『緋龍外伝マーニャ 秘めごと』






天空に近い島と呼ばれる小島に上陸した勇者一行。

彼らは天空の城の手掛かりを求めて、島の探索を続けていた。

そんなある晩。

「‥マーニャ。」

「うん…?」

「キス‥していい…?」

一人野営場所から少し離れた樹の元で泣いていた勇者緋龍。

取り乱す彼を宥めたマーニャに、少し落ち着きを取り戻した緋龍が小さく訊いて来た。

「…ん‥いいわよ。」

縋るような瞳の彼に、小さく微笑った彼女が頷いた。

緋龍は自分の髪を漉く彼女の手を握り締め、その指を絡めた。

「マーニャ…。」

「‥う‥ん。…は…んっ‥‥。」

心細さを埋めるような深い口づけは、ぎこちなさを補うだけの情熱が込められていた。

「‥ん…。‥‥‥‥。」

「はあ‥はあ…。参ったわ、あんたには‥‥。」

息を乱したマーニャが零した。

「あんたって‥意外に情熱的なのね…。ちょっと‥憶い出しちゃった…。」

マーニャはすっかり紅潮してしまった頬を押さえながら、ほうと息をついた。身体の芯で

灯る熱を感じながら、旅立つ前に知り合った男の事を思い出していた。

「あの‥オレ‥‥」

体を離した彼女に戸惑う緋龍が、頼りなげに彼女を見た。その瞳はいつも以上に幼く見

え、彼女は内に灯った熱を押し込め、彼に笑顔を向けた。



「はあ…。」

その晩。見張りを終え、寝袋に包まったマーニャは、一人になると小さく吐息を零した。

(…まずったかなあ…。)

頬を赤く染めながら苦悶するように瞳を閉ざす。

マーニャ自身自覚はなかったが、彼女は結構スキンシップに弱かったりする。これまで

も勇者緋龍には甘い彼女だったが、先日リバーサイドで思わず交わしてしまったキスが、

こうまで彼女の内に関わって来るとは考えてもみなかったのだ。

深く情熱的な口づけは、忘れかけた熱とある男を憶い出させた。

(なんで今更あいつの事…。‥‥あたしはもう…)

モンバーバラで知り合った青年。積極的な彼に引きずられるように、彼女は彼と深い付

き合いをしていた。それが恋だと思う間もなく、彼の行方は途絶えてしまった。

もう二年も前の事である。

「はあ…。」

マーニャは大きく吐息を吐くと、そのまま眠りに落ちていった。





そして。辿り着いたゴッドサイドの町の中。夜の通りをマーニャはクリフトと歩いてい

た。不機嫌そうに食堂を出て行った緋龍と、その彼を追って行ったミネアを案じて。

そんな二人の前に、緋龍・ミネアがもう一人見慣れぬ男を伴い、通りの向こうからやっ

て来た。

マーニャは彼らと共に居た男を驚いた表情で凝視めた。

「…ディ‥ディック‥‥?! あ‥あんた…生きていたの? …なんで‥‥」

「生きてちゃ悪いかい?」

ディックと呼ばれた青年が苦笑しながら答えた。

「馬鹿っ! 生きてるんなら知らせくらい寄越しなさいって言ってんのよ! いきなり行

  方不明になったんだからっ!」

マーニャはそう言うと彼に抱きつき涙を零した。

彼女よりやや高めの背の青年は、そんな彼女をしっかりと抱きしめた。

「ごめん‥。ま‥俺もいろいろ事情が有ってさ。心配かけたな…。」

優しく語りかけるその口調は、彼女への思いが込められていた。

「心配なんて‥する訳ないでしょ?! あたしは‥‥‥!!」

マーニャが顔を上げた瞬間、彼は周りにいた彼女の仲間の事も忘れて口づけていた。

呆気に捕られる一同。

バシーン! ふいに唇を奪われたマーニャがディックの頬を叩いた。

「あ‥あんたって…本当‥変わってないわね‥‥。」

「はは‥マーニャも。いや‥二年前よりいい女になったかな。」

(こいつ‥本当に変わってないわね…)

悪びれず笑う彼に、マーニャは大きな吐息を吐いていた。



「あの‥さっきの男‥恋人って…」

何故か二人の問題に巻き込まれてしまった緋龍が、公園のベンチに腰掛けると、隣に座っ

たマーニャに訊いてきた。

「言ったろう? 昔の‥だよ。」

「本当に…?」

「子供に嘘はいけないな、マーニャ。」

緋龍達の前に手に飲み物を持ったさっきの男が立っていた。

「ほら。喉渇いただろ? 坊主もほら。」

マーニャは何も言わず瓶を受け取った。

「…ありがとう。」

緋龍も差し出された瓶を受け取った。

「リュウ‥紹介するわね。あたしの昔の知り合いディック。ミネアから聞いてた? 」

「‥あ‥うん。」

「ディック‥紹介するわ。あたしの今の恋人‥緋龍よ。」

「‥‥‥!?」

思い掛けぬ言葉に、緋龍は彼女を見上げた。

「ははは。いつ宗旨変えしたんだい?」

「信じないの…?」

「どうせ嘘つくなら‥さっき一緒だった男の方がまだ説得力あったんじゃないのかい?」

「嘘じゃないから、リュウに来て貰ったんじゃない。馬鹿ね。」

にこにこと会話をやり取りする二人。緋龍はそんな二人に気圧されながらやりとりと見

守っていた。

「こんな子供にお前の相手が務まるとは思えないけどね。なあ坊主?」

「オレは緋龍だ。オレがマーニャの恋人で何がおかしいんだよ!?」

すっかり子供扱いされてる事にムッと来た彼が、ぶっきらぼうに答えた。

「見えないからさ。」

一瞬真面目な表情を見せた彼がやや低く言った。

「それじゃ‥証拠見せてあげるわ。リュウ。」

彼の瞳の真剣さに戸惑う緋龍を他所に、少々ハイになってるマーニャが彼の顎を寄せた。

「‥ん‥‥!」

突然のキスに面食らう緋龍。

「‥という訳。あたしの性格は知ってるでしょ? 納得した‥?」

「マーニャ…飢えてたんだなあ‥。」

ディックが苦笑した。

ぽかり。マーニャがディックを叩いた。

「あんたはあ〜。本当っしょうもない奴ね! とにかくバイバイ。」

すっかり頭に血が上ってる彼女に、彼は不承不承その場を後にした。

「マーニャ。彼の事…本当はまだ‥‥。」

彼が去った後を寂しそうに見つめていたマーニャに緋龍が声をかけた。

そんな彼の言葉を止めるように、彼女は緋龍の口元に指を立てた。

「リュウ‥あんた‥髪‥伸びたね‥‥。」

彼の髪を漉きながら、細い声でマーニャが呟く。

緋龍はかける言葉を見つけられないまま、寂しそうな横顔を見つめていた。



宿の部屋へと戻った彼女は、ふと窓へ視線をやると人影に気づいた。

「ディック…。」

マーニャは窓を開けると、下に見える人影にそう呼びかけた。

 人影はやはり彼だった。彼女はそれを確認すると窓を閉ざした。

(‥‥‥。)

窓に背を向け大きく息を吐ききる彼女。

「…どうして‥‥‥」

誰に向けてるのか判らない言葉が零れた。

彼女はキッと顔を上げ、もう一度窓へと視線を向けた。

窓の下には変わらぬ人影が在った。

「…!」

(あたし‥‥‥)

マーニャはもう一度窓を開くと、その勢いに任せて飛び降りた。

「…ディック。‥あんた‥馬鹿じゃないの?」

「お前の一番の理解者だって‥言ったろう?」

窓から静かに飛び降りた彼女をしっかり抱き止めたディックが微笑んだ。

「‥その服…似合ってるぜ。思った通りだ。」

「馬鹿‥。今更‥遅いわよ。」

彼女が旅立つ前。踊り子の服で旅をするのだけはやめて欲しいと、彼は彼女の父親から

生前に預かっていた布地を手渡した。身かわしの服の材料となる布地でなら、それなりの

防御力もあるだろうからと…。

「俺のスケッチ‥見てくれたんだな。」

「…あんたの形見だと思ったからね。」

「はは‥全くだ。」

静かな夜の町を並んで歩きながら、彼が苦笑した。

「…本当に‥心配したんだからね。」

「ああ‥解ってる。俺だって、無事で居る事だけでも連絡したかったんだが…。ここは

ちょっと変わったトコでさ。島の外へ出させてもらえなかったのさ。」

「それって‥この島の伝承に関わりあるの?」

「‥ま、そういう事らしい。」

「‥‥‥。」

「お許し貰えたのかな?」

「ま‥連絡出来なかった理由は解ったわ。でも‥あんたの立場はさっき言った通りよ。」

「おいマ〜ニャぁ‥。」

情けなさそうに項垂れるディック。

「あんたもいろいろ大変だったんだろうけど、あたしにだって事情があるのよ。」

公園の入口で立ち止まった彼女が言い切った。

「事情ねえ…。でも、こうして来てくれただろう?」

言いながら彼女の肩に腕を回した。

「丁度いいかな…と思ってさ。」

「あ‥? なんだよ、それ?」

やけにあっさりしてる彼女にディックが困惑した。

「ふっふっふ〜。こういうコトv」

マーニャは彼の頬に手を伸ばすとそのまま口づけた。

「ん…。‥ふ‥‥っ…。」

ディックはそのまましっかり彼女を抱きしめながら、深く応えた。

「…は‥んっ‥。はあ…はあ…。」

「マーニャ‥。俺…止まらないぜ。」

頬を紅潮させたディックが息を整えながら囁いた。

「…ち‥ちょっと、どこ行くのよ?」

そのまま彼女の腕を引き公園の奥へ向かう彼。

木立の中に入っていった彼は、そのまま草地の上に彼女を押し倒した。

「ちょっとお…ここでやるの?」

マーニャが少し戸惑うように訊ねた。

「お前が火をつけたんだぜ。責任取ってくれよな。」

ニッコリと彼が答えた。

「そりゃ‥そうだけど…。こんなトコじゃ…」

「誰も来やしないさ。ここの連中は夜が早いしな。」

「…本当、強引ねえ…。…! …んっ…。」

観念したように言うマーニャの服を脱がせながら、彼はその豊満な乳房を優しく包み、

彼女の首筋に舌を這わせていった。

ぴくん…。

「ディッ‥ク‥‥」

身体が熱くなってくのを感じながら、マーニャが彼の身体に手を回した。

「マーニャ‥ずっと‥逢いたかった…!」

彼はその想いをぶつけるように彼女の肢体を愛撫していく。

「…んっ。‥はあ‥はあ‥‥。ディック‥あたし…ん‥‥ふ…。‥‥あ。」

二年の空白を埋めるような細やかな愛撫に、熱を帯びた身体が応える。

「…マーニャ‥。‥‥愛してる‥。」

「ん…あたし‥あたし‥‥‥は…‥。‥‥‥‥!」

浮かされるように応えながら、彼女は一気に登りつめていった。


「‥相変わらず‥言ってはくれないんだな。」

草地に俯せに横たわった彼が、やや冷静な口調で寂しげに言った。

「…二年前なら‥言ってやったさ。でも‥今は‥‥」

半身を起こしながら、隣に座るマーニャが答えた。

「…真剣に、あの坊やに惚れてるのか?」            真剣→マジ

「…緋龍‥? ふふっ。そんなんじゃ‥ないけど。でも‥今はあんたより‥大切かも知れ

ないわね。」

「‥お前の中に‥俺の居場所はもうないのか…?」

きっぱり言いきる彼女に静かな口調で彼が問いかけた。

「‥だったら‥ここには来てないさ。」



翌日。収穫祭の後、長老達の預言を聞いたマーニャは気が付くと、昼間聞いたディック

の家へとやって来ていた。

町外れの林の中。見張り小屋のような木の上に建つ小さな小屋は、月明かりを受けてひっ

そりと佇んでいた。

「マーニャ‥。来てくれたのか…?」

少し遅れて帰って来た彼が、家の前に立つ彼女を意外そう見た後、顔を綻ばせた。

「‥‥? とにかく上がれよ。」

「お前‥結局たいして食ってないんだろう? 軽いもんならすぐ出せるぜ。」

台所へ立った彼が声をかけた。

「…なにもいらないわ。」

「…んじゃ。飲むか?」

ワインとグラスを二個持って来た彼がにっこりと言った。

丸太を切って作られたシンプルなテーブルに持って来たグラス類を置くと、同じように

丸太を活かしたベンチのような長椅子に、マーニャを誘い腰掛けた。

「…なんか‥あったのか?」

元気がない彼女を気遣うように声をかけた。

「…ちょっと‥ね。」

それだけ言うと、グラスに注がれたワインを煽った。

「ま‥なんにしても、来てくれて嬉しいぜ。」

空になった彼女のグラスにワインを注ぎながら、彼が笑顔をみせた。

「…来るつもりは‥なかったんだけど‥‥。…でも‥‥」

二杯目も一気に飲み干した彼女がグラスを置くと、両肘をテーブルに着き額を抱えた。

「…今夜の預言、聞いたんだってな。そのせいか…?」

「あんたも聞いたの?」

「いや‥。俺は噂話を耳にしただけさ。」

「そう‥。…ちょっとね‥なんだか気落ちしちゃってさ…。独りで居たくなかったんだ

…。…気づいたら‥ここに来てた‥‥。」

「嬉しいぜ。そんな時に頼って貰えるとさ。」

「でも…あたし‥‥‥」

マーニャがじっと彼を見つめた。

「あたしは‥‥‥」

彼女がふいと視線を外した。

「マーニャ。」

がたん。

ふいに伸ばされた手を避けるように立ち上がったマーニャ。

「マーニャ‥?」

「あ‥あたし‥‥。」

急に立ち上がったせいか酔いが一気に回ってしまうマーニャ。そのままふらりと倒れ込ん

でしまった。





「ん…あれ…?」

 しばらくして。目を覚ました彼女が周囲を見回した。

「まだしばらく横になってろよ。お前‥本当に弱いんだなあ…。」

水に濡らしたタオルを額に乗せながら、ディックが苦笑した。

「…気分悪くねえか? 薬ならあるぜ?」

「…ん。大丈夫。ね‥ディック…。」

彼女をのぞき込むようにしていた彼の顔にそっと触れたマーニャが、そのまま彼を唇へと

誘った。

「マーニャ…。」

「ね‥お願い。…今だけ‥なにもかも‥忘れさせて…。」

「お前…。」

「‥ん…は‥っ…ぁ。ふ‥あ…んっ。‥ック。ディック。」

「マーニャ…。話せよ‥ちゃんとさ…。」

「は‥なし…? あ…ん。…なんの‥‥」

「お前が悩んでる事さ。」

アルコールのせいか、いつもよりのめり込んでる彼女にディックが問いかけた。

「あたし‥‥別に…」

「身体はこんなに素直なのにな。…ほら‥話せよ。」

「ふ‥。んっ‥やだ‥そんな風にしたら…あっ…。」

「デスピサロとかいう魔族の事で、なんでお前が落ち込むんだ…?」

「‥‥! だって…だって‥あ。…ロザリーの為に‥って…あたし達‥‥ふ…。」

「ロザリー?」

「…人間が‥彼女を追い詰めなかったら…こんな事には…んもう、ディック…そんなに

されたら考えられないじゃない。」

「大丈夫。ちゃんと解るから。それに…忘れたかったんだろう?」

言いながら口づけた。

「…ん。そりゃ‥そうだけど…。」

「ついでにもひとつ話してもらおうかな。」

キスの嵐を贈りながら、彼女を背中から抱きしめた。

「あの坊やの事をさ。」

「…リュ‥ウ? なんで…あっ。ん…ちょっと‥ダメ‥‥」

「随分可愛がってるみたいじゃないか。」

「そりゃ…。あの子だっていろいろ大変…んもう…ディック‥。」

「同情か…?」

「そんなんじゃ…。ほっとけないのよ。…弟みたいで…。それに‥‥」

「それに…?」

「ん‥もう。いいでしょう? あたし‥もう…。」

マーニャがねだるように、腕を回した。

「ま‥俺もちょっと‥限界だしな…。」

浮かされたように話す彼女に愛おしさを募らせながら、ディックは彼女と重なった。

「ディック‥ディック。あ…はあ…っく。ん…。」

「は…。はあ…ふう‥‥。…マーニャ‥。」

「ディック…。」

紅潮した笑みを浮かべる彼女と彼はそのまま寄せられるように口づけを交わし合った。

一段落した微睡みの中で、彼は腕の中で眠るマーニャをそっと抱き寄せた。

彼女はそんな彼に一旦視線を送った後、そのまま身を委ねるように寄り添った。

「…あのね。…緋龍。出逢った頃‥トラウマ随分抱えてたんだ…。なのに…。」

マーニャがぽつぽつ語り出した。

「…あの子‥誰にも‥頼れなかったんだ…。…勇者じゃ‥触れられないから…。だから

あたし‥せめて‥あたしだけは…あの子を‥‥‥」

「…マーニャ?」

黙り込んでしまった彼女の様子を伺うディック。彼女はそのまま寝入ってしまっていた。

「…だから‥か‥‥。」

複雑そうな表情で呟くと、彼もそのまま眠りについてしまった。


翌朝。ざわざわと賑やかな葉擦れの音に目を覚ましたマーニャは、見慣れぬ部屋に居る

自分を不思議に思いながら起き上がった。

「よお。昨夜はよく眠れたようだな。」

「ディック? なんであんたが居るの?」

「なんで‥ってなあ。ここは俺の家なの。寝ぼけてんのか、お前。」

「え…あたし‥昨夜? ‥‥‥あ。そう言えばあんたん家に何故か来てたような…。」

「お前なあ…。そっから憶えてないのか? 真剣(マジ)?」

「え‥あたし‥何か変な事した?」

「…昨夜は一晩中愛し合ったろ? お前なかなか解放してくれなくてさ。」

にっこりとディックが言い切った。

「え‥うそ! …?! う〜。なんか頭がガンガンするわ…。」

「二日酔いだろ。お前アルコール弱すぎだぜ。絶対他所で飲むなよな。」

「そういえば…なんか飲んだっけ…?」

「ほら‥これ飲んどけよ。効くぜ。」

「ありがと…。でさ。あんた…酔ったあたしを手籠にしたんじゃないでしょうね?」

「何を人聞きの悪い。言っとくけどなあ、お前の方が乗り気だったんだぜ。」

「‥‥‥。ま‥いいわ。昨夜の事は忘れてね。どうせあたしも憶えてないし…。」

自分ならやり兼ねない‥そう思った彼女は、最善策を申し出た。

「なんだよ、それわ。」

「とにかく宿に戻るわ。いろいろありがと。じゃね。」

納得されないとは思ったが、昨夜の事が憶い出せない彼女にはこの場を速やかに去るし

かなかった。憮然とする彼の頬にキスを贈ると、マーニャは彼の家を後にした。

「…ったく。台風みたいな奴だな。」

残された彼は小さく笑うと、遠くなって行く足音を心地良さそうに聴いていた。






その後。角笛の祠への道案内として、緋龍一行に一時的に加わったディック。終始不機

嫌そうにしていたマーニャだったが…

「なあ。そんなに俺が居ると気まずいのか、お前?」

祠に無事到着すると、早速その探索に半分のメンバーが出てしまっていた。最初は残っ

たメンバーと共に雑談を交わしていたディックだったが、マーニャが一人で席を外してし

まうと、追いかけるようにやって来た。

「…別に。そんなんじゃないけど。あんたベラベラ余計な事言いそうだし…。」

「お前が困るような事、言ったりしないぜ。」

「どーだか。」

「むしろお前の方が、俺に隠したい事あるんじゃねえか?」

「な‥なんの事?」

マーニャが一瞬怯んだ。

「…あ‥あたしさあ。本気でこの前の夜の事、憶えてないんだけど‥なんか変な事しゃ

  べった…?」

「変な事ってなんだよ?」

「え‥いや…まあ。気にしないで。」

「お前なあ…。…そういやさ。お前の仲間のライアンって奴…」

実はマーニャ以上に、彼から険しい視線を送られていたディックがぽつりと言った。

「ら‥ライアンが何よ?!」

「…いや。…お前‥ああいうタイプに弱かったなあ‥って思ってさ。」

「な‥何言ってるのよ? ライアンはあんたと違って真面目なんだからね。一緒にしない

でくれる?」

「ただの仲間だって?」

「そうよ。」

「ふ〜ん。ま‥いいけど。」

釈然としないものを感じながら彼が答えた。

「だから‥‥。あ…! リュウ達帰ったみたい。」

彼に何か言おうとしたマーニャだったが、緋龍達が戻って来たのに気づくと、そのまま

皆の元へ走って行ってしまった。

「…あいつ‥逃げたな。…ライアン‥か…。」

一人残された彼が意味ありげに呟いていた。

やがて。エルフの里で無事天空の剣を手に入れた勇者一行が天空の塔目指して再びゴッ

ドサイドへ訪れた。

先に預かっていたミネア・マーニャのサークレットのサイズを直し、更に守りの力を神

殿の術者に頼んで強化してくれたディックの元に、彼女は訪れていた。

「本当ありがとう。アリーナの分も頼んでくれてたなんて…感謝してるよ、ディック。」

彼の家に上がり込んだマーニャが笑顔をみせた。

「…俺が欲しい言葉は、そんなんじゃないんだけどなあ…。」

「なんの事かしら?」

マーニャがにっこりと微笑んだ。ちょっと悪戯っぽい表情を、彼は一番気に入っていた。

「ったく。お前って本当変わらないなあ。また酒でも飲むか?」

「なによ、それ?」

「酔ったお前は素直だったからv」

「ばぁ〜か。あの晩はたまたま…う…ん‥もう。強引ね。」

「でも…嫌いじゃないだろ?」

重なった唇を離すと囁くように話しかけた。

「ふふ…さあね。」

「…生きて‥帰って来いよ。お前も‥ミネアも。…坊主達もさ。」

「ありがとう。」

「…じゃ、おやすみなさい。」

「また泊まって行けばいいのに。」

「いやよ。明日早くに発つんだもの。ここに居たら寝坊しちゃうわ。」

「はは‥それもそうだな。…気をつけて行って来いよ。」

「ええ。本当にいろいろありがとね、ディック。それじゃ。」

笑顔を残し、彼女は夜の闇に溶けて行った。

(あいつ…)

彼は、次を約束しないまま去って行った彼女を、寂しそうに見送っていた。


トントン。

彼女が帰ってしばらく後。彼の家に訪問者があった。

「‥こんばんは。」

扉の向こうに立っていたのは緋龍だった。

「坊主か。どうしたんだ? 明日は早いんだろう?」

「うん‥だから今夜のうちにと思って…迷惑だった?」

「ん‥ああいいぜ。入れよ。」

「…この間さ、預かった指輪。なんとか完成形に出来たんだ。気にしてると思ったから

報告しとこうと思ってさ。」

緋龍は言いながら、指輪を差し出した。

「おっ。本当に見つけてくれたんだな。ありがとう、坊主。」

子供をあしらうように頭を撫ぜる彼。

「どうでもいいけど、子供扱いしないでよ。」

「おお悪い悪い。ついな‥。緋龍‥だっけ? まあ掛けろよ。」

ディックは半分空けた椅子へ腰掛けるよう促した。

「なに‥?」

「うん‥お前に頼みがあるんだ。一つはこの指輪の事。頃合いを見て彼女に渡してやっ

  て欲しい。」

「うん、分かってるよ。」

「あと一つ…。こっちがちょっとやっかいなんだが…マーニャの事、気をつけてやって

 くれ。あいつ…デスピサロにかなり同情してるようだから…って、まさかお前もなの

 か…?」

「あ‥別にそんな事…。ただ‥戦いにくい奴ではあるけど…。」

「…なかなか複雑な経緯があるらしいな。あいつ…長老の預言聞いた後、相当荒れてた

  んだぜ。」

「マーニャが…。」

「あいつを支えてやってくれ。俺の代わりにさ。お前なら出来るだろう。」

「でもオレ‥いつもマーニャに助けて貰ってばかりで、頼りにされるとは…」

「馬鹿だな。お前があいつに甘えてる分、あいつもお前を拠り所にしてたんだぜ。

 あい つ‥不器用だからさ。せいぜい甘えてやってくれ。」

「…この間と言ってる事‥違くない?」

「ははは‥。ま、正直妬けるからな。でも‥あいつの為には必要みたいだからさ。

それに‥牽制にもなるし…。」

「え…なに?」

「あ‥いや。なんでもない。とにかくさ。あいつの事‥守ってやってくれ。あいつが落

  ち込んだ時は、決して一人にしないでやって欲しい。頼んだぜ。」

真剣な眼差しで緋龍に語るディック。緋龍はそれに応えるようにしっかりと頷いた。

「…ありがとうな、緋龍。」

「ううん。オレにだってマーニャは大事な女性なんだ。少しでも力になれたら嬉しいよ。」

「…なあ。一応確認して置きたいんだが、お前‥マーニャをどう思ってるんだ?」

「え…? どう‥って。…すごく大切だよ。マーニャは‥オレもアリーナも、妹のミネア

同様に扱ってくれて‥それがどんなに心強かったか…。マーニャのおかげで、オレは

ここまでやって来られたんだと思う。‥かけがえのない女性なんだ。」

「そ‥っか。まあ‥そこまで想ってくれてんなら‥大丈夫そうだな。お前自身の為にも

がんばってくれな。」

ホッとしたように笑いながらディックが念を押した。

「ディックはマーニャの事‥好きなんでしょ?」

緋龍が無邪気に訊いてきた。

「‥‥‥。…まあな。」

ストレートな問いかけに少々動揺しながらも彼が答えた。

「上手くいくといいね。」

「応援してくれるのか?」

「うん。マーニャ次第だけどね。」

「…。そりゃどーも。さあ、そろそろ戻って休めよ。明日早いんだろう?」

「ディック‥いろいろありがとう。おやすみなさい。」

戸の外に立つ緋龍が明るく言った。

「元気でな。きっと‥皆で無事に帰って来いよ。」

「うん! 本当にありがとう。…また会おうね!」

木を下りると、大きく手を振りながら緋龍が笑った。

「ああ。…またな。」

残されたディックは、夜の闇に消えて行く人影をいつまでも見送っていた。


マーニャと‥そして緋龍と…二人が消えて行った先にどんな未来があるのか‥そこに再

び自分の接点が見出せるのか…闇を見つめるその瞳は見えぬ未来を求めているようだった。

彼女も掴めぬその心がどこへ向かうのか…。

 もう一度二人が再会出来た時、その答えがみつかるのかも知れない。



[了]

背景など語っています‥

   ↓




ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。(^^
このお話は、『DRAGON QUEST4〜緋龍〜』というFC版勇者くんの物語から派生した
外伝の1つとなります。(丁度7巻部分かな)

ゴッドサイドのある島へ到着してから、なにかと周囲に変化のあった勇者くん。
その中でもぐ〜んと距離が縮まったマーニャ。その彼女を中心に、ゴッドサイド編をまとめました。
(途中やたらとはしょって感じるのは、本編とかぶってる部分☆)←ディックとの再会場面とか。

ウチの勇者緋龍は、現時点で13歳。マーニャが17歳。
急激に新密度が増したせいで、マーニャがふと「女」の自分を思い出した時、なんともタイミング
よく昔の恋人(?)に再会してしまって・・・・・(ちなみにディックは19歳)


ゴッドサイドでは、進化の秘法をデスピサロが完成させてしまったコトを知り、ロザリーに同情的
だった面々(緋龍・マーニャ・アリーナ)は、結構ショックを受けてしまいました。
(ミネア・クリフトも彼女には同情していたけど、ピサロのコトは意外に割り切って捉えたんで)

遣り切れなさを払拭したくて、気づいたらマーニャは彼の元へと足を向けていた。
ーーーーーずっと惹かれている男(ひと)とは別の男の元へ。

この時点では、彼女には勇者の他にちゃんと想う人があったのですが・・・
実らない片想い・・・との諦めがあったので、出会いの時と同様に彼に頼ってしまった・・と。
(彼との出会い編である「恋愛事情マーニャ」に詳しくありますが、実はその時のマーニャも
また似たような状況だった・・と。(失恋したて))

ちなみに。緋龍とはベタベタしてても、あくまで保護者。
彼もそれを判った上で甘えています(^^;
ディックからすれば、過剰に甘過ぎ!・・・と文句の1つ2つ言っても足りない訳ですが。
ちょっとだけ彼らと共に旅をして、マーニャが彼を危うく思う気持ちが理解出来てしまったので、
多少のコトは目を瞑ろうか・・という心境に。
(まあ。彼の台詞にあった「牽制」という部分も大きく関わってますけど☆)

この彼と緋龍とマーニャの話は、もう1つ外伝があるので、いずれUPしたいと思います(^^
(こっちはH場面ないけど)←念の為

今回のお話を描いたのは数年前になりますが。
当時、精一杯色っぽい話を目指して書上げました。
・・・でも。今読み返すと全然ぬるいですね(^^;

そんなんでも、楽しんで頂けてたら幸いです。
最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。