすると、決まって口を噤んでしまうソロには、随分前

から気づいていたが、[ロザリー]という単語が飛び出す時に見せる動揺が、最近彼を塞

ぎ込ませている原因なのかも知れない…と思い始めたクリフトが、出来るだけ静かに訊ね

た。

「‥‥‥! …べ‥つに。なにも‥‥‥。」

ソロはドクンと跳ねる心臓へと手を伸ばしながら、彼から顔を背けた。

ふと…彼の服の下の胸元に揺れる[シンシアのお護り]が手に触れる。ソロは小さく吐息

をつくと、思いついたように、先日見つけたこのお護りをごそごそと取り出した。



――失くさないように。



と、バトランドに滞在していた時にクリフトが銀の鎖を渡してくれた時から、ずっと首

からかけてあった、シンシアの形見とも云える、彼女のお護り。



「…これ、持っていたシンシアと、ロザリーは少し似てるんだ―――

 …ロザリーはエルフだって言ってたよね?  …オレ、ちっとも知らなかったけど。

シンシアもエルフだったんだと思う。尖った耳に桜色の髪…シンシアも同じだったよ。」

きゅっとペンダントトップを握り込みながら、ソロは視線を落とした。

「ソロ…」

「‥‥あいつ。…デスピサロは‥ロザリーを、エルフの少女を保護してる。

 もしあの時、シンシアがオレの姿で外に飛び出したりしなければ…もしかしたら‥‥」

ソロは言いかけて、初めて思い至った事実に驚愕する。

「もしかしたら‥シンシアは、殺されずに済んだかも知れないんだ!!」

ぐっと彼女の遺した形見を握り締め、悸える心を払うよう語気を強めたソロが、悲痛な

表情を露にした。                          愁い→つらい

「ソロ…。そうだったんですか…。すみません、愁い事を思い出させてしまって…」

ここ数日の落ち込みの原因をそう判断したクリフトが、済まなそうに声をかけた。

そんな彼に、ソロは言葉もないままブンブンと首を振る。



―――違う! 違うんだ!! …そんなんじゃ‥ない。



シンシアの事は、今初めて気づいたんだ! 

オレは自分の気持ちばかりしか見えてなかったから…。

本当はもっと早く、それに気づいているべきだったのに‥‥‥!



彼女への申し訳なさでいっぱいになったソロが、溢れる涙を止める術を失くす。

もしあの時――そういった後悔が次々と沸き上がり、彼を苛んでいた。

「オレ…オレ‥‥‥。オレのせいでシンシアは、殺されてしまった―――!!」

ソロはぎゅうっと握り締めた拳を己の膝に叩きつけた。

今頃になって、そんな現実を認識している自分の愚かしさが腹立だしい。

「ソロ。落ち着いて下さい。」

クリフトは立ち上がると、ソロの前にしゃがみ込んで、労るようそっと肩を叩いた。

「すみません。混乱させるつもりじゃなかったのですが‥。

余計な事訊いてしまいましたね。許して下さい…。」

「…ク‥リフトが、悪い‥んじゃ、ないっ‥。オレが…オレがっ、みんな‥悪いんだ…」

心配そうにソロの顔を覗き込むクリフトに、ぽろぽろと涙を落とし、彼がしゃくり上げた。

「ソロ…。あなたの村の人々が亡くなったのは、あなたのせいではありませんよ?

 シンシアさんがあなたの身代わりとなって、魔物の前に飛び出した事だって…

 あなたの咎ではありません。」

「だっ‥て‥‥‥」

途惑うような瞳を向けるソロに、クリフトは静かに首を振る。

「‥あなたはきっと、村人皆に愛されてたのでしょう。…だから、魔物に襲われた時も、

 皆自然とあなたを護る事を最優先に選んだ。シンシアさんも同じでしょう。

 ソロ‥あなたを護りたかったから、彼女は自ら身代わりを望んだのでしょう。」

涙で湿った頬をそっと包むように、クリフトの手が優しく触れた。

「クリフト…」

「ですから、その事で負い目を感じて嘆かれてはいけません。先日見つけた彼女の遺品は、

 それを伝える為に、あの日あなたの手元へ姿を見せたのではないでしょうか?

 あなたを今でも見守っている事を‥示す為にね。」

「‥でも…オレ‥‥‥」

苦しげに表情を曇らせるソロが、俯いたまま小さな声を絞り出す。

「オレには…そんな資格‥‥‥!!」

ソロは悲鳴にも似た声とともに顔を上げると、ふと飛び込んで来た外の景色に目を見開い

た。いつの間にか止んでた雨。明るく差し込む日差しの遥か向こうに、緩やかな弧を描く

七色の帯が空に架かっていた。

ソロの視線に導かれるよう、クリフトも振り返る。

「…これは見事な。‥‥希望の虹‥ですね。」

立ち上がり、岩棚から出たクリフトが、遠くの空に架かる虹を見つめた。

ソロも岩棚の外へとゆっくり向かうと、クリフトの横に並び、鮮やかに浮かび上がった

七色の橋をジッと見つめる。

「…希望の虹‥昔シンシアも言ってたっけ。

 決して届かない、触れられない空の虹…だけど、虹は一番大切なモノを持っているんだ

‥って。虹の見る夢は、いつでも[希望]に溢れてるんだ‥って。

 だからヒトは‥虹が見る夢に触れて、希望を思い出すんだ…って‥‥‥」

「いい話ですね‥。」

空に架かる鮮やかな橋を見つめながら、思い出したように語るソロにクリフトが返した。

「…クリフトも、その話知ってたんじゃないの?」

「いえ…。ただ古くから、虹は希望の象徴として伝わってましたので…。

 触れられない空の虹が見る夢に、人は知らずに触れていたから[希望の象徴]として

 伝わっていたのかも知れませんね。」

涙が乾いた様子のソロに微笑んだクリフトが、再び虹へと視線を戻した。

「そうだね‥‥」

ソロもその視線を虹へ返し、広がる青空に浮かび上がる七色の橋を静かに見つめた。





『‥‥ね、だから言ったでしょ。泣き虫、甘えん坊のソ・ロ。』

『なっ‥ないてないもん。』

『今は‥でしょ? さっきまであんなにぐずってたじゃない。』

『だってぇ‥‥‥』

小さなソロが癇癪を起こし泣き止まずにいると、丘の上から戻って来たシンシアが、ぐず

る彼の手を引き、村外れの小高い丘へと連れて行った。

遠くの山並みが一望出来るその場所に到着すると、シンシアが「ほら」とその山並みを指

し示す。山の上に薄く広がる雲の先には、水色の空が覗いている。そこにうっすらと輝く

七色の帯が見えていた。

ソロがその光の橋に気づくのに呼応したように、空中に弧を描く大きな橋が鮮明に浮かび

あがる。ソロはその光景に目を奪われ、知らず涙も止まっていた。

そんな彼にシンシアがにっこりと話しかけると、ソロはまだ涙に濡れる頬を拭い、顔を整

えた。更ににこにこと話す彼女に、ソロがぽよんと眉根を寄せ、口を尖らせてみせたが、

幼い顔からは、もう憂いが消えていた。

『ほら‥よそ見してたら消えちゃうわ。滅多に見られないんだから。』

『うん。』

シンシアに促されて、ソロは再び虹へと目線を戻した。

『どお‥? お話、本当だったでしょう?』

瞬きすら忘れたように魅入るソロの頭に手を伸ばしたシンシアが、優しく語りかける。

『…うん、すごいね‥』

視線を止めたまま、ソロがほうっ‥と頷いた。

『元気が出るでしょう‥?』

『うん。』



『私あの虹さんにお願いしておくわね。ソロがまた泣いていたら、涙を止めに姿を見せて

 下さいね‥って。』




―――シンシア…



幼い頃の記憶を蘇らせたソロが、いつでも優しい姉だったシンシアの笑顔を思い出す。

そう。あの日――村が魔物に襲われた、あの最後に彼女が見せた微笑みも、暖かな慈愛に

満ちていた。…その先に待つ運命すら窺わせない程に‥‥‥



「‥‥昔、シンシアがお願いしてくれたんだ。」

薄らいでゆく七色の軌跡をしっかり眼に焼き付けながら、ソロがぽつりと口を開いた。

「オレが泣いて‥泣き止む事を忘れてしまったら、またその姿を見せて下さい‥って。

 オレの記憶の中に一番古く残ってる、大きく鮮やかな虹にさ。

 ‥‥‥偶然だと、思う?」

「…いいえ。きっと、彼女の願いを聞き届けてくれたのでしょう。

 お護り同様、彼女のあなたへの気持ちの現れだと思いますよ。」

クリフトはふわりと微笑みながら、そっと彼の頭を撫ぜた。

労るように髪を滑る指先が、遠い日のシンシアと重なる。

「あなたの倖せを、強く望まれているのでしょう。側に居られない今でも…」

彼の心を一瞬にして浮上させる彼女の存在に、素直な感慨を覚えたクリフトが答えた。

「オレの‥倖せ…?」

オレの倖せって、なんなんだろう…?

ソロが首を傾げた。

「ソロ‥?」

考え込むよう瞳を曇らせてしまった彼を、クリフトが訝しみながら覗き込んだ。

「どうかしましたか?」

「…ううん。なんでもない。…戻ろうか。」

ソロは微笑を作ると、クリフトを促した。

「…そうですね。」

不器用なその表情に、クリフトは何か引っ掛かったのだが、敢えて口には出さずにおいた。



雨後の森に柔らかくなった光が差し込むと、緑の葉に残る滴がキラリと輝く。

クリフトはふと、彼の頭を撫ぜた時に、伏せた瞼からひっそりと零れ落ちた雫を思い出し

た。ソロが最後に零した涙。あれは…岩棚の下での涙とは、確かに違っていた。

けれど‥‥‥

不器用な微笑は、また途惑いを孕んでいて…危うく映った。



明るく人懐こい笑みの裏側に、本人すら気づいていない闇が在る。

それを垣間見た一時でもあった―――――



2004/8/18


あとがき

ここんとこ、ピサ勇の合間にソロとクリフトの話が入り込んでます(^^;
なんだかソロは、クリフトの前でよく泣いてますね・・・☆
この辺は『緋龍』編での勇者とマーニャの関係によく似てると思ってしまうのですが。
ちゃんと女の子が好きだった緋龍と違って、ぴーサマに惚れてしまったソロだけに、
唯一それを(少しだけ)知れているクリフトが、貴重な相談相手であり、気を許せる仲間・・・
となっているからなんでしょう。
ちなみに。
ロザリーとシンシアが似ている・・・とソロが思ったのは、夢を見た後、シンシアの形見である
御守りを入手してからです。
もしかしたら・・・・という懸念に思い至ったのが、クリフトにそれを説明してる最中だった・・
とゆーコトで。ソロは思考が突っ走っちゃう傾向があるので、違う視点で物事を見て行って、
ようやくソレに気付いたんですね。
次回はぴーサマとの逢瀬編・・・となると思います。では、この辺で。


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