西へ傾いた陽がオレンジ色の輝きを届け始めて。塒に帰る鳥が呼び交う。

とろんとした眠気に包まれていたソロは、その声を聴き飛び起きた。

「あ‥! もう夕方!?」

「そのようだな。‥どうした?」

「オレ‥今夜は最後の夜だから、夕飯オレが作って振る舞おうかと思ってたのに‥」

倦怠過ぎて動けない…そう苦々しくこぼした。

「ふん‥奴の事だ。似たように考え、はりきっているんじゃないか?」

鼻を嗅がせるピサロに倣って、同じようにすると、ほんのりいい匂いが漂って来ている。

「本当だ。クリフトには世話かけっぱなしだなあ‥。」

「回復したら幾らでも返せるだろう?」

「‥うん、そうだね。あ…ピサロにも、ちゃんと返すからね?」

律義に話す彼に、ピサロが目を丸くした。

「ソロ‥。私の方がお前に多大な借りを作ってるのだぞ。今回の件を差し引いても足りぬ

 程にな…」

「え‥どうして? あ‥もしかして、村の人達の事、そんなに悔やんでくれてるんだ。」

うんうん‥と独り納得げに、腕を組んだソロが頷く。

確かにそれも借りの1つだが‥それ以上に重い借りが幾つもあるだろう。

ピサロはひっそり吐息を落とすと、くしゃりと翠の髪を撫ぜた。

「一生かけても返しきれそうにないな、私は…」

「‥じゃ。それを返して貰うまで、オレ、ピサロの世話になってもいいんだ。」

スッと腕を絡ませて、ふふふ‥とソロが悪戯っぽく笑った。

「そうだな。だから遠慮なく使え。」

「いっぱい甘えても‥嫌いにならない?」

「寧ろ歓迎するぞ‥? お前はすぐ神官選ぶからな‥。」

どこか拗ねた口ぶりで、ピサロが吐息を落とす。

「だって‥。癖‥だもん。」

「私にすんなり甘えられないのも‥か?」

困った様子の彼に静かに問うと、コクン‥ソロが頷いた。

「まあ‥焦らず行くさ。時間は飽きる程あるのだから。」

嘆息した後、切り替えるように話すピサロを、ソロが不思議そうに見つめる。

「ピサロ…本当に変わった‥よね?」

「‥そうだな。こういうのは厭か‥?」

「ううん。今の方がずっといい。‥側に居てくれるし。」

「その割に‥すぐ逃げ出してくれるがな。」

寄り添うソロを抱きしめて、ピサロが苦く微笑った。

「私はお前を追ってばかりだ…」

「ピサロ‥」

自分を抱く腕に力が込められて、穏やかな安らぎを覚えるソロだった。



結局その晩は、クリフトの作った夕食を3人で食べて、後片付けを申し出たソロに代わっ

て、魔王がそれを引き受ける事となった。

ソファでくつろぎながら、居間へ残ったクリフトへ、ソロが話しかける。

「あのね‥。今日は‥ありがと。

 ピサロとね、いろいろ話せたの。クリフトのおかげだよ。」

「そうですか。良かったですね、ソロ。心配だった食の細さも、随分戻ってきてるようで

 すし。本当に安心しました。」

まだ口にしない食べ物もあるが、それでも普通に1人前を平らげるようにまで回復してい

るソロだ。昨日・今日辺りは3食ともきれいに済ませられた。

「クリフトには、本当にいっぱい世話かけちゃったね。クリフトのご飯、美味しかった。

ありがとう。」

「もっと回復したら、またソロの好きな物拵えますよ。‥まあ、エンドール滞在中は出番

もないでしょうけど。美味しいケーキ屋さんも、たくさんありますからねえ。」

「そんな事ないよ。クリフトの作ったの、美味しいもん。あのケーキの味は、ずっと忘れ

 ない。」

母の味を思い出させた木の実のケーキを浮かべながら、ソロがコテンと彼の肩にもたれか

かった。



「…あのね。」

しばらく間があって。ソロがどこか遠慮がちに口を開いた。

「‥本当はね、明日‥皆に会うの、まだちょっと怖いんだ。」

「ソロ…」

「会いたいのは本当だけど。…でも怖い。

 クリフトもピサロも、平気だよ‥って言ってくれるけど。でも‥‥‥

 やっぱり‥コレ…変だもん。」

背を指し示して、ソロがぽつっとこぼす。

「可愛いですよ。‥まあ、あなたが気になるのなら、メンバーには内密に済ませますが。

幸い服の上からは判別らないのですし。報告しなければ気づかれないと思いますよ?」

「本当‥? 目立たない?」

「ええ。それでもやはり気に掛かるようでしたら、私とピサロさんとでそれとなく護衛し

 ますから。ね?」

「‥うん。ありがとう‥‥」





翌日。確かな回復を見せ始めたソロの願い通り、3人はエンドールで待つ仲間と合流する

運びとなった。

荷物をまとめ、片付けを終えた館の扉の前に立ち、ソロがしばらく過ごしたその館を見上

げる。

「‥ピサロ。クリフト‥本当にいっぱいありがとね。辛いコトいっぱいあったけど‥

 でも。ここで過ごした時間は、夢みたいに幸せだった――」

振り返ったソロがそう紡ぐと、2人が静かに微笑みを返す。

「ここはもう借り物ではないからな。またいつでも来れば良い。」

「そうですよ、ソロ。」

「ん‥。じゃ‥ピサロ、呪文頼むよ。」

「ああ。では‥跳ぶぞ。」



移動呪文の風に身を包まれたかと思うと、すぐにそれは凪いだ。

目的地に着いたのかと周囲を覗うソロだったが‥

「…あれ? ここ‥エンドールじゃないね?」

見覚えある港町‥だが、エンドールの城下町とは違う町並み。

「ああ。合流前に寄る所があったのでな。」

そう答えたピサロが、スタスタと歩きだした。

やがて。

旅人の服を専門に扱う店の前で、ピサロが立ち止まった。

どうやら目的地についてはクリフトも知っていたようで、惑うソロの肩を抱いて、店内へ

と踏み入れる。

「店主、頼んだものは仕上がっているか?」

「ええご用意出来てますよ。」

「ピサロ‥何か頼んだの?」

どちらへともなく話すソロに、ピサロが顎で呼び付ける。

不思議そうにしながら彼の側へ歩み寄ると、店主が持ってきた布をひらりとソロへかけた。

白‥というより仄かな輝きを含む真珠色のマントだ。

「ピサロ‥これ…?」

「お預かりした糸では、これが精一杯でしたが‥いかがでしょうか?」

腰を隠す程の丈までしか作れなかったと、店主が依頼主を伺い、不思議顔でそれを羽織る

ソロへと目を移す。

「ああ‥構わぬ。急がせてしまったが、良い仕上がりだ。」

「ありがとうございます。希少な素材を扱わせて戴き、我らも勉強になりました。」

ホッと顔を綻ばせて話す店主に、ピサロが代金を手渡して。一同は店を後にした。

通りに出ると、ソロがふわりと風に靡くマントを気恥ずかしそうに見やる。

「ピサロ‥これ。…オレの為に‥?」

「ああ‥。それを身に纏えば、そう背を気にする事もなくなるだろう?」

「‥うん。ありがとう、ピサロ。」

「良かったですね、ソロ。」

「うん。なんか慣れないから照れちゃうけど。…どうかな、クリフト。」

「似合ってますよ。とってもね。」

「えへへ…ありがとう。‥もう用事なければ移動しようか?」

スッとピサロの腕に手を絡ませて、ソロがにこやかに話す。

くしゃりと彼の髪を撫ぜて、ピサロが再び呪文を唱えた。





「ソロ…!」

「お帰りなさい‥ソロ。」

エンドール。宿の前で待ち構えてた一同が、姿を現したソロ達を出迎えた。

「‥みんな、どうして‥‥?」

今日帰る事を伝えていた訳でもないのに…と、ソロが不思議そうに両脇に立つ彼らを振り

返る。

「ミネアの占いでね、近日中に戻るだろう‥って。だから皆ルーラの気配に敏感だったの。

意外に分かるものなのね‥!」

アリーナがにっこり笑って、滲んだ涙を拭った。

「ソロ‥。もう、本当に心配したんだからね!」

そう言って足を踏み出したマーニャがタタッと駆け寄って来る。

勢いよく抱き着こうと両腕を伸ばした彼女だったが。その腕は空を虚しく切っただけ。

寸前でササッとソロがピサロの背に隠れてしまったのだ。

「ちょっとぉ‥ソロ。つれないんじゃない?」

「闘牛のように挑まれれば引こう。ソロはまだ病み上がりだ。無理は効かん。」

「…えっと。ごめんね、マーニャ。びっくりしちゃって‥。あの…ただいま。」

静かに紡ぐ魔王を不服そうに睨みつける彼女に、彼の背から窺うよう顔を覗かせたソロが

遠慮がちに声をかけた。

「うん。お帰りなさい、ソロ。とにかく顔を見られてホッとしたわ。」

すぐに相好を崩して、マーニャが微笑む。それにつられたように、ソロも微笑した。

「いろいろ話も聞きたいけれど。ソロが休める場所に移るのが先決ね。」

そうアリーナが話すと、トルネコが一歩出て口を開く。

「養生した方が良いようでしたら。私の家にいらっしゃいませんか?」

「ありがとうトルネコ。‥でも、オレ…宿の部屋でいいよ。もう大分いいしさ‥」

「そうですか? では‥そのように手配して参りましょうか。」

ちょっとだけ残念そうに。けれどすぐに切り替えた彼が、笑顔で踵を返した。

宿へ入って行くトルネコに続くように、一同も歩きだす。

久しぶりに会うソロの側へと寄りたいと、待たされた誰もが思ったが。

ピサロの背後に隠れた彼の側には共に戻って来た神官以外近づけないでいた。



「‥なんかすっかりぴーちゃんに懐いちゃったのね。」

悔しげにマーニャがこぼすと、ソロがピサロの外套に躓きバランスを崩した。

「…っ、わ‥‥!」

前方につんのめったソロを、すっと伸ばされたピサロの腕が支える。

そのまま軽々彼を横抱きして、こちらへ戻って来たトルネコの方へとピサロは向き直った。

「部屋は取れたのか?」

「ええ。いつものように3人部屋‥でよろしかったんですよね?」

「ああ。」

「ピサロ。オレ‥ちゃんと自分で歩くから…」

トルネコに答えたピサロが、案内するよう歩き出した彼に続いて足を踏み出すと、ソロが

惑い滲ませ申し出た。

「‥ここは人気が多い場所だからな。あの館と同じには思わぬ方が良い。」

「そうですよ。移動で体力使ってるでしょうし。まだ無理は禁物です。」

「‥うん、分かった。」

ピサロ・クリフト両者に続けて諌められて。コックリ了承するソロを、一同が感心したよ

う見守る。ソロを特別構うピサロについては、周知していたが、クリフト同様‥いや、も

しかしたら、更に過保護‥なのかも知れない。

不思議な光景に、一同が目で互いを伺って、ひっそり嘆息した。



「とりあえずさ、ソロには部屋でゆっくり休んで貰って。

 クリフト、荷物置いたら私達の部屋で報告して頂戴。」

階段を上ったところで、アリーナが彼に声をかけた。

「私1人で‥ですか?」

「ええ。ピサロからは何度か報告貰ってるし。

 あなたからも、いろいろ聞かせてくれるかしら?」

「承知りました。では‥後程伺います。」                  承知り→わかり

部屋の場所をクリフトに伝えて、一同は3人と別れ、更に階上へと向かって行った。

到着したのは2階の突き当たりにある3人部屋。

扉を開けると、幾度も利用し慣れた部屋が待って居て、ソロがほお‥と吐息をついた。

「…なんだか懐かしい。帰って来たって感じがするや‥」

「‥そうか。」

ソロを静かに降ろすと、ぽーっと立ち尽くす様子に微苦笑して、ピサロが小さくこぼした。

「では‥私は報告に出掛けて来ますね。ソロはゆっくり休んでて下さい。」

「あ‥うん。ごめんね、本当はオレがちゃんと皆に話すべきなのに…」

「ソロの分も残して置きますから、後で無理ない程度に皆と話して下さい。

 その分の体力も温存しながら待ってて下さいね?」

「分かった。待ってる。」

どこか緊張滲ませて、ソロがコクっと頷いた。

「そんな風にしてたら疲れちゃいますよ? 大丈夫ですから、のんびりしてて下さい。」

ぽんぽんと彼の頭を撫ぜて笑みを送ると、一瞬だけピサロへ目を移した。

――頼みましたよ。

そう語っていた瞳に了承を伝えると、クリフトは部屋を後にした。

「ソロ。奴の言う通り、きちんと休んでおけ。」

ぼんやり扉を見つめる彼に、ピサロが声をかけた。

「あ‥うん。」

素直に返して、ソロが真ん中のベッドに腰を下ろす。そのまま深い吐息を落とすと、戸口

に立つピサロへ視線を送った。

「クリフト大丈夫かなあ‥?」

「何の心配だ?」

「‥オレの代わりに怒られたりしてないかな‥って。」

ソロの呟きに目を丸くしたピサロが、くつくつ笑い出した。

「クック‥お前の思考回路は奴以上に測れぬな。」

「な‥なんで?」

むーと膨れるソロの頭をぐりっと撫ぜて、ピサロが隣に腰掛ける。

「ま‥奴なら大丈夫だろう?

 仮にお前の懸念通りだったとして‥黙って受ける奴でもなかろうが?」

愉快そうに語るピサロに、ソロが束の間考え巡らせる。

「…そっかな。」

こっくり納得して、ソロはピサロに寄りかかった。



静かな室内に、ざわざわとした外の喧噪が響いて。

ソロはその人気にほお‥と息を落とす。

ここは人の街‥。あのぽつんと在った館とは違う雑多な匂いのする…街。

どこか安心するような。けれど、緊張する場所――



服の下に収まってる小さな翼がひくん揺らいで、ソロは小さく身動いだ。



内緒をいっぱい抱えてしまったコトを、改めて思い惑うソロだった―――




2007/4/14



あとがき

こんにちは。お久しぶりのソロ編続きのお話です。
ようやくソロ、皆と合流出来ました!
休息の間に魔王さまとの関係も、あれで意外に落ち着いた様子で。(^^;
なんだか魔王&神官も、なんだかんだと親密さが増してますxxx

まだ翼については、まっすぐ受け止められずいるようですが。
魔王さまの本心を、やっと受け取って、どうにかバランスついてる様子のソロ。
ちょっとは元気になれたかな‥?

といったところで。
ここまでお付き合い下さった方、ありがとうございました!

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