恋なのだと―――自覚してしまった。



ずっと答えが出せずにいた、鷹耶さんへの想いの名。



「はあ…」

クリフトはひっそり嘆息した。

エンドールの港を出港し、サントハイム王墓へ向かう船の中。

明るい海をぼんやり眺めながら、クリフトはもう1つ吐息を落とす。

「クリフトったら、どうしたの? まだ体調悪い?」

そんな彼の背中に、心配顔のアリーナが声をかけた。

「あ‥アリーナ様。」

柔らかな日差しを受ける少女に見つめられて、クリフトがかあっと頬を赤らめる。

「べ‥別になんともありませんよ? すみません、ご心配おかけして…」

「そう‥? クリフトは何も言わないまま抱え込んでしまうから。

 ツライ時はちゃんと申し出て、しっかり休んでね?」

にっこり笑みを繕うクリフトに、納得行かない様子のアリーナが、念押しした。

「はい‥判りました。…ありがとうございます。」

本当に体調はもう問題なかったのだが。その気遣いが素直に嬉しい。

船首の方へと走ってゆく後ろ姿を見送って、朝の日差しを受ける海面へと再び目を向ける。

キラキラと乱反射する光の波を見つめた彼の脳裏に浮かぶのは、先程の少女の笑顔だ。

明るい髪が陽の光を受けて、金色に輝いていた少女。



ずっと長い間、恋心を寄せて来た少女。

彼女への想いは、今も変わっていない。



なのに―――



ふと顔を上げると、陸地を彩る森の色彩が目に飛び込んだ。

鮮やかな緑。



ズキン…



胸で何かが蠢く。



ざわざわとした、落ち着かない想いが全身に広がってゆく。



「クリフト。…どうした? まだ体調戻らねーか?」

ぽん‥と肩を叩かれて、振り返ると緑の髪の青年が立っていた。

「あ‥いえ。もうそれは本当に大丈夫で…本当、ですよ?」

心配顔を浮かべる彼に、クリフトが微苦笑して念を押す。

「…熱は、ない‥みたいだな。でも…なんだかぼんやりしてるぞ?」

頬を赤くするクリフトと額を合わせた鷹耶が、じっとその顔を覗き込んで、空色の髪を梳

いた。

「ほ‥本当に、大丈夫ですから。…あ、ほら。船長が鷹耶さんに用があるみたいですよ。」

ちょうど良いタイミングでデッキへ姿を表した人影を見つけたクリフトが、彼の後方を指

した。見ると、鷹耶を見つけた船長がのしのしとこちらへ向かって来る。鷹耶は不承不承

踵を返し、クリフトから離れた。

その背中を少しだけ見守って、クリフトがそっと場を離脱する。



「はあ…」

デッキ上に並ぶ樽の影に腰を下ろして、クリフトは青い空を眺めた。

すっきり晴れ渡った空。なのに‥

想いは複雑怪奇に入り組んで、ド派手な迷彩色を放っている。



―――自分は一途な人間だと思っていたが。本当は気が多いのだろうか?



それとも…



眉を寄せたクリフトが、深い吐息を落とし項垂れるのだった。





到着した小島。

王家の墓の探索メンバーは、鷹耶・アリーナ・ミネア・ブライと決まった。

残るメンバーは島で待機。

「‥じゃ、ちょっくら様子見して来るな。夕方までには探索終えるつもりだけど。内部に

 入り込んだら、時間の感覚狂っちまうだろうから…帰りが待てなかったら、街へ戻って

 てくれ。船の方は頼んだぞ?」

「ええ、任せて。ヤバそうだったら、さっさと戻ってるから。こっちは気にしないで。

 がんばって来て。」

マーニャがにっこり微笑んだ。

「‥なんだか帰る気満々じゃね?」

「やあねえ。あたしはそんなに薄情じゃないわよ?

 何事もなければ、ちゃんと待ちますって。」

苦く言う鷹耶にマーニャが肩を竦めさせた。

「‥ま。よろしく頼むよ。」

言って、残る4人に目を向けた後、鷹耶が墓の入り口に向かい歩き出した。

その彼の後に探索メンバーも続く。彼らが墓所の入り口を潜るのを見届けて。残るメンバ

ーも踵を返した。



待機場所は島に着けた船の上。

戻った待機メンバーが、船長に留守の様子を訊ねると、魔物が出没する事もなく、平和な

海だったとの回答を得た。

「そっか。案外のんびりとした停泊が出来るかもね。」

「だといいがなあ。‥夜の海ってのはな、怖ぇ噂話が山とあるんだけどな。

 エンドール沿岸はその中でも断トツにやべえらしいぞ?」

自慢の髭を撫でながら、船長が脅しをかけるように声を低めさせる。

「ふう〜ん。それで夜を過ごすのに反対だったんだ。まあ、港に戻って出直すのも、この

 距離なら苦じゃないけどさ。」

「まあな。選択が他にねえってんなら、俺らも口を出さねえが。奴さんの話ぶりだと、

 どっちでも問題ねえようだったからな。」

「うん。行き先によっては、割と強行軍しちゃうから。休める時は、きっちり休んで。

 蓄えないとね。」

マーニャが労い込めて、船長の背中を叩いて笑んだ。

「そういうこった。ま、嬢ちゃん達も出番が来るまでは、のんびり過ごしてくれ。」

「ありがとう。じゃ…何かあったら呼んでね?」

そう締めくくって、一行は解散した。



「ねえ、クリフト。」

解散後、一人デッキの片隅でぼんやりしていた彼の元に、マーニャがやって来た。

座り込んでいた頭上から届く声に、クリフトが振り仰ぐ。

「マーニャさん‥。何か…?」

「ふふふ‥。そんな構えなくても。別に取って食ったりしないわよ?」

ほんのり強ばった表情を鋭くキャッチしたマーニャが、にっこり笑みを浮かべた。

クリフトがますます怪訝そうに退く。

「本当にもう、失礼しちゃうわね。そんな怯えられると、期待通りに苛めちゃうわよ?」

彼の隣に腰掛けながら、マーニャが顔を上げ睨めつけた。

「期待してませんし、怯えてもいません。」

内心ビクビクしながらも、クリフトがまっすぐ彼女を見据えた。

「ふふ‥。じゃ、逃げないでね?」

「‥‥‥‥!」

彼女の意図をしっかり捉えて。クリフトは気不味げに眉を曇らせる。

後はもう、ややこしい用件でない事を祈るばかりだ。

観念した様子のクリフトに、マーニャは小さく笑って、少し神妙な表情を浮かべる。

「…あの、ね。クリフトは、ロザリーのコト、鷹耶から何か聞いてる?」

逡巡した彼女が、ゆっくりした口調で訊ねた。

「ロザリーさんの‥コト?」

「うん。ロザリーヒルで会った後ね、鷹耶‥どんなだったかな‥って。」

「どんな‥って。あの…?」

質問の意味が見えなくて、クリフトが困惑する。

「…彼女ってね、シンシアに似てたんですって。鷹耶の幼なじみの…」

「‥‥! …ええ。知ってます‥」

「なんだ‥聞いてたんだ、クリフト。じゃ‥そんなに心配いらなかったかな。」

ホッとしたよう口元が綻ぶマーニャとは対照的に、クリフトの顔が曇った。

「彼女がシンシアさんに似ているというのは…イムルの宿で聞かされてましたから…

 ロザリーさんのコトは、鷹耶さんからは何も…」

彼女についての感想は、アリーナから聞かされたものばかりだとクリフトが嘆息する。

「‥そっか。アリーナがさ、彼女に対面した時の鷹耶、随分動揺してたみたいだって。

 会話の最中も、時々酷く苦しそうだったって、気にしてたからさ。」

「…そうだったんですか。」

あの晩戻って来た時の鷹耶と、顔を合わせずいた自分を思い出し、重い吐息を落とす。

あの日、彼は一日様子が変だった。それを‥シンシアに似ている少女に会う事が、彼女へ

同様の想いを向ける始まりのようにも感じて、勝手に気落ちし、ふて腐れてしまった自分。

「あ‥ちょっと。あんたまで落ち込まないでよ?

 本当にあたしが苛めてるみたいじゃない。」

膝を抱えて項垂れたクリフトの肩に、マーニャが手を置き焦った口調で声をかける。

「‥自分が不甲斐なくて。マーニャさんの方が余程、彼の苦しみを慮って下さって…」

「別に‥そんなんでもないわよ。アリーナから聞いてなかったら、いつもと同じ生意気

坊やなままだって、あいつ。だからさ‥気になったのよ。あんまりいつも通りでさ。」

彼女の言葉にクリフトが顔を上げた。

「‥そう、なんですか?」

「うん。でも‥そうね。あんたと少し話してて、なんか納得出来たかも。」

一人納得顔で涼やかな表情になった彼女に、クリフトが不審露に眉根を寄せる。

「全然判りません。」

「今生きて、側に居てくれる大切な存在の方が、強いってコト。」

「それって…」

「あんたが居るから‥ってコトでしょう? 熱烈に愛されてるじゃない。」

「なっ‥! ぼ‥私は、鷹耶さんとは別に‥!」

かあっと顔中茹立たせて、言い募るクリフトの肩に再びマーニャの手が降りる。

「まあまあ。片思いでもなんでもさ、いいのよ、此の際。あいつにとってあんたは間違い

 なく、大切な存在ってコトだから。」

片思い―――それは、鷹耶さんから自分にだろうか?

フッと怪訝な顔を浮かべたクリフトが押し黙る。

「あんたには苦労かけちゃうけどさ。傷が癒えるまで付き合ったげてよ?」

そう言うと、話は終わりとばかりに、彼女はすくっと立ち上がった。



傷が癒えるまで‥か。



ひらりと手を振り去って行った彼女の姿が見えなくなると、クリフトは青空に目を移し、

ぼんやり思考に耽り出した。



鷹耶へ向かう自分の想いが恋なのだと、自覚したのはつい最近。

でも…

自分の想いを自覚するごとに、彼の想いがどこまで自分と重なるのか、不安になる。

好き…でいてくれるのだろうとは、思う。

けれど…

それは恋なのだろうか? それとも‥一時の気慰み?