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「はあ〜。やれやれ。ようやく宿屋到着ね。」

 洞窟を更に深く進むと、不思議な宿屋がある場所へ一行は辿り着いた。

 結界が張られているらしいこのフロアには、普通の人間とは気配が違う主人が旅人の為

の宿屋を経営している。以前通った時も世話になってるので、すっかり慣れた様子でマー

ニャが宿を頼んだ。

「ツイン2つ頼んだけど。部屋割りはどうするの?」

 部屋の鍵を手の中で遊ばせながら、マーニャが鷹耶に訊ねた。

「2部屋‥? …そーか。う〜〜ん。…仕方ねー。俺がピサロと同室だな。」

「了解。じゃ、クリフト行きましょうか?」

「あ‥はい。では‥後程。」

ぺこりと残る2人に声をかけるクリフト。残念そうな視線を送る鷹耶に小さく笑むと、

マーニャに続いて部屋へ向かった。



「あ〜あ。疲れたな‥。」

 部屋に着くなりベッドへ身を投げ出した鷹耶が、大の字になると大きな息を吐き呟いた。

「…奇妙な洞窟だな、ここは。」

共に部屋へとやって来たピサロが、装備を外しぽつりと感想をもらす。

「ああ…あんたもそう思うか? なんかさ‥フロアごとに違う場所に繋がってるみたいな

  んだよな。空間が捩れてるっていうか…。」

「そうだな。貴様の言う通りかも知れん‥。」

ピサロは小さく嘆息すると、空いたベッドへ腰掛けた。

「…ふ〜ん。」

鷹耶が興味深げにピサロを覗う。

「なんだ?」

「‥いや。魔王‥なんてさ、もっと取っ付きにくいもんかと思ってたけど、意外だなっ

  て。‥‥それに。思ってた程好戦的でもないんだな、ぴーちゃんv」

揶揄かうように笑う鷹耶。ピサロは瞳を座らせると、「ほう‥」と低く呟いた。

「勇者とは‥無謀な挑戦者を指すらしいな、鷹耶?」

低く静かな声音が冷んやりと耳に届く。鷹耶は頬を支えていた腕の力を落とし、枕に頭を

埋没させた。

「お‥お前、二度と俺を呼ぶなっつったろ!?」

身体を起こし、真っ赤な顔で鷹耶が彼を怒鳴りつける。ピサロは肩を竦めてそれを流した。

「貴様が妙な呼び方するからだ。…貴様には、それなりに効果有りらしいな。」

くつくつとピサロが微笑った。

「う‥うるさい。ゾクゾク悪寒が走るんだよ。あんたに呼ばれると!」

「悪寒‥な。貴様は‥‥‥」

言いかけたピサロが部屋の戸口へ視線を移した。

「…部屋の外に神官が来ているぞ。」

「え‥クリフトが?」

鷹耶は戸口に向かうと扉を静かに開いた。

「あ‥鷹耶さん。」

「クリフト。どうしたんだ?」

「あ‥はあ…。マーニャさんが、部屋でシャワーを浴びてるので‥その‥‥」

「遠慮して出て来たんだ。お前らしいな。入れよ。」

赤く俯くクリフトに、笑んで返した鷹耶が促した。

 クリフトはおずおずと部屋へ入ると、同室のピサロに軽く会釈をする。ピサロはベッド

端にゆったりと腰掛けたまま、訪問者を悠然と迎えた。

「クリフトもこっちでシャワー浴びてくか?」

ピサロの向かいにあるベッドに腰掛けながら、鷹耶が訊ねた。

「あ‥ご迷惑でなければ。」

彼に促され、その隣に腰を降ろすと控えめにクリフトが答えた。

「ああ、全然構わねーさ。な、ピサロ。」

「別に問題なかろう。用意して来てるのなら、先に入って来ても構わぬぞ。」

「あ、それは駄目。ピサロ、お前が先に行って来いよ。」

あっさりと鷹耶が否定すると、まるで追い払うような仕草で彼を促した。

ピサロは意外にも、無言でそれを承諾したかのように立ち上がり、部屋の奥にある洗面

所とシャワールームが備わった扉へと向かった。



「…あの、よかったんですか?」

彼の姿が扉の奥へ消えると、遠慮がちにクリフトが語りかける。

「ああ。奴だって文句言ってなかったろ? …それよりな。奴の後、お前が入っていいか

  ら、出たらすぐ部屋に戻ってろよ?」

「え…?」

「その頃なら、彼女だってとっくにシャワー終えてるだろ。俺もお前の後にサッと浴び

  たら、夕食の誘いにそっちへ行くからさ。絶対、奴と2人きりになるなよ!」

特に最後の部分を強調して、力強く彼の両肩に手を乗せた鷹耶が言いきった。

「鷹耶さん‥。ピサロさんは信頼出来る方ですよ?」

クスクスと笑いながらクリフトが応える。鷹耶はそんな彼に苦い顔をしながら、もう一度

念を押す。

「とにかく。絶対2人っきりにはな・る・な!」

クリフトはよく判らなかったが、勢いに押されるよう、頷いた。

 

程なくして、シャワーを浴び終えたピサロが戻って来た。

「ほら‥クリフト、次行って来いよ。」

「あ‥はい。では‥お先に頂いて参ります。」

扉を出てベッドへ向かうピサロと入れ違いに、クリフトが扉の奥へと滑り込んだ。

ピサロは備えてあったらしいタオルで、汗ばむ顔を拭うと、ほとんど乾いてしまってる

髪に残る水分を吸わせるように、長い銀髪に押しあてた。

先程まで座っていたベッド端に腰掛け、ふっと顔を上げると前に座る鷹耶と瞳を交わす。

「…なんだよ?」

憮然と答えると、薄く口の端を上げたピサロが愉しげに口を開いた。

「余程大事にしてるらしいな。」

「‥‥! …別にいいだろ。言っとくけど、あいつには、手出すなよ!」  誘る→そそる

「洞窟でも似たような事、申してたな。あまり煩く禁じられると、逆に興味を誘るだけ

  とは思わぬか?」

しれっと答えるピサロに、鷹耶がわなわなと握った拳を震わせた。

「…お前。実はすっげー嫌な奴なんじゃねー?」

「それは褒め言葉として受け取っておこう。私をなんだと思っておるのだ?」

「元・魔王サマ。」

厭味を込めて、ついでに睨みつけながら言ったのに、ピサロは肩を竦めて平然と受け流し

ただけだった。

 パーティの中で、鷹耶を翻弄出来たのはマーニャぐらいのものだったのに。次々と知れ

るこの新しい仲間の存在に、どうにも振り回されてる気がしてならない。

 鷹耶はひっそりと嘆息した。



 無音の室内に、カチャリ‥と控えめなノブの音が響いた。

「よお、クリフト。早かったじゃねーか。」

扉から出て来た彼の姿を認めた鷹耶が、さっきまでの不機嫌さを飛ばし笑いかけた。

「へ〜。同じ服でも着る奴が違うと可愛いなv」

宿に備わっていたゆったりとしたデザインの夜着兼用の服を着込んだクリフトに、鷹耶が

顔を綻ばせた。…ピサロもまた、同じ服を着て居るのだが‥‥‥

「もう。何言ってるんですか? さ、鷹耶さんも行って来て下さい。また後で。」

「ああ。後でな。」

 クリフトと入れ違いに、既に入浴の準備を済ませていた鷹耶が扉の奥へと消えた。

「‥ピサロさん、お邪魔しました。では、私は部屋へ戻ります。マーニャさんももう身

  支度整えていらっしゃると思いますし…」

「どうせ奴が戻れば夕食に向かうのであろう? ここで待てば良いではないか。」

ぺこり‥と小さく会釈しながら、クリフトがベッドの間を通り抜け、部屋を去ろうとする

と、珍しくピサロの方から彼に声をかけて来た。

「え…?」

「誰も邪魔などとは言っておらん。ここであ奴を待てばいい。…それとも、私と2人き

  りなのが気詰まりか? お前は神に仕える神官だからな。」

暗に魔族である身の自分を疎んじても仕方ない‥といったニュアンスで、ピサロが軽く嘆

息した。

「い‥いえ。そんなこと‥。…では、お邪魔でないなら、待たせて頂きます。」

鷹耶に言われた言葉を忘れた訳ではなかったが、こんな風に言われては帰る事も適わない。

クリフトはひっそりと嘆息しながら、鷹耶のベッドに腰掛けた。

「‥‥‥‥」

 帰るきっかけを失ったクリフトは、落ち着かぬ様子で腰掛けながら、そっと覗うように

斜め前にゆったりとくつろぐ彼の様子を覗き込んだ。

そんな彼の視線を感じたのか、元々こちらを覗っていたのか、ピサロとばっちり瞳が

合ってしまう。クリフトはビックリしたように瞳を見開くと、慌てて顔を反らした。

それでも感じる視線が妙にいたたまれなくて、クリフトは何か話すきっかけを模索する。

「…あ。そう言えば‥。洞窟での戦闘の時、鷹耶さん、突然剣を落としましたよね?

あれ‥どうしてだったか、ピサロさんご存じですか?」

クリフトは鷹耶に濁されてしまった会話を思い出し、ぽつりと訊ねた。

「鷹耶さんがあんな風に剣を落とされるなんて、滅多にないから、麻痺攻撃を受けたの

  かと心配したんですけど…そういうのでもなかったんですよね?」

ピサロの方を見ながら、本当に不思議そうにクリフトが言葉を重ねた。

「クックック‥。成る程、可笑しな奴だなお前は。」

「え‥。な‥なんでです?」

突然笑われてしまったクリフトが、その意味を測りかね、眉を下げる。

「知りたいか?」

「え…?」

「あれが剣を落とした理由。」

ピサロは斜めに傾けていた身体を起こすと、彼と目線の高さを合わせ、再び問いかけた。

「あ‥はあ‥‥‥」

あの鷹耶の様子では、教えて貰えそうにないし…と、クリフトは曖昧に頷いた。

「ただ呼びかけただけだ。名前でな…」

ニヤリ‥と人の悪そうな微笑を浮かべ、ピサロはそっと、彼の頬に手を伸ばした。

その際立つように整った顔立ちが、間近に迫り、クリフトは思わずその身を引いてしまう。

「名前を呼んだって…。あ‥もしかして、例のチャームの話‥‥‥」

身を引いた時離れた指先は、それ以上彼を追う事をしなかったので、一呼吸ついたクリフ

トが、再び会話を続けた。

「あれって…本当だったんですか!?」

「試してみるか?」

ピサロは口の端を上げると、クリフトとの距離を詰め、その顎を捉える。

 途端。バタンッ!…と騒々しく洗面所の扉が開いた。

「ピサロっ!!」

 バスタオルを腰に巻き付け、水を滴らせながら、彼を怒鳴りつけた鷹耶がツカツカと2

人に歩み寄る。

 まるで忌まわしいモノでも退けるような仕草で、ピサロをクリフトから遠ざけた。

「クリフト。部屋に戻ってろって言っただろう? なんでこんな奴と居るんだ!?

妙なコト、されてねーだろうな?」

キッとクリフトを睨みつけると、納得行かない様子で早口でまくし立てた。

「み‥妙なコトって‥。(鷹耶さんじゃあるまいし‥)」

イマイチ危機感のないクリフトが、鷹耶がまたいつもの過剰な妬きもちで怒ってるのだと

思い、眉根を寄せた。

「ただ話してただけですよ。あなたがシャワーから戻ったら、一緒に夕食に向かおうと

  呼び止められたので…。」

「‥随分親密な話でもしてたのか?」

訝しげに問いかける鷹耶に、クリフトの頬が一瞬染まった。鷹耶が話したくない事をピサ

ロに訊ねてしまった自分の行為を恥じて。

 だが、そんなクリフトの心情など、鷹耶に解るはずもない。眉間のしわが更に深まり、

今度はピサロをギッと険しく睨みつけた。

「その者の申す通りだ。ただ会話を交わしてただけだが。それもいっそ禁じるか?」

揶揄するように肩を竦めるピサロが、にやっと嘲笑った。

「ふんっ。見るのも禁じたいくらいだな。」

「鷹耶さん‥。とにかく早く濡れた身体拭いて、着替えて下さい。風邪引きますよ?」

なんだか子供っぽいやり取りに聞こえてしまう2人の応酬に嘆息しながら、クリフトが鷹

耶を促した。ぽたぽたと落ちる滴が、彼がシャワーの後、ロクに身体も拭かずやって来た

事を物語っている。

鷹耶は不承不承、開け放したままの扉へと向かった。着替えを置いたまま来てしまった

ので、仕方ない。彼は扉をそのままに身体を拭き終えると、シャワールームの脇に置かれ

ていたカゴから着替えを取り、手早くそれを済ませる。

「からかいがいのある奴だな‥」

そんな彼の様子を見ながら、ひっそりと呟いた愉しげなピサロの台詞は、側に居たクリフ

トだけに届いていた。