「…あの。‥本当に…やるんですか?」

クリフトが思い切り不満そうに、鷹耶を覗い見た。

「ああそうだ。城内に入る為っつったろ? いい加減観念しろよ。」

「…でも。鷹耶さんはなさらないんですよね?」

尚も不平そうに言い募るクリフト。

「俺は勇者だからいいんだよ。大体似合わねーしな。」

にかっと笑いながら答える鷹耶に、クリフトがあからさまに苦い顔を見せた。

「…私だって…似合いませんよ‥。」

ブツブツと言うクリフトに、女物の衣装を押し付けた鷹耶が、促すよう背を押す。

納得いかない様子ながらも、クリフトは幌の中へと入っていった。



ガーデンブルグに近い森の中。

女たちの国だと聞いた一行は、男子禁制の国であったら…という事を念頭に入れて、国入

りする事に決めた。

アリーナ・マーニャ・ミネアは問題ないとして。鷹耶もいざとなったら、天空の兜を見せ

勇者である事を名乗れば大丈夫だろう‥と、ここまでは問題なく話が進んだのだが。

男子禁制‥となった時、入国出来るのがその4人だけでは心元ない…と、鷹耶の提案で、

クリフトの女装が強引に決定されてしまったのだ。

本人の意向などおかまいなしに、それは既に実行に移され…

面白がる女性陣によって、彼が着られる衣装が見繕ろわれ、早速準備が整ってしまった。



「クリフト。髪と化粧はあたしにお任せよ。きれいにしたげるからね!

着替えがすんだら、声かけてね!」

ウキウキとマーニャが幌に向かって、クリフトにはありがたくない言葉をかける。

「さあさあ。鷹耶はあっちでブライ達との打ち合わせしてらっしゃいな。

ちゃあんと美人に仕上げてあげるから、期待しててね!」

「おう。任せたぜ。じゃ、あとでな!」

マーニャのウインクに笑んで返した鷹耶は、馬車の前方で談笑している彼らの元へ

向かった。



「すごぉ〜い。クリフト、似合うじゃない♪」

幌の中で仕上げをしていたマーニャ・ミネアの「完成」という言葉を、幌のすぐ外で待ち

構えていたアリーナがキャッチすると、早速中を覗き込み歓声を上げた。

「…姫様。申し訳ありませんが、嬉しくないです…。」

アリーナの嬉々とした言葉に、クリフトが苦い顔を返した。

「クリフトったら‥。せっかく2人が、こんなにきれいに仕上げてくれたのに…。

笑った方が絶対可愛いよ?」

「…可愛くなくて構いません。」

裾の長いスカートを着込む羽目となったクリフトが、苦々しく嘆息する。

「さあさあ。外へ出て、皆にも見せに行きましょうよ。もう観念しなさいって。」

マーニャが明るく言い放つと、その場に留まるクリフトの背をバーンと叩いた。

「そうよ。皆きっと驚くわよ。さ、行きましょう。」

アリーナがエスコートをするかのように、彼の手を取る。

あまりにも自然と手を握られて、動揺したクリフトが、彼女に引きずられるよう、幌から

降りる。焦るクリフトの内心を他所に、楽しげなアリーナが、ずんずんと馬車前方に集ま

る男性陣の元へ向かった。

「皆〜! 見て見て。クリフトの支度出来たわよ♪」

「あ‥アリーナ様っ。そんなわざわざ声をかけずとも‥」

アリーナの呼びかけで、一同の視線が2人に集まる。まだなんの心積もりも出来ていない

クリフトは、真っ赤に染まる顔を俯かせたまま、彼女に引かれて行った。

「ねっねっ、よく似合っているでしょう‥?」

男性陣の集まった場所までクリフトを引いて行ったアリーナが、彼らに感想を求める。

しっかりと繋がっていた手は、目的の場所へ着くとすぐに外された。

クリフトはふわりと広がるスカートをぎゅっと握り込み、居たたまれない思いでその場に

立ち尽くす。

「ほう…これなら大丈夫そうじゃな。」

「ええ‥本当に。素材がいいのか、マーニャさんの腕がいいのか…。

 これなら文句ないでしょう。」

「そうだな。もし拙者らが入国出来ずとも、先刻の打ち合わせ通り行けそうだ。」

ブライ・トルネコ・ライアンが、口々に納得したよう話し出す。

俯いたままのクリフトは、真っ先に何か言って来そうな声が混ざって来ない事を不思議に

思い、怖々と顔を上げた。

てっきりからかわれるものと思っていた彼の視線は、自分には向けられていなかった。

「‥どお、鷹耶。あたしの腕もなかなかでしょ。」

前方に居る鷹耶の隣にツカツカと歩み寄ったマーニャが、自慢げに声をかける。

「ああ。流石だな。打ち合わせも済んでるから、予定通り行けるぜ?」

「じゃ‥早速、お城に向かうのね。」

「ああ。陽のあるうちに着きたいからな。」

(…鷹耶さん‥?)

淡々と今後の予定を詰める彼の姿を、クリフトがぼんやり眺める。

こんな姿、見られるのは嫌だったはずなのに。なんの反応も示さないまま、こちらへ視線

をくれない鷹耶に、何かやり切れなさを覚え、クリフトはひっそりと嘆息した。

「…どうしたの、クリフト?」

ブライ達と談笑していたアリーナが、場を離れようと歩きだしたクリフトに声をかけた。

「…すぐ移動するようですから、先に馬車に戻っていようかと。」

「そうね。じゃ、一緒に行きましょう。」

力無く答えるクリフトに、笑んで返したアリーナが彼の隣に並んだ。





どっしりとした外壁を潜ると、少し先に見えていた城壁が近づいた。城に続く広い道の両

サイドには、手入れされた緑と花の庭が広がっている。

馬車をゆっくりと進めながら、手綱を握るトルネコが感心したよう息を吐いた。

「流石‥女性の国ですね。見事な庭園で…。」

「そうだな‥。とりあえず、馬車が結界内に入れてよかったぜ。男子禁制な国でも、野営

は出来そうだからな。」

御者台に座る鷹耶が、周囲を見回しながら答えた。

「そうですね。城内に入れずとも、ここで滞在出来れば魔物の心配もいらないですし。」

「ああ。それが一番の懸念だったからな。…あ、ここでいいぜ。」

城の入り口で馬車を止めて貰うと、先に入国を試みるメンバーが馬車を降りる。

「じゃ‥とりあえず様子を確認してくるから、馬車を脇に止めて待っててくれ。」

残るメンバーに声をかけると、鷹耶が馬車を降りたメンバーに視線を移した。

「準備はいいか?」

「ええOKよ。」

「じゃ‥行こうか。クリフト。」

返事を寄越したマーニャに答えると、やや離れた所で俯いたまま立っている彼に声をかけ

る。鷹耶に呼ばれたクリフトが、躊躇いがちに顔を上げた。

「鷹耶さん、クリフトさんの名前、そのままじゃ…」

横に居たミネアが声を潜め、不自然だと言い募った。

「そうだったな。…んじゃ、とりあえず今からお前はクリスだ。これなら平気だろ?」

彼の隣に立った鷹耶が、ぽんと肩に手を添えると、さりげなく腰に腕を回し引き寄せた。

「ち‥ちょっと、鷹耶さん…?」

「一応、俺とお前は恋人同士‥って設定だからさ。らしく装った方がいいだろ?」

頬を染め狼狽えるクリフトに、鷹耶が[演技]を強調する。

「設定‥って、なんですか?!」

「…お前会議をちゃんと聞いてなかったろ? お前の女装が決まった後、宿の部屋割りの

 事もあるから、そうしよう‥って話が出たじゃないか。」

「…すみません、聞いていませんでした。」

その時、女装の事でいっぱいいっぱいになっていたクリフトが、シュンと項垂れた。

「…んじゃ、納得したトコで行こうぜ。」

「‥‥はい。」



準備万全でガーデンブルグの城壁内に入った一行だったが。

他の国同様、扉の先に広がる城下町への出入りはオープンとなっていた。

特に兵士らに呼び止められる事もなく、一行は一先ずの拠点として宿屋を目指した。

「なんか…普通の国とあんまり変わらないわね。まあ、確かに女の人ばかりだけど…」

キョロキョロと周囲を見回しながら、アリーナが感想を漏らす。

「ええ…兵士も女性みたいだものね。」

「…でも、あれ。あそこに居るのって男の人じゃない?」

マーニャが通りの向こうに見えた人影を指し、見定めるよう凝視する。

「‥ああ。確かにそうみたいだな。さっき兵士が俺の方を見てたけど、なんにも言って来

 なかった所見ると、男子禁制の国‥って訳じゃねーみたいだな。」

鷹耶が呑気に答えた。そんな彼を隣を歩くクリフトがきつく睨む。それなら自分は無駄な

女装してるんじゃないか!…と言った瞳で。

「まあ‥とりあえずその辺の所は、宿を頼む時に確認しましょう。ほら着いたわよ。」

肩を竦めてみせただけの鷹耶に代わって、マーニャがとりなすように彼の肩を叩き、宿屋

の看板を先に潜って行った。



結果。どうやら非常時…という措置が取られている為、旅人の滞在が認められている事が、

宿屋の主人であるほっそりとした中年女性から聞く事が出来た。

「では‥男性でも旅人なら泊めて戴けるのですね?」

「ええ。もちろんですよ。なんでもトンネルが塞がってしまったとかで、長く足止めされ

 てる商人さん達も多数お泊まり戴いてるんですよ。」

確認するように言うミネアに、主人がにっこりと微笑みかける。

「そうですか。では‥後もう1部屋お願いしますわ。連れが外で待っているので。」

「はい、承りました。」

いつものように3部屋借りられると、アリーナは早速…と持っていた荷物を鷹耶に押し付

けた。

「私がブライ達のとこに行って来るわ。荷物頼むわね。」

「あ‥ああ。」

「あ‥ちょっと、アリーナ。あたしも一緒に行くわよ。待ちなさいって!」

鷹耶に荷を預け、踵を返し宿を飛び出すアリーナを、同じように荷物を鷹耶に押し付けた

マーニャが追い駆けて行ってしまった。

残された3人が、慌ただしく出て行った彼女達を呆然と見送る。

「…元気だな、相変わらず。」

「本当に…」

ぽつりと零した鷹耶にクリフトが頷いた。

「…とりあえず部屋行くか。ミネア達は2階だったな。荷物運ぶよ。」

「すみません‥姉さんまで面倒かけて…。」

「構わねーよ。一番面倒な役目引き受けてくれたんだしな。」

「まあ…。」

軽く返す鷹耶に、ミネアがクスリと微笑んだ。

階段を上がった突き当たりの部屋を彼女が開けると、鷹耶が部屋の中に預かっていた荷を

置いた。

「とりあえず皆も疲れてるだろうからさ。今日はゆっくり休んで、明日予定したメンバー

 で城に行く事にしようぜ。」

「そうですね。

 では姉さん達が帰って来たら、ブライさん達にもその旨伝えて置きますわ。」

「ああ頼むぜ。じゃ‥な。」

「‥失礼します、ミネアさん。」



荷物を彼女達の部屋へ届けると、鷹耶とクリフトが上の階にある2人部屋へと向かった。

通路を奥へ進んだ所で立ち止まった鷹耶が、プレートと鍵を見比べる。

「…ここみたいだな。」

静かに扉を開けると、そのまま部屋の中へと進む鷹耶。足音が後に続いて来ないのを訝し

むよう振り返った彼の視線の先‥扉の前で、クリフトが何故か立ち尽くしていた。

「…どうした?」

「‥いえ。なんでもありません…」

伏し目がちに答えたクリフトは小さな嘆息の後、部屋へ足を踏み入れた。

彼の身体が部屋へ入るのを待っていたかのように、扉が速やかに閉められる。

カチャリ…と鍵のかかる音に気を取られたクリフトが、後方へ視線を向けた途端、彼の

身体が壁に押し付けられた。

「な…鷹耶‥さん…?」

覆い被さるよう前方に立ち塞がる彼に、反射的に身動ごうと両手を突っぱねるクリフト。

だが、手のひらを合わせるよう絡ませた鷹耶が、そのままそれぞれの手を壁へ縫い止めた。

「‥っん。んん‥‥‥っ。」

重ねられた唇から強引に舌が割って入ってくる。きつく吸い上げ、絡まってくる舌が、我

が物顔で口腔を蹂躙して来た。初めは躊躇い逃れようと身動いていたクリフトだったが、

熱い吐息が孕んでくるのに併せて、だんだん躯から力が抜けて行った。

「はあ‥っ。」

唇が解放されると、不足していた酸素を補うよう、クリフトが大きく呼吸する。

そんな彼を見届けた鷹耶は、身体の拘束も解き、独り部屋の奥へとツカツカ移動した。

「…鷹耶さん、何か‥怒ってるんですか?」

彼の背中に、惑いを帯びたクリフトの声がかけられる。

城下町へ入る時には、いつものように調子よく接して来たが、どこかいつもと様子が違っ

ているよう感じられた。それは気のせいじゃなかったんだ‥と、確信したクリフトだった

が、その理由が読めない。

「怒ってる‥? 気のせいだろ?」

馬鹿馬鹿しい‥といった風にベッドに腰掛ける鷹耶。そんな彼の態度に理不尽さを覚えた

クリフトがキレた。

「‥そうですね。鷹耶さんには怒る理由なんてありませんよね。

 むしろ、僕の方が‥今回いろいろと不愉快な思いばかりさせられて。

 こんな可笑しな女装まで‥‥‥」

言いながら、クリフトは悔しさが込み上げたのか、涙をこぼし始めた。

「クリフト…」

彼の涙に、鷹耶は自身の苛立ちを忘れ、立ち上がる。

「クリフト。…悪かった。泣くなよ‥」

クリフトの側に立つと、肩に手を乗せそっと抱き寄せた。

「‥僕がなにかしたんですか?」

気づかぬうちに気に障る真似をしたのかと、クリフトが弱々しく訊ねた。

「‥‥‥いや。俺がちょっと苛ついてただけだ。すまなかったな‥」

鷹耶はそう答えながら、きゅうっと彼を抱きしめた。労りを感じる抱擁に、クリフトの

荒立っていた気持ちが落ち着いてゆく。

クリフトもそっと彼の背に両腕を回した。


              





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